場外乱闘➄ 脇役たちの足掻き、あと間抜け
トール達、傭兵団に与えられた役目は、竜だの魔女だの吸血鬼だのに比べれば遥かに地味なものだった。
まず、大きく遠回りをして、後方から崖の上に登る。その中腹までロッククライミングの要領で降りて待機した後、リスティナの初撃が放たれ、洞窟から盗賊団の主力が出てきたころを見計らい、洞窟内に侵入。ルサリィから聞いた情報を頼りに少女を探していく。
もちろん、これには魔法使いも同行する。
「二人は入口付近で外から来る敵の排除を、そっちの二人は先生さんの護衛を、最後は自分と一緒に洞窟内の敵の掃討をお願いするであります」
トールは広場にいた最後の盗賊を叩きのめしながら部下たちに言った。
そこは盗賊達が根城としている洞窟の入口入ってすぐ。やや広い空間だった。
出入り口は他に幾つかあるだろうが、少女が囚われている牢屋に一番近いのはここである。
「トール…だよね? 外見が違い過ぎてちょっと心配になるんだけど」
その後ろに控えていた魔法使いが
「申し訳ないであります。これが自分のフル装備なのであります」
トールの装いは、魔法使いと初めてあったときのものとは大きく違っていた。
全身を覆うフルプレートの巨大な濃い青の鎧には、魔法の攻撃を減衰させる魔法陣が刻んである。手に持つ槍の刃先は大きく、そこにも何かしらの呪文が書いてあった。
最初の戦闘で見せた速度と足回りから思わせる『速さ』よりも、どちらかといえば『鈍重』、『壁役』といった印象を受ける装備だ。
――外にいる人たちのように手を抜いてもなんとかなるほど自分は強くないのであります。
『末裔』でもなく、何か凄い血筋でもなく、別種族でないただの傭兵である自分の努力と才能ではできることに限りがある。少なくとも、今の自分にとってはここが限界だ。
「では、先生さんは既定の作戦に従って捜索して欲しいのであります。自分たちはその間、敵の相手をしているであります」
トールの言葉に従い、部下二人を伴って魔法使いは幾つかある洞窟の奥の道へと進んでいった。
――…これで戦いやすくなるであります。
トールは心の中でそっと思う。
――足手まといというわけではないでありますが、所詮部外者なのであります。
例え戦闘のプロであっても、そこに至った道が違うのだ。自分達の傭兵団が組み立てた集団戦闘の最適解と、魔法使いが学んだであろうバチカンの戦闘術は違う。文化背景の違いは戦闘技術の違いに発展する。異邦人異種族との共同作業はなるべく避けたいものだ。
ふむ、と思い槍を正しく構えた。
「自分達は奥に進むであります」
部下に言い、前へと進む。
「ここで待っているだけでは少しつまらないのであります」
「はぁぁぁぁ!? 竜人と魔女と『吸血鬼』がいっしょくたになってやってきたぁ!!??」
盗賊団の頭領がその報を受けたのは今すぐにでも脱出できる、というタイミングだった。
早朝なのにどうして頭領が起きているのか、今にもドラゴンに騎乗しそうな装備はどういうことか、とかおかしい点は幾つかあったが、死ぬような思いをして洞窟に戻ってきた盗賊団の伝令にはそこまで頭が回らなかった。
――は、はは、はははは!!! 最悪の予想が最速で来やがった!!
降って湧いた絶望に、何故か口元が緩み、それを手で隠した。伝令はそれを、悲嘆に頭を抱えたように見たらしく、狼狽度合いを大きくする。
「と、頭領…!? ど、どどどないしたら…!?」
――どうするもこうするも…!!
総戦力を比べて向こうが圧倒的に上。智謀を巡らせるだけの統制はなく、自分にそのやる気もない。真っ向から戦って勝機はない。微塵もない。だが…
――…いかにして、何人逃がすか…。
自分達だけで逃げればいいものを、他人どころか自分の足を引っ張るだけでしかなかった連中それだけのことを考えるあたり、自分はかなりのお人好しだ。
「…竜兵を出せ。瞬殺、良くても稼げて数分だろうが、その隙に何人かは逃げられる。相手がどれだけの本気を出すかはわからんが、運が良ければ竜に乗った奴らも助かるかもしれん。一番勝てる見込みがあるのは竜人だ。そこに一番力入れろ。他は一瞬足止めできればいい」
「わかりゃあしたッ!!」
叫んだ伝令が洞窟の中を駆けていく。
――さて…。
言った手前どうするか。
――…俺も、出ないわけにはいかんよなぁ…。
くそったれ、と口の中で悪態をついた。
「やっぱ、兄貴は兄貴だよね」
クスクスと笑う声がした方を見れば、そこには自分の弟にも等しい青年が立っていた。
「お人好しで、優柔不断なところ、嫌いじゃないよ」
「うるせぇ、黙ってろ」
くそ、と頭を掻いた。
「今からでも、捕まえた子を開放するって手段は?」
「ねぇな。ウチのバカどもがそうそう納得しねぇし、それで済むんだったら向こうも最初から秘密裏に救出してるだろ」
この内乱に携わる勢力としての面倒事や、それぞれが後ろに持ってる理由としての選択なのだろう。
「いいよ、俺も打って出る。魔女を止められるのは俺だけだろうからね」
「頼む。レビリアとガリアンはどうしてるかわかるか」
「レビ兄は中央の竜人に、ガリさんは右側の魔女のところにもう出たよ。伝言で、『どうせクズどもを見捨てきれないんだろうから先に出とく』、『死んだら骨だけ拾って』だって」
ふ、と満足気な溜息をつく。結局、最期に命を預けられる程度には信頼されてきたということか。
「生きてたら、アウクスブルクで会おう。十日後の夜、『猿の轡』亭だ」
笑顔で"弟"は頷いた。
「…捕虜の子は、逃がしてもいい? 向こうの人間と合流できれば、溜飲も下がるかもしれないから」
「好きにしろ。どっちにしろ大勢は変わらんだろうさ」
ありがと、と呟き、弟は洞窟の通路へと消えていった。
――…俺も。
傍らにおいてあった馬上槍と兜を取る。
――…死にたくは、ねぇな。
溜息をついたあと、愛竜の待つ崖上の厩舎へと急いだ。
「くそったれ、くそったれ、くそったれぇぇ!!」
少女の村を襲った張本人、盗賊団の部隊長は、洞窟の中を奥の方へと歩いていた。しかし、その足は、血みどろで、体積は平常である時の半分もない。頭からは血が流れ、左手は歩く衝撃に合わせて力なくブラブラ動くだけ。遅く、のろい歩みだった。
最初のリスティナの攻撃で一度空中に巻き上がった後、地面に叩きつけられ、倒壊したテントの下敷きになった。あの攻撃にあった者の中では比較的マシな怪我だったと言えるだろう。
「なんで、いつもおれだけがこんな仕打ちを受ける! 世の中間違ってやがる!」
全部自業自得だろ、とかいうツッコミは今の彼には意味がない。
ブツブツと八つ当たりの罵詈雑言を呟きながら彼がたどり着いたのは、自分が管轄する洞窟内の部屋の、さらに一番奥。
そこは、彼の腹心以外では、例え頭領であっても侵入を許さなかった秘密のエリア。土の洞窟には不釣り合いの、鉄製、数メートルはある巨大な扉に遮られ、その奥からは何かの叫び声か呻き声かが聞こえる。
「俺の、この虎の子を使う時がようやく来やがったんだ!」
ガチャガチャとその扉の鍵を外しながら叫ぶ。片手では開けにくい。
「二百年近く前に発見されて以来、闇ルートでしか出回ってなかったコイツを、大金積んで手に入れたんだ! 使わねぇで終われるかよ!」
血走った目。口からこぼれる涎を拭う余裕はない。
「本当なら、あのムカつく頭領をぶちのめすのに使いたかったが! 待ってられねぇなオイッ!」
力の入りづらい右手で鍵の開いた扉を痛みとともに押せば、ゆっくりギギギという音を立てて扉が開いていく。
「出やがれ! ご主人様のお呼びだァッ!!」
その扉の先にあったのは、大きな影。灯りもない洞窟の先で蹲っていたソイツは、眠りを妨げられたようにのんびりと"立ち上がり"、ドシンドシンと巨大な音を立てて扉の方へと歩いてくる。
「遅ぇんだよグズがッ!! 俺が呼んでんだから早く来い!!」
のっしのしと部隊長の方に"ソイツ"が近づいてくる。"ソイツ"の大きさの三分の一にも満たない部隊長には、歩いてくるその足の裏までよく見えて…
「おいッ! 止まれよ!! 俺の言うことが――」
どしん、どしん。
ぶちゃっ。
どしん、どしん。
後に残ったのは、よくわからない肉片と血だまり。そして、そこから続く、赤くて大きな足跡。
部隊長の死因は、お腹の減った巨大オーガに不注意で踏みつぶされるというしょうもないものだった。
とうとうここまで書けたか、って感じ。二年も続けるもんじゃねぇぞこれ。
すっごい変な伏線を回収しまくってる。楽しい。




