第十四章・前① ガッ
陽光が眩しい庭先で、二人の大人が対峙していた。
屋敷の庭。そこで、魔法使いと傭兵が、何メートルかの間を開け、身構えて佇んでいる。
魔法使いの方は、動きやすい軽装で、手には短い木剣を持っている。ドラコの方は、前のような下着同然の戦闘服に丸腰だ。
奴隷である自分は、念のための救急箱とタオル、水分補給用の水を持って庭の端の木陰で待機だ。動きにくくて暑いため、メイド服ではなく薄着で革系の作業着を着ている。
サー、と涼しい風が頬を撫で、庭の草を飛ばした。
「――来い」
ドラコがそういうと、魔法使いは走り出した。
ダンダンと土を蹴る音が聞こえて、二人の距離が縮まった。
魔法使いは、右手に持った木剣を大振りに引き、接近と 同時に右から左に切りつけた。
しかし、ドラコはその攻撃をクルクルと踊るようなステップで容易く避け、その まま魔法使いの体を奥に流した後、その背後に回った。
ガラアキの背中には何も追撃を与えず、ドラコは魔法使いが反転するのを待った。
よろけた魔法使いはなんとか体勢を戻すと、振り向き、前のめりの低い姿勢でドラコへと剣の付きを放つ。
だが、それすらもドラコはステップだけで避け、逃げざまに魔法使いの腕を叩く。
突然の攻撃に片方の腕が痺れた魔法使いは、木剣を落としかける。が、なんとか無事な方の手でつかみ直し、後方へと逃げようとするドラコの方へ横殴りに放った。
それに対しドラコは、逆に魔法使いへ左足を踏み込み、接近した。
魔法使いが放った腕の内側に入り、木剣の軌道の内に行くことで攻撃を完全無効化する。
そして、左足での接近と同時に右 足を小さく振りかぶり、
「――がッ!?」
魔法使いの無防備な腹へと膝蹴りを食らわせた。
変な呻きを出した魔法使いは、空中へと体が打ち出され、少し回転した後、墜落して何回か地面をバウンドした。
「う、うぅ…」
「…」
痛みに悶える魔法使いとは対照的に、ドラコは呆れたような溜息をつく。
「何と言うか、本当…全く才能がないな。お前は」
私が倒れてから一週間後。魔法使いは傭兵に戦闘訓練を受けていた。
ハイルディは次の日には帰った。魔女会とやらにまた呼び出されたらしく、面倒くさそうに箒に跨って飛んで行った。
連休は潰れてしまったが、授業はまだ始まっていないので慌てる必要はない。
今屋敷にいるのは、ドラコとその弟子たち。
ド ラコは傭兵としての次の雇われ先を探しているそうだが、納得のいく仕事を見つけていないようだ。
「イングランドはだいぶ沈静化しているらしい。バルカン方面に出張ってみるか」
というのが本人の意見だ。
そして、その空き時間にドラコが自分の主人へと教鞭をとることになったのだが、
――この人、本当動き悪いな…。
魔法使いは、戦闘に強いとか弱いとかの話ではなかった。
「走り方は丸っきり素人のそれだし、戦闘の思考判断はボロボロだ。辛うじて救いがあるとすれば、筋力が並み以上にはあって、対応が臨機応変なところか」
見ていてイライラするぐらい、魔法使いの動きは理に適っていないものだった。
――走るフォームからしてそうだし、短剣を大振りに振っちゃ 意味がない。体の軸はブレブレで、攻撃の方向は無茶苦茶だ。
本当、よく私を守れたものだ。
「それはそうですけど…なんとかなりません?」
「基礎、としか言いようがないな。走り込みと、戦闘座学、肉体強化だな」
「研究もありますし、そこまで集中するのは流石に…」
話していた二人に近づき、魔法使いにタオルを手渡した。
「ありがと。ベンチとか、適当に座ったりしていいからね」
「え、あ…わかりました、ありがとうございます」
彼の笑顔に一瞬見とれて、返答に戸惑った。
――…あれから、変に意識されて困る。
ハイルディにあの質問をされてから、以前にもまして魔法使いを意識することが増えた。
何かの拍子に指が触れれば、抱き枕にされていたときの 感触が思い出され、目が合えば、その青さに惹き込まれそうになる。この一週間で抱き枕にされてないのは幸いだ。されたら、正気を保っていられるか疑わしい。
「お前の場合は、魔法主体の引き込み型戦闘の方が向いているかもしれん」
自分の金属ボトルで水を飲んでいたドラコが魔法使いに言う。
「引き込み型…それはどういう?」
「詳しく話すと長くなる。学院の警備部に得意な奴がいたはずだ。そこに掛け合ってみると良い」
もっとも、とドラコは溜め息をついた。
「基礎はこれから一週間で私が見よう。そこが出来ていなければ何をしても無駄だ」
う、と呻いた魔法使いが項垂れた。
「で、だ。…ちょっとこっちに来てくれ」
「…私、ですか?」
ドラコが視線を彼から 自分に変えた。
「ああ、確かめたいことがある」
そう言われ、ドラコに近付いた。前は、ここからハイルディにキスをされたのだったと思い出した。
「…触るぞ」
言った後、ドラコはしゃがみ、こちらの手や足をペチペチと触る。くすぐったい。
「服、少し捲るぞ」
上着が捲られ、腹も触られた。ちょっとしたセクハラじゃなかろうか。
「ああ、ありがとう。もういいぞ」
言われ、服を正した。
ふむ、と何かに納得したように頷いたドラコは、口角を上げた笑顔でこっちを向いた。
「手合わせ、しないか?」
「準備はいいか?」
「あ、ちょっと…」
作業着の各所を動きやすいように調節した。
ドラコからの要求に、魔法使いが庭の隅に、 その代わ りに自分が相対の真ん中へとやってきた。
「…」
じ、と地面を見つめた。手入れはしてないが、短めの芝だ。
――また、ここもなんとかしないとなー。
この屋敷に来てから、まだ庭の整備には手を出してない。周りを見ると、建物に囲まれた庭の所々に、申し訳程度の花壇が作られている。自分達がいるのは広い庭の端だが、中央にはやや荒れた小さい東屋のようなものも見える。
使えるのに使われていないものを見ると少しイライラするの、田舎者の性分か。
――まあ、今はそれよりも…。
履いていた靴を脱ぎ、裸足になる。踏み締めた芝が足裏に心地良い。
「裸足か」
「はい。こっちのが方が動きやすいですし、地面で怪我することもないでしょうし」
手合わせ、なら武器 は使わないのだろう。怯むような攻撃がないなら、速さを優先したほうがいい。
「じゃあ、私も脱ごう」
ドラコもそう言い、乱暴に靴を脱ぎ捨てた。
「二人とも、怪我はしないでね?」
遠くで、タオルを肩に掛けた魔法使いが呼び掛ける。
「安心しろ。この娘の方がお前よりも安心して戦える」
言われた魔法使いはまた肩を落とした。
「で、だ。…そうだな、手合わせをするにあたってだが…」
足で靴を放ったあと、ドラコは準備運動をするように身体の各所を伸ばしたり、捻ったり…。
「――二割だ。二割の力で私は戦う」
宣言。そして、ドラコはゆっくりと構えた。こちらに注がれる視線。
その構えと目から思うのは、
――…この人、すごく、強い。
一流の 武人は一目で相手の力量がわかると言うが、そうでなくとも、目の前の傭兵の姿は彼女の強さを伝えるに十分の意味を持っていた。
――筋肉への力の入れ方、構え方、目線。全く隙がない。
即座にこちらの あらゆる行動に対応できるよう、腰は低く、視線は手足を向いている。
「――私は、七割でいきますね」
「ほお、謙虚だな」
相手の口端に少しの笑みが浮かぶ。ハイルディとは違った艶めかしさがある。
――確実に、私の数倍は実力が上だ。
怖くなるようなゾクゾクとした緊張が背中を抜ける。
――これは、油断できない。
だが、
――ワクワクする。
息を長く大きく吐いた後、腰を構えた。
「魔法は、使っても?」
「いや、それだと七割と二割にならなくなる。素手で頼む」
コクリと頷き、相手を見た。
両者は微動だにせず、ただ相手を見据えるのみ。
――もう、始まってる。
数十秒の静けさ。動いたのは首を傾げた魔法使いだけだ。
――…隙がない。 再び、噛み締めるように思った。
相手の集中力が真っ直ぐにこちらを向いている。それだけで殺されそうな気迫に、背中をゾクリとしたものが伝う。
――待たれている。
間違いなく、この戦端を開くのは自分だ。自分が出なければ、相手は絶対に動かない。それが相手のスタイルなのだろうし、これが自分のスタイルだ。だが、その隙のなさに攻めどころを見つけられない。
停滞だった。戦いにおいて、無駄で、もっと忌むべき停滞。だが、
――面白い。
その、思考と読み合いによる停滞は、どこまでも自分を興奮させていた。
唇の端がふるふると、緊張と興奮で上がっていた。
――あとは、タイミングだ。
見る。なにか、起点はないのか。
落ち着き、そして相手を見 た。
停滞の中で、しかししっかりと集中が切れていない。草むらや暗がりで獲物を狙う、蛇か蝙蝠のようだ。動きがあるとすれば、呼吸。
――…吸って、吐いて、吸って…。
一定のリズム。そしてそこに弱点を見つけた。
吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐い――
――今!
相手が息を吐きかけた瞬間、芝の地面を踏んで飛び出した。
走る軌道は、直線よりもやや左に逸れた楕円軌道。
一瞬のうちに距離をつめ、相手へと急速接近する。
それに対して相手は、体をこちら側に開き、右手を小さく引いた。
距離が、腕を二つ繋げた程度になった瞬間、自分は右足をやや横に開く。魔法使いなら気付かない、気付けないほどだ。
だが、相手は、左足を踏み込み 、距離をつめた。体で右手が見えなくなる。
――右からの、手刀か突き…。対応が早い。
こちらの足が動いたのを見て、蹴りを予測し、それへの対処をしてきた。こちらが蹴りを放つなら、距離がなくなることでタイミングがずれ、威力は半減。しかも身体の反対側は無防備になる。だけど、
――フェイク!
開いた右足で、そのまま素早く横向きに足下を蹴り、走る方向を強引に変えた。ステップを踏むように、前進しながら半時計回りに一回転だ。
その回転の勢いと一緒に左足を大きく振りかぶる。そこから出来るのは、
――後ろ回し蹴り!
突然の攻撃変更で相手の反応を遅らせ、左足は自分の体が邪魔で見えない。フェイク重ねの小技だ。
相手の肩を狙った左足の踵が、真っ直ぐにそこへ伸びて、
「ッ…」
掴まれた。
――もう対応してきた!?
速く迫ってはずの踵が、相手の左手で掴まれた。
――…読まれてた…?
なら、次の手だ。
掴まれた踵を運動の支点とし、力を加え、自分の体を持ち上げた。体が軽いからできる荒業だ。
そのまま右足を振り下ろそうとして、しかし、相手は左足をつかんでいた左手を離した。その手で持って、今度はこちらの右手を掴みにかかる。
――く、狙い通りにはい かないか。
このまま攻撃が通れば、脳天に蹴りが直撃。実践なら勝ちを拾えた。防御に敵が動くのは当たり前だが、何故空いている右手じゃない?
――!? まだ、右手の構えを解いていない!?
右足を掴まれた瞬間、見えたのは相手の引いた右手。つまり、攻撃の準備のされた右手だ。
――避けないと…!
だが、動作の起点としていた左足は宙に浮き、右足は力が抜けきった上に相手に掴まれている。
動けない、そう判断した瞬間に、左の腹へと相手の手刀があたった。
ペチン、と全く攻撃力のない手刀。
――…今ので、死んでる。
実戦なら、今の手刀は長剣で、腹を斬られた自分は即死だ。
く、と奥歯を噛んで、緩んだ手を蹴って地面に降り立つ。すぐに距離を開けた 。
――やられてばかりじゃ…!
今度も左の楕円軌道で接近する。ただし、大っぴらに左の蹴りの準備を見せつけて。
技術もなにもない、速さと強さだけの蹴り。だから、
――防御するしかないでしょ!
避ける余裕はなく、相手は左に腕を構えた。もちろん自分にも攻撃の方向を変える余裕はない。
全力での蹴りが受け止められる。しかし、
――もう一発!
回し蹴りの要領で、今度は右の踵を打ち付ける。受け止められる。
――まだまだ!
また、左足、右足、左足…。
何回もそうして両足を打ち付け、相手を防御のままに引き付ける。
それを何十も繰り返し、相手と自分に慣れが見えた瞬間、
――今ッ!
打ち付けようとしていた右足を、相手の手よりもこち ら側で横に抜けさせた。
目に見えて相手の顔に驚愕が浮かぶ。予想だにしていない行動だろう。私も今さっき思い付いた。
抜いた右足を、勢いはそのままに、地面へと叩きつける。それが芝生を踏んだ瞬間、今度は左足を持ち上げた。
膝蹴りか、と相手は両手でこちらの膝を抑えにかかる。だが、
――違う。
その左足すら、攻撃するのではなく、自分の体の方へと抜けさせた。
結果、生まれたのは、何もない方向に防御を構えて視界を潰した相手と、右足一本で立ち、左足を体に引き付けた自分。
しまった、と後悔の色が相手の顔に浮かび、好機に自分は頬を緩ませた。
引き付けた左足を相手へと打ち出す。
顔面を狙った足裏を、相手は何とか防御しようと左手を動かした 。だが遅い。
相手の手が防御できるラインを越え、真っ直ぐ足が相手の顔へと迫る。そして、
――…。
右へと逸らせた。
肩の上を足が通過し、風を切る音が聞こえた。
――本当なら、今ので勝ちだ。
魔法をつかっていたなら、今の蹴りで一撃ノックアウトだ。
すぐさま足を引き、距離を取った。
仕切り直しというように、二人で構えなおす。
――結果は、五分五分…。
だから、これが、ラスト。
私から、と思って足を踏み込もうとしたときに、
「――ッ!」
相手が地を蹴って瞬く間に接近してきた。
予想していなかった行動に、体重移動が乱れた。崩れたかけた体勢をなんとか立て直したときには、眼前にあった相手の体。
接近と同時に相手が繰り 出したのは右手での手刀。それを左手で防御した。
続けざまに、相手は両手を使った連打を放ってくる。それにあわせてなんとか防御…防御するのだが。
――速い…!
ガシガシと迫る相手の両手を腕の前腕で防ぐのだが、それに速度が追い付かない。
力は抜かれているので痛くはない。だが、もしもこれが本当の戦いだったらと考えると…。
――魔法を使っていても、ボロボロだな。
なら、どうやってそれを止めるか。
――追えないのなら…。
腕は追い付かない。だけど、目でなら追える。だから、
――捕まえる!
迫った右手を、左手で捕まえた。
――行ける!
ここから、手を引っ張って、腹に蹴りを――
そう思った。しかし、動けるようになる前に、視界に入 ったのは緩んだ相手の口角。
――何を!?
思ったのも束の間、こちらの判断よりも先に相手の左手がこちらの左手の肘の関節を叩いた。
筋肉のない脆弱な部分への攻撃に、なし崩しで力が入らなくなる。思わず相手を手放した。
――しまっ…!
右手を急いで防御の構えへと持っていこうとするが、
「…」
ふ、と笑う声が聞こえた。
相手の左手がそのままこちらの右手をはねのけ、そして開いた両手で一緒に、
「ッ…!」
二つの手が、顔の両側から自分の首元へと迫り、そしてトンと叩いた。
――終わり、だ。
今、彼女の手は手刀だった。本気であれば、素手でも骨の一本でも折ったのだろうし、実戦なら剣を持っていて首を刎ねていた。
――二対一…。
負けだ。
緊張を解いた溜息を大きく吐き、ヘナヘナと地面に座り込んだ。
うへー、先週更新できなかった…すいません
べ、別にさぼっとったわけやないんやで!別の原稿が立て込んでただけなんやで!
今回は長い&pcの不調で携帯からの投稿のため、二つに分けて投稿です。②は明後日ごろに投稿予定




