第一章・前 早い目覚め
魔法使いの朝は遅い。
特に、研究を生業とする彼の場合は格別に遅い。
「十時…早く起きたな」
魔法使いは、ソファの上でノビをしたあと、起き上がる。
「あー…片付けないとなぁ」
目の前には、荷物の入った様々な木箱が所狭しと部屋中に散らばっている光景があった。
「引っ越しも、ちゃんと業者に頼むんだったなぁ…」
近所への挨拶とかもしなきゃなー、と立ち上がり部屋を出る。
長い板間の廊下。部屋は、目に入るだけで数十はある。
「ほとんど一生使うからって、ちょっと奮発し過ぎたな、こりゃ。基本独り暮らしの予定だったのに」
全然部屋割りも覚えてないし、と思い、見取り図を『呼び出す』。
右手で空中に円を描く。超簡易的な魔方陣だ。
すると、そこにこの屋敷の見取り図が呼び出される。
二階建て。厩舎、庭付き。庭には井戸。中央のエントランスを対称軸にした、コの字型の大きな屋敷だ。
「理想としては、アンシンメトリーな中規模屋敷だったんだけど、もうここしか残ってなかったからなー」
顔をあげて窓の外を見れば、丘の上にあるが故に、遠くまで見渡せる広い高山の景色と、丘の麓に集まっている小さな村が見えた。
世界地理的に言えば、アルプスのオーストリア方面、そこに近い所だった。
見取り図で目的の部屋を確認し、魔方陣を閉じる。
「たしか、管理人がいたよな…」
どこだ、と思って『鏡』を探す。
程なく歩いて、廊下にかけられた姿見を見つけた。
そこをノックし、
「すみません。管理人さんいます?」
問いかけた。
返答が返ってこない。
「すみませーん! 聞こえて――」
『ヤハハハ! 聞こえていますとも!』
低い声と一緒に鏡に出てきたのは、
『久々で用意が遅れました! 管理の精霊で御座います!』
白玉団子を半透明にしたような、人魂だった。
「えっと、君がここの管理人?」
『ヤー! 十幾年ぶりの御仕事に胸が高鳴っております!』
その『管理精霊』は、鏡の中でクルリとその白玉な体を回転させ、嬉しそうに跳ねた。
「なんて呼べば良い? 流石に名前がないとやりづらいんだけど」
『御自由に呼んでもらって結構ですとも! 以前の主人は、この性格から「バトラー」と呼んでくださいました! 他にも「セバス」や「クロック」、「シリウス」なども――』
じゃあ、
「シラタマ、で」
『…は?』
それまで意気揚々と鏡の中を飛び回っていた白玉団子が、いきなり止まる。
『いや、それはいくらなんでも…』
「で、シラタマ。早速お願いなんだけど、」
不満がありそうなシラタマを無視して命令を告げる。
「一階の部屋に、女の子がいるんだけど、どんな感じ?」
『…はい。ちょっとお待ちくだされ…。眠っておられますね。ベッドの上です』
まだ起きてない。
――奴隷商人の話だと、睡眠魔法の効果は今日の朝までだったよね。
だとすると、惰性で眠っているのか。到着する頃には起きるだろう。
「じゃあ、荷ほどきのこととか話したいから、ちょっと手伝って。シラタマ」
『…了解致しました。御主人』
やや不機嫌そうなシラタマとともに、廊下を歩いていった。
かなり説明をはしょってますが、次話で解説予定