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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第十三章・前② 追求

「すまんな、遅くまで付き合わせて」

「いえ自分も眠れませんでしたし」

 言って、チェスの駒を動かした。

 少し夜も更けた頃。屋敷のリビングには、テーブルの上の盤面を挟んで座る魔法使いと傭兵の姿があった。

「む、そうくるか」

 唸ったドラコは、少しの思案に入る。

 ドラコの弟子達は、二階の適当な部屋で就寝中。日がな一日、互いに手合わせをしていたのだから当然だろう。

「寝る前に訓練の指導なんぞするものではないな。体は疲れてないのに頭が興奮して眠れない」

 二人の訓練を見終わったドラコと、眠れずに手持ちぶさたにしていた自分は、その暇を潰すためにチェス盤を持ち出して対戦中だ。今は三戦目、互いに一勝ずつだ。

「…なんだかこう、お前の打ち方は意地が悪いな」

「なんですか、藪から棒に」

 ドラコは駒を動かし、顔をあげる。

「奇策家、というわけでもないし、攻め中心、守りを固くする、というわけでもない。恐ろしく無難な手を打ってくる」

 何が言いたいのだろうか。こちらのルークで相手のポーンを取った。

「別段強くはないが、隙を見せるような失敗はしてくれない。逆にこっちがミスをすればその穴をこじ開けてくる」

 意地が悪いだろう?、とドラコは微笑んだ。

「そんなにですか?」

「ああ、負けた言い訳を全く用意させてくれない。こんな可愛いげのない対戦相手とやって楽しい奴がいるものか」

 今度はこちらのポーンが取られた。

「…別に、俺は、失うのが怖いだけなんですよ」

 ポーンを取ったビショップを復讐とばかりに取り返す。

「珍しいな、強気な手だ」

「それはどうも」

 ドラコはポーンを一つ進ませる。

「…たかがチェスにまで、『あの事』を引き摺っているのか?」

 どのことだ、としらばっくれはしない。

「いえ、深層心理に食い込んでるトラウマみたいなものですから」

 トラウマか、とドラコは苦笑する。

「先輩はどこで俺らの話をお知りに?」

「ん? ああ、入学時と、学期末のときに人伝いにな。一時期は学院中で噂になっていただろう、良くも悪くも」

 お前のよりも年次が上の奴は大抵しっているはずだ、とドラコ。

「下の学年には何も無いのか」

「ええまあ。ちょうど良く情報が削られてますね」

 こちらも同じくポーンを一つ進ませる。

「…ところで、話は変わるが、質問してもいいか?」

「どうぞ」

 ナイトがそのポーンの上を飛び越えた。

「奴隷のあの娘のことはどう思っている?」

「…はあ?」

 予想外の言葉に、変な呻きを出す。

「…どういう意味で、でしょうか」

「なんだ、性的な意味で聞いてほしいのか?」

 嫌な笑みを浮かべたドラコは、腕につけていたブレスレットを弄んだ。何かの魔法石がつけてある。青色だ。

 天井を仰いだ。

 相手の聞こうとすることは把握している。自分は男で、あの子は女。戦闘やプロフィールについては夕方に全て話した。残っているのは、

――俺があの子を好きなのかどうか。

 「好き(like)」ではなく「愛してる(love)」の話だ。

「…あまり、そういう話はしたくないですね」

 そのことを口に出せば、もう二度と戻れない気がして。

「困ったな。私はどうしても聞きたいんだが」

 ふうむ、とわざとらしくドラコは悩む。

「そうだな。じゃあ、私がもしこの勝負(チェス)に勝ったなら、答えを聞かせてくれないか」

 言われた提案に、盤面を見た。どちらが勝っているとも言えない。強いて言えばこちらに有利に見える。

「交換条件が欲しいですね」

「交換条件か…」

 悩みかけたドラコは自分の服装――戦闘用の下着を見て顔をあげた。

「お前が勝てば、私の持っている戦闘用の魔法技術、何かの一つ教えてやろう。たかが色恋沙汰と引き換えに出す条件としては破格だぞ?」

 言われた言葉に、少し気持ちが揺らぐ。

 ドラコはほとんど手練れの傭兵。その技術は、こと戦闘に関しては学生時代の自分なんて比較にならないものだろう。その技術は、

――…おいしい。

 研究に応用できる部分もあるかもしれない。何より、実験室ではない現場で培われたノウハウには興味がある。

「わかりました、受けましょう」

 言って、ビショップを動かした。

「そうか、なら…」

 不意に、ドラコは不適な笑みを浮かべた。

ありがとう(・・・・・)

「え?」

 呟いたが、ドラコが駒を動かした。

 まさか、と思い、全ての駒を確認する。

――一番キングに近いのがあれで、それが次にこうくるのを防いで…あ、でも、こっちからチェック掛けられて…。

 数十のパターンを考えて、

「…もしかして俺、もう負けてます?」

「さあ? 足掻いてみるか?」

 返答はイエスだ。

「ポーンを取っただろう? あれが完全に失策だった。あれでこっちの勝ちが決まった」

「…」

 最後の足掻き、とキングを逃がす。

「…チェック」

 ビショップが来た。クイーンを盾にした。

「…チェック」

 ポーンが二つ先に。キングを一つ動かす。

 ドラコはふ、と笑った。わかっている、もう終わりだ。

「――チェックメイト」

「…卑怯でしょ、それは」

 勝ちを確信されてから、賭けを持ち出されたのだ。文句の一つも言いたくなる。

 ハア、とため息をつき、テーブル上のグラスの水を煽った。

「――では、約束通り聞こうか。お前があの娘のことをどう思っているのか」

 見つめるドラコの顔に、またため息をついた。

「俺があの子のことをどう思っているか、ですか…」

 噛みしめ、悩むようにその言葉を呟く。

――…違う。

 本当は、その答えは出ている。あの子を抱きかかえたとき、暴漢から守ったとき、初めて会ったときから。

 だが、言うのが恐い。もしも口に出してしまえば、避けようのない現実、言霊として自分にまとわりついていくのではないかと思ってしまって。

「…好き、なんだと思いますよ」

 溜め息と、頭を掻く動作と一緒に言葉を吐いた。

 ドラコの顔が綻ぶというよりニヤケる。

「だけど、」

 その逆接に、ニヤケが訝しげなものになった。

「俺は、それがどういう『好き』なのかがわからないんです」

 困惑しているドラコを無視して、吐露を続けた。

「『愛してる(love)』と『好き(like)』の間の感情、いえ、どちらかというと『愛してる(love)』寄りです。それを自分が持っているのは解ります。だけど、それがどういうモノなのかがわからないんです」

 繰り返す。

「俺は、彼女のことを心から好きなのか。それとも、保護欲や父性感から、家族愛のようなものを持っているのか。そして、」

 ため息をついた。自分は何をやっているんだ、なんてバカなんだと自嘲するように。

「彼女を『あの子』に被せて、罪悪感か思い出で彼女を慰めにしているのか、です」

 ドラコはゆっくりと間を開けたあと、ため息をつく。

「…どの感情かわかったら、どうするつもりだ?」

 どうするつもり、か。どうするつもりなんだろうか俺は。

 やりたいことは山ほどある。

 すぐに彼女を押し倒し、めちゃくちゃに可愛がりたい。それか、優しく頭を撫でて子供のように遊んであげたい。

「一つ目なら、ギュッと抱き締めて、耳元で囁きますね、「愛してるよお姫様」とか。その後は、お姫様抱っこでキングサイズの天蓋に連れていって押し倒して、いい子いい子しながら一週間ぶっ続けで可愛がります」

 ぷ、とドラコが吹き出した。

「二つ目なら、撫でながら「お父さん頑張っちゃうぞ〜」とか言いつつ、両手で脇つかんで高い高いしますね。「私そんな歳じゃないです!」とか言われたらポイント高いかも知れません」

 言っていて戯れ言だと思う。己には、そんなことをする資格も、勇気もない。

 ハハ、とドラコは空虚に笑う。

「変態的だな、十二分に」

「はい。自分でも言ってて思いました」

 自分でも、冗談か本気なのかわかりかねる。

「…三つ目なら?」

 三つ目――それは言いたくなくて、だけどきっと言わなきゃならない。

「…あの子に生前贈与する手続きを全部したあと、黙ってこの家を出ますね。行方不明が一年続いたら死亡扱いでしたよね? あとは適当にシルクロードで東方目指して、タクラマカン砂漠辺りで野垂れ死にます。それか、ハイルディのところへ行って、「サイテー」と罵られながら首をネジ切られるか」

 ドラコは呆れたような半目を見せる。

「…やりすぎじゃないか?」

「はい。自分でも言ってて思いました」

 はあ、と肩の力を抜いて、脱力。ソファに体重を預けた。

――…もう、逃げられない。

「ともあれ、俺はあの二人が被って見えてしょうがないんです」

 。しかも、今大事な人に、昔の女を被せる形で、だ。

「最低ですよね」

 言うと、ドラコはチェスの駒を片付けながらため息を吐く。

「知らん。お前のような奇特な人生をこっちもおくっているとは思うな」

「先輩も十分奇特に生きてると思いますが」

 投げっぱなしには皮肉でかえしておく。

――…言っちゃった、な。

 本当は、自覚したくなかった。自分の、彼女への気持ちを。

 きっと、この気持ちは正しくて、何かしらの愛情の線が自分から彼女に向かっている。必死に言い訳をし、蓋をしてきた感情だ。

 だけど、その動機は、内容は、多分正しくない。

 本能は何も考えずに彼女のことを愛したいと思っている。だが、理性が、記憶がそれの邪魔をする。お前にそんな資格はない、「あの子」のことを忘れたのか、と。

――ただ、だけど、

 恐らく、自分の理性はもう負けてしまっているのだ。あの、檻の中の暴れていた少女を選んでしまったあの瞬間に。

――…足掻いている。

 理性が、本能に取り込まれないようにと一マスずつ逃げている。

――足掻いて、気持ちを誤魔化そうとしている。

 考えれば考えるほど滑稽だ。答えは出ているはずなのに、なんとかそれを否定しようとしている。

「…恋愛って、面倒くさい」

 恨むように小さく呟いたのが、音だけはドラコに聞こえたらしく、顔だけこちらに向けた。心情のト書きをつけるなら、今何を言った、だ。

 グラスの水を煽り、グラスに天井の灯りを透かす。

「結局、俺にはどうすることもできません。会ったのだって一月前。関係性は主人と従者、教師と生徒以上にはありません」

「そんなことを言って、お前は二度もあの娘の命を助けているのだぞ? 何かしらの繋がりが在って然るべきだろう?」

 繋がり、か。

「傍目から見ていて、俺たちの関係ってどう見えます? 俺とあの子」

 どう繋がっているのか。何で繋がっているのか。

「言って良いのか?」

「ええどうぞ」

 何故か聞いたドラコは、チェスの中から、白のクイーンとキングを取り出し、盤の中央に一マスの間隔を開けて置いた。

「――見ていてイライラする両思いの男女」

 その言葉に、今度半目になったのは自分だった。

「どういうことですか、それ」

「どういうも何も、そのままだ」

 ドラコはキングとクイーンを向かい合わせ、近付けたり離したり…。

「見ていてわかるほどお互いを意識しているのに、なにかと理由をつけてくっつかない。傍観者の立場からすると、苛立ってしょうがない」

 言われた言葉に溜め息。

「やっぱり、そう見えますか…?」

「なんだ。自覚があったのか?」

 ドラコはクイーンとキングを引っ付け、グリグリとお互いを交わらせ合う。もうそれはかなり際どい比喩表現じゃないか。

「ええまあ、伊達に女ったらしはやってませんでしたから。自覚はしたくありませんでしたけど」

 彼女の気持ちは、おおよそ予想がついている。分かりやすすぎると言っても過言ではない。

 自分のことを好いてはないかもしれないが、男として人として信頼や好感を抱く仲にはなっている。そこから口説いて自分に惚れさせる程度の技能と自信は持ち合わせている。

「それなら話が早いだろう」

 駒をしまったドラコは自分のグラスに水を注ぐ。

「――ベッドに押し倒して気の済むまで満足させてやれ」

 ぐ、と水が一気飲みされる。「酒はないのか」飲める人間がいないので置いてない。

「だから、俺はそれが嫌なんですって」

「何故だ? したいのだろう?」

 何故ってそれは…。

「そりゃ、出来るならしたいですよ。どうしようもなく襲いたくなる時もあります。だけど、それはダメなんです」

「なぜ?」

 質問を下げてはくれない。言うしかないのだろう。

「また、俺は『あの子』のことを繰り返すんじゃないかって」

 またか、とドラコは溜め息。

「状況も、人も、原因も違う。お前も変わっている。何より、お前の思い人はそんなか弱い存在なのか? 物理的にも、精神的にもだ」

 ドラコの言葉に間違いは何も無い。非の打ち所のない正論だ。

 だけど、いや、だからこそ、

「…ダメなんです。思ってしまうんです。そんなことをすれば、きっと壊れる。俺も彼女も、いろんな関係も」

 ドラコはバカにしたように鼻をならした。「意気地無し」

「そうですよ。俺は臆病者です。だから研究職なんかについたんですし、女ったらしだったんです」

 開き直ると、ドラコは諦めたように力を抜いた。

「…だったら、最後の手段だ。媚薬だの興奮剤だの精力剤をしこたま飲ませて、お前たちを小部屋に閉じ込めてやろうか? 丸一日性欲と戦うことになるぞ。我慢できたら褒美をやろう」

「もうそれ犯罪じゃないですか。趣旨変わってますし」

 細かいことは良いんだよ、とドラコ。全く細かくない。

「…そろそろ寝るかな。ようやく眠気がやって来た」

 ドラコはソファから立ち上がり、ドアへと向かう。

「…最後に、人生の先輩からの忠告だが、」

 その手前、こちらを振り向き、言う。

「何十年も前の過ちを引き摺ったところで、得られるモノなんて知れている」

「…肝に命じておきます」

 まだ自分の場合は八年だ。

 ドラコが部屋から出ていくと、リビングに残ったのは先ほどのように自分だけ。

 机の上には、微光灯の光に乱反射した水の入ったポットが一つ。

 その光は優しく眠気を誘うようで、思わず欠伸をした。

「…寝よう」



汚い!さすがに大人汚い!


ようやくキリのいいところまでこれた気がする。


はやく動きが書きたいよう…

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