第十三章・後 追究
2013/7/16
コピペの問題で欠けていた部分を前話に発見したので入れました。魔法使いが若干サドとロリコンが入った変態に近づいただけです。
意識の混濁から、ゆっくりと解放されていく。
――私は、確か、えっと…。
少女はゆっくりと目を開けた。
天井がまず目に入る。部屋の灯りは少し暗い。蝋燭が部屋の端にあるぐらいだろう。
――そうだ。一度起きて、仕事をしようとしたら、目の前がフラフラして…。
自分が寝ていたベッドの上で起き上がる。
「あ、起きた? 召し使いちゃん」
左隣のすぐ横。同じベッドで枕を背にして座り、眼鏡を掛けて何かの本を読んでいたのは、透けるタイプの紫のネグリジェを着たハイルディ。その顔の横には、魔法で作っているのだろう、オレンジの光を放つ光の球が浮いていた。
「えっと、あの…」
「着替えたときに起こしたと思ったんだけど、よく寝てたみたいで良かったよ」
よいしょ、とハイルディはこちらの額に手をあてる。
「うん、熱は下がってるね。魔女の術まで使ったかいがあったよ」
本をパタリと閉じたハイルディは、傍らに浮かぶ光球を、ベッド横に置いてあったランタンの中に入れた。
――えぇと、私はどうして…。
この状況に至った経緯を思い出す。
――シーツを被って、この部屋から出て、だけど視界がフラフラになって…。
何かを踏んで滑って、そして、
――また、裸を見られた!!??
スースーと背中が涼しかった感触を覚えている。
――待ってじゃあ…!!
ガバッ、と被っていた掛け布団をめくり、自分の下半身を見た。
――良かった、着てる…。
そこには、ちゃんと下着と寝間着を着けた自分の体があった。
「あ、流石に裸じゃなんだと思って、私のお古のパジャマ着せておいたから。下着はあいつから渡された奴」
ふう、と安堵の溜め息をつこうとして、
――待って、全裸の状態から着替えさせられたってことは…。
恐る恐る、ハイルディと目を合わせる。
「あー、成長が遅いといろんなところの無駄毛処理しなくていいから楽だね。あと、太ももの内側にホクロあったよ」
一瞬の間を置いて、頭が沸騰した。
「う、うぅ…見ないでくださいよぉ…」
そのまま前のめりに、布団に顔を埋めさせる。
「良いじゃない、減るもんじゃなしに」
こちらのプライドと羞恥心が削られている。
ぐ、と少し涙の滲んだ顔で相手を見上げると、
「…あ、ちょっとコレは…」
ヤバい、とハイルディは少し目線を反らす。
「何が、ですか?」
「いや、ちょっと…。今の目は、ぐちゃぐちゃにしたくなるぐらい可愛かったから…」
誉められているのか貶されているのかわからない。
「あいつも、我慢するの大変だろうなぁ。すぐさま飛び掛かりたいぐらいだろうに…」
あいつ、が魔法使いを指すのは解るが他がわからない。何を言っているんだこの人は。
「ま、それよりも、」
一休み入れたハイルディは、悪戯な笑みを浮かべ、
「ガールズトーク、しよっか?」
「始めに聞いておくけど、どこまで平気?」
キングサイズのベッドに寝転がったハイルディが、光球をベッドの上に浮かばせながら聞いてきた。
「どこまで、と言いますと?」
「うーん、そうだな〜」
一瞬悩んだハイルディは、同じように寝転がっていたこちらをいきなり抱き寄せる。相手と自分の胸がくっつき、顔は数センチのところまで近づいた。離れようとするが、なかなか強い力で押さえられていて動けない。
ハイルディの指がこちらの口元に添えられ、唇がゆっくりと撫でられる。細い指の感触に、否応にでも頬が紅潮する。
「ここ、の話題とか」
そのなぞる指は徐々に下に降りていって…。
頤、首筋、鎖骨。
「ここ、とか…」
胸の間に来たとき、指はくすぐるように一度くるりと回る。
自分の鼓動がその指を通して伝わるようで、トクントクンと音が聞こえる。
尚も下がる指が降りていく先は、鳩尾、ヘソ、骨盤、そして、
「ここの話も――したい?」
止まる。
――え、え、これ、この空気は…!!??
まさか襲われるのか。どうなる。どういう状況だこれは。
顔を真っ赤にして硬直していると、ぷ、と突然ハイルディは吹き出して、
「いや、ホント面白い。面白すぎるよ召使ちゃん」
頭をクシャクシャと撫でたハイルディがゆっくりこちらの体を離してくれた。慌ててベッドの上で距離を取る。
「うーん、そんな露骨に逃げられるとヘコむな〜」
笑顔で言うので全くその気がしない。
「お、お手柔らかに御願いします…」
「善処しま〜す」
言った後、ハイルディはメガネを外し、魔法で開けた異次元収入スペースにしまう。
「じゃあ、まあまずは定番の質問でもしようか」
ん、とわざとらしく自分の唇にハイルディは指をあてる。
「好きな人、いるぅ?」
演技掛った声。ウィンクと一緒に問いが来た。この人はどこまで本気なのかわからない。
「…私の交友関係、親しい男性は三人しかいないんですが…」
今はない故郷ならまだしも、仕事以外で関わっている親しい男性は数えられるだけしかいない。六歳児、黒竜、そして自分の主人。
「えっと、うん。じゃあ質問を変えよう。もっと私の知りたい情報がすぐわかるものに、ね」
ふふ、とハイルディは笑う。
「召使ちゃんは、自分のご主人サマのことをどう思ってる?」
――それは…
「恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味で」
逃げ道を封じられた。いや、そもそも用意されてなかった。
「…頼れる人、だとは思ってます」
実質、一度は命と貞操を救われているのだ。この熱の原因となった戦争でのことも、恐らく彼が助けてくれたのだろうし、「どこぞの変態に買われなかった」という意味では、彼に奴隷として買われたのもある種の救いだったのかもしれない。…変な場面でキスや添い寝があるのは別として。
「それだけ?」
やはり、ハイルディの悪戯な顔は変わらない。
魔女が何を求めているかはわかっている。
――私が、彼のことを好きかそうじゃないのか。
しかも、「好き」ではなく「愛している」だ。
「…わかりません」
確かに、彼のことを考えたりする時間は以前より増えた。朝ご飯が少し残してあると心配するし、授業中に目が合うと鳩尾のあたりがキュッと締まる。
だが、それは「好き」や「愛」の感情ではない、と思う。それらは、異性との関わりで感じる一般的な恥ずかしさだと思うし、「彼が死んだら自分はどうなるんだ」や「どうせ自分は一生彼の奴隷だ」という責任感や諦め、必要に差し迫られての感情、であるのではないか。
「そこで『嫌い』って即答しないあたり、十分に脈アリだと私は思うのだけど?」
――悪戯を通り越して、この人は意地悪だ。
「私があの人のことを好きにしろそうでないにしろ、私にはどうにもできないじゃないですか」
話を逸らすように言うと、ハイルディはキョトンと疑問符を浮かべる。
「どうして?」
「だって、私は奴隷で、あの人はその主人。私は彼に絶対服従で、そこに愛や恋なんて存在する以前の問題、ですよね」
彼が私を欲すれば、私は必然と自分を差し出さなければならないのだし、そこに同意や思いは関係ない。逆の場合は、何の効力も持たない戯言だ。
「んー、召使ちゃんの振る舞いとか見てて思うんだけどさ。どうしてそんな地位とか身分に拘るわけ? さっきも、『私の生きる目的は無償奉仕することです!』みたいな感じで働こうとしてたじゃない」
ハイルディは、表情を変えずに、だけど雰囲気を何故か、何かに苛立ったようなものに変えた。
そんなの、決まっているじゃないか。
「それが、私たちに決められた運命で、未来だからじゃないですか。変えるべきものじゃない、変えられるものではないと思います。それ、にゃッ――!!??」
自分の意見を言おうとしたところで、ハイルディに両の頬をつまんで引っ張られた。
「にゃ、にをッ!?」
「いや、こいつ何うだうだ言ってんだ、ってイライラして」
すぐに手が離された。ゴメンと言いつつ謝られた気がしないのは気のせいじゃない。頬がヒリヒリする。
「で、続けて。それに、何なの?」
「えっと、はい。それに――」
自分の背中を意識した。そこに書いてあるはずの紋様だ。
「私は、物理的にも精神的にも彼に逆らえない。この背中に書かれた、『見えない枷』が、何よりの証拠です」
言うと、またハイルディは疑問符を浮かべる。
「えっと、その比喩表現は、もしかして人体拘束用の中級魔法のことを言ってる? 焦げ茶みたいな色の奴」
「はい。確かそんな感じのものです」
「あなたが買われたのって、ローマ西区の奴隷商店――あー、顔がすっごいゴツゴツしてる小っちゃいオッチャンのお店だよね?」
「まあ…多分そうだと…」
奴隷商人の顔なんてほとんど覚えてない。背が低かったのは記憶に残っている。
「アイツ、言ってなかったのかな…」
独り言をつぶやきながら、ハイルディは空中に円を描いた。金色の魔法光を伴って描かれた魔法陣が完成すると、そこに描いた本人である魔女の顔が映る。
「通過する光を完全反射して…いや、普通に鏡を生み出す魔法だと思ってくれればいいや。私、理系よりで説明したがるから気を付けてね」
ハイルディはそれを二つ生み出し、片方を私の後ろに、もう片方を私の横に持っていく。
「この一か月で、自分の背中を見たことは?」
「ない、ですね。わざわざ奴隷の印を見たいとも思いませんでしたし」
二つの鏡を経由して、ネグリジェに覆われた自分の背中が見えている。
「背中、ちょっとパジャマあげさせてもらうね」
ハイルディがネグリジェを上げると、もちろんそこには、
――あれ…?
ただ白い、自分でも驚くほど綺麗な肌があった。
――あの紋様がない…?
丸っきり素肌、というわけではない。上の下着を着ている。だが、それで覆われている肌はほんの一部で、自分が記憶している『見えない枷』の大きさはそんなもので隠れるサイズではなかったはずだ。
「ぶっちゃけね、あれってほとんどフェイクなんだよ」
ハイルディは鏡を消しつつ言う。
「あの魔法って、割かし高度な技術が要るの。使える奴はそうそういないし、業者に頼むとしたらお金も掛かる。それを、毎月入荷してくる有象無象の奴隷全部にしてたら赤字になっちゃう」
檻の中で暴れてたりした? その問いへの答えはイエスだ。
「じゃあ、君のは本物だったかもね。もしもの時には取り押さえられるようにしてたのかもしれない。大抵は買われたときに顧客の希望でつけるんだけど」
だけど、少なくとも自分の主人は、それをつけなかったし、元々の紋様を消した。
「あいつは、そんな脅しや拘束で人の運命をどうにかしようとする奴じゃない。それだけは断言できる」
あ、コネと金関係は別だけどね、とハイルディは付け加える。
――でもじゃあ、
「どうして黙ってたんでしょうか。別に隠すことも…」
「んー、なんでだろ。初対面のときになんかなかった?」
何も、と思い掛けて、
『いやはや全くその通り。ただわたくし個人の意見としては、些か胸囲がお粗末ですな』
『ふむ――AAカップですな』
思い出した。一回目の、素っ裸を見られたことだ。
「…ありました。話そうと思ってたことを忘れるぐらい強烈な奴が」
無理もない。ほとんど初対面の時に、少女と全裸でやり取りすることになれば言いたいことも忘れる。
――あの白饅頭お化け…!!
責任はそこに行くらしい
「…まあ何か事情があったならそれでいいんだけど」
ハイルディは眉をハの字に曲げて苦笑する。
「…あの、聞いていいですか?」
「ん? どうぞ?」
疑問の前置きを言うと、即答の承諾が来る。
「どうしてまた、こんな話題を振ったんですか?」
「あいつをどう思っているか、って話?」
問いに対する問いに、首を縦に振った。
「そりゃ、幼馴染みで、元カノ?の立場としては、あいつの今の恋愛が気になるわけだし、年長者で魔法のプロフェッショナルな私としては、後輩みたいな召し使いちゃんのことが心配なわけよ」
はて、ハイルディに学院に入学したことは伝えただろうか。浮かんだ疑問には、魔法使いが言ったのだろうという安易な答えを与えておく。
「ま、私が、アイツとの恋愛で言えることは一つだけ」
一呼吸置いたハイルディは、昔を懐かしむように笑い、
「アイツは、絶対に付き合った相手を不幸にはしない。心から愛してくれるし、別れたいと言えば、あと腐れなく、しかも幸せな別れ方をしてくれる」
安心していいよ、とハイルディ。何に安心すればいいんだ。
「あ、でも、セックス関係は優しくないかなぁ。あの手この手でぐっちゃぐちゃにしてくるし、丸一日足腰立たなくなったこともあるし」
突然のカミングアウトに思わず吹き出した。
「何を、いきなり…!」
「処女の相手もある程度慣れてるだろうから、破瓜の辛さはあんまりないとは思うけど」
生々しい話に少し顔が紅潮する。
「あの、その…やっぱり、どんな感じなんですか?」
「どれが? 行為そのもの? 感覚? 異物感?」
想像したモノに、自分でもウワァ、と戸惑う。
「そ、総合的に…」
「うーん、最近は男役ばっかだしな〜。オンナノコの気持ちって言われても、言葉にしにくい」
じ、と自分の視線が下に――ハイルディの股下へと行き掛けたの食い止める。
「えーと、じゃあ、ハジメテというか、初夜というか…」
「処女喪失? それも十年は昔の話だしな〜」
隠語で伏せようとしたこちらの努力を魔女は無に返す。
「どんないい女でも、それを経験できるのは一度きりだからね」
強いて言えることと云えば、とハイルディ。言うことは誰も強いてない。
「相手如何によっては死ぬほど痛いから、気を付けてね」
はぁ、と解ってるのかよくわからない返事をした。
「あ、そろそろ…」
そんな呟きをハイルディが発したのは、イロイロあった少しあと。
「い、いきなり体揉みくちゃにするとか止めてくださいよ!」
「ゴメンゴメン。年下の女の子見ると、つい意地悪したくなるじゃん?」
自分は乱れた寝間着をなんとか整える。話していたら、何故かいきなりハイルディに押し倒され、身体中をくすぐられたり撫でられたりした。それで済んだだけ行幸というべきか。
「…そろそろって、何がですか?」
「んー? まあこっちの話って言えばこっちの話なんだけど」
ハイルディは自分の胸元に手をあて――胸の谷間に手を突っ込み、中から何かを取り出す。青くて小さい石だ。
「それは確か…」
朦朧とした中で見た記憶では、あの声がクールな女性、ドラコがハイルディに渡していたものだったはずだ。
「ちょっと待ってね〜」
ハイルディが口を小さく動かして何かを呟いた。すると、その石が弱く光だす。
「これは…?」
「待ってね、音量調節するから」
音量調節?、と頭を捻っていると、
『――チェックメイト。私の勝ちだな』
『…卑怯でしょ、今のは』
その青い石から、ドラコと魔法使いの会話が聞こえてきた。
「これね。先輩さんがくれた、短距離通信用の魔法石なんだ。魔法学院で作られてるのに比べたら精度は雲泥の差だけど、隣の部屋ぐらいなら楽々通じるんだ。その受信機」
そんな会話をいつの間に?
「ハンドサインって解る? 声を使わずに、規定の手振りだけで情報伝達するんだけど、先輩さんと君らのやり取りをする時に話してたの。私こっちをやりますね、じゃあ私はこっちだ、みたいな」
「…なんのために?」
ハイルディは質問には答えず、顎で魔法石を指す。
『――では、約束通り聞こうか。お前があの娘のことをどう思っているのか』
――なっ…!?
ドラコの声で聞こえた魔法使いへの問いに、目を剥いた。
ハイルディを見ると、薄い笑みを浮かべている。
「言ったでしょ? 『あいつの今の恋愛が気になる』って」
――だからってこんな…!
訳のわからなさに口の端がピクピクと痙攣した。「つーか見ててイライラするから早くくっ付けよとか思ってたり」「…え?」「何でもない何でもない。聞き流して」
『俺があの子のことをどう思っているか、ですか…』
彼の声に、鼓動が早く、強くなる。まるで耳のすぐ横に心臓が有るみたいだ。
少しの沈黙。溜め息のような息の音が聞こえた。
『好き、なんだと思いますよ』
何故か目尻に涙が浮かび、どうしていいかわからず唇が震えた。
「嬉しい?」
ハイルディの問い掛けに答える余裕はない。紅色の頬を見られぬようにと顔を伏せた。
『だけど、』
しかし、予想外の逆接に鳩尾の辺りが冷える。
『俺は、それがどういう『好き』なのかがわからないんです』
冷えと同時に、理解できない発言への混乱が脳を駆け巡る。
『『愛してる』と『好き』の間の感情、いえ、どちらかというと『愛してる』寄りです。それを自分が持っているのは解ります。だけど、それがどういうモノなのかがわからないんです』
彼はそれをもう一度繰り返す。
『俺は、彼女のことを心から好きなのか。それとも、保護欲や父性感から、家族愛のようなものを持っているのか。そして、』
また、溜め息。
『彼女を『あの子』に被せて、罪悪感か思い出で彼女を慰めにしているのか、です』
その『あの子』が自分を指していないことなのはすぐに解った。
『…どの感情かわかったら、どうするつもりだ?』
ドラコの問いに、また少しの間が空く。
『一つ目なら、ギュッと抱き締めて、耳元で囁きますね、「愛してるよお姫様」とか。その後は、お姫様抱っこでキングサイズの天蓋に連れていって押し倒して、いい子いい子しながら一週間ぶっ続けで可愛がります』
ぶ、と吹き出した。何を言っているんだこの人は。
『二つ目なら、撫でながら「お父さん頑張っちゃうぞ〜」とか言いつつ、両手で脇つかんで高い高いしますね。「私そんな歳じゃないです!」とか言われたらポイント高いかも知れません』
何のポイントだそれは。
石の向こうからきこえたのは、ドラコの乾いた笑い声。
『変態的だな、十二分に』
『はい。自分でも言ってて思いました』
少しの自虐的な二つの笑い。それが収まると、諦めたような溜め息がまた一つ。
『三つ目なら…?』
数秒の間。自分の唾を飲む音がよく響いた。
『…あの子に生前贈与する手続きを全部したあと、黙ってこの家を出ますね。行方不明が一年続いたら死亡扱いでしたよね? あとは適当にシルクロードで東方目指して、タクラマカン砂漠辺りで野垂れ死にます。それか、ハイルディのところへ行って、「サイテー」と罵られながら首をネジ切られるか』
『…やりすぎじゃないか?』
『はい。自分でも言ってて思いました』
笑いは生まれない。ハイルディの方を見ると、鼻で溜め息をついて半目になっていた。「そこまでしないかな。四肢裁断ぐらい」それはもっと酷いんじゃないか。
『ともあれ、俺はあの二人が被って見えてしょうがないんです。しかも、今大事な人に、昔の女を被せる形で、です』
最低ですよね、と魔法使いは同意を求める。
『知らん。お前のような奇特な人生をこっちもおくっているとは思うな』
『先輩も十分奇特に生きてると思いますが』
そこで、二人が何かを飲む音が聞こえた。テーブルに置いてあった水だろうか。
『結局、俺にはど――ることもできません。会ったのだって一月前。関係性は主人と従者、教師と生徒以――はありません』
『そんなこ――言って、お前は二度――の娘の命を助――いる―だぞ? 何――らの繋が――在って然――きだ――――』
二人の会話が雑音に紛れて消え、聞こえなくなる。
「あー、そろそろ寿命か。既製品はやっぱ性能悪いね」
魔法石がその光を失うと、そこには黒ずんだ石があるだけだった。
「はい、おしまい。思うことはいろいろあったと思うけど、何か聞きたいことある?」
ハイルディは黒ずんだ魔法石を異空間に放り投げ、こちらと視線を合わせた。
「…『あの子』って、何処の誰で、どんな人なんですか?」
やっぱり気になるよね、とハイルディは虚しい笑いを作る。
「そうだな…私達、私とアイツには、大事な人がいたんだ。一蓮托生、運命共同体、みたいな」
いた。その言葉が表しているのは、その人がもう会えるような場所にいないと云うこと。
「それは、学校の友達のような…?」
「ううん、違う。一言で言えるような簡単な関係じゃなかったし、友達みたいな生易しいものじゃなかった」
うん、とハイルディは意味のない呟きを発する。
「あの子が居て、そして居なくなったから私とアイツはお互いを求める関係になって、そしてその関係をやめた」
自分に言い聞かせるように、ハイルディは呟く。
「その人と、一体何があったんですか…?」
聞くと、ハイルディは小さく笑みを浮かべ、こちらの頭を撫でた。
「それを私は言いたいし、あなたも知るほうがいいと思う」
だけど、とハイルディは前置きする。
「あなたは、それを君が好きかもしれない、君を好きかもしれない人の口から直接聞くべきだと思う」
だから私は言わない。言えない。
そこまで言って、ハイルディは浮いていた魔法の光球を消した。部屋に入り込むのは、窓からの星明かりだけだ。
「寝よっか」
それは、もう話すことはないという相手の意思表示だった。良いタイミングで、自分の口が大きくアクビをする。
「抱き枕にしてもいい?」
聞いてきた相手に、溜め息と身を預けることで承諾を示す。抱きついてきた胸が背中にあたって気持ちいいやら悔しいやら。
「ねぇ、召し使いちゃん」
「なんでしょうか」
布団のなかに潜り込むと小さな声が後ろから聞こえた。
「ううん。何でもない。髪の毛、良い臭いがする」
「はい。あの人に貰った、学院製の石鹸使ってますから」
いいねそれ、今度ちょうだい。
返答は頷きで返した。
二人ともが無言でいると、徐々に瞼が落ちてくる。獣人とはいえ、自分もよくもこんなに寝られるものだ。
ゆっくりと眠りの中に落ちていく。だけど、その途中で、
「…アイツを、お願いね」
ハイルディの声。
「あの子の、こと、忘れさせて、あげて、ね」
えずきが一度、聞こえた気がした。
なげぇぇぇぇ!
ただその一言に限る。
覚えてないかも知れないけど、魔女って両性具有なんよ。穴も竿もついてんのよ。だからハイルディは男役なんよ。
次回は、「十三章・前2」と称して、ドラコと魔法使い先生のやり取りをまとめるつもりです




