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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
27/75

第十三章・前① 追及

「…あー、動きたくない~!」

「…今すぐベッドにダイブしたい…」

 死屍累々。

 魔法使いの屋敷のリビングでは、ハイルディと魔法使いがそれぞれ別のソファに寝転び、ぐったりと愚痴を吐いていた。

 横長二つ、一人用二つのソファに囲まれたところには低いテーブルがあり、少し温くなった冷水のポットが置いてある。

「立場ってめんどくさいぃ~!」

「責任ってどうしてこうもイライラさせるもんなんだろうか…」

 日付は、神聖ローマで魔法使い達が敵軍――神教旧派(カトリック)の夜襲にあった日から数えて三日後。時間は、ちょうどあの時と同じ、日没後すぐの時間帯だ。

 どうして自分たち二人がこんなにも疲労困憊でソファに寝そべっているのかというと、

「魔女会のババアども! 何をそんなに追求したいんだよ!」

「学院長怖すぎるだろ…」

 それぞれの責任問題からだった。

 敵軍自体は、バチカン本国からの援軍や前陣の精鋭が戻ってきたお陰で撃退できた。問題はそのあとだ。

 ハイルディが所属している魔女の同業者組合(ギルド)見下ろし山(エーデルブロッケン)」、通称「ブロッケンの魔女会」がハイルディに出頭命令を出したのが一昨日。ドイツ中央部のブロッケン山に隠れ里としての本部を持つ、その魔女会にハイルディが行ったのが昨日。片道五時間の旅だ。

 そして自分はと言うと、奇襲のあったその日に、バチカンから援軍で来た魔法使い部隊の幹部陣に呼び出された。「急すぎ。やったことないテレポートを即席とか無茶言うな」「でも手柄立てさせてくれてありがとう」と、小言と礼を言われたあと、何故かなし崩しに祝勝会に引き込まれた。

 飲めないくせにロシアのウォッカをガンガン飲まされ、へばっていた所を筋肉ガチガチなソッチ系の軍人に男娼と間違われるが何とか逃亡。伝言だけ残して、文字通り逃げるように屋敷に戻ってきた。

 が、次の日、今度は学院に呼び出される。行った先は、直接学院長ところだ。

 御歳八十だか九十だかの長い髭が特徴的な学院長は、口元は微笑ましいのに目が笑ってなかった。

 穏やかな口調だったが、言っていた内容を要約すると、

「秘匿技術勝手に流出させるとか何考えとんねんお前。どう落とし前つけてくれるんや? 兄ちゃん」

 これで流出させた先が国内組織ではなく国外だったなら…あまりその先を考えたくない。

 カネが一番、クニは二番の学院にとって、経済的政治的カードとしての技術は欠かせないのだろう。緊急事態かつ技術の先駆者だからといって、カードを無駄遣いした罪は重い。

 その「落とし前」として、

「今年中に今研究してる奴の結果だせや?」

 と脅しを掛けられた。肝が冷えたが、先週に完成していた通信用の魔法石を秋ごろに提出しておけば大丈夫だろう。あっちが技術をカードとして使うならこっちもカードにするだけである。

 そして次の日、またも学院に呼び出される。今度は警備主任だ。

 前の日からのゴタゴタで学院に寝泊まりし、やっときた二日酔いと一緒に二日着替えられてない服装で警備部に向かった。

 警備部長室に入るなり、飛び込んできた光景は、

「本当にすまなかったぁぁぁぁ!!」

 警備主任の豪快な土下座だった。

 警備主任の謝罪をまとめるとこのようになる。

「当て付けのように援軍として推挙した――それがまさか奇襲でこんなことになるなんて!」

 自分でも断れたし、軽率だったのはこっちも同じ。だからそっちだけに責任があるわけじゃない。(一番問題だったのは、どちらかといえば少女関係のことだ)

 そうは言っても、と食い下がる相手を何とか説得しようとして、面白いことを考えた。

「そんなにお詫びがしたいなら、ハイルディの慰労(・・)に行ってあげて。あいつもいろいろ溜まってるだろうから」

 目に見えて相手の顔が固まったのを見た。絶望した、というのはああいう顔なのかと初めて知った。お詫びならしょうがない。

 そのことをハイルディに言うと、

「来て来て~。右のお尻にホクロがある子だよね? 楽しみにして待ってるから――尻だけちゃんと洗ってきてよ?」

 悲しきかな、警備主任に救いはない。

 そして今朝。朝一で行った先は王宮である。

 目的は、本陣の危険を報せた功労賞授与と、「臨時魔法補助官」とか言う意味のあるのかないのか解らない役職の離任。あとは小言を幾らか。

 担当の役人が書面を読み上げるだけの式――と思っていたのが、何故かこの国の王様直々に執り行われることとなった。早朝の、執務前にする略式の謁見とはいえ、一国の主と対峙した。ストレスは生半可ではなかっただろう。

 もちろん、王と面識がないわけじゃない。かつて特別クラスで一緒だった級友(ルーシー)の兄が現在の王であり、その時に会っている。(仰々しい授業参観で、級友に紹介されるという形だが)

「いやー、妹の人脈がこういうところで役に立つとは思わなかったよ。あ、あいつ今フランスに出向中だから、暇だったら激励にでも行ってやってね」

 まだ若い、二十代後半の王は、気さくに笑った。

「テレポートの件だけど、戦術規模だと流石にコスパが悪いね。個人なら十分使えるレベルだけど、ある程度できる奴じゃないと難しいし。ま、業務の円滑化と通信の補助ぐらいには使わせてもらうね。これはお礼金…だと学院から文句言われるから、賄賂とか裏金と思っておいて」

 そう言って渡された小切手には、街が何個か買える額が書かれていた。国政はこれでいいのかと思うが、王様なのでいいのだろう。素晴らしきかな独裁君主。研究資金と旅行費に使わせてもらおう。

 ハイルディの方は、学院長に呼ばれてお説教。内容は「うちから卒業しとるんやからもうちょい考えて行動せえや、な?」だ。

 そして、午後からは二人揃って各方面への始末書や報告書をまとめる作業に缶詰めになり、やっと終わったのがつい先程だ。

「うあー…もう何も考えたくない…何も書きたくないー!」

 バタバタと子供のようにハイルディはソファの上で手足をばたつかせる。

 今日はドレスではなく、紫のネグリジェの気の抜けた格好だ。ばたついた所為で片方の肩がはだけている。

 部屋中に散らばっているのは書き損じて丸めた書類だ。

 あー、と二人でゾンビのように寝転んでいたとき、ガチャリと扉の開く音が聴こえた。

「なんだ二人とも、もう仕事は終わったのか――格好があられもないな、ハイルディ」

「おへそ出してる先輩さんに言われたくありませ~ん」

 隣の部屋から入ってきたのはドラコ。服装は、胸は体にきつくフィットする戦闘用の肌着を着ているが、腹筋からヘソまでは露出させ、その大きく割れた筋肉の筋を惜しげもなく晒している。下は革の短パンだ。

 ハイルディほどの胸囲(バスト)があれば、体に張り付く戦闘用の肌着の密着度も扇情的なものみえるだろうが、なくはないとはいえ平均以下のドラコの場合、筋肉の掘りも合わさって、どちらかというと肉体美を感じさせる。足もスラリとしているが無駄な肉のない洗練された筋肉がついた足だ。

「むう、先ほどまで裏山で弟子たちと手合わせをしていて、着替えたのだから仕方ないだろう。水浴びもせず、汗だくなままで部屋を歩きまわられていいのなら、泥まみれの姿のままでいるのだが?」

「是非その健全な格好でお願いします」

 責任問題でてんやわんやだった自分たちとは違い、ただの傭兵のドラコは何の問題もなくこの三日間を過ごしていた。しかし、なぜその彼女がここにいるのかと言うと、

「次の傭兵の契約を、どこかで探さなければな。イングランドに行って、ヴァイキング相手に戦うとでもするかな」

 改派との雇用契約が切れ、次の仕事までの仮の宿を借りているのだった。

 もともと、一週間前が契約期間の満期であり、三日前の攻勢まで雇い主から無理強いされて居残っていたらしい。その分の追加料金をせしめ、この屋敷に一週間ほど居候するつもりらしい。部屋は余っているし、こちらとしても戦闘訓練をしてくれる相手が近くにいるのは願ったり適ったりだ。

「で、だ。やっと三人でゆっくり話す機会が取れたわけだが…」

「ああ、そうでしたね。すいません先輩、待たせてしまって」

 気にしなくていい、と言ったドラコは一人用の少し小さいソファに深く腰を下ろした。

「――あの娘が、戦いで殺した敵兵の数だ」

 話は、あの時の少女のものになる。

「…ゼロ、だったんですよね?」

 あの時、確かに自分は尋ね、ドラコは答えた。『何人殺した』『誰も殺していない』と。

 少女は、あの戦いのあと、半日ほど眠った。それぞれの責任問題で方々に向かわなければ行けなかった自分とハイルディの代わりに、眠った少女をドラコがこの屋敷まで運んできた。テレポートの技術を部分的に教え、移動時間の短縮もしてもらった。

 一昨日の昼には起きた少女だが、すぐに熱を出し、一人では食事も取れない有様となり、ドラコとルサリィが付きっ切りで看病することになった。もう一人の弟子は薪拾いや買い物といった肉体労働だ。あと、何故か譫言(うわごと)で「クマの頭が剥製になって追いかけてくる」と少女が言っていたらしい。わけがわからない。

 それも今日にはある程度回復し、少しは会話ができるようになった。それでドラコが聞き出した内容によると、どうもあの時の記憶ははっきりと覚えていないらしい。ただし、前後があやふやという訳ではなく、ゴチャゴチャといろんな記憶が混ざり合っている。少女曰く、「ハイルディのドレスを剥いて全裸にしたら金色で、クマの頭部が自分の額にぶち当たり、ソーセージを握りつぶした感触でテレポートした」記憶しかないらしい。最後は聞いていて股間がスッと冷えた。

 本人としても支離滅裂なのはわかっており、夢か記憶障害というのは自分でも思っているらしい。大人たち三人で、少女は「自分の主人に無理やり付いていき、戦場に行ったが、光景の凄惨さに卒倒して倒れた。自衛のために何人かの敵兵を倒したかもしれない」ということにしておいた。

 だが、彼女に記憶がないからと言って、自分たちの目撃した事実は変わらない――少女が訓練された兵士を相手に戦い、何十人も倒した。しかも誰も殺していない。

「ゼロ、だったさ。転がっていた奴らは全部確認した。気絶か悶絶、意識があるのも何人か。打撲や脳震盪がほとんどで、悪くても骨折止まりの負傷だった。爆発四散した敵がいるのならまた別だが、あの娘の戦い方でそれはないだろう」

 はあ、とドラコは溜息をつく。

 少女の戦い方は、足を主体にした魔法による近接格闘。スピードとパワーに重きをおいた完全先攻型だ。

「理由と見解、それと良いか悪いかを言おうか?」

 ハイルディと自分、二人そろって頷いた。

 まずは良し悪しからだ、とドラコは口を開く。

「戦略的には最高、経済的にはよくやった。戦闘技能的には間抜けで、倫理的観点からは最悪、だな」

 全く別のところから出た全く違う評価に、自分は首を傾げるが、ハイルディはおおよそ納得できた顔をしていた。

「戦争では、死人よりも無駄飯ぐらいになる怪我人の方が厄介だ。あのまま敵に送り返してもいいし、人質として後日保釈金をせびってもいい。戦争戦略から見れば申し分ないやり方と結果だ。経済的にも、怪我人で紛争が縮小し、治安が良くなるし、新しい軍需が生まれて金も流れる」

 だが、と一呼吸が置かれ、

「止めをさせてないなんて、戦闘職としては無能以外の何者でもない。相手がすぐさま回復して後ろから襲ってくる可能性もある。そうじゃなくとも、生かさず殺さずで苦痛を与え、後々障害が残るようなケガだけをさせるのは倫理的に鬼畜としか言いようがない」

 して、どうしてそんなことが起こったか。

「未熟、いや、正しい戦い方を知らないと言った方がいいな」

 どういうことだと首を傾げた。

「あの娘の攻撃は、人を殺すのにちょうどの威力しか込められていない」

 でも、それなら、

「殺した数がゼロ、はおかしくないですか?」

「よく考えろ。戦場で、防御のために何の魔法も使わないバカがどこにいると思う?」

 ここにいる。使わないというよりコスパ的に使えない、だが。

「いや、そういいことをいっているんじゃない。普通、人間が死にかければ、条件反射で防御のための何かしらが発生するものなんだ。魔法の観点から言えば、魔力爆発に似た現象も発生する。防御の魔法が展開されたり、皮膚の硬化が起こったりだ。魔法じゃなくとも、いきなり人が襲ってきたら、考えずとも反射的に身構えるものだろう? あれの魔法版が起こるんだ。仮にそれを、『反射防御』とでも名付けようか」

 そうすればどうなるか。

「もしもその、『反射防御』を考えずに、攻撃側が致死のダメージを与えれば、『ギリギリ死なないが大怪我させる』ことになる。それが、あの娘が死人ゼロで敵を倒し続けた理由だ」

 説明をした一息を入れたあと、ドラコは顎に手を当てて少し思案する。

「云千年前の、魔法がほとんど関わってこなかった戦闘ならともかく、今の時代の戦闘で、あれが起こるのはまず有り得ない。娘の戦い方を見るに、不心得者とも思えない。例えるなら魔法を使えないもの…猪や熊のような獣を相手にしているような戦い方だ。いや、狩猟ならあれこそが相応しいやり方だろう」

 ふっ、と思い出した。

『私、魔法使ったのは今のが初めてですし…』

『誰にも教えてもらったことないですし、周りにそんな人もいなかったし…』

 理由がどうであれ、彼女は魔法の経験がない。――それが自分に許容できているかはさておいて――その彼女に戦いの中で魔法を前提にしろ、というのも無理な話だ。――彼女が戦闘しても良いのかというのもさておいて――

「私としては、あそこまできちんと人の致死量を見極められている方が凄いと思うな。しかも魔法は金色、『救世の末裔』か。武人としての素養はありすぎて困るほどだな」

 だがそれは、とドラコは逆接を言って、

「――簡単に殺戮者になり得るということだ」

 力を得やすいということは、力を弄びやすいということ。

 はあ、と聞こえた溜息は、自分とハイルディのもの。

「あの子の舵取りは、失敗?」

「――まだ、失敗はしてない」

 ふふ、と魔女が笑う。

「ちゃんとしないと、あの子も私が取っちゃうよ」

「誰がやるか」

 自分たちの会話に一瞬疑問符を浮かべたドラコだが、合点の言った顔をする。

「そうか、お前達はそうだったな。情欲は…いや、事実は小説より奇なりという奴か」

 薄い笑みを浮かべたドラコは、テーブルの上に置いてあったポットからカップに水を注ぎ、チビチビと飲み始める。

「先ほどまであの娘の容体を見ていたが、恐ろしいほどの回復力だな。良いものを食っているとはいえ、ろくな薬もないのに半日で話せるまで回復したぞ。流石は『末裔』だ。なあ、シラタマ」

『ですな。御客人』

 話を振られたのはシラタマ。テーブルのすぐ横に立てかけられた姿見に白饅頭が現れる。

『あの調子で胸も育ってくれればよろしいのですがね』

「全くだ。あれで本当に十六か? 小さすぎるだろう」

 ドラコが言えた義理なのだろうか、と少し疑問に思う。

 ドラコがいた隣の部屋に、今少女は寝ている。ドラコが弟子たちと裏山で手合わせをしていたなら、その間に少女を見ていたのはシラタマだ。恐らく、回復役として少し前にドラコが呼ばれたのだろう。

「まあ、なんだ。先輩としてと、医術の心得のある者としての忠告だが――今日の夜の相手はしてやるなよ?」

「だから! なんであんたらの中だと俺はそういうキャラクターなんですか!?」

 違うのか、とドラコ。だよねー、とハイルディ。

「主人一人にメイドが一人、邪魔をするのは白饅頭ぐらいで、お前が手を出さない訳がないと思っていたんだが…確か、私にも口説きに来ていたよな? 二年次の時だったか」

「忘れてください! 俺としても若気の至りなんです!」

 何故だ、何故手を出さない、とドラコ。そんなの、聞かれても…

「ただ俺が、あの子を守りたい、じゃ、ダメですか…?」

 ほお、とドラコは感心と驚きの声をあげる。

「そんなにあの娘を気に入ったか?」

 声色でわかる。完全にからかわれている。ハイルディが口出ししないのもそれだろう。だが、止めることは自分には出来ない。

「気に入っているとか別にそうじゃなくて――!!」

 ガチャリ。扉の開く音がした。

「あの子は僕らにとって――!!」

 言いかけて、扉を見た。

「えっと、あの…」

 リビングの隣室へと向かう扉が開き、その少女が、熱の赤ら顔で、シーツを体に巻いて立っていた。

「僕らに、とって…」

 言いかけた言葉が尻すぼみに消えていく。

「あーっと…もう、起きて大丈夫?」

「あ、はい…。まだちょっとダルさはありますけど、やっておかないといけなかったことが幾つか…」

 自分と少女は気まずさを誤魔化すために何ともない会話を繋げる。

「ああ、熊の皮と頭のことか? 皮なら、液の撹拌と漬けこみをやっておいたぞ。頭は最低限の処理しかしてないがな」

「あ、ありがとうございます…。何から何まですいません」

「これでも、元々は狩猟民だからな。子供の頃を思い出したよ」

 ドラコは先程の会話がなかったかのように少女と話す。

 確認を終えた少女は、しかしリビングを廊下側の扉へと移動しようとする。

「えっと、じゃあ…私は、夕飯の用意を…」

「!? バカかお前は!! 病人が炊事を率先してやろうとするんじゃない!!」

 虚ろな目で台所に行きかけた少女を怒鳴って止めた。

「でも、あっと…では、洗濯物を…」

「一緒だよ!!」

 怒鳴る自分と朦朧とする少女の横で、魔女と傭兵は噴き出すのをこらえる。

「なんだか、下手なコントを見てる気分」

「こういう場合、夫婦漫才と言うんじゃないか」

 うるさい、勝手に言ってろ。

 笑う二人は、何故かそれぞれ互いに向かって手をヒラヒラとさせる。からかっているつもりか。

 一方、シーツをずるずると引きずる少女は、あうあうと思考の呻きを発しつつ右往左往する。

「それなら、私は、どの仕事をすれば…」

――この女は…!

 歯がゆい思いがイライラと後頭部を刺激した。

「キミは! ゆっくり! 暖かいベッドで! 気の済むまで! 惰眠を貪っていればいいの!」

 またもの怒鳴り声に少女はビクリと肩を震わせ、

「ふぇ…?」

「あ、こら――!」

 シーツの端を踏み、転びかけた。そこに慌てて飛び込み、小さい体を胸で受け止める。

「寝起きなんだから不用意に動くんじゃない!」

 熱と眠気で意識の定かではない少女は、うーとかあーとかの人語になってない返答を熱い息と一緒に吐き出す。

「わかったなら、頼むから隣で寝て…」

 その時、少女に巻きついていたシーツが、何の拍子かほどけて床に落ちた。そのシーツがなくなったところには、

「ぜんッ…ら…!?」

 真裸。頬を紅潮させ、熱に意識を混濁させる少女が、一糸纏わぬ姿で自分の体にもたれかかっていた。

「ちょっと待って! なんでこの子何も服着て…!?」

 ドラコを振り向いた。傭兵はシラタマと顔を見合わせ、肩をすくめる。

「言ったじゃないか。『あれ(・・)で十六歳』なのは信じられない、と。直に見たに決まっていよう」

『ちなみに、(わたくし)のアドバイスですな。どうせ汗を掻くんだから、洗濯物はシーツだけの方がいい、と思いまして』

――この人たちは…!!

 どこにぶつけていいのか解らない怒りに蓋をしながら、腕の中の少女を見た。

 体は上気し、背はつらそうな呼吸に上下する。細い体はしかし筋肉で固く締まっている。肌は少し硬いが傷もデキモノもなく綺麗で、思わず舌を滑らせたくなるような…。

――やばい。今俺、ヤバい想像してた。

 弱った少女の姿を見て、このまま押し倒し、気の済むまで滅茶苦茶にしたくなる衝動にかられる。可愛いぬいぐるみを、女の子がギュッと握り締めたくなるように。だが、何とかこらえる。

 女の体に免疫がないわけじゃない。というか、慣れ過ぎてそこまで『ナニ』は反応してくれない。

 だが、丸っきりの幼児体型で、しかもこの子となると…

――見ないふり見ないふり、と…。

 できるだけ正面を見ずに少女にシーツを再び掛け、ドラコを見た。

「先輩、この子の着替えとかも頼んでいいですか」

「? お前がやればいいではないか」

「流石に、男の俺がするのはちょっと…」

 ハイルディが相手なら二つ返事で承諾するのだが、如何せん、幼馴染と幼女では着替えさせるハードルが数段は違う。

 なら、と言ったのはハイルディで、

「私が今日は一晩面倒見とくよ。隣のベッドって、キングサイズだったよね確か」

 ジッと半目で魔女を見つめる。

「…狙いはなんだ?」

「べっつにー? ただの思いやりですよ~? 強いて言うならガールズトークをしたいぐらい~?」

 おちょくるようなハイルディの声に溜息。

「…まかせた」

 言うと、ハイルディは立ち上がり、こちらの腕から少女を攫っていく。「抱き枕にしても?」「…今回だけな」

「待て、ハイルディ。これを持って行け」

 ハイルディが隣室へと行きかけた時、ドラコが何かをハイルディに投げた。少女で両手の塞がっているハイルディは、無動作で魔法を発動し、その『なにか』を自分の目の前で浮遊させる。青い石、何かの魔法石だろうか。

特効薬(・・・)だ。娘が起きてから使うと良い。そうだな、時間は…今から二時間もあとか」

「…時間を忘れちゃったら?」

「大丈夫だ、自ずとわかる」

 少し噛み合わない二人の質問に首を傾げる。

「はぁい、わかりました先輩サン」

 魔法石を胸ポケットに、否、ネグリジェの開いた胸元から、胸の谷間に入れたハイルディが、隣室へ消えると、扉がゆっくりとしまった。

「さて、そろそろ弟子が裏山でへばっている頃だろうし、少し見てくる。シラタマ、場所はどこだかわかるか?」

『もちろんですとも。二階の窓からよく見えております。携帯用のデバイスが玄関に置いてありますので、それでお供しましょう』

 そう言ったドラコは、二、三の挨拶をした後、部屋を出ていく。姿見からはシラタマの姿が消えた。

 かくして、リビングに残ったのは、自分一人。

 ソファに再び座り込み、手持ち無沙汰に天井を見つめた。

――そういえば、

『あの子は僕らにとって――』

――俺はあの後、なんて言おうとしたんだろうか。

 大切。掛けがえのない。不可欠。

 浮かんだ幾つかの言葉は、しかし合っている気がしない。どれもこれも不釣り合い――あてはめるには少し失礼な気がして。

――…眠い。

 疲れと思考の行き詰まりに、一つ欠伸をした。

――バカも天才も、眠っている間は等しい人生を送っているって言ったのは、ギリシャの誰だっけ。

 良い台詞の一つも考え付かない自分は、はてさてどっちであろうか。

――そういえば、ギリシャか。

 浮かんだ光景は、デルフォイの神託所、パルテノン神殿、ゼウス像。大理石や石膏で出来た、白い遺跡群だ。

――行きたかったな、あの子と一緒に。

 何ともとれない溜息を一つつき、自分の部屋に戻るため、リビングを出て行った。


ちょっと遅れめの更新。長かったんや!別にさぼっとったわけやないんやで!


主人と奴隷がくっつく様子を蚊ほども見せなくてつらい。お互い何かしら思うところがあると思うのに、なぜかそれが恋愛に発展しない。助けて落とし神様!


設定をまき散らしているだけなのがこれまでだけど、それを何とか次で回収できるかな…?

予定がどんどん崩れていく…



2013/7/16

コピペの問題で欠けていた部分を発見したので入れました。魔法使いが若干サドとロリコンが入った変態に近づいただけです。

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