第十二章・後 get
2013/7/5
本当にすいません
展開上、どうしても変更しなければならないところがあり、前話のラストの場面を差し替えました。
すでに読まれた方で、混乱させてしまったのなら、本当に申し訳ございません。完全な展開ミスです
この章以後では特に問題なく読んでいただくことができます。すいません
魔法使いがその光景を見たのは、少女が四人目の敵兵を蹴り飛ばした時だった。
――なんだ、これは。
金色が踊っていた。
広場の中央で、少女の放つ金色の魔法光が、紅蓮の火を背に舞い踊る。広場の端からその光だけを見れば、妖精が炎と戯れているようにも見えた
しかし、綺麗、とその美しさには浸れなかった。
少女の足が敵に中る度に、炸裂する爆発。飛ぶ鮮血。響く叫び。
――ここは、地獄か…?
別に、自分は「死」や「戦い」に慣れていない訳ではない。幼い頃から、戦争でもそれ以外でも、人の生き死には幾度となく経験してきた。ハイルディに比べればお粗末だが、「殺し」の経験もある。じゃなきゃ他国への戦争派遣を二つ返事で了承しない。
自分が戸惑っているのは、「少女が」戦っていることだ。
――あの子は、どうして兵士なんかと張り合えているんだ!?
農民は戦わない。自分が教えたのは初歩的な身体強化だけ。なのに何故、彼女は「戦争」ができる。
――…考えてみれば、おかしなことだ。
自分が「綺麗」と評した、少女と暴漢との闘いだって、どうして彼女は戦えた? ただの農民の子が何故格闘術なんてわかる?
つくづく、と溜め息に似た苦笑を浮かべた。
――こっちの常識を狂わせてくれる子だよ!
そして、それと同時に思うのは、
――…恐ろしい。
ただ黙々と、目の前に現れる敵を倒していく少女が、だ。
金色を足にまとい、有象無象を凪ぎ払っていく彼女は、戦場に舞い降りた戦乙女とも言えるし、それよりもっと、ただ敵を倒すだけの小さな悪魔と言える。
何より、その恐ろしさを際立たせているのが、
――…笑顔なんだよ。
敵を倒す度、彼女の顔は満ち足りたとでも言いたげな笑顔へと変わる。
無邪気な、そして凶悪な笑み。
嫌な悪寒に、背筋を震わせた。
この場において、自分のやるべきことは明白だ。
――あの子を、止めないと…!
何も関係がなくて、まだ「キレイ」なあの子が「ヨゴレ」る必要はない。
だが、
――俺に、あの子は止められない…。
魔法の腕ではこちらが数段上。しかし、それ以外の、戦いに関わる全ての事柄において、自分は彼女に負けている。
――あの子のどこから、あんな力が出てるんだ!?
戦う少女の速さは、蹴りは、光は、自分の常識をとうに超越している。
――どうすりゃいいんだよ…!
戦火の中、踊る彼女を止められない。
頬を冷や汗が伝う。
「――ちょっと! これどうなってんの!?」
その時響いたのは、上からの声。見上げる。
「ハイルディ! 今までどこ行って…!?」
「前衛に出張して、相手の増援を食い止めてたの!」
二メートルほど上空、箒に乗って空を飛んでいるハイルディがいた。その後ろには、
「私も、途中で乗せてもらってな。空を飛ぶのはどうにも慣れない」
箒に腰掛けたドラコの姿があった。
「前衛は弟子たちに任せてきた。これ以上敵が増えることもないから安心しろ」
「竜兵基地も壊滅させたから、航空戦力も心配しなくていいよ」
二人は地上に降り立ち、戦況報告を済ませた。
「そ・れ・よ・り・も!」
あれ、とハイルディは少女を顎で指した。
「どうしてあの子がここにいて、殺し合いに首突っ込んでるわけ?」
ぐ、と冷たい目で睨まれた。
「無理矢理着いてこられたんだよ! 俺も怒って止めたんだぞ!?」
ハイルディはやるせないような溜め息を吐いた。
「…なら、どうして止めないの? 舵を取るんじゃなかったの?」
「もやしにあれを止めろと?」
乱入しても、訳もわからず蹴り飛ばされるのが関の山だ。
ああもう、とハイルディは頭をガシガシと掻き、三角帽を深く被った。
「私が止める! 先輩さん、周りの敵の掃討をお願いします!」
怒鳴るように言ったハイルディに、了解、とドラコが頷き、二人は少女に向かって駆けていく。
「――魔力展開!」
走りながらハイルディが叫ぶと、紫のミニドレスの節々から金色の光が漏れ始めた。
「あんたはそこで大人しくしてて!」
言ったあと、ハイルディは勢いよく土を蹴り、粗方の敵を倒して一段落していた少女へと瞬間的に肉薄した。左の拳を振り上げながらの奇襲は、
「ッ!!」
――受け止めた!?
示し合わせたように振り返った少女の高くあげた足によって止められた。
――…ありえない。
ハイルディは、人類を戦闘力の高い順の並べたとき、上から指折りで数えても十分に事足りる部類に入る。その奇襲を、本気でないとはいえ、察知して受け止めるとは…
――…深く考えるのはやめておこう。これ以上、あの子を訳のわからないものにしたくない。
数秒間、それぞれ金色に光る拳と足とを打ち付け合わせた二人は、一瞬距離をおいた。だが次の瞬間、
――あ…。
ハイルディの膝蹴りが、少女の顔へとクリーンヒットした。動作の詳細は目で追えてない。見えたのは、動作の初めと終わりだけ。
蹴られた少女は、空中を何回も回転し、地面を転がった。頬や服についた返り血が痛々しい。
フラフラと少女は立ち上がり、ハイルディを見据えた。
そのハイルディを見る目は、焦点が合わず、口元に浮かべた薄い笑みとアンバランスに無感情。
――恐ろしい。
その時、もう一度心から恐怖を感じた。本当なら守るべきものが、この世のものでない何かになるようなおぞましさ。
「周りを見なさい」
響いたのは、ハイルディのよく通る、はっきりとした声だった。
呼び掛けられた少女の目に、ゆっくりと光が戻っていく。逆に金色の光はゆっくりと離散していった。
だが、それと同時に、顔色に困惑と絶望が混ざっていく。
「え、なに、嘘。イヤ…」
呟いた少女は、頬に手をあて、そして見つけた血に小さな悲鳴をあげた。
少女の足はがくがくと震え、髪を痛いほどかきむしった。
助けにいこう、という気は起きなかった。正しくは、行けなかった。どんな衝撃でも、触れば彼女を脆く壊してしまいそうで。
「あ」
そのとき、少女が発したのは、か細く身勝手な叫びだった。
「ああ!!」
だがそれは確かにこちらに届いて、
「あああああああああああああああああ!!!!!」
己を怖さの硬直から解き放った。
我に帰ると同時に、少女に向かって駆け出した。一刻も早く受け止めてやらなければ、助けてやらねば、と。
そしてそれと同時に、少女の体から、荒れ狂ったような金の光が噴出した。渦を巻いた魔法光が、少女の体を飲み込もうとする。
――魔力暴走…!
魔法をかじったものなら誰でもわかる現象。ある程度の魔力量を持つ者が、急激な精神の乱れにあった際、魔力が制御不可能になる現象だ。自分も一度なったことがある。死を恐れるほどの現象ではない。だが、最終的な『魔力爆発』の段階まで達すれば…心身ともに多大な後遺症は免れられない。自分のときは、
――ハイルディに殴られて正気に戻って…
だから、
「ッラアアアア!!」
思いっきり、少女にタックルした。
あふれ出る魔力の光がこちらを呑み込み、押し返そうとしてくる。だがその光ごと少女を抱きしめ、自分の身を地面に投げた。
土の上をゴロゴロと転がる。この子を守るように、傷付けないように、しっかりと自分の胸に抱きしめて。
背中で衝撃を殺す。服と皮膚が擦れて、言い表せない痛みが背中全体を刺した。
回転が終わり、大丈夫か、と顔をあげ掛けたときに、
「眠らせろ! その程度で魔力暴走は止まらん!」
響いたドラコの声。判断するより先に『催眠』の魔法を無魔方陣で発動させた。
少女から金色の流出が止まる。もとあった光も散り始めた。助かった、か?
「ドラコ先輩さん、ありがとうございます」
「私は指示しただけだ。『催眠』で暴走は一旦止められるが、根本的な魔力暴走の処置はハイルディにしかできないぞ」
敵の掃討の済んだらしいドラコは目の前に来て、ハイルディを呼んだ。
ゆっくりと視線下げれば、細く目を開けようとする少女の姿があった。
その頬の返り血の上に、透明な涙が一線を描く。
――守れた、よ。
瞳に微笑み掛けた。こちらを弱く見つめる少女と目が合う。
程無くして、少女は睡魔に負け、瞼を閉じた。
――…俺も、もう無理。
それを見届けて、全身から力を抜いた。腰に眠った少女を乗せながら、仰向けに寝転んだ。
「もやしにはやっぱり肉体労働はキツかった?」
「…うるさい」
そこに、近付いてきたハイルディが、上から見下ろしながらからかってきた。それに悪態で返しておく。
「ふふ。でも、女の子を助けに飛び込むなんて、効果がどうであれ、カッコ良かったよ」
ハイルディは艶かしく笑った。
「惚れ直したか?」
「ちょっとね」
こちらに顔を近づけたハイルディは、額に優しくキスをした。「ご褒美、かな」「…うるさい」
「惚気は考えてもやってほしいものだな」
そこに、やってきたのは、肩に剣を担いだドラコ。こちらが話している間に転がっている兵士から取ったのだろうか。
――! 転がっている兵士と言えば!
「この子は、何人の人間を殺してしまったんですか…?」
汚れてしまった、彼女の下した「死」の数をしろうとして、しかしドラコは小さく笑った。
「ゼロ、だ」
言われた意味がわからなくて、キョトンとした。
「ゼロ…? それって…」
「説明したいのは山々だが、まだ戦いは終わっていなくてな。そろそろ前線に戻りたい。かといってその娘とお前を放っておくわけにもいかないし…」
ドラコの言葉に、ハイルディはやれやれと溜め息をついた。
「私がこの二人の番をしてるので、先輩さんだけ前衛にお願いします。久しぶりにあのレベルで戦ったので疲れました」
薄い笑みを浮かべたドラコは、ハイルディにわかった、とだけ言って前陣へと歩いていった。
「…あんたも寝ていいわよ。どうせ、もう体力殆どないんでしょ? 守っておいてあげるから。召使いちゃんの魔力処理もやっておいてあげる」
「…ああ」
図星をつかれた言葉に返事をすると「ご褒美二つ目」とからかいが返ってきた。うるさい。
ふぅ、とため息をつき、また脱力。
――お言葉に甘えて…。
たまった疲れで、目を閉じるのは簡単だった。
――…今日はいろいやりすぎた。
戦闘訓練、奇襲、少女…。悩みと問題はたくさん増えた。
――だけど、
心にあるのは、少しのやりきった気持ちと、安心感。だから、
――今だけ休憩させて…
おやすみなさい、と心の中で呟いた。
やや強引に後編終了。ここは、物語の筋は変えずに言い回しと描写だけ、あとで大幅改稿する予定です。




