第十二章・前 lose
「――もげる!!」
「――キャァアア!!??」
テレポートの感覚から弾き出された。
少女は固い地面に投げ出され、ゴロゴロと転がる。革の服に肌が擦れた。
――痛い…。
口に混じった土を唾と一緒に吐き出し、顔を上げた。
――ここは、どこ?
まず見えたのはすぐ横の魔法使い。自分と同じように地面に転がり、何かに悶えている。
次に見えたのは、燃えるテント。大小様々なテントが、火を噴きあげて燃えている。そして最後は、
「三隊を前に…全滅だと!? クソッ!」
「五区の倉庫に火の手があがりました! 消化班を回してください!」
たくさんの兵士、魔法使い、騎馬…。
それらがあちこちを駆けずりまわり、慌ただしくうるさい足音を立 てている。ただ、皆一方向に向かっているが、戦ってはいない。着ている鎧や服に描いてある紋章も似たようなものだ。
「ああクソ…敵の場所よりかなり離れた所に|テレポートし(出)たな…」
魔法使いが頭を振りつつ立ち上がり、こちらを見つけた。が、と怒りと心配が混ざった顔でこちら頭を捕まえた。
「なんでついてきた!? ここは遊び場や学院じゃないんだぞ!!」
怒鳴る魔法使いに返す言葉は幾つも浮かんだが、罵詈雑言がほとんどで、奴隷的に言えない。それを、魔法使いは納得と受け取ったらしく、諦めと許しの溜め息を吐いた。
「陣の後ろの方に行って、誰か責任者に保護してもらって。あとでハイルディに迎えに行かせる」
それと、と魔法使いはローブのポケットから小さ な革の兜(というより帽子)を取りだし、こちらに被せた。
「これが、改派…味方の目印。真ん中についてるマークを付けている人は味方だから」
周りを見ると、味方とおぼしき人達には、黒地に白い十字架を描いたマークを服のどこかに縫い付けてある。魔法使いも、ローブの胸下に取って付けたように縫ってあった。
「じゃあ、ちゃんと後ろにいっててよ?」
そう言い残した魔法使いは、小走りにテントの間に消えていく。
――味方はこのマークで、敵がいるのは…。
じ、と魔法使いが向かった方向を見た。
――あっち…。
行き先がわからないでいたら、労せずして情報を手に入れた。
自分の主人の失策に口角を緩ませながら、足で地面に円を描いた。
生まれる金色の光。
ゆっくりと走る体勢に構え、
――蹴る!!
魔法を発動させた。
土を削って足を踏み出せば、光とともに自分でも抑えきれない速度が生み出された。
テントの間をぬって走れば、すぐに見知ったローブの背中に追い付いた。
その背中が見つめていた方向には、他にもまして強く燃える戦火と、怒号のような人の声。
――加速!
よく強く地を蹴り、速度を上げた。小走りに歩いていた彼の横を走り抜ける。
一瞬、ちらと見た彼と目が合い、だけど変わらず走った。
「!? ちょっとなにしてんのッ!?」
聞こえた声は無視した。
魔法使いを引き離し、彼が見えなくなって走るのを止める。もう進む必要はない。ここが目的地だ。
たどり着いた場 所は、少し開けた場所。周りには、敵だか味方だかわからない、だが、たくさんの兵士たちが剣を振るい、戦っている。
――敵は、どれ!?
マークで判別しようとするが、動き回る人間の体にあるものを探すのは簡単ではない。
――どこに…ッ!!
血眼になってマークを探す中、背後に突然の殺気を感じた。
脚力強化を混ぜた反射の回避行動。横に自分の体を飛ばした。着地が少し雑になったのを、やや無茶な受け身と重心移動でリカバリーする。
「チッ、逃したか」
視線を自分が先ほどまでいた場所に戻すと、図体の良い鎧姿が剣を地面に振り下ろしている姿があった。長剣と楯持ちだ。
「ガキ…? なんでこんな…いや改派の紋章をつけて…」
低い男の声を発し た、その左手に持っていた楯についている紋章は、天秤をモチーフにしたもの。つまり、
――敵!!
金色の光を発したまま、足で土を抉って蹴り出した。
相手の左側へと高速で回り込み、左足を踏み込むと、右足を着地させる代わりに蹴りのための振りかぶりとした。
「なッ!!??」
兜の中から驚きの声が聞こえ、敵は慌てて楯を身構える。だが、
――遅い…!
全力で、蹴った。
魔法の力を付加させた蹴りが楯をへこませ、右足をめり込ませる。
そのまま右足の力で自分の全身を持ち上げ、よろけて傾いた相手に重心を預けた。
今度は左足を楯の上端に引っ掛け、右足を楯から勢いよく引き抜く。その力の惰性で体を回転させ、相手の頭上を通過する。もちろん、足をやや開いて回転、だ。
生まれた金色の光の軌跡の魔法陣。五回生まれたそれを『爆発』に三回、『脚力強化』に二回使った。
相手の頭を飛び越し、敵の背後へと降り立つ。足に着地の衝撃が伝わるが、『脚力強化』の影響でごまかした。
目の前にあったのは、無防備な敵の背中。ニィ、と好機に笑った。
「ッ!! 何を…!!?」
相手は体を捻ってこちらを向こうとするが、重装備が災いして動きは遅い。
対するこちらは、着地の衝撃の反動をそのまま飛びあがる力へと変換。左足は浮いた体の回転の基軸を左足にして、右足を回し蹴りに振りかぶる。
高く上がった足はしたたかに相手の兜を狙って、
「――ッ!!」
「早、待っ――!!」
横殴りに敵の頭を回し蹴った。
足が兜を変形させ、首が押されるのに引っ張られて鎧の姿が飛ばされる。
魔法を乗せた蹴りが、男に数メートルの空中浮遊を味あわせる。
クルクルと不格好に空中を回った鎧姿が地面に墜落し、これまた不格好に転がった。剣と楯が、行き場と目的を失ったかのように男の傍らに落ちる。
沈黙。鎧は動かない。
――まずは、一人。
私は理解していない。自分が何をしたか、目の前に転がる男がどういう状態であるのかということを。ただ、彼と戦い、こちらが勝利し、彼は動かなくなった――そうとだけしか認識していない。
動かなくなった男から目線を離し、次、と獲物を探した。まるで、肉と骨と皮に分けて保存する害獣を探すように――そうだ、顔は剥製にするんだった。
次に見たのは、近くにいた軽鎧の男。天秤の紋章が付いていたその背中に爆発と蹴りを喰らわせた。金属が壊れる音が響いて体が吹き飛んでいく。
革の鎧を着た兵士、騎兵の馬、弓兵――他にもいっぱい。
見つけた敵を、片端から蹴り飛ばした。
魔法の乱用と、疲労感の累積。頭は活性化し、集中が高まるのと逆にそれ以外のものが見えなくなる。
――ゆっくりだ。
金色が舞い、感じる速さは人の認知速度を超える。
鋭敏になった感覚には、敵が振るった剣も、放たれた矢も、狙ってきた火の魔法も、自分の足の動きさえ、全てがゆっくり、緩慢に見えた。
――こんなの、避けられるに決まっている。
振り下ろされた刃をよっこらせと避け、頭をずらして矢尻が耳の横を通ったのを感じ、火球の魔法を金色の蹴りで相殺し、だけどどうして自分はこんなに鈍い動きしかできないのかと苛立つ。
見える色は、足が放つ眩いばかりの金。燃える炎が夜空を背景に魅せる紅。それを周りの鎧が反射した赤橙。空の黒。そして――
――赤黒。
蹴る度に、その蹴ったモノから飛び出す「赤黒」。
――なんだろう、この色は。どこかで見たような、触ったような。
でも、どうでもいいや。
思考を、面倒くさいと思ってやめる。どうせ大事なことじゃない。それよりも、
――蹴る。
蹴る。
回し蹴り。踵落とし。蹴り上げ。膝蹴り。転ばせ。薙ぎ払い。回転。踏みつけ――
――戦わないと。
赤黒が顔にかかった。
――何故?
それを金色が捻じ伏せる。
――だって、それが私の使命だもの。
思考は混濁した。どうでもいい。することは、走って、蹴って、飛ばして、爆発して、解体して、骨は削って、肉が、皮を、えっと、わからない。どうでもいいや。
斧を持った大男に爆発込みの蹴りを食らわせて、他の獲物を見失った。
――どこ? 戦わないと、戦わないと。戦わないと!
獣人の鼻をくすぐる鉄臭さ。そして体中にみなぎる力。
頭に血が昇り、本能が戦えと叫ぶ。だが、その瞬間、
――殺気!!
後ろを振り向き、金色の右回し蹴りを何もないはずの空間に繰り出した。
高速の蹴りは、虚空を過ぎ去るはずで、だが、確かにその殺気とぶつかる。いや、殺気と呼ぶべきではない。「殺す」という意思を持たずに、だがこちらを明確に攻撃しようという敵意、否、敵意ですらない。強大な力を持って止めようとする「何か」。
金色の足の向こうに見えたのは、紫色。肌色。ヒラヒラとした何かがそれにはついていて――そうだドレスだ。どこかで見た気がする。どこだ。思い出すのも面倒くさい。
「落ち着きなさい。周りを見なさい召使ちゃん」
「それ」が言葉を発した。ああ人間だこれは。この声は知っている。何度も聞いた。なんだ。
視界にあるものを、もう一度認識した。
自分の蹴りを受け止めていたのは拳。手袋をつけている。シルクかサテン製の高級なものだ。色は紫。
その向こうに見えたのは三角帽。おとぎ話の魔女が被るようなものだ。これも紫。
「聞こえてる? 返事は?」
そして、金色。目の前の「それ」が纏っているのは、自分と同じ金色。だけど、その輝きは体の節々から漏れ出すように溢れており、光は強い。
――なんだ。何だ。どれだ。どうするんだ。
考えるのは面倒くさい。ただ戦っていたい。何も思いたくない。だから言う。
「うるさい」
「それ」は舌打ちをして、腰を捻った。
――少し早い。この動きは蹴りだ。なら、
右足を拳にもっと強く押し付け、そこを基点にして自分の体を持ち上げた。
空中で後転をするように体を持っていき、「それ」の放った足は自分の頭の下を通っていく。風圧が「それ」のドレスと自分の革の服を揺らした。
そこから、左足での後転の着地の姿勢を――
――踵落とし。
次の攻撃に転換した。
後転の軌跡は、まだ円になりきっていない。
――知らない。
魔法が発動した。『爆発』。何故か。知らない。そうじゃないと攻撃できないじゃないか。だから発動させたんだ。悪いか。
真っ直ぐに、真下に、『爆発』込みの『脚力強化』の蹴り。空を切る音が蹴りから置いて行かれた。同じようなものを最近使った気がする。そうだ昼だ。クマを狩った時だ。今もあれと同じだ。
「それ」の頭を叩き割ろうとした蹴りはしかし、
――外した?
確かにそこにあったはずの「それ」の頭に蹴りは中らなかった。気づけば、右足にあたっていたはずの「それ」の拳の感触もない。
蹴りと後転はそのまま地面に落下。
轟、と左足が地面にヒビを入れ、着地の衝撃を無に帰した。
顔をあげる。
数メートル先。そこには確かにさきほど自分が蹴る予定だったはずの、紫のドレスを纏った「それ」がいる。いや違う。見たことがある。そうだ魔女だ。ハイルディだ。
――だから、何なんだっけ…?
知り合いで、魔女で、ハイルディで、それがどうして思わなければならないことなのか。戦わってはいけない。そのような気はするのだが、理由を思い出す手間が面倒くさい。面倒くさい――そうだ私は戦えばいいんだ。
「早い、ね。だけど、」
ハイルディが何か言った。知らない。戦わないと。
ヒビを入れた地面を蹴って次の動きへと移行する。前進。接近。そのあとは蹴ればいい。
「――まだ遅い」
目の前に来た。目では追えなかった。
少し離れていたはずのハイルディが、瞬きと表現しても足らない速度で、目の前に接近してきた。しかも、足。膝蹴りの形になった素足がこちらの眼前にあった。肌荒れもデキモノもない綺麗な足だ。
「――頭、冷やしなさい」
その声が聞こえたのは、蹴りが自分に命中した前だったのか後だったのかはわからない。
膝蹴りがこちらの額を的確にとらえ、脳髄を揺らした。
次いで、自分の体が何メートル吹き飛ばされ、落下。その後地面を何回も跳ねる、転がる。ぐるぐる、どん、ばたばた、ごろごろごろごろ。
歪む視界に頭を振り、口に溢れた鉄味の液体を唾交じりに血に吐き捨てた。赤黒い。
顔をあげ、自分の飛んできた方を見た。
ハイルディ。紫のミニドレスを扇情的に着こなした彼女が、炎を背景に立っていた。
「周りを見なさい」
急に、頭が冷えた。興奮が失われた気がした。
周りを見る。
燃えるテント。黒い夜空。自分の足にあるのは金色で、そしてそこかしこにあるのは、
――赤黒…?
血だった。
何が、どうしてそこにあるのか認識できなかった。
ぐったりと動かなくなった人間の体がいくつも地面に転がって、地面は血に濡れ、茶と赤が混ざり合っている。
「え、なに、嘘。イヤ…」
訳が分からない、と両手で頬を押さえた。
ぐちゃり。
そこから響いた液体の音。手を顔から離して、見た。
赤い。
顔に掛っていたものなのか、手に元々ついていたものなのか。血で、手が真っ赤に染まっていた。
「イヤ、やめて…」
ぐらりと揺れた足があたったのは、
「ひっ…」
倒れた兵士。
顔を上げて目の前を見れば、
「…」
冷たい目でこちらを見つめるハイルディ。その周りに転がるのも、やはり動かない人、人、人!
『それは血と肉の踊る光景だった』
目の前の光景に過去の記憶が重なった。
『家々が燃え盛り、屍が転がる』
それをしたのは、紛うことなく自分。血に濡れた、自分。
『夜空には黒煙が炎に光を受けて浮かび上がり、星を塗りつぶしていた』
――どうして、私は、なんで…。
ガクガクと歯と足が震える。自分のしたことの理解ができない。
――だって、私は、私は、するために、狩りで、なんで――!!
後悔と、血と、金色と。直視したくない事柄が心の中を回り、正しい思考を塗りつぶした。
「あ」
喉の奥から引きずり出したような声。
「ああ!!」
理解ができない。頭が何も動いてくれない。誰か答えを頂戴。
「あああああああああああああああああ!!!!!」
自己崩壊。叫ぶ。叫べば、誰かが何かをくれる気がして。
しかし、起こったのは、光の爆発。足にあるだけだったはずの金色が、全身から爆発するように噴き出され始め、視界を埋める。
「!! 魔法が、暴走して――!!」
ハイルディの声が聞こえる。わからない。助けて。どうするの。どうすればいいの。
金色が視界のすべてを占拠して、何もかもを失いそうになった、その時――
「ッラアアアア!!」
突如、横からの強いタックルを喰らった。ただし、優しく抱き止められながら、だ
そのまま、タックルをした人物ともみくちゃになって土の上を転がる。ようやくそれが止まったのは、その人がしっかりと自分を抱きしめ、回転の衝撃を、自分の背中が土に擦れるようにして和らげてくれたときだった。
落ち着いて、感覚が殆ど麻痺した中で感じたのは、暖かい感触。何があっても、どうあってもこちらを受け止めてくれるような、優しい気持ち。
回復していく視界で見えたのは、ローブの胸下に刺繍された黒地に十字架のマークで…。
「眠らせろ! その程度で魔力暴走は止まらん!」
少し離れたところで響いたのは、聞いたことのあるような、ないような女性の声。クールで聞き取りやすい声だ。
次に来たのは、抗えない急激な眠気。でも待って、まだ、寝ちゃ…
「ドラコ先輩、ありがとうございます」
聴こえた、『彼』の声。
「私は指示しただけだ。『催眠』で暴走は一旦止められるが、魔力暴走はハイルディにしか解決できないぞ」
またクールな女性の声が聴こえた。必死に目を開けようとするが、眠気が執拗に邪魔をする。
――私、は…
顔を伝った感触が、血なのか涙なのかわからない。だけど何か液体が流れた。
金色が失せた視界の向こう。なんとか確保した視界で上を見れば、そこにあるのは、私を受け止めて、疲れた表情を見せながらも何か清々しい『彼』の顔で、
――ごめんなさい…。
私の思考は眠りの中に落ちていった。
人は興奮状態になると、アドレナリンだかドーパミンだかが出て周りが見えなくなります。また疲労感がある程度を超すと、カフェインを摂取した時と同じような状態になります。俗にいう夜中テンションです。
魔法も、ようは体内のエネルギーを使っているので疲労が増加します。場合によってはアドレナリンの分泌も手助けするでしょう。また、獣(獣人)はもとより、人は血によって脳に快楽物質の分泌を促されます。
テンションが極限状態になった人間は基本的に周りが見えません。バイキングのベルセルクなんかは、麻薬や殺人の高揚感によって極限状態になり、死すら恐れず突撃します。同士討ちもしますし、理性というものが吹き飛びます。
今回の少女も、多分きっとそんな感じ。当初の予定はこんな大暴れさせるはずじゃなかったけど、所謂「キャラが勝手に動く」現象でこんなんなっちった。どうしよ。
この章は、本当は前回の後編に組み込む内容だったんだけど、以上の「勝手に動く」現象でこんなことに。
後編は少し早めにアップ予定。
2013/7/5
本当にすいません
展開上、どうしても変更しなければならないところがあり、ラストの場面を差し替えました。
すでに読まれた方で、混乱させてしまったのなら、本当に申し訳ございません。完全な展開ミスです




