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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
25/75

第十二章・前 lose

「――もげる!!」

「――キャァアア!!??」

 テレポートの感覚から弾き出された。

 少女は固い地面に投げ出され、ゴロゴロと転がる。革の服に肌が擦れた。

――痛い…。

 口に混じった土を唾と一緒に吐き出し、顔を上げた。

――ここは、どこ?

 まず見えたのはすぐ横の魔法使い。自分と同じように地面に転がり、何かに悶えている。

 次に見えたのは、燃えるテント。大小様々なテントが、火を噴きあげて燃えている。そして最後は、

「三隊を前に…全滅だと!? クソッ!」

「五区の倉庫に火の手があがりました! 消化班を回してください!」

 たくさんの兵士、魔法使い、騎馬…。

 それらがあちこちを駆けずりまわり、慌ただしくうるさい足音を立 てている。ただ、皆一方向に向かっているが、戦ってはいない。着ている鎧や服に描いてある紋章も似たようなものだ。

「ああクソ…敵の場所よりかなり離れた所に|テレポートし(出)たな…」

 魔法使いが頭を振りつつ立ち上がり、こちらを見つけた。が、と怒りと心配が混ざった顔でこちら頭を捕まえた。

「なんでついてきた!? ここは遊び場や学院じゃないんだぞ!!」

 怒鳴る魔法使いに返す言葉は幾つも浮かんだが、罵詈雑言がほとんどで、奴隷的に言えない。それを、魔法使いは納得と受け取ったらしく、諦めと許しの溜め息を吐いた。

「陣の後ろの方に行って、誰か責任者に保護してもらって。あとでハイルディに迎えに行かせる」

 それと、と魔法使いはローブのポケットから小さ な革の兜(というより帽子)を取りだし、こちらに被せた。

「これが、改派(プロテスタント)…味方の目印。真ん中についてるマークを付けている人は味方だから」

 周りを見ると、味方とおぼしき人達には、黒地に白い十字架を描いたマークを服のどこかに縫い付けてある。魔法使いも、ローブの胸下に取って付けたように縫ってあった。

「じゃあ、ちゃんと後ろにいっててよ?」

 そう言い残した魔法使いは、小走りにテントの間に消えていく。

――味方はこのマークで、敵がいるのは…。

 じ、と魔法使いが向かった方向を見た。

――あっち…。

 行き先がわからないでいたら、労せずして情報を手に入れた。

 自分の主人の失策に口角を緩ませながら、足で地面に円を描いた。

 生まれる金色の光。

 ゆっくりと走る体勢に構え、

――蹴る!!

 魔法を発動させた。

 土を削って足を踏み出せば、光とともに自分でも抑えきれない速度が生み出された。

 テントの間をぬって走れば、すぐに見知ったローブの背中に追い付いた。

 その背中が見つめていた方向には、他にもまして強く燃える戦火と、怒号のような人の声。

――加速!

 よく強く地を蹴り、速度を上げた。小走りに歩いていた彼の横を走り抜ける。

 一瞬、ちらと見た彼と目が合い、だけど変わらず走った。

「!? ちょっとなにしてんのッ!?」

 聞こえた声は無視した。

 魔法使いを引き離し、彼が見えなくなって走るのを止める。もう進む必要はない。ここが目的地だ。

 たどり着いた場 所は、少し(ひら)けた場所。周りには、敵だか味方だかわからない、だが、たくさんの兵士たちが剣を振るい、戦っている。

――敵は、どれ!?

 マークで判別しようとするが、動き回る人間の体にあるものを探すのは簡単ではない。

――どこに…ッ!!

 血眼になってマークを探す中、背後に突然の殺気を感じた。

 脚力強化を混ぜた反射の回避行動。横に自分の体を飛ばした。着地が少し雑になったのを、やや無茶な受け身と重心移動でリカバリーする。

「チッ、逃したか」

 視線を自分が先ほどまでいた場所に戻すと、図体(がたい)の良い鎧姿が剣を地面に振り下ろしている姿があった。長剣と楯持ちだ。

「ガキ…? なんでこんな…いや改派の紋章をつけて…」

 低い男の声を発し た、その左手に持っていた楯についている紋章は、天秤をモチーフにしたもの。つまり、

――敵!!

 金色の光を発したまま、足で土を抉って蹴り出した。

 相手の左側へと高速で回り込み、左足を踏み込むと、右足を着地させる代わりに蹴りのための振りかぶりとした。

「なッ!!??」

 兜の中から驚きの声が聞こえ、敵は慌てて楯を身構える。だが、

――遅い…!

 全力で、蹴った。

 魔法の力を付加させた蹴りが楯をへこませ、右足をめり込ませる。

 そのまま右足の力で自分の全身を持ち上げ、よろけて傾いた相手に重心を預けた。

 今度は左足を楯の上端に引っ掛け、右足を楯から勢いよく引き抜く。その力の惰性で体を回転させ、相手の頭上を通過する。もちろん、足をやや開いて回転、だ。

 生まれた金色の光の軌跡の魔法陣。五回生まれたそれを『爆発』に三回、『脚力強化』に二回使った。

 相手の頭を飛び越し、敵の背後へと降り立つ。足に着地の衝撃が伝わるが、『脚力強化』の影響でごまかした。

 目の前にあったのは、無防備な敵の背中。ニィ、と好機に笑った。

「ッ!! 何を…!!?」

 相手は体を捻ってこちらを向こうとするが、重装備が災いして動きは遅い。

 対するこちらは、着地の衝撃の反動をそのまま飛びあがる力へと変換。左足は浮いた体の回転の基軸を左足にして、右足を回し蹴りに振りかぶる。

 高く上がった足はしたたかに相手の兜を狙って、

「――ッ!!」

「早、待っ――!!」

 横殴りに敵の頭を回し蹴った。

 足が兜を変形させ、首が押されるのに引っ張られて鎧の姿が飛ばされる。

 魔法を乗せた蹴りが、男に数メートルの空中浮遊を味あわせる。

 クルクルと不格好に空中を回った鎧姿が地面に墜落し、これまた不格好に転がった。剣と楯が、行き場と目的を失ったかのように男の傍らに落ちる。

 沈黙。鎧は動かない。

――まずは、一人。

 私は理解していない。自分が何をしたか、目の前に転がる男がどういう状態であるのかということを。ただ、彼と戦い、こちらが勝利し、彼は動かなくなった――そうとだけしか認識していない。

 動かなくなった男から目線を離し、次、と獲物(・・)を探した。まるで、肉と骨と皮に分けて保存する害獣を探すように――そうだ、顔は剥製にするんだった。

 次に見たのは、近くにいた軽鎧の男。天秤の紋章が付いていたその背中に爆発と蹴りを喰らわせた。金属が壊れる音が響いて体が吹き飛んでいく。

 革の鎧を着た兵士、騎兵の馬、弓兵――他にもいっぱい。

 見つけた敵を、片端から蹴り飛ばした。

 魔法の乱用と、疲労感の累積。頭は活性化し、集中が高まるのと逆にそれ(・・)以外のものが見えなくなる。

――ゆっくりだ。

 金色が舞い、感じる速さは人の認知速度を超える。

 鋭敏になった感覚には、敵が振るった剣も、放たれた矢も、狙ってきた火の魔法も、自分の足の動きさえ、全てがゆっくり、緩慢に見えた。

――こんなの、避けられるに決まっている。

 振り下ろされた(やいば)をよっこらせと避け、頭をずらして矢尻が耳の横を通ったのを感じ、火球の魔法を金色の蹴りで相殺し、だけどどうして自分はこんなに(のろ)い動きしかできないのかと苛立つ。

 見える色は、足が放つ眩いばかりの金。燃える炎が夜空を背景に魅せる紅。それを周りの鎧が反射した赤橙。空の黒。そして――

――赤黒。

 蹴る度に、その蹴ったモノから飛び出す「赤黒」。

――なんだろう、この色は。どこかで見たような、触ったような。

 でも、どうでもいいや。

 思考を、面倒くさいと思ってやめる。どうせ大事なことじゃない。それよりも、

――蹴る。

 蹴る。

 回し蹴り。踵落とし。蹴り上げ。膝蹴り。転ばせ。薙ぎ払い。回転。踏みつけ――

――戦わないと。

 赤黒が顔にかかった。

――何故?

 それを金色が捻じ伏せる。

――だって、それが私の使命だもの。

 思考は混濁した。どうでもいい。することは、走って、蹴って、飛ばして、爆発して、解体して、骨は削って、肉が、皮を、えっと、わからない。どうでもいいや。

 斧を持った大男に爆発込みの蹴りを食らわせて、他の獲物を見失った。

――どこ? 戦わないと、戦わないと。戦わないと!

 獣人の鼻をくすぐる鉄臭さ。そして体中にみなぎる力。

 頭に血が昇り、本能が戦えと叫ぶ。だが、その瞬間、

――殺気!!

 後ろを振り向き、金色の右回し蹴りを何もないはずの空間に繰り出した。

 高速の蹴りは、虚空を過ぎ去るはずで、だが、確かにその殺気とぶつかる。いや、殺気と呼ぶべきではない。「殺す」という意思を持たずに、だがこちらを明確に攻撃しようという敵意、否、敵意ですらない。強大な力を持って止めようとする「何か」。

 金色の足の向こうに見えたのは、紫色。肌色。ヒラヒラとした何かがそれにはついていて――そうだドレスだ。どこかで見た気がする。どこだ。思い出すのも面倒くさい。

「落ち着きなさい。周りを見なさい召使ちゃん」

 「それ」が言葉を発した。ああ人間だこれは。この声は知っている。何度も聞いた。なんだ。

 視界にあるものを、もう一度認識した。

 自分の蹴りを受け止めていたのは拳。手袋をつけている。シルクかサテン製の高級なものだ。色は紫。

 その向こうに見えたのは三角帽。おとぎ話の魔女が被るようなものだ。これも紫。

「聞こえてる? 返事は?」

 そして、金色。目の前の「それ」が纏っているのは、自分と同じ金色。だけど、その輝きは体の節々から漏れ出すように溢れており、光は強い。

――なんだ。何だ。どれだ。どうするんだ。

 考えるのは面倒くさい。ただ戦っていたい。何も思いたくない。だから言う。

「うるさい」

 「それ」は舌打ちをして、腰を捻った。

――少し早い。この動きは蹴りだ。なら、

 右足を拳にもっと強く押し付け、そこを基点にして自分の体を持ち上げた。

 空中で後転をするように体を持っていき、「それ」の放った足は自分の頭の下を通っていく。風圧が「それ」のドレスと自分の革の服を揺らした。

 そこから、左足での後転の着地の姿勢を――

――踵落とし。

 次の攻撃に転換した。

 後転の軌跡は、まだ円になりきっていない。

――知らない。

 魔法が発動した。『爆発』。何故か。知らない。そうじゃないと攻撃できないじゃないか。だから発動させたんだ。悪いか。

 真っ直ぐに、真下に、『爆発』込みの『脚力強化』の蹴り。空を切る音が蹴りから置いて行かれた。同じようなものを最近使った気がする。そうだ昼だ。クマを狩った時だ。今もあれと同じ(・・・・・)だ。

 「それ」の頭を叩き割ろうとした蹴りはしかし、

――外した?

 確かにそこにあったはずの「それ」の頭に蹴りは(あた)らなかった。気づけば、右足にあたっていたはずの「それ」の拳の感触もない。

 蹴りと後転はそのまま地面に落下。

 轟、と左足が地面にヒビを入れ、着地の衝撃を無に帰した。

 顔をあげる。

 数メートル先。そこには確かにさきほど自分が蹴る予定だったはずの、紫のドレスを纏った「それ」がいる。いや違う。見たことがある。そうだ魔女だ。ハイルディだ。

――だから、何なんだっけ…?

 知り合いで、魔女で、ハイルディで、それがどうして思わなければならないことなのか。戦わってはいけない。そのような気はするのだが、理由を思い出す手間が面倒くさい。面倒くさい――そうだ私は戦えばいいんだ。

「早い、ね。だけど、」

 ハイルディが何か言った。知らない。戦わないと。

 ヒビを入れた地面を蹴って次の動きへと移行する。前進。接近。そのあとは蹴ればいい。

「――まだ遅い」

 目の前に来た。目では追えなかった。

 少し離れていたはずのハイルディが、瞬きと表現しても足らない速度で、目の前に接近してきた。しかも、足。膝蹴りの形になった素足がこちらの眼前にあった。肌荒れもデキモノもない綺麗な足だ。

「――頭、冷やしなさい」

 その声が聞こえたのは、蹴りが自分に命中した前だったのか後だったのかはわからない。

 膝蹴りがこちらの額を的確にとらえ、脳髄を揺らした。

 次いで、自分の体が何メートル吹き飛ばされ、落下。その後地面を何回も跳ねる、転がる。ぐるぐる、どん、ばたばた、ごろごろごろごろ。

 歪む視界に頭を振り、口に溢れた鉄味の液体を唾交じりに血に吐き捨てた。赤黒い。

 顔をあげ、自分の飛んできた方を見た。

 ハイルディ。紫のミニドレスを扇情的に着こなした彼女が、炎を背景に立っていた。

「周りを見なさい」

 急に、頭が冷えた。興奮が失われた気がした。

 周りを見る。

 燃えるテント。黒い夜空。自分の足にあるのは金色で、そしてそこかしこにあるのは、

――赤黒…?

 血だった。

 何が、どうしてそこにあるのか認識できなかった。

 ぐったりと動かなくなった人間の体がいくつも地面に転がって、地面は血に濡れ、茶と赤が混ざり合っている。

「え、なに、嘘。イヤ…」

 訳が分からない、と両手で頬を押さえた。

 ぐちゃり。

 そこから響いた液体の音。手を顔から離して、見た。

 赤い。

 顔に掛っていたものなのか、手に元々ついていたものなのか。血で、手が真っ赤に染まっていた。

「イヤ、やめて…」

 ぐらりと揺れた足があたったのは、

「ひっ…」

 倒れた兵士。

 顔を上げて目の前を見れば、

「…」

 冷たい目でこちらを見つめるハイルディ。その周りに転がるのも、やはり動かない人、人、人!

『それは血と肉の踊る光景だった』

 目の前の光景に過去の記憶が重なった。

『家々が燃え盛り、屍が転がる』

 それをしたのは、紛うことなく自分。血に濡れた、自分。

『夜空には黒煙が炎に光を受けて浮かび上がり、星を塗りつぶしていた』

――どうして、私は、なんで…。

 ガクガクと歯と足が震える。自分のしたことの理解ができない。

――だって、私は、私は、するために、狩りで、なんで――!!

 後悔と、血と、金色と。直視したくない事柄が心の中を回り、正しい思考を塗りつぶした。

「あ」

 喉の奥から引きずり出したような声。

「ああ!!」

 理解ができない。頭が何も動いてくれない。誰か答えを頂戴。

「あああああああああああああああああ!!!!!」

 自己崩壊。叫ぶ。叫べば、誰かが何かをくれる気がして。

 しかし、起こったのは、光の爆発。足にあるだけだったはずの金色が、全身から爆発するように噴き出され始め、視界を埋める。

「!! 魔法が、暴走して――!!」

 ハイルディの声が聞こえる。わからない。助けて。どうするの。どうすればいいの。

 金色が視界のすべてを占拠して、何もかもを失いそうになった、その時――

「ッラアアアア!!」

 突如、横からの強いタックルを喰らった。ただし、優しく抱き止められながら、だ

 そのまま、タックルをした人物ともみくちゃになって土の上を転がる。ようやくそれが止まったのは、その人がしっかりと自分を抱きしめ、回転の衝撃を、自分の背中が土に擦れるようにして和らげてくれたときだった。

 落ち着いて、感覚が殆ど麻痺した中で感じたのは、暖かい感触。何があっても、どうあってもこちらを受け止めてくれるような、優しい気持ち。

 回復していく視界で見えたのは、ローブの胸下に刺繍された黒地に十字架のマークで…。

「眠らせろ! その程度で魔力暴走は止まらん!」

 少し離れたところで響いたのは、聞いたことのあるような、ないような女性の声。クールで聞き取りやすい声だ。

 次に来たのは、抗えない急激な眠気。でも待って、まだ、寝ちゃ…

「ドラコ先輩、ありがとうございます」

 聴こえた、『彼』の声。

「私は指示しただけだ。『催眠』で暴走は一旦止められるが、魔力暴走はハイルディにしか解決できないぞ」

 またクールな女性の声が聴こえた。必死に目を開けようとするが、眠気が執拗に邪魔をする。

――私、は…

 顔を伝った感触が、血なのか涙なのかわからない。だけど何か液体が流れた。

 金色が失せた視界の向こう。なんとか確保した視界で上を見れば、そこにあるのは、私を受け止めて、疲れた表情を見せながらも何か清々しい『彼』の顔で、

――ごめんなさい…。

 私の思考は眠りの中に落ちていった。

人は興奮状態になると、アドレナリンだかドーパミンだかが出て周りが見えなくなります。また疲労感がある程度を超すと、カフェインを摂取した時と同じような状態になります。俗にいう夜中テンションです。


魔法も、ようは体内のエネルギーを使っているので疲労が増加します。場合によってはアドレナリンの分泌も手助けするでしょう。また、獣(獣人)はもとより、人は血によって脳に快楽物質の分泌を促されます。

テンションが極限状態になった人間は基本的に周りが見えません。バイキングのベルセルクなんかは、麻薬や殺人の高揚感によって極限状態になり、死すら恐れず突撃します。同士討ちもしますし、理性というものが吹き飛びます。

今回の少女も、多分きっとそんな感じ。当初の予定はこんな大暴れさせるはずじゃなかったけど、所謂「キャラが勝手に動く」現象でこんなんなっちった。どうしよ。



この章は、本当は前回の後編に組み込む内容だったんだけど、以上の「勝手に動く」現象でこんなことに。

後編は少し早めにアップ予定。



2013/7/5

本当にすいません

展開上、どうしても変更しなければならないところがあり、ラストの場面を差し替えました。

すでに読まれた方で、混乱させてしまったのなら、本当に申し訳ございません。完全な展開ミスです

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