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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
23/75

第十一章・前 因果応報

 魔法学院で最初の実技の授業があった日から二週間が経った。

 魔法使いは、あるテントの中にいた。

 家具の質感から、来賓用とわかるのだが、如何せん野外のものとあって造りは粗い。灯りの他はダブルのベッドと本棚、事務机が一式置いてあるだけだ。下は土が丸見えになっている。

――かなり暇になりそうだな。

 軽く溜め息をついたあと、テントの外に出る。

「――守備兵交代! 以後の見回りは三隊が請け負う!」

「次の荷物は五区の倉庫に――ちょっとそっちどこ持ってってんの!?」

「ハプスブルグの竜兵部隊? 中陣の西のはずだ」

 そこには、鎧を着込み、剣を携えたたくさんの兵士達が右に左に行き交う光景があった。

――こういう業種の現場には一生 関わらないと思ってたけどな~…。

 快晴の空を見上げ、そこに見つけた小さい点のような軍用ドラゴンにまた溜め息をつく。

 魔法使いがいたのは、巨大な野戦陣の後陣だった。周りには大小様々なテントや幕舎が並び、馬や荷車がその間を通っていく。

 何故、そんな所にいるのかと言えば、

「――バチカン臨時魔法補助官(・・・・・・・)殿、どうされましたか!?」

 テントから出るなりこちらを見つけたのは、若さに少し落ち着きが入りだした年頃の兵士。階級は、班長をしていると聞いた。

「いや、ただの散歩。どうしても暇だったからね」

「そうですか。何かあれば私の方までお申し付けください。手配しますので」

 ペコリと一礼した兵士は並んだテントの群の間に消えていく 。

――「臨時魔法補助官」、か…。

 とってつけたような役職名に苦笑いする。

 「魔法学院」があるのは、ローマを首都とする「聖バチカン公国」である。

 これと陸で国境を接するのは、主に二国であり、それは「フランス共和国」、「ハプスブルグ」だ。

 さらに、その二か国とともに国境を接する国に、「神聖ローマ帝国」がある。問題はこの国だ。

 神聖ローマ帝国では、かれこれ二十年近く続く内乱が勃発中だ。宗教の派閥争いから始まったものだが、そこはどうでもいい。

 対してハプスブルグは、百年ほど前に神聖ローマから戦争によって独立した国であり、無論神聖ローマとは仲が悪い。

 逆に、何代か前に婚姻を結んだフランスとハプスブルグは仲が良い。相対的にフラ ンスと神聖ローマは仲が悪い。というか、国境付近の領土問題もあり、関係は最悪といっても過言ではない。

 そのフランスと、政治・経済でともに同調関係にあり、半ば同盟国となっているのが聖バチカンだ。

 ことの発端はハプスブルグである。

 神聖ローマの内戦の難民や交易妨害をなくしたいハプスブルグは、反政府軍への援助を数年前から始める。友好国のフランスにも支援を求めた。

 しかし、フランスは長引く経済不況とかつての宗教戦争敗戦での痛手で、援軍を送る余裕がない。よって、同盟国のバチカンに相談したのが去年。それが実現したのが、

――…俺なんだよな。

 溜め息をついたあと、ゆっくりと前陣のほうに向かって歩き出す。

 直接的には神聖ローマと関係の悪 くないバチカンだが、友好国の頼みを断るわけにはいかない。しかも、バチカン王軍は長い平和で実践経験の少ない兵士が増えてきている。

 正規軍の支援が決まるとともに「戦争に役立ちそうな奴いる?」というお達しが各部署に届けられた。もちろん魔法学院にも届いたそれが行き着く先は、学院内で唯一武闘派の警備部であり…。

――…前の当て付けのように、警備主任に推挙されちゃったんだよね…。

 警備主任の推薦は中央に受理され、そうそうに「行け」という命令が下った。学期中だから、と断ることもできたのだが、運悪く重なったのが春の大型連休だ。祝日の重なりが見事で、二週間分の授業が潰れた。研究が忙しいというのは理由にしてくれないだろう。役所の文系は頭が固くて困る。 かくして、魔法使いは約一週間。連休の半分を異国の戦地で過ごすこととなった。

――まあ、ただのあてつけじゃないんだろうけど…。

 魔法学院としても何人かの人員は建前の上で出さねばならず、日頃から人員がカツカツの警備部から人を割く余裕はない。生徒を戦地に行かせるのは論外だし、教授陣も戦闘職は少ない。(魔女と『救世の末裔』が一人ずつ理事会にいるが、どちらも老齢だ)

 そこで思い出されたのが、「暴漢三人を倒したらしい」自分である。「そんな奴なら、役に立たなくともお荷物にはならないだろう。何にも出来なくとも何かしらの実地試験ぐらい取ってこい」というのが警備主任から聞かされた理由だ。「建前だから、後ろの方で走り回ってるだけでいい」とも言っていた か。

――あの子を庇って、ケンカしたのは自分だけってことにしたのは間違いだったかな…。

 因果応報というか信賞必罰というか。

 中陣の中程まで来ると、多種多様な兵科の兵士達が忙しなく動く姿があった。

 バチカンから来ているのは自分以外にも、王立軍の特殊部隊と魔法騎士の部隊が前陣に、王族の私兵団が中陣に、自分と同じように各機関が出した人員が後陣にいる 。話に聞くと、ハイルディもどこからかの依頼で来ているらしい。

――お陰で周りのテントは見知った顔ばっかだった。

 国ごとで集められているらしく、到着して会った人物はそれぞれどこかで名前か顔は知ってる人物だ。地方領主の御曹司、魔法学院の同級生・後輩、戦闘職の知り合い…。

――…総じて顔がむさくるしいな。

 大抵の人間は、昔から戦争や紛争に首を突っ込んできた、根っからの『戦闘狂』だ。御曹司は騎士団の一員で、同窓生達は元々戦闘職志望、知り合いに至っては国賓級の傭兵だ。文科系で来たのは自分ぐらいだろう。

――なんだか、戦争そっちのけで実験するのは気が引けるな…。

 もちろん、魔力波探知測距(メイダー)の試作品などの魔法石は何個も持ってきている 。休日が半分なくなったんだから研究成果でも持って帰らないと割に合わない。

――本当だったら、あの子とどっか旅行でも行こうかと思ってたのに。

 ギリシャの旧都でも廻ろうかと思っていたのだが、予定は遂行されそうにない。

――せっかくリットにまた服を見繕ってもらったみたいだから、あの子の綺麗な格好を見てみたかったんだけど…。

 少女、綺麗、と考えて思いだされるのは、

――…金色、か。

 彼女が実技の日に出した、金色の魔法光――『救世の末裔』の証。

――結局、あの子はなんなんだ?

 魔力量が多いのは『救世の末裔』だからとわかった。だが、

――魔法を使ったことがない? テレポートが初めて見たまともな魔法?

 ない。百歩――数万歩譲って、自分 が使ったことがないとしても、他の人間が使っているのを見たことがないというのは有り得ない。

――あの子は、普通に村の外に行けていたみたいだし…。

 一生故郷の村から出ない、という人間も、農村部に行けば少なからず存在するが、彼女の話を聞くにそれはない。だったら、街で誰かが『火を起こす』魔法ぐらい使っているのは見るはずだ。

――第一、読み書きが出来て、計算もできるぐらいの農民なら、魔法ぐらい…。

 使えるはず。そう思って、一つ気付く。

――農民が、読み書きと計算…?

 ローマに長く暮らしていたせいで、世界常識がずれていた。

 バチカン国内の人間なら、たとえ農民でも読み書きが出来ていてもおかしくはない。欧州で随一の国力を持つバチカンは、政策 とし て国民の教育レベル向上を掲げており、最近の子供は桁が片手で足りる計算程度なら誰でもできる。

 しかし、少女は、内戦真っ只中の神聖ローマの出身だ。神聖ローマの国力はそうそう低くはないとはいえ、畑を耕すこと以外にただの農民が出来ることは少ない。

――村の運営に携わる家系だったとか…?

 村長の親類であれば、村の運営のために計算や読み書きも教わる。用水路の引き方や納税のやり取りも学ぶだろう。

――女の子がそれをするのはなかなかないけど、跡継ぎが他にいなかったら妥当か。

 男なら十六を過ぎれば村では一人前に仕事を回される。村の運営もその歳で学ばされるだろうし、女の場合もそれくらい…。

――ちょっと待て。そうだよ、十六を過ぎれば一人前だよな! ?

 少女の年齢は十六。

 十六を過ぎれば一人前。その『一人前』というのは、男なら嫁を貰い、家を作り、生計をたてていける、という『一人前』だ。村によってはもっと若いし、それが女なら尚更幼い時にナニもかもを済ませている。その「ナニもかも」というのは、

――…なんで、十六を過ぎても「処女」なんだ?

 「ソウイウコト」だ。

 ハイルディや少女の言うことを信じれば、彼女は処女で、ファーストキスは父で済ませたとか言うぐらいに恋愛経験がない。他の男とシていたなら嘘でもそいつを上げるはずだ。

 医療レベルも高いバチカンならいざ知らず、戦争・疫病で人死にが珍しくない神聖ローマで、ちんたら十六まで純潔を守っていてはすぐに家系が絶える。荒れた国での子孫 繁栄の流行りは、短命・子沢山の数打ちゃ当たる戦法だ。

 つまるところ、彼女というのは、

――存在しないはずの人間、か。

 『救世の末裔』なのに農民で、だけど読み書きが出来るくせに魔法が使えない。そのうえ処女だ。

 どれかの要因が成れば、他の幾つかが成らなくなる。矛盾に矛盾を重ねたようなものだ。

――…どうしようかなぁ。

 『どう』とは、今後の魔法教育の仕方であり、彼女の正体の詮索であり、彼女との距離の取り方だ。

――魔法についての最低限の知識は教えたけど…。

 あれから二週間。教える時間は存分にあった。簡単な身体強化の魔法ぐらいまでは教えられた。(習得速度が並みのものではなかったが)

 だが、依然として、魔力量の多さからくる扱いづら さの問題は残っており、「舵の取り方」は難しい。

 魔法を使わない『救世の末裔』のことも調べようとしたが、如何せん、そんな前項が後項を否定している矛盾したものを調べる手立てもない。よって次は、奴隷商人の方から探ってみようと思う。

 そして最後、彼女と自分の関係だが、

――あれから、ちょっと話しかけにくいんだよな…。

 気付かれているかはわからない。だが、少女と関わることを少し避けるようになった。魔法を教えるときも、口調は他人行儀だ。

――教師と生徒で、主人と奴隷っていうこともあるけど、

 その理由は、

――彼女が『わからなく』なったから、かな。

 以前は、自分にとって一定の彼女を測る物差しがあった。

――彼女と、『あの子(・・・)』が 似ているところ、似ていないところを見つけて、それで彼女を意味付けていた。

 だが、自分がそうだと思っていた事柄が、一気に壊れた。『救世の末裔』、魔法、文化…。彼女を示すパラメーターが、一瞬であやふやになったようなものだ。

――彼女は、『あの子(・・・)』とは決定的に違う。だけど、でも…。

 思いでの中の『あの子』を彼女を重ねて、はたと気付く。

――…最悪だな、俺。

 別の女の子の姿を、彼女に求めるでもなく対比させて、それで彼女を捉えようとしていた。

――人として、男として、ダメだろうが。

 はあ、重い息を吐いたのは、前陣の手前。

――まあ、彼女のことは今はどうにも出来ないんだけどさ。

 少女は今頃、屋敷でシラタマと一緒に留守番だ。一 週間はなにをしていても良い、と生活費とともに言ってきた。自分は仕事をするだけだ。

 第一、過去と今の女の子を比べるとか、そんなことを思っていては、

「ハイルディにどやされそうだな」

「――私が、なんだって?」

「――!!??」

 独り言のつもりで呟いた言葉に背後から返答が来て、思わず振り向く。

「三週間ぶり? こんなところにいるのは珍しいね」

「いや、俺も戦地の初日でいきなり幼馴染みと会うとは思わなかった」

 そこにいたのは、ハイルディ。膝までのややミニなスカートと、胸元を協調させるように開いた肩紐のないトップで構成された紫基調のドレスには、フリルがいくつもついており、妖艶なのに可愛らしい雰囲気を作り出している。

――いつもはもっ と色気のある奴着てるけど、これは…。

 幼馴染の姿を上から下まで一通り見て、感想は、

「似合ってるな」

「ありがと。惚れ直した? 戦場でのアバンチュールでもしてみる?」

「その言葉がなければ最高だったのに」

 艶っぽく笑ったハイルディに、からかいで返してみる。

「ひどーい。これでも仕事帰り?なのにさー、労いの言葉ぐらいくれてもよくなあい?」

 やはり悪戯っぽく笑う魔女は、右の手に持っていた長い箒を、空中に異次元への穴を魔法で作ってそこにいれる。収納するためだけに世界の法則を乱すのはやめてもらいたい。

「仕事? どこか行っていたのか?」

「どこも何も、ここは戦場。私は魔女で、姿は正装。やること行くことなんて決まっているとは思わない? 」

 ハイルディはスカートのシワを手直する。

――戦争帰り、か。

 魔女は、かつてエルフと人のハーフだった人種が、戦わなければならない状況に追い込まれて自身を進化させた『闘争』の種族。

 魔女という種族が存続できているのは、彼女たちが両性具有であり、彼女たち同士で生殖を可能にしたためだ。

 そんな彼女たちは、神教(カトリック)の普及によって徐々に差別されるようになり、一時は魔女狩りとして迫害された。

 その中で、戦うための技術を成熟させ、他種族の追随を許さぬ強さを持つようになった。

 『闘争』の種族である彼女たちにとって、晴れ舞台とはすなわち戦場、戦争。

 そこに着ていくのは、強さと同じように、誰にも負けない美しさを持ったドレス。

 着飾り、化粧をし、そして血の舞う戦場へと飛び込んでいく。

――そこだけ聞くと格好いいんだけどね。

 もっとも、自分にとっては、少し貞操概念の飛んだ戦闘狂としかいいようがない。(自分のことは言えないが)

「で、なんでまた魔法学院(アカデミー)の天才なんていうもやしっ子がこっちの戦争なんかに来ているんでしょーか?」

 こちらの腕に抱きつき、ハイルディが胸を押し付けてくる。「そういうの、俺もう慣れてるから意味ないぞ?」「昔はもっとオドオドしてたのにねー」

「まあ、なんだ。いろいろとヘマして連休中だけこっちに世話になることになった。一週間もしたら戻る。どうせ後陣の方でうろちょろしているだけだ」

 言って、じゃあ、と繋げて、

「お前の方はなんで この内戦に介入してるんだ? 宗教派閥の内乱とはいえ、どっちも神教だろ?」

「あー、私の方は、ブロッケンの魔女会が、改派(プロテスタント)に味方しろって煩くてさー。教義的に、改派(プロテスタント)は魔女にまだ寛容的だからだって」

 どっちにしろ力で捻じ伏せればいいのにね、と笑顔で中々怖いことを言ってくれる。

「ぶっちゃけ、私が本気出したら、どっちの派閥も合わせて三日で消せるよ?」

「それは国土がまるまる消し飛ぶからやめとけ」

 額にデコピンを食らわせる。

「痛い…モヤシのくせに…」

「一言余計だ」

 もう一発食らわせておく。


「――どうしたの?」

「…あそこにいるのって…」

 適当な話をしながら前陣の中を歩いていると、雑多な人ごみの中に見覚えのある後姿を見つける。

「あれだよ、厩舎の隣にいる奴」

「どれ?」

 わからずにいるハイルディを放ってその後姿へと走って近づく。細くて背の高い、女の肩幅へと近づいて行って、

「ドラコ先輩!」

 名を呼ぶと、その女性は振り返る。

「なんだ、お前か。こんなところで会うとは、久しいな」

 やや切り目で、黒髪が肩まで伸びたその女性は、魔術師のローブを羽織、腰に手を当てていた。

「卒業以来…いや、技術部の発表会で会ったか」

「そうなりますね。二年振りです」

 挨拶を交わしていると、ハイルディが追い付いてきた。

「いき なり走らないでよ、もう――で、そちらはどなた? 新しい愛人か何か? 召使いちゃん泣いちゃわない?」

「違う、バカ」

 この人が愛人とか恋人とか――三日で俺が死ぬことになる。

「三コ上の先輩、俺が一緒だったのは『基本物理学』の特別クラスで、名前は、」

「ドラクルだ。ドラコで構わない。出身はルーマニアだ」

 言ったドラコはハイルディと握手をする。

「私は魔女のハイルデガルド、ハイルディです。よろしくお願いしますね――あれ、でも、ドラクルで…ルーマニア? って…」

 握手の手を離した後、ハイルディの顔に疑問が沸く。

「ドラキュラ公の関係者だったりします?」

 失礼だろバカ、と言いかけたが、ドラコが笑って答えた。

「いや、ヴラド公とは遠戚 関係だが、直接の繋がりはないな。私は現場派の魔法使いで、あっちは『串刺しの王様(カズィクル・ベイ)』だ。地位も能力もかけ離れているな」

 よく間違われるんだ、とドラコは薄く笑う。

「でも、そんな人がどうして神聖ローマの内戦に? そこまで関係ないはずじゃない?」

 それは、と口を開く。

「先輩は、流れの傭兵をやってるんだよ。『基本物理学』をとってたのもそれの応用らしいし」

「ああ、少々汚いことぐらいなら報酬しだいでやり通す。魔法使いとしては実に傭兵らしい生き方をしていると自分でも思うな。今はこの通り、神聖ローマの改派(プロテスタント)に雇われている」

 へー、と言うハイルディの目は笑っていない。どうせ「私にかかれば一撃だし」とか考えているのだろう。魔力量が多すぎて味方がいたら本気を出せない癖に。

「 そちらはどうだ。学院は昔と変わらないか?」

「ええまあ。研究は進んでますし、生徒は毎年刺激的で面白いですよ」

 言うと、しかしとドラコは苦笑を浮かべる。

「卒業してからまた学院に戻るとは、お前も酔狂なことをするな。その上、情欲も知らぬ子供の相手など、疲れるだけではないか?」

「それが、最近の子は割かし進んでるんですよね、そこんとこ。自分が言えた義理じゃないですけど、竜人と高位の竜のカップルがいましてね…」

 ファフナーとリスティナには悪いが話のタネになってもらう。どうせ誰にもわかりゃしない。

 思っていたより、ドラコもハイルディも食いついてくる。

「ほお、それは珍しい。ほとんど異生物同士ではないか」

「あ、私も聞きたーい。具体的に どんな濡れ場があったのかとかわかる?」

 それぞれで食いつく部分が違う気がするが。


「――そういえば最近弟子を取ってな」

 話が生徒同士の恋愛から教育とか生徒のことになって、ドラコがいきなり切り出した。

「先輩が、弟子…? 攻撃用の的とか爆発用の実験体じゃなくて?」

「弟子だ。私もキャラじゃないと思っている。向こうから頼んできたんだ、しょうがないだろう」

 二人だ、とドラコは笑う。

「どんな人? 近くにいます?」

「一人は今はいないんだが、もう一人の方は少し特殊でな」

 ハイルディの質問に、ドラコは何故かローブの内側を開けた。

「ルサリィ、起きてるか?」

 ハイルディと二人で首を傾げていると、その言葉の意味がわかった。

「…おはよーございます…もう仕事の時間スかぁ、師匠ぉ?」

 ふ、と大きな虫のようなもの がゆっくりとドラコのローブの中から飛び出てきた。

 薄く透明な羽が光の粉を撒き散らし、しかしそれが浮かせているのは、小さな人の体。

「わーお、フェアリー? 珍しい!」

 十センチほどの大きさの、少女の妖精。体には薄い布を一枚つけただけだが、腰には剣と思われる小さな装備を付けている。

「ルサリィ。フェアリーの武闘派、傭兵を生業としている種族の一員だ。いろいろあって、クロアチアで弟子にすることになった」

 挨拶をしろ、とドラコが言うと、妖精・ルサリィは眠い目をこすりながら師匠の肩の上に立つ。

「えと、初めまして。今は師匠のもとで勉強させてもらってますが、いつかは一人で傭兵業をできるようになりたいス! ルサリィです、よろしくお願いしまっス !」

 ぺこりと一礼したルサリィを、ハイルディはつつくように撫でる。

「いやー、初めて見たよ。フェアリー。種族年鑑の挿絵はもっとグログロしいのに、実物は可愛いもんだね~」

「あ、いや、ありがとうございますッス…」

 照れたようにルサリィは肩に座り込む。

「で、もう一人のほうは?」

 こちらが聞くと、ドラコは重い溜息をついた。

「問題はそいつでな。てんでダメという訳ではないが、接近戦になると途端に弱くなる。ひと月前も、たかが農民上がりの青二才に剣術で押し負けおってな…。私が助けに入らなければ負けていたな」

 訓練をサボるなといつも言うておるのに、とドラコは伏し目になる。

――訓練、か。

 自分も、少女を守った時に暴漢と戦い、わかった 。

――俺って、凄く弱い。

 あの時、もしも一秒でも暴漢が動くのが早かったら、自分は確実に負けていた。もう一人敵がいたなら、助けに入ることもできなかったろう。

――今度、また同じことがあったら…。

「あの、個人的なことなんですけど、良いですか」

「なんだ?」

 彼女を守れるという保証はない。だから、

「俺に、戦闘の稽古をつけてくれませんか?」



「私が、お前にか? 魔法戦闘を?」

 ドラコは少し困った顔で聞き返す。

「はい、もちろん」

「むう…しかしな…」

 ドラコは数秒思案する。

「魔法戦闘と言ってもいろんな種類がある。お前はそちらに関しては全くの素人だろう?」

 ええまあ、と返事をする。簡単な身体強化ができるレベルだ。しかもそれはどちらかというと生物学の範疇だ。

「となると、戦闘のスタイルから何まで私が教える必要がある。こいつらは、」

 そう言って、ドラコはハイルディに撫でられているルサリィを顎で指す。

「もとから戦いの仕方や自分のスタイルがわかっていたから、私が教えるのは技術方面のことだ。しかし、そのスタイルから教えるとなると…」

――魔法戦闘って、そこまで大変なことなのか…?

 唸るドラコを不思議に思いながら、一言。

「魔法戦闘って、強力な魔法を速く放てば良いものじゃないんですか?」

 こちらの質問を聞くなり、戦闘職の三人が全員、少し白けた顔をする。

「いやまあ、そういうスタイルもあるが、全体としては少数派だな」

 例えば、とドラコは前置きした。

「私がしているのは、近接戦闘型。魔力で刀を作り、身体強化で接近戦を行うタイプだ。戦争では最前衛の前線を受け持つことが多いな」

 次に、とルサリィの方へと視線を動かした。

「フェアリーの傭兵は、魔法推進力による高速戦闘を得意としている」

「自分らの場合は、速く小さく動いて相手の急所突くのが常套手段ッスね。体が小さくて弱い代わりに、速さと隠密性に賭けた感じッス。よく暗殺任務とかも引き受けるッスよ」

 ルサリィは少し飛び、高速でこちらの周りを回った後、ドラコの肩へと戻る。

「ハイルディはどうだ?」

「私は、ちょっと条件が特殊だけど、大火力の魔法を援護で放つ固定砲台型、かな。近接戦闘も時々するけど、面倒臭いし、基本は戦場の真ん中で遠距離攻撃してると思ってもらえれば良い。いわゆる中衛型、かな」

 ドラコが前衛、ハイルディが中衛と来たらあとは、

「後衛はどんなもの何ですか?」

 聞くと、三人は揃って苦い顔をする。

「強いていうなら――クソだ」

「クソッスね」

「クソだね」

――…俺、この戦争で最後衛なんだけど…。

 何か、こちらの存在まで否定された気になる。

「考えても見ろ。接近戦が前衛で、遠距離攻撃は中衛だ。後衛がやることは何が残っている?」

 それは…

「回復とか、支援とか?」

「だろうな。だが、はっきりいって、邪魔でしかない」

 何故? 戦争で後方支援は大切だろうに。

「自分の回復程度、前衛に出ていける魔法使いなら片手間で出来る。逆に、後衛に行くしかない未熟者の回復魔法なんぞ時間が掛かってしょうがない」

「中衛としても、支援なんかより魔力の供給源くれた方がマシだし、攻撃範囲に入ってきたら邪魔だしさー」

 ようは、どこにもつけない半端者、ということか。

「ま、それは置いておいて、」

 ハイルディはまた腕に抱きつき、上目遣いでこちらを見つめた。

「あの子を守るのに、あんたはどれを選ぶのかなぁ?」

 バレてるな、と小さく溜め息をついた。

「熟考して、またお願いするよ」

「ああ、連絡なら、改派の教会ネットワークに流してもらえばいつか拾う。好きなときに言ってくれ」

「私も、『見下ろし山(エーデルブロッケン)』に言ったら通じるからねー」

 それより、とドラコは前陣の方を見た。

「そろそろ、攻勢が始まりそうだな。外国の支援勢力も揃ったからな」

 戦争か、と溜め息をつきそうになって、ハイルディのからかうような顔を見つけた。

「もやしっ子が出るような幕はないと思うけど~? せいぜい、私の慰安(・・)でもしてくれるかしらぁ?」

 うるさい、とデコピンしておく。

「痛い…まあ、二、三日で攻撃が始まるとは思うけど、あんたが後ろで走り回っていう間に作戦は完了すると思うよ。もともと戦力が拮抗してた戦線だし、援軍来たから数はこっちが圧倒的に上。楽勝、かな」

「いや、向こうにも、ヴァレンシュタインの傭兵団が到着したらしい。負けはしないが、ある程度の苦戦はすると思うぞ」

 二人は自分のわからない業界の会話に入っている。

「ま、何はともあれ、ゆっくり実験でもしてるといいよ。あんたが危ない目に会うことはないと思うし」

 ハイルディは胸を押し付けながら笑う。

「――相手が奇襲を仕掛けるなんてことがない限りは、ね」


話に出てきた、前衛中衛後衛ですが、RPGのようなパーティーの話ではなく戦争での話です。なので、それぞれ距離は最低百メートルは離れています。

近接武器は前衛、遠距離支援が中衛、兵站・治療が

後衛。

近代戦なら順に、携行火器、砲兵科、後方指令室みたいな。



ドラコって聞いてフォイフォイが浮かんだ奴にはアバタ・ケタブラ。ドラキュラが出てきた奴にはクルーシオ。そんなことよりもっとヤバイことに気付いたらエクスペリアームス!


snow whiteはこれから四、五年後ですが、このときのハイルディはまだまだ魔力の使い方が未熟です。ので、snow whiteほど俺tueeeeはしてません。できるけど、味方も一緒にミンチにします。

魔力量ではハイルディ>>壁>>ドラコですが、技術ではドラコ>>ハイルディです。


長くてすまんの、じゃあの!

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