プロローグ slave
それは血と肉の踊る光景だった。
家々が燃え盛り、屍が転がる。
燦燦たる惨状のその中を、幾人もの男たちが駆け回り、剣を振るい、命を奪う。
少女はただ茫然とその光景を見つめていた。
――夢だろうか。
地面にペタリと座り込み、その時に感じた痛みでこれは現実だと思い出す。
夜空には黒煙が炎に光を受けて浮かび上がり、星を塗りつぶしていた。
ふ、と視線をおろして、それらを見つける。
――死体。
目の前で、やや中年の女性に覆いかぶさるように同年代の男性が倒れ、そして二人はこちらに手を伸ばして死んでいる。すぐ横には自分より少し年上の、戦士の装いの青年が、剣を持ったまま口元を血で汚して死んでいる。
――お父さん、お母さん 、お兄ちゃん。
ほんの少し前まで家族だった人たちが、ただの骸へと成り果てた。
その事実がまだ自分にはよくわからなくて、何の感情も生まれない。
そんな自分を全く気にしないように、みすぼらしい身なりの男たちが周りを走り回る。
――ここは一体、
「何なんだろう」
呟いたすぐ後、少女は頭に大きな痛みを受け、気絶した。
薄れゆく意識の中、少女は思う。
――地獄だ。
目覚めたのは、馬車の中。がたりがたりという振動で起こされてだった。
自分の両腕には鉄の枷がはめられ、足にもより強固なものが取り付けられている。
周りを見れば、自分と同じように枷をはめられた人が――いろんな種族の人がいる。男女の分け隔てはないが、その目に光はない。
――連れ去られた……?
粗末な馬車の中、気遣われた雰囲気は感じられない。
――私は、どうやって……。
痛む頭の中、記憶をたどる。
炎、叫び、男。
――そうだ、村が盗賊に襲われて…。
自分が住んでいた農村。そこが盗賊に襲われた。
――それから、それから…
景色がフラッシュバックする。走る剣。飛ぶ鮮血。そして、
――みんな…!!
転がる屍。
足がガタガタと震え、思い出した現実に視界が滲む。
――みんな、みんな死んじゃった…!
どうして、なぜ、何のために。
答えをくれる人はいないし、答えはない。
――私はどうすれば…。
自分のこれからを考えようとして、その現状のことを思い出す。
――連れ去られて、どうなった?
周りに居るのは、ボロ切れを着た、とても「市民」とは言えない人たち。
――奴隷…?
そこで少女は、自分が奴隷となったことを認識した。
――盗賊に捕まって、気絶している間に奴隷商に売られたのか。
ない話ではない。
人を奴隷にしても良いと言う法はないが、奴隷を取引してはいけないと言う法もない。強盗殺人と言う犯罪者である盗賊が、前者を気にする必要はなく、ただの商人である奴隷商は後者を行うだけだ。
――どうなるんだろ、私。
そこで、馬車が危なげに停車し、ガタリと床が揺れた。
車外からは何人かの話し声が聞こえ、歩き回る足音が聞こえる。
ついで、後部の扉が開き、強い陽の光が目を焼いた。
「早く降りろ!」
怒号の一歩手前の叫びが、扉を開けた男の口から飛び出し、馬車の中の奴隷たちはゆらりゆらりと立っては、馬車を降りていく。
自分もその波に追従し、枷で歩きづらい足でなんとか馬車を降りる。
降りたのは、街の市場の外れといったところ。街の発展度合いは中都市といったところ。
レンガ造りの家々が連なり、生活感が溢れている。
時刻は昼の少し前。視界の隅に捉えた市場は、やや活気付いてきた頃合いだ。
自分の後ろでは、もたもたしていた最後の奴隷が、奴隷商店の店員の大男に抱えられ、そのまま運ばれていた。
ぞろぞろと奴隷たちが歩き、商店の裏口らしい扉をくぐり、なかに入っていく。
最後に大男が入ったところで、
「ギィ…」
重い扉が音をたてて閉まった。
――それから、私は太陽の陽を見ていない。
そこから一ヶ月は地獄だった。
連れてこられた奴隷たちは、まず体に『印』を刻まれる。
焼きごてで火傷させて――というのは昔の話で、魔法で紋様をつけるのが普通だ。
しかし、それはただの紋様ではない。
主人へ歯向かえば、体の内側から痛みと苦しみを奴隷に与える、『見えざる枷』。
大抵は背中に刻まれるその紋の洗礼を受けたあと、奴隷は檻に入れられる。
食事は一日二回。水浴びは一週間に一度。服は薄布が一枚。
生かさず殺さず、『商品』としての価値を失わさせずに養われる。
そして、時間を掛けて『躾』をされる。
奴隷は、顧客の要望に合わせて調教される。家事洗濯、読み書き、計算、歌唱、魔法、戦闘技能、工業技能――性奴隷化、異常体質、廃人化、合成。
奴隷に人権は保証されていない。店の損失になるため、死ぬことはないが、だからこそその一歩手前の地獄を見ることになる。
性奴隷などはまだ優しい方で、食人主義者の顧客のために、永遠に再生する肉体にされる者もいる。
幸いにも、自分は読み書きと一定の教養があったため、そのような事態にはならずにすんだ。
しかし、いつか私に目をつけた客が、『そういった』躾を頼むとも限らない。
逃げようと努力はした。
元々、私は武人の家だった。村では、父が自警団の頭領をやっているし、昔は名の知れた剣術使いの家柄だった。兄が剣を持って死んでいたのもそのせいだ。(もっとも、数には勝てなかったが)
だが、いくらある程度の体術と剣術を身に付けているといっても、自分はまだまだ十六歳。何人もいる屈強な見張りを倒せはしない。
牢屋に穴を開けるとか、鍵を奪うとかもしたが、達成する前に牢を移され、鍵はそもそも魔法で作られており、自分には手に負えなかった。
できることと言えば、檻の外に出る度に逃げようと暴れるぐらいだった。
そして一ヶ月後のある日、檻の清掃のため、一時的に商談用の檻に入れられたとき、その男は来た。
醜い顔の奴隷商人とともに入ってきたのは、二十代前半の優男。ローブを羽織っており、魔法使いのようだ。
一瞬身がすくんだが、お目当ては横の檻の奴隷のようだった。
少し安心し、なんとか逃げ出せないかと檻のあちこちを蹴る。同時に自分が『使えない』アピールも兼ねている。
魔法使いは、何か書類を二つ受け取ったあと、それをペラペラと捲っている。
――早く出ていけば良いのに。
面識のない奴隷としても人が売られるのを見て嬉しいものではない。このまま買うのを諦めて帰ってくれれば良い。
だが、その魔法使いは、横の奴隷ではなくこちらの檻を覗き込み、こちらを見てきた。
――え…?
思わず顔をあげ、目が合う。
茶色い髪が、やや長めにローブから見え、通った鼻筋に少しそばかすがある。そしてなにより、
――青い…。
海のような、吸い込まれそうな青い瞳。
ゆっくりと見つめるその瞳に、反射された自分の姿が映る。まるで、海に取り込まれ、沈んでいってしまうよう。
――恐い。
何が、とは説明できない。自分の中にある何かが、その瞳に吸い込まれてしまいそうな、甘美的なその青に浸ってしまいそうな、そんな恐さ。
その恐れを掻き消すため、虚勢の怒りを顔に張り付けて睨み返す。
相手は、不適な笑みを浮かべ、奴隷商人に小声で何かを言ったあと、部屋の中央へと向かう。
私は、先程まで暴れていたのが嘘のように、力なく座り込むだけ。
ただ、心のどこがで思っていた。
――あの目は、見てはいけない。
魔法使いは、中央のテーブルで書類に何かサインをしたあと、こちらを向いて微笑み、手を振ってきた。睨み返す。
その日が、私が魔法使いと会い、そして彼のモノとなった日だった。
とりあえずプロローグ終了。
魔法使いに比べて奴隷の文量が大きいですが、しょうがない(諦)
うっかり入れ忘れてましたが、時代設定は中世、場所は欧州、ジャンルは異世界ファンタジーとなります。詳しくは『snow white』を参照(ステマ)
設定補足
魔法について
別に魔法使いはしか使えないという訳ではなく、全人類のほとんどが使えます。
例えるなら数学です。小学生でも使えますが、学んだ量で腕が変わってきます。
職業的に極めた人を『魔法使い』とか『魔術師』。
種族的に長けている種族を『魔女』とか呼びます。
奴隷について
身分的には
戦争奴隷<<奴隷<農奴<市民
という位置付けです。
魔法の存在で、奴隷をたくさん使った作業は不必要となったため、主な用途は家事洗濯・仕事の手伝い・愛玩用です。史実と比べれば楽ですが、主人が死ねといったら死なないと行けませんし、主人から奴隷への犯罪行為は無罪となります。逆は重罪。なので、性奴隷だの人体実験用だのの奴隷も少なからずいます。