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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第八章・後 手の上の弱味

「…疲れた」

 魔法使いはソファの端へ静かに座り込んだ。

「慣れないことしたからですよ」

「言わないでよ。こっちも戦闘技能からっきしだったの悔やんでるんだから」

 目の前に座っていた女性研究員も、よいしょと紅茶片手に向かいのソファに座る。

「俺の分もお願いしていい?」

 小声で聞くと、

「自分で淹れてください。さんざん手間掛けさせた罰です」

 返す言葉もない。

 自分達がいたのは、研究室の応接間。学長や理事が来た時のための接待用だ。配置はシンプルに、低い長机を二つのソファに囲ませた板間の部屋だ。

 西区で暴漢達を撃退したあと、女性研究員が呼んだ警察が到着し、ノビていた四人は無事に御用となった。

 通報内容が不明瞭とか、場所が曖昧とかで、話を通すのにかなり苦労したらしい。時間もすっかり夜の頃合いだ。

「具体的には、警備部の同期と週末にお茶しないといけないことになりました」

「モテてるみたいで良かったじゃない」

 どこが、と女性研究員は静かに溜め息。

「…十六歳より歳上で、しかも男の何がいいんですか…?」

「…え?」

「ああ、室長は別ですよ。『たらし』ですけど撫で肩ですし、セクハラせずにガールズトーク混ざってきますし」

 男としてどうなんだろうと思うが、部下との関係が良好なんだからいいか。

 紅茶を淹れるか、と席を立ったところで、

「室長! 警備部から呼び出しが――!」

 勢いよく扉を開け、入ってきた『まぬけ面』を、女性研究員と自分の二人で睨み付けた。

「あっと、あの、自分、何かしました?」

 怯んだ『まぬけ面』に、自分が先程まで座っていたソファを顎で指した。

「え、あ、これは――よく寝てますね」

 そこには、スヤスヤと眠る、女奴隷の少女の姿があった。仰向けに眠る彼女の上には毛布がかけられ、口元からは涎が一筋流れている。

 自分がソファの端にしか座れなかったことや、二人が小声で話していたのは、彼女がソファの大部分を占拠して熟睡しているからであった。

「最近の疲れが貯まってたんだろうね。有能すぎて忘れてたけど、まだ十六歳の女の子だし」

「家事手伝いに慣れたと思ってたら、新生活と一緒に勉強も始まったんですから、疲れるのは当然ですよ」

 いろいろ負担掛けちゃったな、と反省しつつ、応接間の端から行ける給湯室に向かった。

「で、警備部はなんだって? 用事があったんでしょ?」

 置いてあったティーポットの中身をカップに注ぐ。『まぬけ面』の分も合わせて二つだ。

「あ、はい。警備主任から直接のお達しで、事情聴取するから早く来い、だそうです」

 面倒だ、と顔を少ししかめる。まず行くのが面倒臭いし、被害者はこちらだが、過剰防衛なんかで騒がれる。試作段階の魔力波探知測距(メイダー)の使用や、医師免許なしで痛覚制御を行ったことなんかに突っ込まれると責任問題になりかねない。

――カネとコネは使いよう、かな。

「警備部の主任に、尻の穴に何突っ込まれたいか聞かれるのと、適当な聴取内容書くのとどっちが良い? って言うだけでいいよ」

 片方のティーカップを渡すと、『まぬけ面』は信じられないような顔をする。

「あんた、どんな弱味を…」

「いやー、若気の至りも役立つことがあるもんだねー」

 男を抱く趣味はなかったが、ハイルディに付き合わされたのは良い思い出だ。当時小柄だった警備主任の尻に、両性具有なハイルディのアレが出し入れ…思い出すと少し気分が悪くなってきた。

「あ、リットやリスティナ達への事情説明はやってくれた? 遅かれ早かれ情報が回るから、心配は掛けたくないんだけど」

「その点は大丈夫です。連絡は、報せ受けた時には回しましたし、念のための安否確認も取りました。全員帰宅を確認済みです。医学部心療科の同期にカウンセリングも頼めますけど、どうします?」

 『まぬけ面』はテキパキと情報を述べていく。

「ありがと。本人の希望があれば優先的に受けさせてあげて」

 手際と根回しが早いようで助かる。面はまぬけだが、中身が有能なのは承知してる。

「二人とも、そろそろ帰る? 終業時間も過ぎてるし、残業代に加算しとこうか?」

「私は結構です。そんなに金欠でもないですし、その子のその格好を見てただけで役得ですから」

「自分はお願いします。今月、技術部の方でかなりお金使ってまして…」

 そんな趣味してるから試験に落ちるんじゃなかろうか。

「室長はどうします? これから家に帰るのはキツイですよね?」

 『まぬけ面』からの問いに、ソファで眠る少女へ一度目をやった後、

「この子が眠ったままテレポートはマズイし、面倒臭いから今日は応接間(ココ)で一晩かな。毛布一枚あればなんとかなる季節だし」

 言うと、女性研究員は座っていたソファの端にあった毛布を渡してきた。

「それじゃあ、自分達はここらで失礼します」

「うん、また明日。警備主任によろしくね」

 ヒラヒラと手を振った『まぬけ面』に次いで、女性研究員の方も部屋を出ていく。

 廊下からは二人の話す声が小さく聞こえてくる。

――…『音探知』発動。

 魔力波探知測距(メイダー)の応用で、感知する対象を魔力から音波に変えたものを発動する。実験室や魔法技術としてはお粗末な理論だが自分の経験と自己流なら十分使える段階である。

 聞こえてきた会話は、

『寝ているあの子を、室長が襲う方に明日の昼飯賭けるわ、俺』

『じゃあ私は襲わない方で。奢るなら「ラッセル」のケーキセットでお願い』

――本当、あいつら俺をなんだと思ってるんだ。

 減俸、という職権濫用な報復が浮かんだが、後々問題になりそうなのでやめておく。

――さて、と…。

 飲みかけの紅茶をテーブルの上に置き、少女の眠るソファへと腰掛ける。。

――良い寝顔だ。

 つい先程までのゴタゴタが嘘のように、少女は眠っている。

――カッコつけれたかな…?

 助けられたことは良かったが、内心ヒヤヒヤものだ。思い出すと今でもを胃に嫌なものが昇ってくるし、失敗していたらと思うと笑えない。

――こんなに綺麗な格好しちゃってさ…。

 白くて綺麗なワンピース。『花びらが舞っているのかと思っていた』――見とれている暇があったら助ければ良かったものを…。

――出来れば、俺だけに見せて欲しかったな。

 生まれたすこしの独占欲。それを満たすために、膝枕をしに行く。少女の軽い頭を、少し長めの髪と一緒に膝に乗っけた。

――クセがなくて、毛先まで綺麗…。

 金髪に触ると、サラサラと指通りが良かった。

――可愛いなぁ…。

 その可愛さは、父が子に言う可愛さだと自分に言い訳しておく。

 よしよしと頬を撫でると、少女は急に苦しい顔をする。

――…なんかしたかな、今。

 うなされるように小さい呻きの寝言をあげた少女は、一度全身に力を入れて力んだあと、ゆっくりと脱力していく。

――どんな夢を見てるんだろ。

 もう一度頬を撫でようとしたとき、いきなり少女の目が開いてビクリと驚く。

「あ、起きた? 大丈夫? 気持ち悪くない?」

 起きたばかりの少女の目は、焦点のあっていないないままこちらを見つめる。

 明るい青。空のような青の瞳だ。

 その空の青から、透明な雨が一滴流れ落ちた。

――怖い夢でも見たのかな。

 流れた涙に気付かないように、少女はこちらを見つめ続ける。

 どうしたものかと悩んでいると、

「…ずっと、傍にいて」

 涙をそのままに、寂しそうな顔で呟いた。

――…怖い夢を見たんだろうな。

 それは、自分個人に向けられたのではなく、大人の誰かに助けを求めた呟きなのだろう。自分宛ではない、そうに決まっている。そうじゃないと、自分は、思いを閉じ込めておくことができなくなる。

――だから、掛ける言葉は決まっている。

「…傍にいるよ」

 僕が守ってあげる。

 ぎゅう、と片手でこちらの腰を掴んだ少女は、もう一度一滴の涙を流す。

「…一人に、しないで」

 一人にしない。壊したりしない、今度こそは。

「ああ、俺がずっと傍にいる」

 ずっと、君が心から笑える、その時まで。

 そこまで言うと、気が済んだかのように少女は眠りに落ちていく。

――安心してくれたかな…?

 だが、幼児が母親の手を離さないように、彼女の手は優しくこちらの腰を掴んだままだ。

――…今日は、座ったまま寝るのが確定かな。

 その体勢のまま、毛布を取り、二人で一緒の毛布を被る。自分の足が毛布に収まらないが、そこまで問題はないだろう。寝るにもちょうど良い時間だ。

 魔法で部屋の電気を消し、部屋を真っ暗にすると、窓から星の光がよく見えた。

 寝ようと目を瞑るが、腰の手や、膝の上の頭から、ほんわかとした温みが送られてくる。

 その温度は、自分を包み込んでくれるようで、

――たまには、抱き枕や安心毛布代わりになるのも良いかもしれない。

 ゆっくりと眠っていった。

BL指定入れた方がいいのか?

いや、別にこと細やかに描写してないし、平気平気(震え声)

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