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魔法世界の奴隷と主人  作者: 小山 優
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第六章・後 軽い本

 眠い。

 落ちそうになるまぶたを必死に堪え、魔法使いは文献のページをめくった。

 重くて厚い資料。タイトルは『ヨーロッパ民族白書』。バチカン公国刊行の資料集だ。七族はもとより一集落しか存在しないような少数民族まで網羅してある。

――…ダメだ、やっぱり載ってない。

 その鈍重な資料を机の端に押しやり、椅子から立った。自室を振り向く。

 書斎兼寝室の自室には、一ヶ月ほど前は引っ越しの箱が所狭しと並んでいたが、今その役目を買っているのは分厚い本達だ。

 なぜ、そんな状況になっているのかと言うと、

『君、読めるの?』

『はい、小さい頃に習いましたので』

――なんであの子が超古代語なんて読めたんだ…?

 その理由を探していた。

 手始めに民族分布を調べ、ドイツ北部に住んでいる超古代語の読める種族・民族を探した。いるにはいたが、エルフや獣人じゃないし、だいたい畑なんて耕してない。

 逆に、超古代語を話せる民族の内、エルフ系の種族を調べた。

 バルカン半島に二つ。スカンディナビアに三つ。アルプス近くに一つ。

 スカンディナビアの民族はすべて完全純血主義で、獣人の血が混じっている種族はない。

 バルカンの一つは地理的に孤立しており、それがドイツ北部に来るとは考えられない。もう一つは竜人系エルフ、所謂リザードマンで少女とは噛み合わない。

 アルプスにいるのは人狼系エルフであり、獣人系の種族だが、体毛は銀色だ。少女の耳に生えている毛は茶色。

 民族の線がなくなる。残る可能性は、彼女が特別に読めるだけ、あるいは彼女の家系が特別なのか。つまり、彼女が『救世の末裔』などの特別な一族かどうか、ということだ。

――これもない。言質を取ってある。

 少女には何度も質問をした。あの授業の時も、その後も。

『ドイツ北部出身だよね』

『そうらしいですね』

『金色の魔法光は出したことがある?』

『いいえ』

『親戚が出しているのを見たことは?』

『ありません』

 魔法光とは、魔法を発動するときに魔方陣が発する光のこと。一般的に、使用者の気質によって色が変わる。自分の場合は暗い黄色だ。

 だが『救世の末裔』の場合は、魔力量に関わらず一律で金色だ。人狼は銀色だそうだが、彼女はエルフ系だ。

 その金色の魔法光を出したことがないのだから、彼女は『救世の末裔』ではない。

――他に何があるかな…。

 床に転がっていた本から救世伝説に関する本を拾い、机に座る。

――基本から調べ直そう。

 もう一頑張り、と表紙を捲ったところで、

「だ〜れだ?」

 視界が真っ暗になった。一肌の温度が目を覆い、つまり誰かが後ろから手で目隠しをしたとわかる。

 推察する。

――ていうかこんなふざけたバカする奴は一人しかいないだろ。

「普通に挨拶しろよハイルディ」

「それだとつまらないじゃない」

 隠していた手を掴んで横にどけ、振り返ると、すぐそこに悪戯っぽい魔女の笑みがあった。

「おひさ〜。元気して――ないね、すごいくま(・・)があるよ」

「昨日から徹夜してるからな」

 ふーん、とこちらから離れて納得しかけたハイルディは、ん?、と疑問符を浮かべた。

「一徹ぐらいで凹むタマじゃないでしょ? 私とのときは、二日は寝ずにイロイロ(・・・・)したじゃない」

 懐かしい記憶が掘り出される――何かとただれていた生活だ。

「最近は、妙に良い生活リズムで暮らしてたから、その反動で無理が体にくるんだよ」

「良い生活リズム? 万年夜型なのに? なんで?」

 不健康で悪かったな。

「たぶん、あの子のお陰」

「召し使いちゃん?」

 質問に頷く。

 少女が来てから、徐々に起きる時間が早くなった。なぜか、と聞かれれば、

――あの子のご飯をもっと食べたくなったから、かな。

 前までは一日二食で済ませていたのが三食になり、間食が増えて四食になりつつある。

「旨い料理があると早起きしたくなるんだよ」

 早くも胃袋で捕まえられつつある。

「私は別のヤリ方で男も女も捕まえるタイプだからね〜」

 ハイルディは左手でオーケーサインを作り、その穴に右手の人差し指を抜き差しして――「お前はどっち側?」「もちろん人差し指の方に決まってるでしょ。相手が男でも女でもね」末恐ろしいと言うか、そもそも最初から恐ろしいと言うか。

「――ていうか、お前がその格好なのは珍しいな」

 思い出したように指摘した対象は、ハイルディが着ていたローブ。

 もとは魔法に秀でた者達が自分の身分を隠すために産み出した、特別な模様のローブだが、今ではそれが一般常識化して、魔法使いという職業を表す目印になっている。

 魔女はといえば、種族的に魔法に長じており、逆に派手なドレスやスカートといった装飾のついた衣服を好んでいる。

「うん、下の村に用があったからね。余計な差別も同情も買いたくないし」

 言ってハイルディがローブの下から取り出したのは、紫色の表紙をした年代物の本。見るだけなら何の変哲もない本だ。――見るだけなら。

「禁書…魔書の類いか?」

 思わず眉間に皺を寄せた。

「『インスマスの導き』…古代の禁教の教典、しかもその原本だね。私やあんたみたいなレベルまで来ると大丈夫だけど、魔力をある程度持っている人間が見ると、精神が汚染されて発狂する。最後は魚人になって邪神を崇拝するようになるよ」

 魔法の修練者なら朧気にとらえられる魔法の波が、絶え間なくその本から流れ出ていた。

「見つけた時は驚いたよ。こんなのが町の雑貨屋に置いてあったんだから。店主は運が良かったね、悪くすると村単位で消滅してたから」

 ハイルディが空中に金色の(・・・)円を描き、魔書をかざすと、本が円に吸い込まれて消える。異空間への収納魔法だったか。魔女の秘術は常識はずれなのに妙に生活臭くて困る。

「…お前が初めて魔法を使ったのっていつ?」

「変なこと聞くね。三歳の時には飛行が出来たかな」

 やっぱりそんなものか、と溜め息。自分も五歳で発火の魔法ぐらいなら使っていた記憶がある。

「じゃあ――自分が(・・・)救世の末裔(・・・・・)だって(・・・)いつわ(・・・)かった(・・・)?」

 うーん、とハイルディは唸って思いだし、

「九歳の時かな。お母さんから、秘術や秘宝を受け継ぐときに教えられたよ」

 自分とハイルディの関係をもう一度突き詰めよう。

 自分達は幼馴染みであり、元恋人のようなものであり、そして大学時代の同級生だ。

 ならその『大学』の指し示すものは?

 自分達は二十歳を少し過ぎた程度。普通、大学卒業は二十二歳以降だ。そんな人間が大学を卒業し、しかも第一線で活躍しているとなれば、大学の中でも異類の部類、つまりバチカンはローマの『魔法学院(アカデミー)』の特別クラスしか当てはまらない。

 では逆に『魔法学院(アカデミー)』・特別クラスに入学できる人間はどんな人間か?

 それは、六歳で大学過程を十分に習得できる人間だったり、才能豊かな黒竜の子供だったり、竜人の族長家系だったり――人より格段に魔力量の多い魔女の、さらに万倍の魔力を持つ魔女の『救世の末裔』だったり、十二歳にして独自の魔法運用の構想を作り、神憑り的な技術を持つ天才だったり…。

 良くも悪くも、様々な方面に優秀な自分達が出会うのは、ある意味運命だったのかもしれない。

「…仮の話をするぞ?」

「うん、仮の話を聞くよ」

 言って良いもんかと一瞬悩み、

「仮に、超古代語が読める十代後半の女の子がいたとして、種族的に超古代語は話せなくて、可能性が『救世の末裔』しかない時、その子が金色の魔法を使ったことがない、なんてことがあるか?」

「きっとその女の子は、ケモ耳なエルフで、召し使いしてて、しかもどこぞの変態の奴隷なんぞをやってるみたいだね」

 言い方がいちいち意地悪い。わかっているならそう言え。

「ないことはないけど、ないね」

 どういう意味か。

「『救世の末裔』で、しかも私の百分の一の魔力量なら、『末裔』の中でもかなり高ランク。きっと古代の秘術を受け継いでいるレベル。そんな家系なら、責任をもって力の使い方を教えるためにも魔法を使わせているし、日常生活に魔法が溢れてる。その家系が余程怠け者か、世界を大混乱に陥れても良いとか考えてれば有り得るけど、それ以外はない」

 だよな、と溜め息。調べ物はまだ迷宮から抜け出せていない。

「いろいろ聞いてすまん」

「いいのいいの。これくらいの頼み、幼馴染みなら普通に受けるから」

 こういうところは変に友情深くて参る。「それでも何かしたいっていうなら、熱い一夜を所望するけど? 満足させてほしいなー」「やっぱりお前はそういうやつだよな」

「――で、まさかこの屋敷に来たのが、雑貨屋で見つけた本を自慢して、俺の質問に答えるためなわけないよな?」

 「もちろん!」ハイルディは頷く。それと一緒にローブの中から一枚の封筒を取り出した。

「まずはそれを読んで」

 渡された封筒を破り、中の文書を見ると、

「同窓会の連絡、か」

「二年に一度のヤツね」

 大学の印が押された紙には、日時や場所が書いてある。魔法学院で二週間後だ。折り返しで参加・不参加の返事が出せるようになっている。

「…今回はいい。そんな暇無さそうだし」

「そっか。んー…、ルーシーもクリス君も来ないらしいから、私もやめとこっかな」

 不参加に丸をふり、礼儀上の手続きをして別の封筒にしまった。

「私のと一緒に出しとくよ」

「頼む」

 封筒を渡し、ハイルディはそれをローブにしまう。だが、しまい終わると、急にクスクスと笑いだした。

「そっか。あの子、超古代語が読めるのか〜」

 ちょっと納得いった、とハイルディは笑顔を見せた。

「何にだ?」

「魔力量の多さ、にね。古代語が読めるなら、『末裔』であるにしろないにしろ、どっかの種族の優秀な家系なんだろうし、魔力が多くて当然かな、と思いまして」

 でもそれなら、と一瞬悩み、

「あの子の舵取りはちゃんとしないとねぇ〜?」

 細い目で見られてぐ、となる。

「何かしたいのはやまやまなんだが、授業が始まってこっちも忙しいんだよ」

「でもまだ第二講でしょ? 期末の糞忙しい時期ならともかく、まだ実技も始まってないなら十分暇じゃない?」

 逃げ口が塞がれる。

――研究をなんとかしたいし、できるだけ他の事はしたくないな…。

 前回は、女性研究員が少女を連れてきたせいで少し授業に遅れが出ているのだ。なるべく早く座学を片付けたい。

――まったく、あれだったらあの子も授業受けてるのと変わら、な…い?

 そうだ、あの子は他の学生と変わらない。復習から入ったせいで知識も同じだし、『救世の末裔』となんら変わらない魔力量を持つ謎の家系だったりする。

「…舵取り、できるかも」

 なら良かった。呟いたハイルディは、別れの挨拶代わりか、こちらの頬にキスをする。その後、手を振りつつ部屋を出ていった。

「…あれからもう七年か」

 今年を入れると八年だ。

 昔を思いだしながら、机の引き出しから羊皮紙を取り出す。公式文書用だ。書く言葉は、

『魔法学院特別クラス・途中入学届――』


うおおぉぉぉ!


会話劇しかしてねぇ!動きが書きたいですコンピューター様ぁ!



だから次回はちょっとは動くかも、ちょっとだけど。


ハイルディがすごいことになってるけど、べ、べつに後付け設定じゃないんだからね!

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