第六章・前 重い扉
「豚肉を二百、ジャガイモとニンジンを三つずつお願いします」
「おう、お嬢ちゃん。いつもありがとな」
恰幅の良い食料品店の男店主は、元気な笑顔と一緒に商品を渡してきた。会釈と一緒に代金を渡す。
――あと買うのはパンと小麦と、鍋が壊れそうだから新しいの買おうかな。あとは…。
少女は買い物リストを見ながら通りを歩き、次の店へと向かう。
少女がいたのは、屋敷がある丘から見えている小さな村。今日はその市場に買い物をしに来ていた。
少女が買い物に来るのは週に二、三度。雑貨店や食料品店で日用品や食料を買い、費用は週の始めに魔法使いからもらう。だが、
――多すぎやしないか?
七等分、三等分して一食辺りを計算すると、ざっと四、五人前の分量になる。金銭感覚もやっぱりバカなんじゃないか。
通りを歩いていると、通りがかった村人の何人かが挨拶をしてくる。それにも会釈を返す。
自分は村人に、『最近越してきた有名な魔法使いの先生のところで働いてる女の子』、として認識されており、奴隷がどうとかいう差別を受けていないのは幸いだ。
――嘘をついているようで申し訳ないけど…。
魔法使いのところに来てから常識が壊れ気味だが、奴隷は差別されて然るべき身分だ。言わないに越したことはない。
そうこうしていて辿り着いたのは、村の雑貨店。野菜の苗から出刃包丁までなんでも売ってる店だ。こんな小さな村で採算が取れるのだろうか。
一軒家の、その押し扉を開けて入ると、小さな店内に所狭しと商品棚が並んでいる光景が広がっている。
棚の間を掻い潜って奥に進み、カウンターの奥に座る初老で眼鏡の痩せた男性を見つけた。店主だ。
「いらっしゃい、嬢ちゃん。また一人で買い物かい?」
「はい。昼はほとんど屋敷に私しかいませんので」
いつも偉いね、と笑った店主に買い物リストを渡す。
「そこに赤字で書いてあるものをお願いします。あと新しいお鍋もください」
「小麦二袋と胡椒と…十分ぐらい待ってな。店のもんは適当に見てて良いから」
店主は店の奥に入り、商品を取りに行った。
――適当に見ていろと言われても…。
何を見ろと言うのだ、と思っていると本のコーナーを見つけた。現代語で書かれたものがほとんどだ。
――お金は余ってるし、良さそうなものがあれば買おうかな。
余った分は好きに使って良いと言われている。使ってないので貯まるばかりだ。
並べてあるタイトルを流し見ていく。物語が主だが、経済学や農法の本が時々見られ、見知らぬ宗教の本もある。
――…魔法の本はあるかな。
探しつつ思い出したのは、三日ほど前の、魔法学院での出来事。
『…君、読めるの?』
超古代語、とか言われていたものを読んだら、魔法使いに恐ろしく驚いた顔をされた。
そのあと、今度は魔法使いに質問攻めにされ、一時授業が中断したほどだ。
――そこまで珍しいことなのかな…?
超古代語だか古語だか知らないが、故郷では皆読めていたし、現代語と言われていたものよりも使っている人は多かった。(小さな農村なので、そもそもの母数が小さいのだが)
魔法についての質問も幾つかされた。と言っても、使ったことなどないから一般常識のレベルしか答えていない――超古代語で魔法式を書いたことはない、魔力が暴発したこともない、とか。(魔法そのものを使ったことがないのだが)
――ある程度勉強しておいた方が良いんだろうし…。
それを踏まえて、探すのは魔法に関する本だ。
――ないなぁ…。
こんな小さな村で魔法の本など需要があるはずもなく、当然供給もない。唯一それらしいのは、先程見つけた宗教の本だ。禍々しい気配を放っている。
――取り敢えずこれだけ買ってみよう。
自分には難しかったら魔法使いに渡せば良い、と棚から取ったところで、
「だ〜れだ?」
突然視界が真っ暗になった。一瞬遅れて、それが誰かが後ろからこちらの目を手で隠して起こった、と認識する。
聞こえた声は女性のもの。
――知り合いの女性は少ないけど…。
推察する。知り合いであんな口調は二人しかいないし、雑貨店に学院の関係者が来るとは思えないし、第一歩いていた音は考え中でもちゃんと聞こえていたし、それはハイヒールの音だったし――
導き出された答えは一人。
「ハイルディさん、驚くのでやめてください」
「久し振り〜、元気してた? 召し使いちゃん」
後ろを振り向く。
そこには、ドレスではなく、魔法使いがよく着るようなローブを纏った魔女、ハイルディがいた。
「はい。まあまあですね」
「そ、なら良かった」
前はその言葉の後にキスされたな、と思い出す。あれからこの人は少し苦手だ。
「今日はどうされましたか? 屋敷の方に御用でしょうか?」
「それもあるんだけど、ここの本を見ていきたくてね〜」
魔女ともあろう人がこんな小さな村の雑貨店の、しかも魔法の本なんて置いてない棚に何の用だろうか。
「こういう、小さくて老舗のお店には昔から曰く有りげなモノがあるんだよね〜」
言いつつハイルディは本棚に目を移そうとして、
「…その本は…」
こちらが持っていた宗教の本を見た。
――すごい本なのかな?
紫が荒んだような色の装丁で、かなりの年代物だ。
「ごめん。その本、私が買ってもいい? 代わりと言っちゃなんだけど」
ハイルディが空中に円を描くと、それが金色に光り、どこからか本が呼び出された。テレポートの友達だろうか。
「これ、魔法の入門書だけどあげるから。いい?」
聞かれて頷く。自分にとってはそのほうが有用だ。
二人で本を交換し、揃ってカウンターの方に行くと、ちょうど店主が戻ってきたところだった。
「嬢ちゃん、これで全部…そっちの人は魔法使いの人かい? 嬢ちゃんとこの先生の知り合いか」
「ええ、はい。いつも友人がお世話になっています」
どうぞよろしく、とハイルディはお辞儀する。これが、初対面の相手にキスした女だとは思えないほどの礼儀正しさだ。
「先生によろしくな」
会計を済ませ、店主に礼を言って店を出る。荷物を持とうとしたが、ハイルディに魔法で浮かせられた。鍋や野菜が行列をつくって浮いている光景はなかなか異様だ。
「すいません、手間を掛けてしまいまして…」
「いいのいいの。小さい女の子に荷物持たせとくようには育ってないから」
そのまま一緒に屋敷へと向かう。
『ヤハー! 私、只今参上ですぞ!』
なんともない世話話をしながら帰路についていると、懐から低い男声が響いた。
「シラタマさん、いきなり喋らないでください」
メイド服のポケットから取り出したのは透明な水晶玉。ただしそこには白玉饅頭を格好良くした感じの物体――シラタマが写っている。
『お粗末な胸の近くで喋ろうとも、何の差し障りもないで御座いましょう!』
この変態白玉を叩き割ってやろうか、と思うがやめておく。水晶玉を割っても、『でばいす』の一つが壊れるだけらしい。
シラタマさん、つまり『管理の精霊』は、屋敷の鏡や水晶を『かんりねっとわーく』とか云うもので繋ぎ、それを『にゅうりょくでばいす』、『しゅつりょくでばいす』のどちらもとして使っているらしい。魔法使いから説明を受けたが全くわからない。『さーばー』とか『まざーぼーど』とかってなんだ。
この水晶玉は外出時の持ち運び用。普段は玄関扉の外に置いて、来客が誰かを確かめる装置――インターホン――として使っている。(嵐の日は紛失が怖いので使えないが)
――それにしても、こんなときに出てきて、何かな。
『買い物の様子を聞いていたところ、今の冷蔵庫には入りきらないと思いましたのですが、大丈夫ですかな?』
「今日の夕食で幾らか使うので大丈夫かと。地下倉庫の容量は大丈夫ですか?」
『管理の精霊』の本来の仕事は、屋敷の雑事の手伝いだが、その点シラタマは優秀だ。こちらに至らぬ部分があっても気づいてくれるし、確認作業は迅速かつ正確にしてくれる。変態なのか優秀なのかはっきりして欲しい。
『そちらは問題ありませんな。回転率が低いので買いだめはそこまでしなくともよろしいと思います』
有事の際の備え用だ、あって損はしない。
「『管理の精霊』かー、便利そうだね」
ウチでも導入してみようかな、とハイルディが言ったのは、道が上に傾斜し始め、屋敷のある丘に差し掛かった頃。
「いつ来てもここは見晴らしが良くていいね。空気も綺麗だし、さすがアルプスだ」
丘の下をハイルディが振り返り、ノビをする。
――そう言えば、
「村の南の方、あちらに広がっている荒れ地は何なのでしょうか」
屋敷から常日頃見えており、疑問に思っていたことを口にする。
――利水も悪くないし、地盤も良い。交易路も近いから、小さな村、悪くても農地があってもおかしくないのに…。
つい元・農民のクセで耕作の仕方を模索する。用水路引くならあんな感じだな。
「ああ、あそこね。元々は大きな集落があったの。宿場町が発展した手工業中心の村ね」
それがどうして消えたのか。
「だけど、十年前に盗賊落ちのどこかの傭兵団に襲われて集落は消滅、その生き残りが作ったのが今の村ってワケ」
へぇ、と頷く。思っていたより詳しい話が聞けた。
――ん? でもじゃあ…
「どうしてハイルディさんは知って――」
「そろそろ着くね、急ごうか」
聞こうとした途中、ハイルディは屋敷の方へと駆け出す。
――まあいいか、どうでもいいし。
自分もその後を追って走る。間に入った浮遊する鍋はやっぱり異様だ。
――夕御飯はどうしようかな。
冷蔵庫の中身を思い出しつつ、魔法使いの好みを考える。ホウレン草を消費しないとな。
――そう言えば、あの人は…。
今日は学院は休みらしく、魔法使いは一日中家に――部屋にいる。朝から食事以外で出てきていない。しかも昨日からほとんど寝ていないようだ。
――冷蔵庫より地下倉庫より、あの人の生活習慣の方が心配だ。
最近やっと三食食べてくれるようになったのに、これでは元の木阿弥だ。
――…ん? 私はどうして彼の生活習慣を更正しようとしてるんだ?
召し使いとはいえ奴隷にそんなは責任ない。得られることと言えば、彼の健康状態が良くなることや洗濯がすぐ済むこと、あとは、
――彼と一緒に過ごす時間が増えるぐらい…。
わかんない、と頭を振って、屋敷の玄関に辿り着いた。
「鍵開けてくれる?」
「はい、待ってください」
水晶玉とは別のポケットから重厚な金属の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。
――がちゃり。
重い扉の開く音を聞き、屋敷へと入った。
ニヤニヤ
(・∀・)
久し振りのシラタマさん。俺も『管理の精霊』なのか『屋敷しもべ』なのかでわかんなかったよ。屋敷しもべはドビーだったね。
二人が住んでいる村ですが、
元々宿場町だったところで小さな鉱山が発見され、交易の準拠点となり、その鉱物を加工するための手工業が発達しました。鉱山は廃坑になりますが、加工貿易のようなことをして村自体は存続していきました。
盗賊によって村は壊滅しますが、元の住人が戻って今の村を形成されています。産業形態は以前と同じです。
雑貨店は、時間が経っても腐らないもの(金物とか)と回転率の高いもの(小麦とか)を取り扱っているので、利益は少ないですが損はないです。
本は店主の道楽で扱っており、店主が読み飽きたものか読めなかったものが店頭に並んでいます。つまりほぼ全部中古。
管理の精霊の管理ネットワーク
自我を持った精霊が執事みたいなことしてくれるなら、東芝の冷蔵庫みたいな機能があってもいいと思うんだ。
いわゆるパソコンのローカルネットワークを、家電に応用したもの。管理の精霊は別ですが、ネットワークの構想は魔法使い先生が考案。
水晶玉=スマホみたいな認識でいいと思う。ていうか略すならスマフォだよね?スマートホンってなんだよ、スマートフォンだろ
この連載終わったら土地開拓系のやつを同じ世界観で書こうかな。でも他の世界の作品数も増やしたいなぁ…