第十三章
奇しくも僕が整形手術を受けてから二、三日後、僕の両親が東京に遊びに来ました。僕は両親が僕の顔を見て大層ショックを受けるだろうと予想していたのですが、意外にも両親は僕の行為をすんなりと受け入れてくれ、「とても似合っている」と言ってくれました。僕は自分の論理が両親に理解されぬ事を予想していただけに、その時非常に安堵しました。ただ自分が生み与えた形質を、自分が分け与えたその遺伝子を息子が否定したという両親の心境を思えば、何も思わなかった訳ではないと思います。今思い出しても胸が痛みます。しかしその時は、その後の人生をより快活に生きる事で、せめてもの罪滅ぼしをしようと思っていました。両親が僕の幸せを望んでくれているのなら、きっと僕の行為はその為の好材料として働くはずだと考えました。そのせいか、僕は今までよりも積極的な生き方が出来る様になっていました。勿論そこで言う「生きる」とは自然の権力への指向を指している訳ですが。
瞼の腫れが退いてきた頃、僕はスポーツジムの鏡で自分の全身を隈無く点検しました。数ヶ月前までもやしの様に白くひ弱だった身体は逆三角形に引き締まり、細くしなやかな彫琢の様相を成していました。躍動感の溢れるその肉体は、僕の乏しい美的感覚の視野を広げました。存在が想像力をかき立てるのです。肉体が精神を引き上げたのです。僕は自分の努力の成果を目前にして、自己の孤独な正義を認識したのでした。とは言え僕は努力を継続しなければなりませんでした。僕は自然の権力をあくまで模倣しているのであり、それはどこまで行っても模倣に過ぎませんでした。限りなく自然の権力に近づいたとしても、それは本物ではあり得ないのです。終わりが見えない道程の中央に立ち尽くした気の遠くなる様な絶望は生そのものの残酷さをまざまざと擬態していましたが、それが僕にとって生きるということの意味でした。僕はその時紛れもなく生きていた。美を塗りたくった絶望の化身は、そういう不思議な充実感に横溢していたのでした。
僕を充実させた要因は他にもありました。あるサークルの総会で、僕はある同輩の女子部員から声をかけられ、休日の予定を聞かれたのです。僕にとっては初めての経験でした。頬を紅潮させて僕を見つめる虹彩は服従の色に染まっていました。彼女の全身の白い肌を衣服の上から見透かすと、女の権力の全てが恥じらいのうちに僕に捧げられているのを感じました。僕は視界の両端で彼女を捕らえ、征服の喜びに浸りました。僕のあらゆる要素の一部分として彼女を取り込み、宇宙に漂う惑星の如く僕の意識の中で泳がせる事に酔いしれました。僕と彼女の関係性を鑑み、僕は模倣の権力と女の権力が等価となった事を認識したのです。その時の僕の無類の達成感は表現しようもありません。僕の心は潮が満ち、巌にそのしぶきを高々と上げる様に勇ましく軍配を上げ、僕の全身は勝利の雄叫びをあげたのです。しかし、そこで僕の征服欲は尽きました。僕は丁重にその場を取り繕って彼女の誘いを断り、彼女を極力傷つけぬ様な振る舞いをしました。今でも彼女には気の毒な事をしたと思っています。ですが僕は少なくともそうする権利を得たのです。そしてその事が僕の失いかけた自尊心を蘇生させる事を可能にしたのです。それもそのはずです。僕はゴミ溜めの様な大勢の男の群れから抜け出し、その上に君臨する女の権力と同等の存在にまで模倣を高める事が出来たのですから。今まで受けて来た屈辱をひっくり返すその快感は、神を崇める教徒の持つ敬虔の念とそれを見下す天使の残忍さを、僕の心に同時にもたらしました。
(僕は勝った)
何に勝ったのか?それはこの世で最も美しく最も醜い自然の権力を容赦なく行使する摂理に勝ったのです。いつしか仰ぎ見た純白の胸元の位置に、僕はその時限りなく近い位置にいる事を感じたのです。