情報収集?買い出し?
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
砂塵を巻き上げ、夜通し走り続けたアウローラのエンジンが、夜明けの柔らかな光に包まれた街の郊外でようやく静かな吐息をついた。
たどり着いたのは、かつての宿場町の面影を残しつつも、どこか懐かしい二〇〇〇年代初頭の空気が漂う地方都市だ。駅前の広場には、まだ普及し始めたばかりの大型ビジョンが朝のニュースを垂れ流し、排気ガスの匂いと、どこかのパン屋が焼き始めたパンの香ばしい匂いが混ざり合っている。
「ようやく文明の匂いがしてきたわね。あんな砂臭い岩山にいたら、私の肌が化石になるところだったわ」
朝宮シャーロットが、アウローラの狭いハッチから優雅に降り立ち、大きく伸びをした。二十九歳の彼女にとって、逃亡生活の中での「美」の欠乏は、無貌教団の追撃よりも耐えがたい苦痛のようだった。
「理事長、ここは佐賀の県境付近です。教団の息がかかった連中がいないとも限らない。目立つ行動は慎んでください」
レオがアウローラをカモフラージュ用の防水シートで覆いながら、冷淡な声で釘を刺した。
「分かっているわよ。だからこその変装じゃない。タケル! 例のもの、用意できたんでしょうね?」
「へいへい、バッチリっすよ。星舟レムリア直伝の『溶け込み術』ってやつを見せてやるっす!」
タケルが自信満々に取り出したのは、どこから調達したのか、妙に派手なアロハシャツに、これまた反射が眩しいサングラス、そして「観光客」とデカデカと書かれたキャップだった。
「……タケルさん、これ、逆に目立たないかな?」
緒妻哲人が、渡された大きなパンダの耳がついたカチューシャを手に、困惑した顔で呟いた。
「何を言ってるんすか、哲人くん。今の時代、これくらい浮かれてる方が『怪しくない』って相場が決まってるんすよ!」
タケルは自分も巨大なアフロのカツラを被り、親指を立てた。その隣では、大神憂がぶかぶかのオーバーサイズのパーカーを深く被り、その下で碧いペンダントを隠すように抱きしめている。
「憂さん、似合ってるよ。……なんだか、普通の女の子みたいだ」
「……そうですか? 哲人さんも、その……耳、面白いです」
憂が小さく微笑む。その柔らかな表情を見て、哲人の胸の奥が少しだけ熱くなった。昨日まで神殿で眠っていた彼女が、今、自分と一緒に賑やかな街の中にいる。それは、どんな発明品を完成させた時よりも、哲人にとっては奇跡的な出来事に思えた。
「さあ、作戦開始よ! マックス、あんたは私の荷物持ち! レオは車の番、タケルは周囲の警戒! 哲人と憂は……適当にデートでもしてなさい!」
「デ、デート!?」
哲人が真っ赤になって叫ぶが、シャーロットは聞く耳持たず、不満げな顔のマックスを引き連れて市場の雑踏へと消えていった。
活気に溢れる朝市は、新鮮な野菜や魚の匂い、そして威勢のいい競り声に満ちていた。
「見て、憂さん。これがこの街の名物の……って、わわっ!」
哲人が説明しようとした瞬間、背後から猛烈な勢いでシャーロットが戻ってきた。その後ろには、山のようなショッピングバッグを抱え、今にも潰れそうなマックスが続いている。
「ちょっと理事長! 食料と情報収集だけのはずだろ! 何なんだよ、この高級そうな絨毯とか、よく分からない黄金の置物は!」
「うるさいわね、これは情報の『ついで』よ。この置物の底に、教団の秘密基地の地図が隠されているかもしれないじゃない?」
「あるわけねえだろ!」
「うるさい! 運ぶのがあんたの仕事でしょ!」
そんな二人のドタバタ劇を横目に、タケルは素早く、しかし妙に軽快な動きで露店を渡り歩いていた。
「おばちゃん、このリンゴうまいっすねえ。ところで、最近この辺で、変な仮面被った集団とか見なかったっすか?」
アフロのカツラを揺らしながら、タケルはリンゴをかじり、世間話の体で情報収集を進めている。その手並みは、ドジな整備兵の仮面を被りつつも、やはり訓練された潜入員のそれだった。
「ねえ、哲人さん。あそこにあるのは何?」
憂が指差したのは、古いゲームセンターの店先に置かれた、色褪せたクレーンゲームだった。
「あれは……おもちゃを釣る機械だよ。やってみる?」
哲人は小銭を投入し、クレーンを操作した。機械いじりが得意な彼にとって、これくらいの操作はお手の物のはずだったが、憂の視線を意識するあまり、指先がわずかに震える。
「……あっ」
クレーンが空を切り、景品のぬいぐるみは無情にも落ちた。
「……ダメだ。やっぱり、ちゃんと計算しないと」
「ふふ、哲人さんでも失敗することがあるんですね」
憂が楽しげに笑う。その無邪気な笑い声に誘われるように、彼女の胸元のペンダントが微かに碧く脈打った。
その瞬間、街の空気が一変した。
「……いたぞ! レムリアの器だ!」
雑踏の中から、聞き覚えのある冷酷な声が響いた。
市場のあちこちから、一般客を装っていた無貌教団の工作員たちが、一斉に懐からスタンガンや小型の通信機を取り出した。
「しまった、バレたか! 理事長、退散だ!」
タケルがアフロを投げ捨て、鋭い叫びを上げた。
「なんですって!? まだお目当てのデザートを買ってないわよ!」
「言ってる場合か!」
マックスが抱えていた大量のバッグを教団の追手に向かって投げ飛ばした。中から飛び出した黄金の置物が工作員の頭に直撃し、派手な音を立てる。
「憂さん、こっちだ!」
哲人は憂の手を引き、迷路のような市場の路地を駆け抜けた。背後からは「待て!」という怒号と、工作員たちの足音が迫る。
「くそ、数が多すぎる。どうすれば……そうだ!」
哲人は走りながら、ポケットに入っていた自作の「超小型高周波煙幕発生器(おもちゃの改造品)」を足元に放り投げた。
「いけぇっ!」
哲人がリモコンを操作すると、発生器から色鮮やかなピンク色の煙が爆発的に噴き出した。
「うわっ、なんだこの色は! 前が見えない!」
「おばちゃん、ごめん! あとで片付けに来るから!」
混乱する工作員たちを尻目に、哲人と憂は狭い路地の隙間を縫うようにして走り抜ける。
「こっちっす! アウローラはすぐそこっすよ!」
いつの間にか背後に回っていたタケルが、教団のバイクを蹴り倒しながら道を切り開いた。
「マックス、エンジンかけて! レオ、ハッチを開けなさい!」
シャーロットが叫び、全速力で走ってくる。その後ろでは、怒り狂った工作員たちが、もはや一般人を装うことも忘れ、異形の武器を構えていた。
「乗れ、哲人! 憂!」
アウローラのサイドハッチが開き、レオが手を伸ばした。哲人は憂の背中を押し、彼女を車内へ滑り込ませた後、自らもタケルの肩を借りて飛び込んだ。
「全員乗ったわね! マックス、出しなさい!」
「言われなくても! 全開で行くぜぇぇ!!」
アウローラのホバーユニットが猛烈な砂塵を巻き上げ、朝の市場の喧騒を置き去りにして加速した。時速百二十キロの速度で、アウローラは街の境界を突破し、再び広大な荒野へと躍り出た。
「……はぁ、はぁ。死ぬかと思った……」
哲人が床に倒れ込み、大きく息を吐いた。
「哲人さん……大丈夫ですか?」
憂が心配そうに覗き込んでくる。その手には、先ほど哲人がクレーンゲームで取れなかったはずの、小さな青い鳥のぬいぐるみが握られていた。
「……えっ、それ、いつの間に?」
「さっき、煙の中で落ちていたのを。……ありがとうございます、哲人さん。大切にしますね」
憂がぬいぐるみを胸に抱いて微笑む。哲人は、自分の失敗が思わぬ形で憂の笑顔に繋がったことに、照れくささと、言いようのない幸福感を感じていた。
「全く、買い物の邪魔をされるなんて、無貌教団もいい度胸してるわね」
シャーロットが、数少ない戦利品である高級香水の瓶を眺めながら不敵に笑った。
「でもまあ、いい情報も手に入ったわよ。タケル、あんたが聞いた話、本当なんでしょうね?」
「ええ、間違いなっす。教団の連中、この先の廃校に大規模な通信施設を建設してるらしいっす。そこを叩けば、しばらくは追跡の手を緩められるはずっすよ」
タケルが、真剣な眼差しで地図を指差した。
「よし、決まりね。次の目的地は、その廃校よ! 哲人、あんたのそのスパナ、また出番が来そうよ!」
「任せてよ、シャーロットさん。どんなに壊れた未来だって、僕が叩いて直してみせるから!」
朝日が、全速力で走るアウローラの車体を黄金色に照らし出した。
賑やかな喧騒と、小さなぬいぐるみが繋いだ少年と少女の絆。
最高の冒険は、まだ始まったばかりの光の中を、さらに加速して突き進んでいく。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




