居座り!
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
星舟ノア・レムリアの残した白い航跡雲が夜空に溶けていく中、万能戦車アウローラは荒野を時速百二十キロで爆走し続けていた。車内には、激しい戦闘の余韻と、招かれざる客——タケルを巡る奇妙な緊張感が充満している。
「……で、あんた。いつまでそこに座っているつもり?」
朝宮シャーロットが、アウローラの狭い補助席で小さくなっているタケルを、冷ややかな、しかしどこか楽しげな瞳で射抜いた。彼女の指先は、無造作に放り出されたタケルの「秘密の端末」を弄んでいる。
「いやあ、理事長。そんな怖い顔しないでほしいっすよ。俺だって、あんなデカい船が来るとは思わなかったんすから」
タケルは、すすだらけの顔を綻ばせ、いつものおどけた調子で頭を掻いた。
「しらばっくれな。あのタイミングでの通信、それにあの身のこなし。あんた、ただの整備兵じゃないわね」
シャーロットの追及に、マックスが操縦桿を握ったまま吠える。
「そうだぜ! おかげで俺たちの隠れ家はパーだ! 責任取って、今すぐこの戦車から降りやがれ!」
「まあまあ、マックスさん。彼がいなかったら、今頃僕たちはあの飛行戦艦の餌食だったかもしれないよ」
哲人が、憂を守るように座りながらも、タケルを庇うように口を出した。
「哲人さん……。でも、あの船は……」
憂が、胸元の碧いペンダントを不安げに握りしめる。彼女の瞳には、先ほど空を制した白銀の戦艦の残像が焼き付いていた。
「……計算によれば、あの船は新組織『レムリア』の旗艦、星舟ノア・レムリアだ」
レオが、眼鏡を指で押し上げながら、冷静な分析を口にした。
「そしてタケル。君の端末から送信された暗号化信号のプロトコルは、我々財団のそれとは根本的に異なる。……君は、あの大戦艦から送り込まれた監視員、あるいは——スパイといったところか」
レオの断定に、車内の空気が凍りつく。
タケルは一瞬、いつもの笑みを消し、レオの瞳を真っ直ぐに見返した。だが、すぐにふにゃりと表情を崩す。
「……スパイなんて、そんな格好いいもんじゃないっすよ。俺はただ、世の中にはあんたたちみたいな『面白い連中』がいるって、上の連中に報告する係っす。まあ、今回の件でクビになるかもしれないっすけどね」
「クビ?」
哲人が聞き返す。
「そうっす。勝手に位置を教えて、勝手に援護を要請した。……上の連中、特にお堅いルシアン船長あたりは、今頃カンカンに怒ってるはずっすよ」
タケルは、アウローラの天井を見上げて大きくため息をついた。
「だからさ、理事長。俺をしばらくここに置いてほしいんすよ。財団の動向を『監視』するっていう大義名分があれば、俺も帰る場所ができるし、あんたたちもあのデカい船にいきなり砲撃される心配がなくなる。……悪くない提案でしょ?」
「ふーん……。監視される側が、監視員を養ってあげるってわけ? 随分とナメられたものね」
シャーロットは不敵に笑い、タケルの端末を彼に投げ返した。
「いいわ。面白いじゃない。あんたのその『ドジ』が、スパイとしての演技なのか本物なのか、じっくり見定めてあげるわ。……ただし! 私の身の回りのお世話からアウローラの洗車まで、全部あんたがやるのよ。いいわね?」
「イエス・サー! 喜んで下僕になるっす!」
タケルが仰々しく敬礼し、車内に笑い声が弾ける。マックスだけが「チッ、食い扶持が増えやがった」と毒づいたが、その表情にはどこか新しい仲間を受け入れるような柔らかさがあった。
その時、アウローラのセンサーが後方からの接近物を捉えた。
「……しつこいわね。無貌教団の地上部隊よ。偵察バイクが三、装甲車が一。時速百四十キロで接近中」
レオの声に、緊張が走る。
「おらぁ! 今度こそ挽き肉にしてやる! 哲人、準備はいいか!」
「待って、マックスさん! 普通に戦ったら弾薬が持たないよ!」
哲人が、リュックから昨日作り上げたばかりの「高周波撹乱発信機」を取り出した。
「これを使って、敵の自動操縦システムを狂わせるんだ。……タケルさん、手伝って! アウローラの外部アンテナにこれを直結したいんだ!」
「合点承知っす! 哲人くん、その回路図見せて……ほう、独学でこれを作ったのか? 筋がいいっすね!」
タケルは一瞬だけ、プロの技術者としての鋭い目を見せた。彼は哲人のガジェットを手に取ると、猛スピードで揺れるアウローラの車内を、猫のような身のこなしで移動し始めた。
「よし、接続完了! 哲人くん、スイッチオンっす!」
「いけぇっ!」
哲人がボタンを叩き込む。アウローラの頂部にあるアンテナから、不可視の電磁波が放射された。
直後、猛追していた教団の偵察バイクが、まるで目に見えない壁にぶつかったように千鳥足になり、次々と荒野の砂塵の中に消えていった。
「やった! 大成功だ!」
「あはは! 傑作っすね! 哲人くん、あんたやっぱり天才っすよ!」
タケルが哲人の背中を叩き、二人は顔を見合わせて笑った。
「……騒がしい連中ね。でも、退屈だけはしなさそうだわ」
シャーロットが、窓の外を流れる夜の景色を見つめながら呟いた。
「憂、あんたも大変ね。こんなうるさい男たちに囲まれて」
「いいえ……」
憂が、隣で喜び合う哲人とタケルを見つめ、静かに微笑んだ。
「賑やかで、少しだけ……胸の奥が温かいです。神殿の中にいた時よりも、ずっと」
彼女の言葉に、碧いペンダントが呼応するように、優しく、穏やかな碧い光を放った。
夜明けの地平線を目指し、アウローラは走り続ける。
正義を標榜する「レムリア」のスパイ、自由奔放な「財団」の面々、そして運命の鍵を握る少年と少女。
互いに疑い、時に笑い、時に助け合う奇妙な「家族」の旅路は、星舟の影を追い風に変えて、さらにその速度を上げていく。
それは、失われた文明の記憶を呼び覚ます、世界で一番騒がしくて、最高にワクワクする逃走劇の始まりだった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




