07.守るために
蠢く魔獣の群れを前に、ふたりは並んで立ち、幾度も練習してきた複合魔法を連続で放った。
光り輝く炎の波が夜空を裂き、前線の魔獣が次々と倒れていく。
「いいぞ、押してる!」
背後から仲間の歓声が上がった。
しかしリヴェの胸は、どこか冷えていた。
確かにふたりで放つ魔法は、ずば抜けて強い。けれど国中が恐れるほどの力が、本当に自分にあるのだろうか。とてもそうは思えない。
塔で繰り返し刷り込まれた“女の魔力は禁忌”という言葉が、耳の奥で鈍く反響する。
倒しても倒しても湧き出す群れに、絶望などしてたまるかと歯を食いしばる。恐れている暇はないと、今できる全力で応戦する。
そのとき、巨獣がディアスの背に跳びかかった。
「危ない!」
障壁が間に合わない、そう思った瞬間、リヴェの中で何かが弾けた。
一体どこに潜んでいたのかと思うほどの魔力が、堰を切った奔流となって広がる。
地が鳴動し、空気が震え、世界が白い光に包まれた。
建物がきしみ、魔獣たちが一斉に足を止める。
髪が長く伸びて風に舞い、意識が遠のく。
自我が、光に溶けていく。
「リヴェ!」
これが“暴走”──。
悟った瞬間、ディアスの胸は焼けついた。
彼の体は、いつの間にか暖かな光に包まれていた。
柔らかな輝きは、まるでディアスひとりを守る結界のように形を持ち、外界の荒れ狂う気流を遮っている。
このまま守られていては、リヴェが大きな罪を背負うことになる。
ディアスは迷わなかった。
光壁を抜け出し、肌を焼く熱気に顔を歪めながら、一歩、また一歩と足を外へ踏み出す。
迸る魔力の奔流が皮膚を裂くように刺さる。
それでも彼は目を逸らさず、光の中心──リヴェへと手を伸ばした。
「俺だって……ッ、今は学年首席だ! 火属性に熱で敵うと思うな、よ!!」
その手がようやく、リヴェの指を包む。
「負けるな、戻ってこい!」
自らの魔力をリヴェに流し込みながら、ディアスは叫んだ。
「この力をお前の意志で使いこなせ。俺がついてる!」
荒ぶる熱気が、ゆっくりと静まっていく。
ディアスの魔力が溶け込むように混ざるにつれ、暴走していた白い光が金色へと変わり、リヴェの頭上に収束し始めた。
「大丈夫か、リヴェ」
「……ディアス」
自我を取り戻したリヴェは、くたりと微笑んでディアスの首に腕を回した。
「……ありがとう。終わるまで、一緒にいてくれる?」
「当たり前だ。その後だって、ずっと傍にいる」
ふたりは額を寄せ、視線を絡める。
ディアスがそっと顔を傾け、リヴェは静かに瞼を閉じた。唇がやわらかく触れ合い、そのぬくもりが溶け合った瞬間──
金の光が半球状に広がり、轟音を伴って世界を震わせた。
閃光が魔獣の群れを貫き、脅威は影ごと消え去った。
再生の光が都を包み、人と町はたちまち本来の姿を取り戻していった。
✽
救われた人々の歓喜の声が響く。光の中心となった大地の上で、ディアスはリヴェの身体を抱き留めた。
意識はない。けれど彼女のまつげが微かに震え、呼吸があるのを確かめて、ディアスは胸を撫で下ろす。
「よかった……生きてる……」
そこへ、仲間たちが駆け寄ってきた。
「おい、無事か!」
「すげぇ光だったぞ……一瞬ダメかと思ったけど」
「今のが、フローレスの力か!?」
息を弾ませながら、皆が驚きと畏怖の入り混じった目でふたりを見つめていた。
ディアスは膝立ちでリヴェを支えたまま、彼らを見据えた。
「そうだ、聞いてくれ。
──今夜、都が救われたのは、リヴェ・フローレスのおかげだ。魔力を正しく通わせられる者さえいれば、暴走は止められる。
“神意の光”とか、なんか奇跡の力っぽい言葉……何でもいい。民衆にそう広めてくれ。あの農村も巻き込んで、リヴェは世界に選ばれた存在だって、そう信じさせるんだ」
ディアスの言葉に、沈黙が落ちる。
けれど次の瞬間、仲間たちは顔を見合わせて頷いた。
「いいぜ、歴史の証人になってやる!」
「『都を救ったのはフローレス。ディアスとの愛の力で暴走は止められ、奇跡が起こった。あれは“神意の光”だ』──そう言って回りゃいいんだな?」
「これだけ国のために尽くしたフローレスが迫害されるようなことがあっちゃならない。頑張るよ」
「安心しろよ、ディアス。恩を仇で返すような真似はさせねぇ! 先生たちだって心の奥ではフローレスを守ってやりたかったに決まってんだ。尾ビレも背ビレもじゃんじゃんつけて、世論動かしてやるよ!」
彼らだって、将来は国を担えるほどの魔力を持った者たちだ。団結すれば、国も決して無下には出来ないだろう。笑い声と歓声が広がる中、ディアスは彼らに、ようやく笑顔を向けた。
「ありがとうな。……もし国がリヴェをまた罪に問うのなら、俺はリヴェを連れて別の国に逃げる。あんな酷い仕打ち、二度と許さねぇ」
✽
夜風が都を優しく吹き抜け、金色の残光がまだ空に揺れている。
町の喧噪から離れ、静けさの中。
ディアスは月明かりをたよりに、誰にも見つからぬよう足音を殺して歩いていた。
向かう先は、リヴェが連れ去られた日から、彼女のために密かに用意していた町外れの小屋。どんな形であれ、必ず救い出すと決めていた。
重ねがけした隠匿魔法は、この場所を知る者以外を寄せつけない。慎重を期して、防音と防御の結界も、幾重にも張り巡らせてある。
ディアスは腕の中で眠るリヴェを見下ろした。
「軽いな……痩せ過ぎだろ」
リヴェの受けた仕打ちを思うと胸が痛んだ。けれど、疲れ切った顔に浮かぶ穏やかな安堵の色が、ディアスにとって唯一の救いだった。
「もう大丈夫だ。……ゆっくり休め」
小さく呟き、ベッドに彼女を横たえる。
頬にかかる長く伸びた白金の髪を指先で払うと、ディアスは静かに身を屈めた。
そして、祈るような想いでリヴェの額にそっと口づけを落とした。




