06.塔からの救出
都の端にそびえる塔は、昼も夜も冷たい。
厚い壁が、生命維持に必要な量を残してリヴェの魔力を吸い取り続けていた。吸い取った魔力がどうなるのか、リヴェは知らない。“有意義に”使われるのだそうだ。
外界の音は遮断され、部屋には「女が魔法を使うことの危険性」や「どれだけ女の魔道士が憎まれるか」を説く映像が絶えず流されていた。最低限の衣食住こそ与えられてはいるが、ここには夢も希望もない。
(オレ、なんで生きてるんだろう……)
父と母は、隠蔽の罪で捕らえられたという。面会は許されず、消息も知らされていない。
ただ女であるという、その一点だけで、積み重ねてきた日々は全て崩れてしまった。大切な人を傷つけ、失って。きっと皆、自分を恨んでいるに違いない。
(父さん……母さん……、ディアス……)
彼らを想っても、もう涙さえ出ない。リヴェの精神はギリギリだった。活力の抜け落ちた身体をベッドに横たえ、天窓越しに覗く細い空を見上げながら、ただ時が過ぎるのを数えていた。
リヴェは自分の性別を、ひたすらに呪った。
✽
同じ頃、学院ではディアスが監督官に詰め寄っていた。
「リヴェ・フローレスは仲間も村も救ったんです。あいつを罰するなんて間違ってます!」
「何度言わせる。国は女の魔導士を認めていないんだから、いい加減諦めろ。今更どうしようもない」
返ってくるのは、決まり文句ばかりだった。
国家魔導士会に直談判しようとしたが、門前払いされた。
自分の無力さに、ディアスは拳を握りしめるしかなかった。
✽
そしてディアスが4年生に進級した頃。
東方の山脈から突如、魔物の大群が押し寄せた。スタンピードだ。
都門は破られ、都は大混乱に陥った。
既存の魔導士や兵では、群れの勢いを止められなかった。怪我人も多く出ている。警鐘が絶えず鳴り響き、指揮系統は麻痺していた。
混乱の余波で、塔の警備は手薄になった。
「頼む、今しかないんだ。リヴェなら何とかできるかもしれない」
ディアスは以前の戦いでリヴェに助けられた数人の仲間に声をかけ、学院生の隊を抜け出した。
透視魔法で見張りの位置を探る者。
囮となって人目を引きつける者。
見張りに催眠をかける者。
彼らの力を借りながら、ディアスは塔の最上階を目指して走った。
✽
薄暗い独房の前に、足音が響く。
「リヴェ」
突如聞こえた、恋い焦がれた声──しかし、その掠れた疲弊の色に驚き、リヴェは顔を上げた。
鉄格子の向こうに立っていたのは、息を切らしたディアスだった。
衣服はべっとりと血に濡れ、肩には生々しい裂傷が走っている。
「……何それ、どうしたの!?」
「スタンピードだ。国中の魔導士が対処してるけど追いつかない」
ディアスは鍵を掲げ、まっすぐにリヴェを見つめた。
「お前の力が必要だ。やれるよな?」
リヴェは重たい頭をゆるゆると横に振った。
「ここに来て、暴走の危険性を嫌というほど聞かされたんだ。出るわけにはいかないよ。国の人は皆、オレが憎いって。家族だって、オレが女じゃなきゃ捕まったりしなかった。女の魔力は、吸い取って使うことでしか役に立たないんだって」
「何だよそれ。誰がそんな……」
そう言いながら、ディアスは独房に流れる映像に目を向けてひととおり眺めると、大きく舌打ちをした。
「あんな、クソ……騙されるな。お前がそんな使い道しかないわけないだろ! 必死こいて一緒に勉強してきたんだ。俺より強くて頭だっていいやつが役に立たないなんてありえねぇ。こんなとこにいるからおかしくなっちまうんだ。いいから出るぞ!」
「だってオレをここから出したら、ディアスも罪に問われるんだぞ! それに暴走したら……!」
「罪? 知るか、そんなもん。お前に想いを告げた時から何があろうと傍にいるって、こっちは決めてんだ」
顔を歪めたディアスは、忌々しげに鉄格子を掴んでガシャリとゆすった。
「それに、どうやって俺がここまで来られたと思う? リヴェを信じてるのは俺だけじゃない。お前を知ってるやつらは皆、お前を心配してる!」
リヴェの瞳が、わずかに揺らぐ。
「どっちみち、この国は危ないんだ。お前に賭けたっていいだろ! 暴走が起こりそうなら、俺が止める。命に代えても」
ディアスの切実な声が震える。
「傍にいろよ、俺たちは最強のペアだろ!
リヴェが必要なんだよ! 誰よりも、俺が!!」
必死の叫びに、リヴェは応えたいと思った。
短い逡巡のあと、瞳に強い光が宿る。
「……わかった。連れて行って」
ディアスが鍵を回す。
冷たい鉄の錠が外れる音が、塔に小さく響いた。
✽
ディアスに導かれ、塔を抜け出したリヴェは、久しぶりの外気を吸いこんだ。
頬を打つ、ひんやりした夜風が、鈍くなっていた頭を冴えさせる。土と汗と鉄臭い血の匂いが鼻を突く。
身体の奥で、魔力が脈打つのをはっきりと感じたリヴェはまず、ディアスの肩の傷を癒した。
「こっちだ! ディアス、フローレス」
「無事でよかった!」
「フローレス、心配してたんだぞ」
「農村のとき、助けてくれてありがとうな」
脱出に協力してくれた仲間たちと合流すると、安堵の声が次々と上がる。
ディアスはその輪の中で、リヴェに向かって明るく言った。
「な、誰も憎んでなんかないだろ?」
その一言に、リヴェの胸が熱くなる。嬉しさでこみ上げた涙が、頬を伝った。
彼らに誘導され、駆けつけた街路の先では、闇を埋め尽くす魔獣の群れが、うねるように都を飲み込もうとしていた。
兵も魔導士も必死に応戦しているが、海に小石を投げるほどの効果しかない。
「まさか、ここまでひどいなんて……」
息を呑むリヴェの手を、ディアスが力強く握る。
「行くぞ、リヴェ」
「うん!」




