04.告白
「……お前、なんで……胸──」
その言葉を最後に、ディアスは何かを飲み込むように顔を歪め、踵を返して駆け去った。
リヴェは伸ばしかけた手を宙に残したまま、ただ呆然と立ち尽くす。
(ディアスに知られた──嫌われる。せっかく親友だって言ってくれたのに……)
喉の奥がぐっと詰まり、苦いものが込み上げる。
(それより……まずい。誰かに話されたら)
気を許しすぎたツケが回ってきたのだ。
リヴェの魔力に耐性のできたディアスにはもう、リヴェの施す状態異常の類は一切効かないだろう。
あの、事実を見たときの歪んだ表情が、瞼に焼き付いて離れない。
誰かに知られるかもしれない恐怖と、ディアスの顔が脳裏にちらつく苦しさに、その夜、リヴェは一睡もできなかった。
✽
翌朝。
目の下に隈を作ったリヴェと、普段の溌剌さを欠いたディアスに、班員たちは首を傾げた。
「フローレス……大丈夫か?」
「ディアスも、どうしたんだよ?」
「別に……」
そう答える、ふたりの表情は硬い。
リヴェの体調を心配した班員のひとりが、戦闘の指揮を代わろうと申し出た。
判断力の低下を自覚していたリヴェは、その提案をありがたく受け入れた。
森を進む足取りは、湿った落ち葉を踏むたびにかすかな音を立てた。
仲間と歩調が合わなくなったふたりは、いつしかその列から少し離れていた。
沈黙が重く伸びるなか、ひりつく胸を押さえつつ、口止めを頼もうとリヴェが深く息を吸った、その時だった。ディアスが、低い声で呟いた。
「……誰にも言わねぇ。安心しろ」
リヴェは目を見開き、ディアスを見つめる。
一度詰めた息をゆっくりと吐き、リヴェは安堵の笑みを浮かべた。
「……ありがとう」
ディアスはリヴェの笑顔を見てほんの一瞬固まると、痛みをかみ殺すように目を伏せた。
「でも、ごめん。お前と、どう接していいか……わかんなくなっちまった」
早足になったディアスの背を追うことが出来ず、リヴェはひとり、立ち止まった。
足が動かない。瞳の奥が熱い。
苦しくて、苦しくて、堪らず嗚咽が漏れた。
(そうか……オレ、ずっとディアスが好きだったんだ……)
✽
実習期間中も、その後の日々も、ディアスは陰ながらリヴェが女性と悟られないよう、さりげなく気を配ってくれていた。
それに気がついていても、お礼が出来ない。声をかけようとすると、ディアスはくるりと踵を返してしまうのだ。彼の背を見るたびに、リヴェの胸はギシギシと痛んだ。
数日後、ペア実習の日を迎えた。
悩みを抱えたまま、リヴェは教室の隅でひとり、弁当箱を片付けていた。
ディアスに避けられている以上、別のペアを探さなくてはならない。けれど相性が良すぎれば、彼のときのように幻惑が効かなくなるかもしれない。
どうしようもない不安と寂しさが、リヴェの心を覆っていた。
そのとき。
「なあ、フローレス」
学外演習で同じ班だったクラスメイトが近づいてきた。
「いっつもディアスと一緒だったから声かけられなかったんだけど、コツとか色々教えてほしかったんだ。アイツと仲違いしたならさ、今日から俺とペア組まない?」
彼の魔力はそれほど強くなく、リヴェの光とは混ざりにくい土属性だ。
「うん、いいよ」
安堵して彼と握手をしようとリヴェが差し出した手を、横から別の手が拐う。
──慣れ親しんだ、温かく力強い掌。
「ダメだ! リヴェは俺の……ッ」
咄嗟の大声に教室が一瞬、静まり返った。
注目の視線に気づいたディアスの顔が、かあっと赤く染まる。
「……来い」
ディアスはリヴェの手をぐいと引き、そのまま駆け出した。
✽
辿り着いたのは学院の屋上。
昼下がりの空が、雲ひとつなく広がっている。
「ディアス?」
リヴェが名を呼ぶと、自分たちがまだ手をつないだままでいることに気づき、ディアスは慌てて手を放した。
「わ、悪い」
真っ赤な顔を肘で隠しながら、ディアスは言葉を搾り出す。
「俺、妙に意識してさ。ずっとお前を男だと思ってたから……ベタベタ触りすぎたよな、とか。気持ち悪かったならどうしよう、とか。お前に散々近いって言われてたのに、やめなくて悪かったなって」
リヴェはぶんぶんと首を横に振った。
「気持ち悪いなんて思ってない! ディアスといるの、楽しかったから」
「……そっか、よかった」
ディアスは息を吐き、真剣な瞳を向けてくる。
「俺……リヴェとのペア、誰にも譲りたくない。魔力が混ざる瞬間とか、すげぇ心地いいし。あれをリヴェが他のヤツとやるなんて、考えただけでムカムカする」
真っ直ぐに射抜くような視線がリヴェを捉えた。
「俺、多分……いや、絶対。お前が好きだ。先に言っとくけど、性別知ったのがキッカケになっただけで、女なら誰でもいいとかじゃないぜ。リヴェだから好きなんだ」
そう告げたあと、思い出したように慌てて両手を振る。
「あっでも、別に今すぐどうこうってわけじゃない! 秘密も守るし、ただ……ペアだけは解消したくないってこと、リヴェに知っといてほしくて」
また顔を赤らめて、忙しなく立ち去ろうとするディアスの上着の裾を、リヴェは慌てて掴んだ。
「待ってよ。オレもディアスが好きなんだけど!」
振り返ったディアスの瞳が大きく開かれる。
「嘘だろ? なんで」
「なんでって……、あんなベタベタされて意識せずにいられると思う? オレこそ聞きたいよ。なんで? 女の魔導士なんて厄介でしかないよ」
「それさ……よく今までバレずに来れたよな。こんなかわいくて。とか言ってる俺も気づかなかったんだけど」
「かわい、ってどこが……女らしいところなんて、ひとつもないのに」
「かわいいとこなんて、いっぱいあるだろ。
小さくてかわいい。白金色の髪がサラサラでかわいい。まんまるの目がかわいい。金色が、俺と一緒で嬉しい。
俺がくっつくと赤くなって逃げるところがかわいい。人に頼らずに生きていこうと頑張ってるところが、健気でかわいい。勉強も実技も手を抜かないところが、尊敬できてかわいい。っていうか、何しててもかわいいしかない」
自分の“かわいいところ”を挙げ続けるディアスが見ていられない。
嬉しいのに恥ずかしくて、リヴェは、顔を覆ってへたり込んだ。
「ほら、そういうとこ。そのままのリヴェがいい。お前はかわいいよ」
目の前にしゃがんだディアスに手を取られ、頬に熱がこみ上げる。
「でも、オレとじゃ普通の人生を送れない」
「お前となら、周りに一生“男色”って揶揄われても構わねぇよ」
絡めあった指に魔力が混ざる。その心地よさにリヴェがうっとりと目を細めると、同じように蕩けた瞳が近づいてきた。
ちゅ、と軽く唇が触れ合っただけで優しく甘く、いつもよりも濃密に魔力が溶け合う。そのあまりの多幸感に、始業開始のチャイムがなるまで、ふたりはしばらく唇を重ね合った。




