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前編

挿絵(By みてみん)


「新入生代表、リヴェ・フローレス」

「──はい」


 自分の名前が呼ばれた瞬間、リヴェは人知れず小さく息を吐いた。

 ハラハラと見守る両親の表情に罪悪感を覚える。


 首席合格。そんな厄介な称号を得ることになるとは、試験を受けた時には想像もしなかった。

 友達のいない人生だったから、自分の実力なんてろくに分からなかったのだ。


(もっと手を抜いておけばよかった)


 講堂いっぱいに集まった、新入生と保護者たちの好奇心に満ちた視線が、一斉にリヴェへと突き刺さる。


 練習してきた低い声を思い出しながら、リヴェはゆっくりと壇上へ向かった。短く切り揃えた白金の髪が、灯りを受けて淡く光を散らす。


 14歳。まだ変声期を迎えていない少年もいるだろう。声を聴かれたくらいで怪しまれる心配はないはず。そうリヴェは自分に言い聞かせた。


「私たちは本日、国を支える力となるべく、ここ国立魔法学院の門をくぐりました──」


 朗々とスピーチを続けながら、心の中はただ1つの願いでいっぱいだった。


(早く、家に帰りたい……!)


✽✽✽


 この国では、基本的に魔力を持つのは男だけだ。

 しかし数十年に一度、ごくまれに女にも魔力が芽生えることがある。強大なその力は、決して祝福などではない。


 約200年前。ひとりの女魔導士が魔力を暴走させ、都を焼き尽くした。

 多くの犠牲を出したその事件以来「女の魔力は国を滅ぼす災厄である」とされた。

 魔力を持つ女は問答無用で、魔力封じの塔にて一生を過ごすことになる。

 それが、この国の掟だった。


 リヴェ・フローレスは、そんな世界に女として生を受けた。

 なかなか子に恵まれなかった両親が、ようやく授かった赤ん坊。その瞳が開いた瞬間、彼らは息を呑んだ。


──揺らめくような金色。


 それは強大な魔力を宿す者だけが持つ、男にとっては栄誉の、女にとっては忌まわしい輝きだった。

 フローレス家は、父親に少し魔力があるだけの一般家庭だ。それなのになぜ娘に、このような力が宿ってしまったのか。


「この子を奪われるなんて、絶対に嫌よ!」

「ああ、しばらく都を離れよう」


 両親は迷わなかった。娘を手元に置くため、土地を移り、息子として育てることを決めたのだ。



 魔力を持つ者は、その力を正しく使うために、全員が国立魔法学院で学ぶ義務を負う。

 そこは未来の魔導士たちが集う、栄光の場所。

 けれどリヴェにとっては、ただの危険地帯でしかない。

 性別は隠せても金の瞳は隠しきれず、フローレス一家は入学を目前に都へと戻ってきた。


「リヴェ。自分のことは“オレ”と言うんだ」

「うん、父さん。オレがんばる!」


 父とともにひっそりと磨いた幻惑の魔法で、これまでは身体の造りをごまかしてきた。だが今後はひとりきりで、やり過ごさねばならない。


 低い声を出す練習。

 月のものを抑える薬。

 胸を押しつぶすプロテクター。

 それらは既に、思春期を迎えたリヴェの日常だ。


 男ばかりの学院生活で、リヴェは誰とも深く関わるつもりはなかった。


「家から通えるんだし、魔力の制御さえ身につければいい」

「なるべく目立たずにね、リヴェ」

「わかったよ、心配しないで」


 そう約束していたのに、早速目立ってしまった。これから卒業までの4年間、大丈夫だろうか。

 頭を抱えるリヴェの前に、その少年は現れた。

 

「勝負だ、リヴェ・フローレス!!」


 入学式の翌日。

 赤い髪を逆立てた彼は、教室の扉を勢いよく開け放った。リヴェと同じ、強い魔力の証である金色の瞳を挑戦的に煌めかせている。


「……誰? いきなり何?」

「首席合格がどんなものか、力を見せろ!」

「話、聞いてた? まず名乗れよ」

「あっ、そうか。俺の名は、ディアス・グランドール! 2位合格で火属性。“爆炎の覇者”だ!!」


 痛いヤツ来た、とリヴェは思った。


 その日から放課後になると、ほとんど毎日、ディアスは隣のクラスから駆けてきた。何度も一方的に叩きつけてくる挑戦状を、リヴェは適当にあしらった。

 なのにディアスは、いつも楽しげに付きまとってくる。


「あ、“爆炎の覇者”。また来たの?」

「今日こそ勝負を受けてもらうぜ! “白光(びゃっこう)の使徒”」

「オレにまで変な二つ名つけないでくれる?」

「かっこいいじゃん」

「……どこが?」

「男の浪漫だろ! いいから勝負しようぜ!」

「めげないなぁ」

「だって、頭じゃ絶対勝てないから……実技ぐらいお前に勝ちたいんだよ!」


 学院生活を静かに過ごしたいという願いは、ディアスのおかげであっさりと崩れ去った。

 けれど、初めて同世代で話せる人は新鮮だった。

 最初は面倒だとあしらっていたはずが、いつしかリヴェ自身が、彼の到来を待ちわびるようになっていた。


 1年生の終わり、以前より魔力の制御に自信のついたリヴェは、ついにディアスの勝負を受けて立った。

 火花を散らした激戦の末、勝ったのはリヴェだった。


「くそっ、負けた! でも楽しかったな」

「悔しそうな顔して、よく言うよ」

「悔しいに決まってんだろ。俺、負けず嫌いだからな。2年では勝つぞ!」


 2年生で同じクラスになると、ディアスは当然のようにリヴェの隣に居座った。


「おいリヴェ、今日も勝負だ!」

「いや、明日座学のテストあるじゃん」

「勝負して、鍛錬してからでも勉強できるだろ?」

「……バケモノかよ」


 イヒヒと笑ったディアスは、リヴェの肩に腕を回して演習場に誘う。


「ホントに行くのか? ちょ、近いって」

「これくらい普通じゃね? 俺とお前の仲だろ」

「どんな仲だよ」

「ライバルで親友。これ以上の絆があるか?」


 ディアスの無邪気な笑い声は、いつもリヴェの心を軽くした。距離感の近いディアスに、頭をくしゃりと掻き回されるたび、リヴェは何だか照れ臭い気持ちになった。



 2年生前期の魔法実習では、ペアでの訓練が開始された。

 異なる特性の者と手を重ね、魔力を混ぜる。相性が良いと新たな魔法が生まれ、それぞれが単独で扱う術よりも大きな力が引き出せるという。


 当然のようにペアを組んだリヴェとディアスが魔力を練った手を重ねると、バチリと大きな音が鳴った。炎の赤と光の白が渦を巻いて金色に纏まり、ふたりの体を覆う。


「……っ」

「おお、うまく混ざったっぽいな」

「……だな」

「すげぇ、何かめちゃくちゃ気持ち良い。これって相性いいってことかな?」


 手のひらから伝わる温もりがじわりと高揚感を引き上げる。ディアスの魔力が体に染みていく感覚は、リヴェにとっても未知の心地よさだった。


「てか、お前……手ぇ小っさくね?」


 男らしく見えるよう幻惑をかけていても、違和感をもって触れれば本来の形が分かってしまう。ディアスは、むぎゅむぎゅと確認するようにリヴェの手を握った。

 焦りに加え、謎に心拍数が上昇したリヴェは、慌てて熱くなった掌を振り払った。


「やめろ、ッ」

「あっ、悪ぃ。気にしてた?」

「……そうだよ。女みたいとか考えてたんなら許さないからな」


 コンプレックスを装うリヴェに、ディアスは気まずそうに眉を下げた。


「ごめんって。もう二度と思わねぇから」

「……思ったのかよ」


「だって魔力混ぜてから妙に色っぽ……、いや嘘! 謝るから、これ特訓しようぜ。馴染んだら馴染んだだけ、術の発動が速くなるって先生言ってたし」

 

(だめだ。これ以上、気を許したら……)


 胸の奥で、小さく軋むような不安が芽を出す。

 うっかり女の部分を晒してしまえば終わりだ。それでも、ディアスの手を離したくなかった。


 結局、リヴェは流されるようにディアスと長い時間を共にした。

 2年生の終わり、訓練を重ねたふたりは、手を合わせずとも傍に寄るだけで微量の魔力を混ぜることが出来るようになっていた。

 生み出した光と炎の複合魔法が10を超えたころ、ディアスがにかっと笑って言った。


「やっぱ、相性バッチリだな!」

「……さあね」

「照れ隠しすんなって。3年、同じクラスになれたら、学外演習で班組もうぜ。そしたら俺たちが、ぶっちぎりだ!」



 新年度。クラス発表の掲示板の前で、ディアスは大声を上げた。


「よっしゃ、リヴェ! 同じクラスだ!」


 そのまま赤い髪を弾ませて、勢いよくリヴェに抱きついてくる。


「……離れろ。暑苦しい」

「いいだろ、うれしいんだから!」


 周囲の視線がちらほらと集まる。

 リヴェは軽く肩を押し返しながらも、強引な腕の力に抗えず、なぜか顔が火照るのを必死に隠した。


「けどさー、お前こんな小さかったっけ?」


 入学時には5cm程だった身長差も、今では20cm以上開いている。顔を覗き込もうとするディアスを、リヴェはギロッと睨んで思い切り押し退けた。


「小っさい言うな! お前がッ、デカくなったんだろうが!!」


 顔を真っ赤にして怒るリヴェを見て、そういえばこれがリヴェのコンプレックスなのだと思い出したディアスは、「ごめんって」と手を合わせた。


「これ以上言ったら、またお前のこと“爆炎の覇者”って呼んでやる」

「ぎゃっ! リヴェ様ごめんなさい、本当にすみませんでした。俺の黒歴史をどうぞその記憶から消し去ってください」


 ディアスは羞恥に顔を覆い、かつて自称した二つ名を闇に葬るべく、必死にリヴェへと許しを請うた。



 3年生では都近郊の森を舞台に、大規模な学外演習が行われる。

 簡易な宿泊施設こそあるが、その他は実戦さながらの環境で、班ごとに魔獣討伐をこなす。学院生活でも最大の試練だ。 


 学院は実戦経験を重視しており、この演習は最終試験の一部として成績にも直結する。個人的な理由での辞退はまず認められない。

 もし休めば、教師だけでなく医師への報告までもが必要となる。詮索されては面倒だ。


(2泊3日。……入浴もあるのか、どう凌ごう)


 着替えだけなら幻惑の魔法でなんとかなる。とはいえ、今まで以上に神経を尖らせねばならない。


(……大丈夫。これまでだって問題なかったんだ。絶対に隠し通す)


 腹を括ったリヴェは、作戦会議で迷わず班長に立候補した。



「まさかリヴェが立候補するなんてなー! 面倒臭がると思ってたのに、意外だわ」


 集会所を出て森へ向かう道すがら、ディアスが楽しげに声を弾ませた。朝日を反射した赤い髪が、さらに鮮やかに見える。


「たまには、いいとこ見せたくなったんだよ」

 リヴェは淡々と答え、歩調を崩さずに進む。


「リヴェが仕切るなら安心だな。俺も頑張る!」

「……張り切りすぎて失敗しなきゃいいけど」


 リヴェの言葉に、ディアスは「おっと」と肩をすくめて笑った。


「そういや、班長って夜の見回りとかもやるんだろ? 俺もつきあうからさ」

「必要ない」

「いやいや、一緒にやった方が絶対良いって。他の班のヤツも2人でするって言ってたぞ。心配するな、ちゃんと真面目にやる」


 夜の見回りは一人になれる貴重な時間だ。入浴も着替えもそこで済ませようと思っていた。

 リヴェはわずかに息を吐く。


「お前は体力蓄えとけ。必要になったら呼ぶから」

「んー……仕方ねえな。絶対だぞ?」


 ディアスは不服そうに唇を尖らせると、リヴェの背を軽く叩いた。


 それで納得したと思ったのが、間違いだったのだ。



 演習初日は、想定していたよりも上位の魔獣が現れた。けれどリヴェの指揮で危なげなく討伐を終えた班員たちは、焚き火を囲んで簡素な夕食を済ませると、浴場へ向かう準備を始めた。


「リヴェは来ないのか?」

 ディアスに声をかけられる。


「夜回りでまた汚れる。後で入るよ」

 リヴェは火の周りを片付けながら答えた。

 傍で聞いていた他の班員たちが納得したように頷く。


「ああ、確かに」

「ありがとうな、班長。今日は助かった」

「ディアスとの複合魔法、かっこよかったぜ」


 そう言って彼らは笑いながら、湯気の立つ簡易浴場へ消えていく。

 リヴェはそれを見送ると、深く息を吐いた。

 すべては計画通りだ。


 班員が部屋に戻ったのを見計らい、夜回りを軽く済ませたリヴェは、探索中に見つけた湧き水で身体を拭くことにした。浴場は他の班や教師も使う。余計な目を避けるにはここが最適だろう。


 上半身をはだけ、胸のプロテクターを外した、そのとき。


「──リヴェ、そこか?」


 背後で、枝を踏む音がした。

 振り返ると、月明かりに赤い髪が浮かび上がっていた。


「ディ、アス……!?」

 言葉が喉で絡まる。


「やっぱり、夜回り一人じゃ大変だと思って」

 純粋に、ただリヴェを気遣う声音だ。


「待っ、来るなッ!」

 リヴェは慌てて胸に衣服を掻き寄せた。

 

「戻れ。オレは平気だから」

 いつもの低い声で告げながら、リヴェは早鐘を打つ心臓を必死に抑えた。


(落ち着け、幻惑の術式はちゃんと展開できてる。男の姿に見えているはず……)


 だがディアスは、リヴェがはっきりと見える場所まで近づき、眉をひそめた。

「……なんだここ。お前の魔力が揺らいでる」


 リヴェの領域に入ったディアスと、互いの力が混ざっていく。昼に激しい戦いで魔力を混ぜ合ったまま消耗したせいか、いつもより共鳴が早い。


(もしかして、幻惑が無効化された……?)

 それに気づいたリヴェはぎくりと身を強張らせた。


 そして同時に、ディアスの瞳が大きく見開かれる。

「……お前、なんで……胸──」


 風がザァッと木の葉を巻き上げた。

 リヴェの心臓が、鼓膜に響くほど激しく鳴った。


身体検査は流れ作業なので、幻惑とプロテクターでごまかせています。みんなには程々に男らしく見えているけど、ディアスは耐性がつくにつれ、徐々に女性っぽく見えはじめています。(という裏設定)


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