01.第1学年、ライバルとの出会い
「新入生代表、リヴェ・フローレス」
「──はい」
自分の名前が呼ばれた瞬間、リヴェは人知れず小さく息を吐いた。両親が緊張の面持ちで、ハラハラと自分を見守る姿に罪悪感を覚える。
首席合格。こんな厄介な称号を得ることになるとは、入学試験を受けた時には想像もしなかった。友達のいない人生だったから、自分の実力なんてろくに分からなかったのだ。
(もっと手を抜いておけばよかった)
講堂いっぱいに集まった、新入生と保護者たちの好奇心に満ちた視線が、一斉にリヴェへと突き刺さる。
練習してきた低い声を思い出し、喉を数回鳴らしたリヴェは、ゆっくりと壇上へ向かった。短く切り揃えた白金の髪が、照明の灯りを受けて淡く光を散らす。
15歳。まだギリギリ変声期を迎えていない少年もいるだろう。声を聴かれたくらいで怪しまれる心配はないはず。リヴェはそう自分に言い聞かせた。
「私たちは本日、国を支える力となるべく、ここ国立魔法学院の門をくぐりました──」
朗々とスピーチを続けながら、心の中はただひとつの想いでいっぱいだった。
(早く、家に帰りたい……)
✽✽✽
この国では基本的に、魔力は男にしか宿らない。
しかし数十年に一度、ごくまれに女児が魔力を持って生まれることがあった。彼女たちは一律に強大な力を秘めていたが、それは決して祝福などではない。
約200年前、ひとりの女魔導士が魔力を暴走させ、都を焼き尽くした。それだけでなく140年前の女魔道士も、暴走を起こして都を半壊させた。
多くの犠牲を出したそれらの事件を受けて、国は「女の魔力は国を滅ぼす災厄である」と断定した。
以来、魔力を持つ女は問答無用で魔力封じの塔に幽閉され、生涯をそこで終える。それはいつしか、誰も疑わぬこの国の常識となっていた。
リヴェ・フローレスは、そんな世界に女として生を受けた。
なかなか子に恵まれなかった両親が、ようやく授かった赤ん坊。その瞳が開いた瞬間、彼らは息を呑んだ。
──揺らめくような金色。
それは強大な魔力を宿す者だけが持つ、男にとっては栄誉の、女にとっては忌まわしい輝きだった。
フローレス家は、父親に少し魔力があるだけの一般家庭だ。それなのになぜ娘に、このような力が宿ってしまったのか。
「この子を奪われるなんて、絶対に嫌よ!」
「ああ、しばらく都を離れよう」
両親は迷わなかった。娘を手元に置くため、土地を移り、息子として育てることを決めたのだ。
✽
魔力を持つ者は、その力を正しく使うために、全員が国立魔法学院で学ぶ義務を負う。
そこは未来の魔導士たちが集う、栄光の場所。
けれどリヴェにとっては、ただの危険地帯でしかない。
性別は隠せても金の瞳は隠しきれず、フローレス一家は入学を目前に都へと戻ってきた。
「リヴェ。自分のことは“オレ”と言うんだよ」
「うん、父さん。オレ、がんばるね」
父とともにひっそりと磨いた幻惑の魔術で、これまでは身体の造りをごまかしてきた。だが今後はひとりきりで、やり過ごさねばならない。
低い声を出す練習。
月のものを抑える薬。
胸を押しつぶすプロテクター。
それらは既に、思春期を迎えたリヴェの日常だ。
男ばかりの学院生活で、リヴェは誰とも深く関わるつもりはなかった。
「家から通えるんだし、最低限、魔力の制御さえ身につければいいんだからな」
「なるべく目立たずにね、リヴェ」
「わかったよ、心配しないで」
そう約束していたのに、早速目立ってしまった。これから卒業までの4年間、平穏無事に過ごすことが出来るのだろうかと、頭を抱えた。
──そんな矢先、彼が現れたのだ。
✽
「勝負だ、リヴェ・フローレス!!」
それは入学式の翌日だった。
赤い髪を逆立てたひとりの少年が、教室の扉を勢いよく開け放った。リヴェと同じ、強い魔力の証である金色の瞳を挑戦的に煌めかせている。
「……誰? いきなり何?」
ざわめく教室の人並みを縫って現れた彼は、リヴェの問いに答えることなくビシッと指を突き立てた。
「首席合格がどんなものか、力を見せろ!」
高圧的に思えるその仕草とは裏腹に、活き活きと楽しそうな表情の少年に、リヴェは内心の動揺を隠してなるべく冷静に対応する。
「話、聞いてた? まず名乗れよ」
「あっ、そうか。俺の名は、ディアス・グランドール! 2位合格で火属性。“爆炎の覇者”だ!!」
痛いヤツ来た、とリヴェは思った。
その日から放課後になると、ほとんど毎日、ディアスは隣のクラスから駆けてきた。何度も一方的に叩きつけてくる挑戦状を、リヴェは適当にあしらった。
なのにディアスは、いつも楽しげに付きまとってくる。
「あ、“爆炎の覇者”。また来たの?」
「今日こそ勝負を受けてもらうぜ! “白光の使徒”」
「オレにまで変な二つ名つけないでくれる?」
「かっこいいじゃん」
「……どこが?」
「男の浪漫だろ! いいから勝負しようぜ!」
「めげないなぁ」
「だって、頭じゃ絶対勝てないから……実技ぐらいお前に勝ちたいんだよ!」
切実な訴えに、思わずこみ上げた笑いを噛み殺すと、ディアスは「なんだよ」と不服そうにリヴェを小突いた。
学院生活を静かに過ごしたいという願いは、ディアスのおかげであっさりと崩れ去った。
希望とは正反対の、騒々しい日常。
けれど、初めて同世代で語れる相手の存在は新鮮だった。
最初は面倒だとあしらっていたはずが、いつしかリヴェ自身が、彼の到来を待ちわびるようになっていた。
1年生の終わり、以前より魔力の制御に自信をつけたリヴェは、ついにディアスの勝負を受けて立った。火花を散らした激戦の末、勝ったのはリヴェだった。
演習場の土の上に、大の字に寝転んだディアスは「うわぁーーーーーー!」と叫んだ。
「くそっ、負けた! でも楽しかったな」
「悔しそうな顔して、よく言うよ」
「悔しいに決まってんだろ。俺、負けず嫌いだからな。2年では勝つぞ!」
転がったまま軽くジャブする仕草を見せるディアスの拳を、隣に座ったリヴェは掌で受け止めた。戦闘後の高揚も手伝ったのか、突然笑い出したディアスにつられて、リヴェも学院に来て初めて、心の底から笑った。
ディアスと同じクラスになれたら楽しそうだ──。
こんなふうに未来に期待を持つのも初めてのことだった。
国は王政ではなく内閣制度に近いイメージです。




