第4話 セラフィム高原と錬金工房
部屋の壁にかけられた水晶パネルが唐突に点灯した。
《ダンジョンニュース速報》
《ランキング五位・アスタロト・エンタープライズ、新施設「千層回転迷宮」を開設!》
わざわざファンファーレまで流れている。
「……いや、俺の部屋でまで速報しなくていいだろ」
俺がげんなりしている横で、フェリシアは腕を組み、むむっと顔をしかめていた。
「くっ……魔界は宣伝が抜け目ないですね!」
そしてこちらに向き直ると、妙に張り切った笑顔を浮かべた。
「目標はまず、“押し入れつき”です!」
「……ニュース速報見た直後に言うセリフじゃないだろ」
「いえいえ、布団をしまえるだけで生活クオリティが段違いですから!」
天界のスケール感はどうもよくわからない。
が、フェリシアはすぐに両手をぱんと叩いた。
「さて! 次はマスターに欠かせないもうひとつの施設をご案内しましょう!」
視界がぐにゃりと歪む。
俺は気づけば、巨大な草原のただなかに立っていた。
眼前には金色に揺れる草原、振り向けば深い森と蒼い湖、その向こうには雪をいただく山脈までそびえている。要するに「大自然オールスター集合」である。
どこまで歩いても地平線しか見えない……と思ったら、遥か彼方の空に光の壁がぐるりと囲っているのが見えた。
「ここは《セラフィム高原》! 天界がまるごと借り上げた魔獣牧場です!」
フェリシアは誇らしげにくるりと一回転してみせる。
「仮想空間ではありません! ちゃんとこの世界の実在する高原をかしきって、結界で閉じ込めているんです!」
俺は目をしばたたかせた。
──いや、借り上げるって……大陸スケールで不動産業か。
フェリシアは端末を操作しながら説明を続ける。
「牧場に生息する魔獣たちは、ここから個体数や成長状態まで全部管理できます!」
画面には“空欄”ばかりのリストが並んでいる。
「……何もいないじゃないか」
「はい! 今はゼロ匹です!」
「胸を張って言うな」
「これから仕入れて、育てて、繁殖させていくんです。」
彼女はさらに小さな瓶を取り出した。
「そしてこれが天界特性アイテム、“グロース・エリクサー”!」
「……名前からして効きすぎる気しかしないんだが」
「これを使えば生き物も植物も一気に急成長! ごはんも素材もすぐに確保できます!」
瓶のラベルには《一日で三年分の生育促進》と書かれていた。
俺は額を押さえた。便利なのか危険なのか、判別に困る代物だ。
とはいえ。
いくら牧場が立派でも、現実問題として俺の財布は一円も潤わない。
冒険者たちが挑みに来て、返り討ちにされて、はじめて金が落ちるわけである。
つまり──まずは「戦力」が必要だ。
「結局のところ、要はモンスターの強さってわけだな」
俺がそう言うと、フェリシアはぱっと指を立てた。
「その通り! モンスターがダンジョン経営のかなめです!」
「でも……牧場にはゼロ匹だぞ」
「ご安心を!」
彼女はやたらキラキラした目で俺を見上げる。
「牧場だけが手段ではないのです」
次の瞬間、俺の視界はまたしてもぐにゃりと歪んだ。
気がつけば、薄暗い石造りの部屋に立っていた。
金属の管が縦横に走り、壁際には瓶や坩堝がずらりと並ぶ。見ようによっては理科室、あるいは魔界の秘密工場である。
そして部屋の中央には──
「ようこそ、マスター」
女がいた。
ローブのようでローブでない、やけに身体の線を強調する服を着ている。
ぱっと見は冷静沈着なお姉さんなのだが、微笑みの端々に「どこか壊れている」感じが滲んでいる。
「こちら、《錬金工房》を取り仕切るセレナーデ様です!」
フェリシアが紹介するや否や、彼女は小首を傾げてにっこり笑った。
「スライム、ゴーレム、ホムンクルス……お望みとあらば、いくらでも“ゼロ”から作れますよ」
「……ゼロから?」
「ええ。素材とちょっとした触媒があれば十分」
彼女は掌をひらくと、そこに水晶の器を出現させた。青白い液体がどろりと渦巻いている。
「ここに“魔力の雫”を垂らせば──」
ぼこり、と泡が弾け、ぴょこんと小さなスライムが生まれた。
俺は思わず後ずさった。
「……理科実験でカエル解剖してたのが、いきなりクローン羊にスキップした気分だぞ」
セレナーデはそんな俺を面白がるように目を細めた。
「人件費も餌代も不要。牧場よりお安く済みます。経営効率という点では、理想的でしょう?」
「その通り!」
横からフェリシアも被せてきた。
二人して言うものだから、俺は条件反射で一歩引いてしまった。
「……お前ら、息ぴったりだな」
「ふふ、利益を出すにはコストカットが必須ですから」
「ええ、私たち、そういうところは意見が一致するんです」
妖艶に笑うセレナーデと、きらきら目を輝かせるフェリシア。
その温度差が余計に俺の不安を煽るのだった。




