第2話 チュートリアル冒険者リク
気がつけば、俺は洞窟にいた。
洞窟といっても、三人が横に並んで歩けばもういっぱいになる程度の、しけた通路である。湿り気を帯びた岩肌がつづき、頭上からは時折水滴が落ちてくる。
「さあ、マスター」
隣を歩くフェリシアは、どこか遠足気分のように軽やかだった。くるりと振り返って笑う。
「この先に少し広い場所があります。そこが──」
彼女は胸を張り、芝居がかった声で言った。
「冒険者を迎え入れる広間です!」
……その響きだけ聞けば、たいそう立派な劇場でも現れるのかと思ったが、実際に辿り着いた先は、ただの広めの空洞だった。せいぜい体育館の半分くらい。床も壁も全部岩。拍子抜けもいいところである。
「冒険者と言っても、最初はチュートリアルですから安心してくださいね」
フェリシアは朗らかに言いながら、腰にぶら下げた袋を取り出した。
「こちら、天界からの支給品です!」
袋の中身をじゃらじゃらと広げる。石ころのような鉱石、奇妙に光る粉、鉄の棒、そして──なぜか板チョコ。
「……最後のは?」
「糖分補給です!」
どうやら天界の支給も案外ゆるいらしい。
そのとき、洞窟の奥からひとりの青年が姿を現した。
──おお、これが冒険者か。
革鎧に剣、背にリュック。見た目はごく普通。だが歩き方が、どうにも「校長先生の朝礼の入場」に似ていて、妙に笑いを誘う。
「僕はチュートリアル冒険者リク!」
名乗り口上も、やけに演劇部めいている。
俺が呆けていると──
「では、ここから時間を止めます!」
フェリシアがぱんと手を打った。
途端に世界が静止する。滴る水滴は空中で凍りつき、リクは片足を前に出したまま固まった。
「これがチュートリアルモードです!」
フェリシアは楽しげに言う。
「ではマスター、まずモンスターを錬成しましょう」
彼女は支給品の鉱石と粉を器に入れ、しゃかしゃかと混ぜはじめる。
すると、もくもくと湯気が立ちのぼり──
「じゃんっ! できました、スライムです!」
どろりとした半透明の物体が床に転がり出る。
「あの……ずいぶん料理番組みたいだな」
「レシピ通りにやれば簡単ですよ!」
続いてフェリシアは、鉄の棒と木の板を組み合わせる。
「次は技術のチュートリアルです!」
手際よく作業を進め、できあがったのは──
「とげつき柵です!」
どう見ても物騒なバリケードだった。
「これを配置すれば、冒険者を効果的に迎撃できます!」
「迎撃って……そんな軽いノリで言うなよ」
「では、時間を動かします!」
ぱちん、とフェリシアが指を鳴らす。
途端にリクが動き出す。
「おお、敵だ!」
彼は目を輝かせ、スライムに突撃してきた。剣を振り下ろす──しかし、スライムのぷにぷにボディにめり込んだだけで、全然効いていない。
「……ゼロダメージですか」俺は口をあんぐりと開けた。
「が、頑張れスライム!」フェリシアが汗をかく。
リクはさらに前進し、今度はとげつき柵に突っ込む。
「ぐあっ!」
見事に足を引っかけ、派手にすっ転んだ。
「……なんか、勝手に死にそうなんだけど」
「そ、そういう想定です! たぶん!」
リクは苦しげに呻きながらも、「これぞ冒険者の試練!」などと高らかに叫び、最後には自ら柵に突っ込んで倒れてしまった。
静寂が戻る。
俺は額に手を当て、深くため息をついた。
「……このシステム、欠陥ありすぎじゃないか?」
フェリシアは困り笑いを浮かべつつも胸を張った。
「魔界の方たちがやってるから、我々天界もこのビッグウェーブに乗ろうと思いまして!」
俺はその場にへたり込んだ。
──死後の人生が、まさかこんな茶番めいたダンジョン経営だとは。




