第12話 シナプス拡張
収益が入った翌朝、俺の部屋はこっそり模様替えされていた。
白壁とベッドはそのままだが、壁際にどーんと押し入れが出現している。木の引き戸つき、しかも中はやたら奥行きがある。
「おお……押し入れだ」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。日本の集合住宅で育った人間としては、押し入れのある暮らしこそ完成形といえる。布団をしまうのもよし、マンガを詰め込むのもよし、最悪自分が入って籠城することも可能。万能である。
さらにキッチンの冷蔵庫もサイズアップしていた。
扉を開けると、前は牛乳と卵くらいしかなかったのに、チーズ、ヨーグルト、ソーセージ、そして――なぜか瓶詰めのピクルスが並んでいる。
「……いや、誰がピクルス食うんだ」
俺はつっこみを入れたが、冷蔵庫が沈黙しているのを確認してホッとした。
「やりましたねマスター!」
フェリシアは両手をぱんと打ち合わせ、ぐるりと部屋を見回している。
「この押し入れと冷蔵庫の強化で、マスターの生活水準は一段階上がりました! これぞアップデートの醍醐味です!」
「……なんか言い方が住宅展示場の営業みたいだな」
俺は肩をすくめた。
そのとき、例の水晶パネルが唐突に光を放った。
《ダンジョンニュース速報》
《ランキング三位・ベリアル・ホールディングス、配下に新たな“金属竜”を実装!》
例によって無駄に盛大なファンファーレが鳴る。
「……いや、部屋で鳴らすなって」
俺が顔をしかめる横で、フェリシアは手をぎゅっと握りしめている。
「ぐぬぬ……でも大丈夫です、マスター! 他のニュースもありますよ!」
すると画面が切り替わった。
《速報・ランキング二百位圏外の無名ダンジョン「ヨルト地下迷宮」、冒険者ギルドから“意外に良心的な罠設計”として紹介され話題に》
「ほらっ、いいニュースです!」
フェリシアがぱあっと顔を輝かせた。
が、すぐに次のテロップが流れる。
《速報・同ダンジョン、冒険者に“あまりに良心的すぎる”と瞬殺され閉鎖の危機》
「……いや、悪いニュース速攻で来たな」
俺は頭を抱えた。
なんというか――世の中は甘くない。
けれどフェリシアは気を取り直してこちらに向き直る。
「それでも順調にアップデートが進んでいます! 次の目標は――アロマ風呂です!」
「……アロマ風呂?」
俺は思わず聞き返す。
「はいっ!」
フェリシアは両手を胸の前で組み、うっとりとした顔で言った。
「湯気の中で香草の香りに包まれて……はぁ、考えただけで幸せです……!」
フェリシアのアロマ風呂熱弁を半分も聞かないうちに、気づけば俺は彼女に腕を引っ張られていた。
「さ、行きましょうマスター!」
「え、どこに」
「もちろんコアのところです! 昨日、冒険者を倒した効果がもう現れているはずですから!」
階段を降りた先。
その中央で。
“ぶわっ”と光が噴き上がった。
蒼白いオーラが床を這い、震動が空気を満たした。以前は拳大ほどだった透明な宝珠が、今日はひとまわり――いや、ふたまわりくらい大きくなっている。
「……でかくなってる」
俺は思わず声に出した。
フェリシアは満足げにうなずく。
「はい! これが“シナプス拡張”の第一歩です!」
「し、シナプス?」
「簡単に言えば、コアが“勝ち方”を取り込んだんです。冒険者に勝利するたび、新しい戦術や思考パターンが脳みその回路みたいに結合していく。すると体積も膨らんで、力を蓄えられるんです」
フェリシアは両手を広げて説明を続ける。
「イメージしやすく言うと――敵を倒すたびに、ダンジョンのレベルが上がる、です! そしてダンジョンの容量や、魔力量の上限。すべてコアのサイズで決まるんです」
「容量……魔力量……つまり、コアが育てばダンジョンも広げられるし、魔力の燃費もよくなるってことか」
「その通りです!」
フェリシアはぱんと手を合わせて、胸を張った。
俺は改めてコアに目をやる。青白い光が静かに呼吸していて、どこか生き物じみて見えた。
「……なるほどな」
俺は深呼吸をした。俺の命と、ダンジョンの未来が、ここに詰まっている。
「よし。だったら次は……もう少し広げてみるか」
そう呟いた瞬間、コアの内側でまたひと筋、青白い神経がぱちりと繋がった。




