第11話 収益の使い道
……で、収益だのゴールドだの言われて浮かれていた俺だが、フェリシアの冷ややかな一言で現実に引き戻された。
「ちなみに、初級冒険者パーティをひとつ倒した程度では、たいした額にはなりませんよ」
「……マジか」
「この収益では、まだ強力な魔獣は購入できません。せいぜい、安物のゴブリンくらいですね」
俺は思わず顔を覆った。ゴーレムやスライムたちも冒険者に吹き飛ばされ、ただいまリタイア中。戦力はスカスカ、財布もスカスカ。
この穴を埋めるには、また錬金工房に籠もるしかない。……だが同じ轍は踏みたくなかった。もっと効率的に、もっと楽に錬金できる環境が必要だ。
「……そうだ、工房を拡張しよう」
俺がつぶやいた瞬間、フェリシアがぱんっと手を叩いた。
「賛成です! 新しい器具や錬金触媒を導入すれば、マスターの作業効率は飛躍的に上がるはずです! ただし、今の収益では正規ルートの器具は到底手が出ません。……となれば、闇市の格安ページにアクセスするしかありませんね」
「闇市?」
俺は眉をひそめた。
フェリシアは淡々と補足する。
「ダンジョンマスター層の間ではそこそこ知られています。もっとも、並ぶのは売れ残りや不良品ばかりで……普通のダンジョンにとっては、ただのゴミ置き場に等しいでしょう」
言われるがまま端末を操作すると、確かに画面に現れたのはガラクタの見本市だった。
『安心! 自動魔力釜(※たまに逆回転します)』
『特選・上質粘土セット(※乾燥済み、再利用には涙ぐましい努力が必要)』
『中古魔力ポンプ(※前の使用者の魔力がまだ微妙に残っている)』
「……なんだこの胡散臭いショッピングサイトは」
フェリシアも横で眉をひそめている。
俺が呆然とスクロールしていると、背後から甘ったるい声が落ちてきた。
「ふふ……いいじゃない、全部」
壁にもたれたセレナーデが、紅い唇を歪ませて笑う。
「どれも欠陥だらけ。でも――欠陥があるからこそ、別の回路を繋げれば逆に想定外の力を引き出せるんですよ」
彼女の瞳はぞっとするほど楽しげで、フェリシアでさえ小さく頷いた。
「……事実です。セレナーデ様ほどの方なら、無価値な部品すら宝に変えられる。天界でも屈指の……と評された方ですから」
俺は思わず喉を鳴らした。
要するに、普通のダンジョンが手を出してもただの産業廃棄物に終わる品々を、セレナーデは宝石に変えられる――そういう話らしい。
「じゃあ……信じるしかないか」
指を震わせながら、“購入”を押した。
すると間髪入れず、俺のダンジョンに転送ゲートが開いた。でかい木箱が次々と落ちてくる。
「はやっ!? お急ぎ便かよ!」
さらに拡張工事も必要になったので、石工ギルドに泣きつくことになった。
――そして数時間後。
俺の前には、新しく生まれ変わった錬金工房が広がっていた。
金属フラスコは妖しく脈打ち、天井を這う管は大蛇の群れのように絡み合う。
鼻を突くのは薬品と焦げた草の混じった匂いで、総じて言えばここは「魔女が百年単位でこつこつ育てた工房」である。
俺は口を半開きにしたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「どう? マスター」
艶やかな声で囁いたのはセレナーデだ。
彼女は相変わらず体のラインをこれでもかと強調した服を着て、壁に寄りかかりながら俺を眺めている。瞳の奥はやたらと楽しげで――いや、狂気を孕んでいる。
続けざまに彼女は、妙に上気した声でまくし立てた。
「見なさい、この《多層式魔力還流管》! 揮発したエーテルを即時再凝縮するからロス率は百分の一以下、《オートマタ式自己攪拌炉》はカーボンナノチューブ製の羽根が超音波振動で均質拡散を保証、さらに《触媒拡張フラスコ》と《疑似魂素濾過網》を組み合わせれば、ゴーレムのコア密度は三割増し! これでホムンクルスだってセラミック骨格と魔素循環器官を標準搭載に――」
……はいストップ。
俺は一生懸命、脳内で“翻訳”を試みた。つまり――あれだ、鍋に入れた具材が焦げないように自動でかき混ぜてくれて、こぼれた汁もまた鍋に戻ってきて、最後に謎のフィルターを通すと美味しさ三割増しになる……みたいな?
……いや待て。今の俺の解釈は、たぶんスーパーで売ってるインスタント鍋の裏面説明書くらいには雑だ。
――まあ要するに大事なのはこの事実。
「錬金の効率も精度も跳ね上がった」ということだ。
フェリシアも横でぱちぱちと手を叩いている。
「素晴らしいですマスター! これで新しいゴーレムや、進化型スライムも量産可能に! ダンジョンの戦力は一気に底上げされます!」
上機嫌な二人に挟まれながら、俺は改めてため息をついた。
金は消えたが、そのぶん、戦力と環境は確かに手に入った。




