第10話 戦闘の行方
「……やっば」
盗賊女が舌打ちする。
「ゴーレム二体にスライム? あたし帰って寝たいんだけど」
「寝るな! ここを抜ければ絶対に宝がある!」
魔術師少年が必死に鼓舞する。
戦闘は苛烈を極めた。
戦士が盾で《岩背ゴーレム》の突進を受け止め、そのまま吹っ飛ばされる。僧侶が慌てて治癒を飛ばす。
鉄屑ゴーレムの拳が地を叩き、石床に亀裂が走る。そこへ魔術師が炎の連射で応戦し、スライムがじゅうじゅうと燃えながらも戦士の鎧にまとわりつく。
「やばっ、溶けてる溶けてる!」
「下がれ! 僧侶、治せるか!?」
「ちょっと待ってくださーい! 回復魔力、ほんとにもうないんですー!」
僧侶が焦りながらも、奇妙に呑気な声で叫んだ。
戦場はもう、阿鼻叫喚である。
俺の《鉄屑ゴーレム》は拳を振り下ろして石床を砕き、《岩背ゴーレム》は無慈悲に突進を繰り返し、尖った岩棘で盾をかすめては火花を散らす。足元では《黒泥スライム》がぬるりと這い回り、冒険者たちの靴底をじゅうじゅうと溶かしていく。
「やばっ、靴が! これ新品だぞ!」
「うわあああ! 盾ごと押される!」
魔術師少年は必死に炎を連射し、戦士は半泣きで盾を構え、盗賊女は「帰って寝たい」と叫びながらも短剣を突き刺す。僧侶はというと、呑気な声で「ほんとに回復魔力ないんですけどー!」などと言いながら必死に仲間を支えていた。
……これは勝ったな、と俺は思った。
ここまで俺の設計どおりに機能するとは。罠で崩れた体勢にゴーレム二体とスライム一体の連携、まるで教科書に載せたいほど完璧な展開だ。
冒険者たちはついに膝をつき、盾が叩き割られ、魔術師の詠唱も途切れ、盗賊女の口からは「やっぱ寝たい」の呻きが漏れる。
と、次の瞬間だった。
冒険者たちの身体がふわりと光に包まれたのだ。
「……え?」
俺は目を瞬かせた。
彼らの首や腕にかけられていた護符が光り輝き、まるで吸い込まれるようにして一行はダンジョンの床から消え去っていった。
残されたのは粉々になった盾と、半分溶けかけた靴の切れ端だけ。
「……あ、あれ?」俺は呆然と呟いた。「帰った?」
「はい。冒険者たちは必ず“転送護符”を携行しています。命を落とすことなく、拠点に送り返される仕組みです」
フェリシアが事も無げに言った。
俺は額を押さえた。なんという安全設計。
「じゃあ、結局俺のゴーレムもスライムも……相手を“倒した”ことにはならないのか?」
「いいえ、マスター。今の勝利で、初めて“収益”が発生しました!」
フェリシアが指先をひらりと動かすと、俺の目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がる。数字がきらきらと輝いていた。
「お、おおお……! これ、ゴールド?」
「はい。冒険者が持ち込んだ資源や時間が、こうして“価値”に換算されるのです。彼らはダンジョンに挑むために道具を買い、準備を整えます。そして挑戦の末に敗れることで、その投入が“こちら側の利益”へ転換されるのです!」
「なるほど……つまり、挑戦されること自体が市場価値になる、と」
「その通りです。冒険者が挑むほどに需要は増え、守りきれば収益となる……! ダンジョンとは冒険者経済の循環を動かす“装置”なんですよ!」
俺は思わず笑ってしまった。
気付けば「冒険者経済」という摩訶不思議な大河の一端に立っていたのだから。




