佐藤は琵琶湖にはビッシーがいると思う
乗合馬車に乗ろうとしたら断られた。動物の乗車は禁止らしく、動物連れはそれ専用の荷馬車があるそうだ。だが果たしてニーチェは動物枠なのか。
「この馬車は動物連れ用ですか?」
「はい。どうぞ~」
荷馬車が到着したので乗せてもらった。中にはすでに数人の乗客がいて、牛、山羊、犬がいた。
「ムームー」「べーべー」「バウバウ!」
「大人しくしなさい!」「どうしたの?」「静かに!」
さっきまで大人しくしていた動物達が一斉に騒ぎ出した。
「ギルド長、もしかして私達が乗車したからですか?」
「そうね~さすがに小さくてもドラゴンが目の前にいるとね~」
「どうします?下りますか?」
乗客と動物に申し訳なくなってしまう。
「少ししたら慣れるわよ~ニーチェは寝てなさいね~」
ギルド長の言った通り少ししたら本当に静かになった。牛と山羊を見ると常に警戒はしているようで、犬は飼い主にピッタリ張り付いて震えている。
「私最近タコの件も含めて動物に嫌われているみたいなんです。これって原因はニーチェの匂いがするからですか?」
獣王として国中を飛び回る博識そうなギルド長に尋ねてみる事にした。
「どうかしらね~?でも魔力の多い者は動物に嫌われるらしいわよ~?サバンは鳥から糞の狙撃を受けたり~山羊に頭まで登られたり~何故か野犬が家に入って来て高級家具にマーキングされたり襲われて腰振られたりしていたわ」
「ひぇー想像出来ます」
「ちなみに昔ピクニックでご飯全~部、鹿に取られて目に涙が溜まったのを、空を見上げてこぼれない様に耐えてたのが面白かった~」
そんな事が私にも起きたらどうしょう?でもサバンだしな⋯⋯参考にならないだろう。 そういえば船のトイレから出してもらえたのかな?
バストラ薬品のある町は馬車で二時間位の距離だった。町の名前はそのままバストラで古くからの薬の生産地らしく、そばには薬草畑が並んでいる。
「いい香りですね。ラベンダーみたいな」
「はちみつが名産よ!美味しいのよ~」
蜂蜜が畑中をブンブン飛び回って花粉を集めている。そういえばモヴェーズ商会の三男ゲローム?それは先ほどまでの私か。じゃなくてジェロームはどうしているのだろうか。もらった蜂蜜美味しかったよな⋯⋯
馬車が止まり二人と一頭は下車する。そして残りの乗客を乗せたまま再び走り出した馬車を見ると動物達の顔に血の気が戻ってきたみたいだった。
「さて情報収集ね~!頑張るわよ~」
「ギルド長、ここに町の地図があります。意外と大きい町ですね。薬学研究所、薬品工場、学校、教会、病院、市役所⋯⋯」
畑の真ん中にぽつりとある町だが公共機関が充実している感じだ。町も清潔で花壇が多いので華やかだし、クリーム色の壁にオレンジ色の屋根で太陽の光が眩し過ぎず暖かい印象がする。
「まずは暇人が集う昼間の酒場よ~この地方ならではのお酒があるらしいのよ~」
「仕事ですよね?」
「そうよ~少しでも見分を広げて仕事に役立当てるのよ~」
⋯⋯⋯⋯⋯物は言いようだ。
私とギルド長、それにニーチェもローブのフードをかぶっている。この国には獣人が少なく魔獣がいないので目立たない様に下船時からかぶっているのだ。幸い強い日差しから頭や肌を守るため、帽子や薄い長そでを着用している人が多いので目立たない。
だが長時間フードで耳が曲がった状態は気持ちが悪い。毛穴の無いニーチェも熱がこもって暑いだろう。
「ギルド長、少し人気のない所で涼んできます」
「いいわよ~ここのパブにいるわね~」
ニーチェと共にフードを外せる場所を探しながら歩いていると、道沿いの店舗からラベンダーの香りがする。可愛い布袋に入ったポプリが店先に置いてあるからか。
「ラベンダーは安眠にいいと聞いたな。帰りに買おうかな~」
クローゼットに置いて置くと服がいい匂いになると聞いた事がある。いいかもしれない。
「ん?そもそも布団に入った瞬間寝落ちるし、服はローマ服しかないな⋯⋯」
自分の単純さと女子力の低さに危機感を覚えるが別に何もしない。ここで早めに行動に移せる子がお洒落な子へと変貌を遂げるのだろう。このお洒落分岐点は人生において数回訪れるものだ。 早めに対処しないとファッションセンスが磨かれないので、大きくなってからダサい服を失笑される失敗や、遅すぎる対処により○○デビューなどと不名誉緒なあだ名を命名される。
しばらく歩くと人気の無い森に続きそうな遊歩道を見つけた。ちょうど左右の木々で日差しが遮られていて涼しい。そこをしばらくニーチェと進むと――
「湖だ!綺麗じゃないか~」
絵画で描かれていそうな湖にたどり着いた。周囲を警戒するが周りに誰もいないのでフードを外す。ニーチェのローブもやっと外せた。
「いや~湖畔でのバカンスいいですな~ニーチェ殿!貸し切りですぞ?」
「ウー(お腹すいた)」
「周りに御馳走がたんまりありますぞよ~。さて私は水に入りますかね~」
ここは湿度が低くカラっとしているが、透明度の高い綺麗な湖水を見ていたら軽く汗を流したくなった。
「誰もいないし、全裸でいいよな!短時間で済ませればOKだろ~」
服を脱ぎ荷物を一応防犯の為、草むらに隠す。
「いざ入水~あぁ冷たくて気持ちいい~!!」
水着を着用せず全裸で泳ぐのがこんなに気持ちいいとは。温泉とは違った感覚。
ヌーディストビーチに行く人の気持ちが少しだけ分かったかもしれない。
「佐藤は小さい頃スイミングスクールに通ってたからな、泳げるんだぞ~」
楽しい気分がグングン上昇して、つい長い時間水泳を楽しんでしまっていた。
「⋯⋯え?あれ何?!」「何?」「水面よ!」
「ん?何だ?!誰か来たのか?!」
夢中で遊んでいたので人が来た事に気づかなかった。ヤバい。酷くまずい。
「もしかして女神様?水の女神様なの?」「この湖にいらっしゃったのか?!」
ど、どうしょう?!自分が無防備すぎる。ゼロ装備の全裸だ⋯⋯逃げるに逃げられない。
「お、おい!あそこ見ろ!神の使い様もいるぞ!」「キャァ!本物!」
人々の目線の先を見ると神の使い?ならぬニーチェが草を食んでいた。
先程から彼らは何か勘違いしているに違いないが、全裸だしどうしたらいいんだ?人々が私をガン見している。この場合の最適解を導き出せない。
「私お母さん呼んでくる!」「俺神官様に伝えてくる!」「私はここで見てる!」
おぉい!人員増やすなよ!!そして少女よ!君もここから立ち去ってくれ!!
「フェクシュンあーすっとこどっこい!」
やべぇ、くしゃみが出た。人を呼びに走り出そうとしていた二人が止まってこちらに振り向く。
私は鼻水が垂れそうになったのを隠すため、静かに水中に潜った。
水中を泳ぎ、少年少女達から見えない場所まで来て水中から出た。
「カーカカカー!(ニーチェ荷物持ってきて!)」
「ウー(うん)」
初めからこうすれば良かった。ニーチェはすぐに荷物を持ってきてくれた。やはりうちの子は天才だわ~
素早く着替えてフードをニーチェにもかぶせ、足早に湖から立ち去った。
「あらぁ?おそかったじゃなぁい~」
「ギルド長飲みすぎですよ⋯⋯ホテルに行きましょう」
出来上がったギルド長を連れて感じの良さそうなホテルに向かったが動物連れを拒否され、動物可のホテルまで長々歩くこととなった。
「あぁ~なんて出来た十歳でしょう?!初めて訪れた海外で酔い潰れた上司の為にホテルを探して徘徊する――」
またお気に入りのおばちゃんごっこで自画自賛する。
もうしてテクノポリス皇国第一日目は終わった。