佐藤は美女の苦労を知る
次の日から私は幾度となく森ねずみに狙われた。木の実の採集どころじゃない。いつ襲われるのかわからないので怖くて森に行きたくなくなった。
「お母さん、私もクラリスみたいに刺繍か、ノエルみたいに勉強がいい」
「え?あなたに刺繍は無理よ。それにノエルはこの男爵家を継ぐための勉強をしているのよ」
「ずるいよ。私だけいつも森行ったり、薪割ったりで兄妹格差を感じる!」
私はねずみ怖さにいつも思っていた兄妹格差について言ってしまった。本当はもっと早くに聞きたかったけれど、怖くて聞けなかった。だって「三人いるし、あなたはいらない子」とか「おまけ?いや、スペアにもならない子」とか言われたら立ち直れない。
「⋯⋯⋯⋯そう言うのなら今日は刺繍をしてみればいいわ。その後はノエルと勉強ね」
「本当?!ありがとう!」
以外な事に母は許してくれた。
「クラリス、一緒に刺繍しよう!」
「本当?シュクルもするの?嬉しい一緒にしましょう!」
「どうやってするの?」
「ここをこうやって、こうすると華やかに見えるし、円形が綺麗にできるよ」
「⋯⋯⋯⋯ん?」
「難しい?じゃあ直線からしようか?ここを半分返して、こっちから出して」
「⋯⋯⋯⋯」
「シュクルどうしたの?」
「母は正しかった」
ウサギ獣人である私は手先が器用ではなかった。これは正真正銘な不器用だ。佐藤は何気に細かい作業が得意だった。プラモ作ったり学校でも工作が得意だったのだ。だからこそわかる。この体は刺繍に向かないことを。
「⋯⋯⋯⋯ちょっとノエルの所へ行って来ます」
「そう?わかった」
次はノエルとお勉強だ 。
「お邪魔します。お勉強に来ましたー」
「あ、シュクルだ!僕と一緒に勉強する?お父さんいいよね?」
「いいぞ。お母さんが言っていたからね。じゃあ座って」
「よろしくお願いします」
「じゃあ文字の練習だ。りんご、はどうやって書くのかな?この板に書こうね」
「はい」
「⋯⋯⋯⋯」
私はすでに読み書きは大分マスターしている。日本に無かった物は私も名前を知らないので、父に尋ねて覚える必要があったが。
冬の間、採集も出来ないし、庭にすら出られなくて暇だったが、ポイントを稼がなくてはならなかったので父の小説を読んでいた。クソつまらなかった。私が大人になったらエロ小説でも書いてやろうと心に誓った。
「シュクルどうした?」
「ポイント増やすのも楽じゃないなと思いまして」
「ん?」
「お母さん。私が間違っていました」
「ふふそうね。でもちょっとこっちに来なさい。お話しましょうか」
私達は二人で外へ出た。何の話だろうか。
「いいシュクル?あなたは大人びているからもう教えるわね。私達獣人は身分的にこの国で最下層よ」
「え?身分?」
「そう。この国には人間の王がいて、王様やその家族が一番偉いの。そしてその次は人間の貴族ね。その貴族にも身分階級があるわ。そしてその下にお金のある貴族以外の人間、人間の平民やドワーフなどの亜人、私達獣人はその下。一応今はそこまでではないけれど、私の祖父母の頃は差別を受けたらしいわ。そして獣人の中でも弱小のウサギ獣人が私達よ」
「ひええええ!どうしましょう?!」
「人間は魔力の強さで階級が決まる部分もあるわね。高位貴族ほど魔力が高い。平民などは魔力が無かったり、生活魔法を少し使えるだけの人が多いみたい。獣人だけど、やっぱり強い肉食獣が上位ね。騎士団とか警備系の仕事に多いわね。そう、それでお母さんが最も言いたいことは⋯⋯⋯⋯」
「な、何ですか?これ以上があるのですか?」
「あなたは信じられないくらい可愛いわ」
「は?」
「つやつやピンクの髪にうさ耳。綺麗な緑の瞳。もうお母さんどうしたらいいかわからないわ」
「え?何が悪いのですか?!なんか怖いです!」
「最下層の身分でこの美しさは危険なの。わかる?誰か悪い人に目をつけられて襲われてしまうかもしれない。無理やり身分の高い人間の愛人にされてしまうかもしれない。人さらいに捕まってどこかへ売られてしまうかもしれない。もう恐ろしくてシュクルを田舎の町にすら連れて行けないわ」
「怖いです!どうしたらいいんですか?!お母さまだって美しいじゃないですか!普段どうしてるんですか?!」
「そうね、私はこの男爵家に伝わる処世術を母から教わったわ。これからあなたにも教えます。でも私よりシュクルの方が可愛いから危険よ。精進しなさい」
「はい!!!!」
怖い怖すぎる。可愛いが危険なんて。最下層身分なんて、そんな。
その時ふと姉の言葉を思い出す。
『姉ちゃんまたタクシー帰宅?金もったいなくね?』
『は?だからお前モテねーんだよ。知らねーの?夜道を女が一人で歩いていると後ろからワンボックス車が来て、男数人に無理やり車に押し込まれて連れ去られちまうんだよ』
『え?どこに?』
『埠頭だよ。そのままコンテナに入れられて出航』
『本当?!都市伝説でしょ?!』
『さあな』
伝説じゃなくてマジで起こるかも⋯⋯⋯⋯無理無理。想像だけで涙が出そうだ。