佐藤と姉と禁欲と美食
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯!」
どこかで誰かが呼んでいる。上司かな? だったら聞こえない振りをしておこうかな⋯⋯
「⋯⋯シュクル! ⋯⋯シュクル!」
シュクルとは何だ? 砂糖か?
「⋯⋯シュクル⋯⋯シュクル美食! 美食!」
「あぁ美食だ!!」
そうだ美食を食べて帰るのだった!
「シュクルやっと起きたわね~早く美食を堪能しましょ~? 少々急がないといけない事態なのよ」
「はい! うぅぅぅ何だかお腹が減り過ぎて痛いです。体も怠いですし、これは直ちに食事が必要ですね」
重たい体を引きずってギルド長と食事へ向かっているが、随分と綺麗な屋敷だな。うちのボロ男爵邸とは大違いだ。
そして高級レストラン顔負けなキラッキラなテーブルに案内された。テーブルクロスですら超高級品である。
「こちらは新鮮な白身魚のカルパッチョ大豆ソース添えでございます」
「?!」
これ刺し身じゃないか? このソースは醤油だろ? この世界にもあったのか!
「いただきます。うむ。醤油だ⋯⋯」
懐かしい味に目頭が熱くなる。ちなみに前回私の目頭を熱くしたのは、佐藤の顔が相当不細工だったと気づいた時以来だった。
美しい皿に散らしてあるのはネギ系のみじん切りだな。菊の花もデコってある。
ギルド長はネギは駄目そうだ。手を付けていないが獣人だし仕方ないな。
「こちらはかぼちゃのスープでございます」
あぁ~かぼちゃだ。甘くて美味しい。こちらの世界の人は甘い系の皿はデザート以外好まない気がするが私は大好きだ。
「ギルド長美味しいですね」
「甘いスープなんて不思議だわ~。お菓子じゃないのにね。でも美味しいわ~」
高そうなワインをがぶ飲みしながらギルド長は答える。
「こちら魔魚のパン粉焼きでございます。お好みでこちらのソースをお使い下さい」
おぉ揚げ物だ! 超うれしい。油もバターも高価な物なので揚げ物なんて中々食べられないのだ。
「美味しい!!」
本当に美味しい物を食べた時は多くを語れない。味覚に全集中を振るからだ。そうシュクルは思う。
別にベラベラ話す食レポに物申したい訳ではない。あれは仕事だからな。
「このソースは懐かしいとんかつソースの味がする! もう一つのソースはマヨかな?!」
なんてこった。これでは揚げ物の無限ループを生むぞ? 付け合わせのレモンまであるのか!
レモンであっさり→ソースで濃厚→マヨでクリーミー→あっさり→濃厚→クリーミー∞
「シュクル魔魚はどう? 魔力の回復は感じる?」
私は内なる? 魔力に目を向ける
「数十匹で群れて泳いでいる魚、餌を探しながら進む、食べる、前進する⋯⋯」
「え? 魔力の話からどうして魚になるのよ?!」
「わかりません。ですが情景が浮かぶのですよ」
「詩人ね~十代は多感なのかしら~?」
魚の情景を感じながら味覚の無限ループにハマり、気づいたら伯爵のご厚意で沢山用意していたらしい魔魚をすべて食べつくしていた。
「こちらは魔牛のステーキでございます。こちらもお好みのソースをお試しください」
「ポ、ポテトフライ!!!」
ステーキよりも先にシュクルの目に飛び込んで来たのは行け合わせの黄金色に輝くお芋だった。
ポテトフライ⋯⋯贅沢な油の大量投入をしなければたどり着けないこの贅沢品。貧乏人には香りを拝む事すらできない芋料理の参上だ。やはり始めはあっさりと塩でいきたい。
「いただきます。あ、アツ! 最高!」
「お食事中大変失礼ではございますが、少々お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ムムム⋯⋯はい?」
「何故にこの芋がポテトフライと言う名だとご存じなのでしょうか?」
「⋯⋯」
さっきから気づいてはいたが伯爵の娘は多分私と同じ転生者だな。しかも日本人だろう。だが転生者へのカミングアウトは慎重にならねば駄目だ。
小説や漫画の異世界転生者の中には同じ日本からの転生者だからと心を開いて、手酷く裏切られる展開にありふれている。
ここはどう答えるべきか⋯⋯
「このお芋の名はポテトフライ以外にありえませんね。そう本人が言っていますし、むしろ他の名前はあるのでしょうか? いや、無いでしょう。犬はポチ、猫はタマ、鳥はピーちゃんみたいな事です。ではむしろあなたならどんな名前を選びますか?」
「え? そ、そうですね、揚げ芋とかでしょうか?」
「ノン! ノン! センスがございませんことよ? はぁ~~~~~」
これで良し。食事を再開だ。ポテトは冷めたら興醒めだから温かいうちに食べるのが礼儀だ。付け合わせの温野菜で口の中のポテトをリセットして、また食べる。時々違う味を入れないとポテトの味に慣れすぎてポテトの味を見失う。それではただ口にポテトを運ぶマシーンになってしまうのだ。
「セバスさん、ポテトフライはカリカリ派かしんなり派か、それが問題だ」
先程の給仕に究極の選択を尋ねる。可愛いロリ派か豊満美女派か、正統派王子好きか、訳アリキャラ好きか同様、選択をミスると分かり合えない壁が出来る。
「え? 私でしょうか? 私はバチストと申しますが⋯⋯そうですね、私はどちらも美味しいと思います」
「何と! 私と同じではありませんか!!」
カリカリもしんなりもそれぞれに美味しい! 何という事だ! セバスと分かり合えた。
これが高位貴族である伯爵家に仕える最強の執事なのか?! Sランク執事か!
「シュクルはまた何言ってるのよ~早くお肉食べないとダメよ~冷めちゃうわ」
「はーい」
さてお肉も堪能しなくては! まずはソース無しで味わおう。ん? これは⋯⋯
「魔牛? ですが家畜ですね。藁を食べたり草を食んだり⋯⋯結構大量に水を飲むんだな。白い塊を舐めてるな、塩かな? へぇ~ボス個体がいるんだ。しかも嫌なヤツだな⋯⋯雄だな、種牛なのかな」
お肉を食べたら魔牛の情景が浮かんだ。何だろう? 最近多いなこの現象。
次はこのソースと食べてみよう、あぁいい仕事をしますね。こちらのソースは? おや? 爽やかだぞ? またしても無限ループか――――
「シュクルもう魔牛は無いわよ。また食べ尽くしてるわよ~その小さな体のどこに入るのよ? 不思議だわ~」
「不思議ですよね」
私の胃はブラックホールかな? それにトイレが近くなる事も無い。どこに食べ物は消えているんだろうな。
「こちらは季節の果実の甘味でございます」
「「うわわわ!!」」
私もギルド長も美しいデザートに釘付けだ。十年も女性として生活をしているとスィーツの魅力に抗えなくなるのだ。
美味しそうなデザートを見ていると、ふと佐藤の姉の事を思い出した⋯⋯
『ねーちゃんまたお菓子食べてるじゃん。ダイエットどうしたよ?』
『は~。女性は食欲、男性は性欲をコントロールできないんだよ』
『はあ? 別物だろ?』
『だからお前は不細工なんだよ。いいか? 例えば戦場で男は普段よりも性欲が沸く、なぜなら少しでも子孫を残すために種を撒いてから死にたいのだ。まぁ日頃から男は種を撒きたいがな。
だが女は逆だ。戦場では性欲は沸かない。なぜなら食事と安全、健康に金⋯⋯十月十日腹の中で子を育てるにはそれらが必要だからだ。
そして私が言いたい事は、人間は動物だ。すべては子孫繫栄の為、男は多くの種を撒きたい性欲、女は男の品定めをしつつ食欲をコントロールできないDNAが組み込まれているのだ!』
『ねーちゃん未婚じゃん。彼氏もいないし。太ると健康に悪いと思うけど? 食事にお金もかかるし。何より太るといいDNAゲット出来ないんじゃない?』
『グハッ!! じ、じゃあ私はダイエットするからお前は禁欲しろ!!』
懐かしいな。でもねーちゃんの言ってた事合ってたかも。シュクルは食欲が抑えられないし、ギルド長も高カロリーな物やスィーツに目がない。
二人はゆっくりと宝石の様な美しいスィーツと素晴らしい茶葉の紅茶を堪能した。
「ご馳走様でした。ありがとうございました」
「素晴らしかったわ~ではシュクル行くわよ~」
「え? 今すぐですか? わかりました。セバスさんありがとうございました!」
「いえ、よろしゅうございました。ちなみに私はバチストでございます」
食事の感想を伝えつつ、ギルド長と共に外に出たが、目の前に広がる景色は豪華な邸宅の割に質素な庭だった。
「ニーチェ~シュクルが来たわよ~行きますよ~」
声を掛けられて庭の端からトコトコと駆けてつけて来る子供ドラゴン。なんとも健気で可愛い。 飼い主が超可愛いからだな。うん。
「おぉ? ニーチェは少し大きくなったんじゃないか? 成長期だな」
私はニーチェを抱き上げてギルド長の怪しい馬車に乗る前、セバスさんにお別れの挨拶をしたのだが、なぜか庭をみながら呆然としていた。




