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佐藤は存在感が皆無だが、無にはなりたくない

新連載です。よろしくお願いします!

「佐藤さん、佐藤竜さん」


「え、俺ですか?」


「そうですよ。佐藤さん行きますよ」


「え?どこへ?一体何事でしょうか?」


「記憶が少し混濁していますか。佐藤さん、ここがどこだかわかりますか?」


「え⋯⋯」


周りを見渡すと、どこかのニュースで見た様なぐしゃぐしゃに倒壊したビル、舞う粉塵、飛び散る紙。急いで駆け回る人々、知っている場所の様なそうではない様な。




「佐藤さんは会社にいましたね?」


「はい。今朝いつもの時間に出社して、いつも通りコーヒーを入れて、デスクに座って⋯⋯」


「はい。そこでビルが倒壊しました。佐藤さんはお亡くなりになりました」


「えぇ?!いや、でも⋯⋯」


目の前の倒壊した建物を見ると事実なのかもしれない。なんとなく見慣れた会社のビルの外壁っぽい物が落ちている。でも全く実感が沸かない。


本当に俺は死んだのか?


「ご遺体を確認されたいですか?でも見ない方がいいですよ。大きなコンクリートの下敷きで、うーん。死後にトラウマ体験するのはどうですかね⋯⋯お勧めできませんが」


「ヒィィ――結構です。自分病院とか注射とか血とか苦手なんです!」


「そうですか、では参りましょう。今日は忙しくて時間がないのですよ。すみませんね。ゆっくりお別れさせてあげられなくて」


「はぁ。所であなたは誰ですか?」


よく考えるとこの人物は誰だろうか。死んだらしい俺をどこかへ連れて行く。見た目は普通のリーマン風。でも周りの生きている人々からは見えていないようだ。


「あぁ失礼、私は案内人の安藤と申します。佐藤さんみたいにお亡くなりになった方を行くべき場所へ道引く仕事をしています」


「⋯⋯そうですか。で、安藤さん俺はこれからどこへ行くのでしょうか?」


「ご案内いたします」


それから俺は案内人の安藤さんに連れられて空へ向かった。とても不思議な体験だった。


生前は死後の世界なんて無いと思っていたし、魂が空へ帰るとか星になるなんて、おとぎ話だと思っていた。まさか自分で体験する日がくるとは⋯⋯


「では佐藤さんはこの列でお待ちくださいね。葬式饅頭あげます。どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「では」


安藤さんは忙しそうに消えて行った。そういえばあのビルの倒壊の原因は何だったのだろう。地震だろうか?何かの爆発?全くわからないけれど、沢山の人が亡くなったのはわかる。俺の会社のビルは十五階建てだったし、朝の出社時間だったから。


安藤さんはまた俺みたいな死人を案内しに行くのだろうか。


しばらくすると列の前の子供が話しかけて来た。




「おじさん、おじさんはお饅頭食べないの?」


「ん?これ?あげるよ。何か物を食べる気分じゃないんだ」


「ありがとう!でもこれおいしいよ、本当にいいの?」


「どうぞ」


この列にいるのだから、この小さな子供も亡くなったのか。


「僕ね病気でお菓子ダメだったんだ」


「⋯⋯そうか。饅頭よかったな」


「うん。でもお母さんと食べたかったなぁ」


「⋯⋯そうか」


俺はこの子供に掛ける言葉が見つからなかった。



列は進んでいく。一体先頭には何があるのだろうか。少し緊張してしまう。



少しずつ前方が見えて来た。裁判所の裁判官の様な人物が見える。



しばらくすると少年の番になった。


「木村君かな?うん、君は良く頑張ったね。お疲れ様。しばらくこっちで休んでもいいし、転生してもいいよ」


「そうなの?少し考えるね」


「いいよ。では行って良し。次!」


「は、はい」


「じゃあここに手をかざしてね」


ドキドキしながら手をスキャナーみたいな物にかざす。


「佐藤さんだね⋯⋯」


「はい」


さっきの少年とは偉く違う態度と表情⋯⋯俺は段々怖くなってきた。


「佐藤竜はさぁ、色んな世界でも特に人気の高い地球の日本に産まれて一体何を成し遂げたの?」


「え?」


「五体満足な体。戦いの無い安全な環境で育ち、衣食住は常に満たされて、それで何をしたの?」


「そ、それは、でも犯罪とかはしていませんし、殺人とかもありませんよ?」


「確かにそれは日本の現代では悪い事とされているから佐藤は正しいよ。だけど残念ながらここではそれなりの配点になる。なかなか出来る事じゃないし、周りに様々な影響を与え他者に新たな経験を促すからね。

だが君はいつも同じ生活、同じ様な物を食べて、同じ服着て、新しい体験をする気すらなかった。日本なんて恵まれた環境に産まれてどうして色々な事にチャレンジしなかったの?交友関係も狭く浅い。趣味もない。確かに不慮の事故で四十で亡くなったけれど、それにしても君の成績は最悪だよ」


「配点?成績?それは何ですか?でも仕事をしている大人なんて、みんなそんなものでは?私の何がそこまで悪いのでしょう⋯⋯?」


「そうだなぁ佐藤は車の免許は持っているね。学科や実技の講義があっただろ?すべて受講しないと免許取得試験に進めないヤツ。決められた講義を受けなくてはならないのに、さぼってばかりで全然講義を受けていないのが君だよ」


この裁判官は、私がこの人生において習得するべきであった経験や体験が全く足りなかったと言っているらしい。確かにあまりチャレンジしなかった。コンビニでも同じお弁当ばかりで、日用品も同じメーカーの同じ商品ばかり買っていた。毎日同じ道を通り、似たような時間に眠る。旅行なんて行かなかった。スポーツも長らくしていない。

ましてや結婚もしていない、恋人もいない同じマンションに住み続ける独身四十男。


自分で言っていて残念過ぎて泣きそうだ。


「はぁ。どうしようかな。消すかな」


「な、何をですか?!」


「君を」


「怖いです!許して下さい!」


「そう?消えれば無に還れるよ?」


「お、お願いします!無は嫌です!」


「う~ん。じゃあ君は佐藤と真逆の人生を歩ませようかな?そこで人生経験ポイントを佐藤の分まで貯めなよ?佐藤とこれから転生する君の二人分の体験だよ?失敗したら今度こそは無にするからね」


「はい、死ぬ気で頑張ります!!」


「君が向かうのは日本じゃないし、地球じゃない。まぁ頑張って。では行ってらっしゃい」




「主よ、今のは少し厳しすぎやしませんか?」


「そうだったかなぁ。でも佐藤の前の木村君と比較してしまったら厳しくもなるよ」


「確かに木村君はなかなか厳しい体験をしましたね」


「あぁ。まだ七歳だよ?産まれてからずっと病院暮らしで、訪ねてくる家族と、窓から見える公園で遊ぶのを想像するだけが楽しみな子だった。腕に針が刺さった状態の人生だよ。親御さんは精神的にも肉体的にも金銭的にもギリギリだった。お兄さんには憎まれていた。それを木村君は知っていた。亡くなった時、木村君は悲しさ半分、安堵が半分だった。

その後にあんな、のほほん男が来たらついね。良くないのはわかっているけど」


「そうですね。我々も割り切れない時はあります。さて、佐藤はどんな人生送るのでしょうか。楽しみですね」


「たまに確認してやろう」



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