旅の始まり
魔王城は世界地図の最も北西の孤島にあり、人類の生活圏とは遠く離れた場所に位置する。
完全に魔族の領土となっており、周りに人里はなく、そこで生活する人間などほとんどいない。
魔王城を出たルイとセシリアは今後の動きについて確認をすることにした。
「ところでルイよ、汝は次はどこに向かうのだ?」
「そうだな……とりあえずは資金集めだな。」
顎に指を添え、地図を神妙な顔で見つめるルイ。
「金だと…………?」
つまらなそうな顔でルイの顔を覗き込むセシリア。
「汝ほどの男が何を小さなことを言っておる。金などなんの価値もない。くだらない人間の価値観に我を付き合わせるな。」
駄々をこねるセシリアにルイはため息をつく。
「あのなぁ………偉そうに言えることではないが俺は今飯を食う金もなければ今日の宿に泊まる金もないんだ! 魔王城攻略のために資金を使い果たしたからな! 」
納得がいかない顔のセシリア。
「汝、飯を食わねばならんのか?」
「え、セシリアさん飯食わないの?」
「説明すると難しくなるが……我は『闇そのもの』だからな。闇がある限り我は存在する。それに我の肉体は魔力で形成されておるが、我の魔力は無限だからな。飯を食わねば死ぬような貧弱な存在ではない。」
……なんだこいつ。
「とにかく! 俺は飯食わなきゃ死ぬし夜はベッドで眠りたいんだ! 日が落ちる前に今日の分の金は稼ぐぞ!」
「そんなことより、更なる猛者との戦いを求めにいかないか? お前のような存在がいたのだ……探せばさらに強き者が……」
「いいから! とりあえず人里まで戻るぞ!」
駄々をこねるセシリアを無視し、ルイは人里へ戻ることにした。
「朱雀!」
ルイの呼び掛けに炎の巨鳥が現れる。
「近くの人里まで乗せていってくれ。この辺だとそうだな…………アインス公国が近いな。ギルドの支部もあるだろうし。」
地図城のアインス公国を指さすルイ。
「キュエエエエエエエエエエエエエエ!」
ところが、朱雀はその大きな体をルイの後ろに隠し、縮こまってしまった。
「おい、朱雀。 どうしんだそんな怯えて。」
「キュエ!キュエエエ!」
朱雀が必死に訴える視線の先にはセシリアの姿があった。
「ふっ、鳥め。 我が怖いか。」
闇のゲートを2、3個出現させ、闇の腕でを朱雀の近くでウロチョロとさせる。
「キュエエエエエエエエエエエエエエ!」
「フハハハハハハ! 焼き鳥め! 冗談だ。 お前に食ってかかる様なことはせぬ、安心して良いぞ!」
朱雀をおちょくり高笑いをあげるセシリア。朱雀はすっかり怯えてしまい、身にまとった炎もすっかり弱火になってしまった。
「やめなさい…………ほら、セシリアはもう襲ってこないから行くぞ。 炎を消してくれ。」
ルイはセシリアに闇のゲートを消させると、怯えながらゆっくりと朱雀が出てきた。
朱雀は身にまとった炎を完全に消すと、美しい朱色の羽が現れた。
「よし、行くぞ!」
ルイが朱雀に飛乗る。
「うむ。」
セシリアが手を掲げると朱雀の背中に魔王の玉座と全く同じデザインの椅子が現れた。
朱雀の背中に現れた玉座にセシリアはゆっくりと腰掛ける。
「おい、なんだそれ…………」
「ん? 魔王が直座りすると思うか?」
「………………」
鳥の上に玉座…………。魔王様の行動は分からないな。
朱雀が出発して15分ほどすると人間たちの住む大陸が見えてきた。
普通は1番近いアインス公国からでも2、3ヶ月はかかる道のりだが、さすがに速い。
「よし…………そろそろアインス公国が見えてくるは…………おいちょっと待て。」
ルイが朱雀を静止させる。
強烈な違和感。〝何か〟がいる。
それも、かなり強い何かが。
何も起こらない。何も現れない。 だが、気のせい、ではない。 必ずそこに何かがいる。
「…………そこで何をしている……。」
セシリアが指をスっと下げると、朱雀の目の前、空間に亀裂が入る。
空は少しずつ割れていき、例の違和感の正体が現れる。
「何だ…………これ…………」
そこに現れたのは『立方体』であった。
無機質で銀色の金属光沢を持つその物体は、静かに空の上に浮かんでいる。
「おいセシリア、なんだあ」
「出てこい無礼者。」
ルイが話終わる前に、セシリアが物体に対して先生攻撃をかける。
セシリアの指先から離れたら闇の閃光が物体を貫く。
貫かれた物体は震え始め、高速で回転を始めた。
そしてその物体の中心から、光線が放たれる。
「キュエエエエエエエエエエエエエエ!!」
朱雀が防御魔法を発動させ、光線の軌道上に炎の防壁を無数に出現させる。
しかし、光線はガラスでも割るかのように、防壁をものともせず破壊しながらこちらへ向かってくる。
「…………なんなんだよッ!」
ルイが朱雀から光線に向かって飛び降り、双剣で光線を受け止める。
「うりゃぁッ!」
ルイが双剣で光線を弾き返す。
「うおっと!」
その衝撃でルイの体も弾かれ、地面へと落下し始める。
「ふん……」
何故か得意げそうなセシリアが重力魔法でルイをつつみ、フワフワと闇の衣に包まれたルイは朱雀の背中に戻される。
「すまん、セシリア、助かった。」
「先のことくらい考えてから飛びつけ、うつけめ。」
セシリアはやれやれといった様子だ。
「とはいえ…………なんだったんだアレは。」
「我にも分からぬ。 『この世界の物ではない』ということ以外はな……。」
突如として現れた謎の物体。その正体が何だったかは分からなかったが、その後は何も無かった。
ただ、ルイは底知れない不吉な予感を感じていた。