魔王を捕まえろ②
「ただの魔物使いさ。」
男の体は既にボロボロだが、彼の瞳は全く死んでいなかった。
魔王の圧倒的な戦闘力を見せつけられたというものの、戦意を失い絶望するどころかむしろ彼の瞳は輝きを増している。
「魔物使い……だと。 人間がモンスターを使役するというのか……?」
魔王は聞き慣れない単語に少々動揺していた。
魔王は長く生きてきた。果てしなく長く。
数千、数万、数億の年月を生きてきた。
長い時の中で数々の人間に出会ってきた。
剣を使う者。魔法を使う者。呪術を使うもの、隠密を得意とするもの。そして、世界の加護を受けた者ーーーーー勇者でさえも。
しかし、モンスターを手懐け、共に戦う人間という存在は初めてだった。
モンスターは人間を殺し、人間はモンスターを殺す。ただそれだけなのである。
決して相容れない存在を結びつける存在。そんなことが……有り得るのだろうか。
「ふっ…………」
魔王は顔に笑みを浮かべる。
「やはり汝は面白い! 人間よ、気に入った!」
魔王は高らかに笑いながら魔力で形成された槍を闇の中から取り出し、男に突進する。
「青龍ッ!!」
閃光のような一撃を、青龍が間一髪の所で食い止める。
「人を殺しに来てるくせに……随分楽しそうだな。」
男は冷や汗をかき、余裕のない中で必死に捻りだした笑顔で応える。
「楽しい……か。 ふふ。 楽しませてくれ、人間よ!」
左手の槍で青龍を振り払い、右手から放たれた黒い閃光で青龍を吹き飛ばす。
青龍の巨体に大きな風穴が空く。
「青龍ッ!! くっ……戻れ!」
男の呼びかけと共に、青龍は地面の中に沈んでいき、その巨体が姿を消す。
「ウチの大事なモンスターに何してくれてんだ! 次はこちらから行かせてもらう……ッ!」
男は手を地面にかざし、叫ぶ。
「〝朱雀〟! 〝玄武〟! 〝白虎〟!」
身体が炎で出来た鳥、尻尾が蛇の頭を持つ亀、霊気を纏った白い虎、そのどれもが青龍と引けを取らない巨大であり、強大なオーラを放っている。
「行くぞッ魔王! 」
男の叫び共に、三体のモンスターと男が一斉に魔王に飛びかかる。
「ふふ……来い! 人間よ!」
魔王が手を高らかに上げると、魔王の背後の時空が歪み、闇の中から魔力で作られた禍々しい腕が大量に出現する。
その腕はどれも闇のオーラを放った武器を手に取っている。
朱雀、玄武、白虎の猛攻を闇の腕が正確に処理していく。
腕から繰り出される攻撃は一度当たれば恐らく彼らを一撃で葬り去るが、モンスター達も腕の攻撃を紙一重で交わしていく。
「汝の相手はこの我だ! 人間!」
闇から長剣を取り出した魔王が、男の双剣による初撃を弾き返す。
蹴り、斬撃、斬撃、蹴り、蹴り、波動。
絶え間ない魔王の猛攻を男はギリギリのところで対応していく。
「フハハハハハハ! これを受けきるか!」
数千年振りの強者との対決に高揚する魔王。
「ジリ貧だよ畜生……! 自分で戦えないから……」
男は体を低く落とし、双剣で魔王に切りかかる。
双剣の攻撃は瞬時に魔王に見切られ、長剣でいなされる。
しかし、男の攻撃は陽動。 魔王の背後に回っていた玄武の引っ掻きが魔王に直撃する。
巨体からの攻撃をまともに受けた魔王は硬い石の地面に大きくめり込む。 そこは隕石が落ちたかのようなクレーターとなり、轟音が轟く。
「魔物使いやってんだろうが。」
ついに、男の攻撃が魔王に届いた。
「痒い。」
魔王が倒れ込んだクレーターが黒く光る。
爆音とともに大爆発を起こし、男とそのモンスター達は吹き飛ばされる。
爆心地には、無傷の魔王が立っていた。
「畜生共の世話は飽きた。」
魔王は自身の体の10倍はあろうかという大剣を闇から取りだし、一振する。
直撃はしていない。しかし、その斬撃の軌道は波動となり、朱雀、玄武、白虎の身体を切り裂く。
「お前達……ッ!」
爆発で倒れ込んだ男の元にモンスター達が飛ばされてくる。
虫の息ではあるが、まだ息はある。
「くっ…………! 戻れ…………」
モンスター達は地面へと消えていく。男1人では分が悪いとは分かっていながらも、ここで彼らを失っては元も子もない。
「我はお前となら楽しめると思ったのだがな…………所詮は自分では何も出来ないただの道化か?」
巨大な大剣を引きずりゆっくりと男の元へと歩みを進める魔王。
青龍、朱雀、白虎、玄武。
恐らくどれも、魔王の配下の魔物のどれよりも強い。
人間で彼らに勝てる者もいない。
それを仲間に従える男はさらに強い……しかし、
魔王は強すぎた。
最初こそは胸が踊ったものの、結局は戦いを楽しむことが出来なかった。
魔王は空虚な気持ちを胸に抱く。
最初から期待したことが愚かであったと。
だが…………果たして…………
魔王が男にトドメを刺そうと剣を振り上げる。
これで、終焉ーーーーーー
「〝麒麟〟」
辺り一体が青白い閃光に包まれる。
魔王も思わず目を細める。
何だ……この光は。
男が召喚したのは1匹の小さな獣であった。
青白い馬のような体に龍のような鱗、周りには赤黒い稲妻のようなオーラを纏っている。
その身体は小さいが、感じられる力は先程までのモンスターとは比べ物にならない。
「もう畜生は良いと言ったはずだ。」
魔王が麒麟を大剣で薙払おうとしたその瞬間である。
「武装」
魔王が大剣を持っていた左腕が、吹き飛ばされていた。
「は…………?」
魔王が状況を読み込めない中、魔王の身体から鮮血が吹き溢れる。
先程までのモンスターはもう魔王の目の前にはいなかった。
青白い鱗で出来た甲冑……にしては細身なスーツを身に纏い、赤黒い稲妻のオーラを周りに光らせた人型の存在が一人、立っていた。
「何ボーッとしてんの?。 やろうぜ?」
手でクイっと手招きを一つ。
魔王を挑発するその者は、麒麟と融合した魔物使いの男であった。