episode.06
千年前、シュナの祖先はキキと言う名だった。
キキは旧イルト王国に属する魔導士だった。治癒魔法や援護魔法が得意だった事から、戦地の最前線に駆り出されていた。
毎日どこかで爆発がおきて、毎日どこかで命が失われていく。
そんな日々に辟易していた。
目の前で次々に失われていく命を前に、キキの心は壊れかけていた。自暴自棄に陥ったキキは、次第に国からの命令に背き、独断で行動する事が増えて行った。
キキは、敵味方関係なく目の前にある消えそうな命に出来る限りの手を尽くした。当時、敵兵の命を救う事は、国家への反逆を意味し、キキは次第に自国から追われる立場となった。
それでもキキは拠点を転々と移しながら人の命を救った。
自分は戦地で死ぬか、国に見つかって死刑にされるか、どちらにせよその死は免れないのであれば、やりたいようにやって死にたかった。
くだらない戦いに対する反抗心でもあった。
そんなキキの元には噂を聞きつけた怪我人がやってくるようになった。キキが治療を施すと、敵も味方も、キキの事は秘匿にしてくれた。
ある雨の降る日だった。
その時、キキが拠点として使っていた洞窟に、怪我人を抱えた兵士がやってきた。
「勝手を承知でお願いがあります。どうか、このお方をお助けください。謝礼ならいくらでも払います!」
「見せてください!」
元より、謝礼などには興味がなかったキキは、すぐに治療に取り掛かろうと怪我人を横たわらせた。
出血の多い脇腹は、魔法をもろに喰らったのか、酷い状態だった。
「俺の…俺のせいなんです…。隊長は、俺を庇って、それで………」
震える声で話す兵士の言葉を片隅で聞きながら、キキは怪我人の脈を見たり呼吸を感じたりと忙しかった。
出血は多いが、臓器を損傷しているわけではなさそうだった。すぐに治癒魔法を施せば間に合うだろうと手をかざすと、魔法の詠唱の途中で腕を掴まれ、反射的に詠唱をやめてしまった。
「とどめを刺さずとも、このまま放っておけばそのうち死ぬ」
絞るような声で、全てを諦めたようなセリフに、キキは苛立った。
「あなたを助けます。邪魔をしないでください」
「俺に、敵国の、魔導士を信じろと言うのか?」
「…………もう、私に自国はありません」
着替えられていない為に、故郷の国を示す紋章が入った服を着ているが、キキにはもう、帰れる国はない。
眉間に皺を寄せ、鋭くこちらを見る視線に負けてはいけないと気を強く持っていると、彼を連れてきた兵士が口を開いた。
「隊長!どうかこの方の治療を受けてください!この方は信頼出来ます」
「……………」
部下の言葉を信じたのか、それとも抵抗する気力を失ったのかは定かでは無かったが、強く掴まれていた腕はゆるゆると解放された。
キキが夢中で治癒魔法を施していると、怪我人はいつの間にか気を失っていた。治癒を済ませると、兵士が「このまま眠らせてやって欲しい」と頼んできた為、キキは願いを受け入れた。
薪を取ってくる、と兵士が外へ出て少し経つと、眠っていた怪我人が目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「……………」
相変わらず視線は鋭く、何を考えているのか表情からは読み取れそうにない。
だが、簡単に身体を起こしたところを見ると、治癒魔法の効果は表面的なものだけでは無いと証明できるだろう。
「………なぜ俺を助けた?お前は、イルトの者だろう?」
「怪我人がいたら誰でも助けます。そう決めたんです」
「そんな事をすれば、国が黙ってはいないはずだ」
「はい。ですから私はイルトから追われています。なので、私がここにいることは黙っていて頂きたいのです」
「……………理解出来んな」
難儀を示しながらも、彼が自分の事を内密にしてくれるであろうとキキは直感で感じていた。
怪我を負った兵士は、敵国の騎士団の隊長を勤める男で、名を、テオと言った。
一晩休んだだけですぐに戦場に戻ったテオだったが、定期的にキキの元へと足を運んでくれた。それも、いつも食料を持って。
「ありがとうございます、テオさん」
「ああ」
いつも口数が少ないテオとの会話はあまり続かないのだが、それでも彼の優しさは十分に伝わっていた。
そんな生活が数ヶ月続き、いつの間に絆されていたのか、最後になると思うと寂しさがあるが言わねばならなかった。
「テオさん、私はそろそろ拠点を移します」
長く同じ場所に留まれば、その分、自分の居場所が特定されやすくなる。いつか死ぬと分かっていても、それに抗わないと決めたわけでは無い。
国に対しての反逆だと言うのなら、キキは最後の最後まで反逆者として生きていく覚悟だった。
「そうか」
テオからの返事は短かった。それでも、最後に彼に会ったらここを出ようと決めていたキキにとってはその声が聞けたことが幸せに思えた。
どうか最後まで無事で。
戦とは関係のない、穏やかな地で最後を迎えて欲しい。
そんな願いを神様が聞いてくれる可能性は低いのかもしれないが、そう願わずにはいられない。
本当はとても、優しい人だから。
「お前、行くあてはあるのか?」
「…へっ?!」
星に願いを込めているところに声をかけられたキキは、少し驚いて肩を震わせた。相変わらず何を考えているのか分からない無表情と鋭い視線に捕まり、キキは少し困ったように笑った。
「行く宛はありません。でもここにはもういられませんから」
もしかしたら、明日もここにキキがいることを期待して怪我人が運ばれてからかもしれないと思うと申し訳ないが、キキがずっとここにいて誰かを助けたとして、自国の兵士がここを突き止めてやって来たとしたら、折角助けた命を巻き込むことになるだろう。それは避けなければならなかった。
次にどこに行くかなんて分からない。次の拠点が決まる前に死ぬ事もありえるだろう。キキやテオはそんな時代を生きていた。
自分の事ながら、大変な道を選んだものだなと自嘲していると、不意に手が差し伸べられた。
「なら、俺のところに来い」
「……………へ?」
戦禍の中、これ程間抜けた声を出した者はキキの他にいないだろう。
それぐらいテオの言葉は衝撃だった。




