episode.15
夢を見ていた。
まだ国中が戦果の中にあった時代から、今に至るまでの長い長い記憶を辿る夢。
記憶を辿っていると、白い花が一面に咲く野原に、1人の少女が現れた。
「ようこそ、輪廻の魔女。お待ちしていました」
シュナはその少女の名前を知っていた。千年前から姿が全く変わらない少女の名は、女神ガイア。
千年前、輪廻の魔女を作り上げた神。
「お久しぶりです。ガイア様」
輪廻の魔女が、女神ガイアと顔を合わせたのはこれで2度目。1度目は千年前、能力を授かった時だ。以来、ガイアは輪廻の魔女に対して何をするでもなく、ただ傍観を続けた。
それが今、なぜこうしてコンタクトを取ってきたのか、シュナには分からなかった。
「ここ、素敵だと思いませんか?私達の楽園をあなた達が壊した時は、いっそのこと滅ぼしてしまおうかと思ったのですが、やはり見限らなかったのは正解でした」
神の話しは極端で恐ろしい。シュナは黙って話を聞くことにした。
「ここは下界の影響を受けるのですよ。一度壊れたものを元に戻すには時間がかかります。ここを戻すのには…千年ですか。思ったよりも時間がかかりましたね。その間あなたには、私の怒りの憂さ晴らしに付き合ってもらった訳ですが、こうしてここも無事に元に戻りましたので、あなたに与えていた能力を返してもらおうと思い、こちらにお呼びしたのです」
「………え?」
「ですから返してください。今日限りであなたの役目は御免です。現代の人々はきちんと学びを得られる制度を作ったようですから、あなたが戦争の記憶を語り継ぐ必要はもうないでしょう?」
神は気まぐれだ。付き合わされる人間の身にもなって欲しいものだが、余計な事を言って怒りを買うのは得策では無い。
だが、気になる事が一つだけあった。シュナは小さく深呼吸をする。
「能力をお返ししたら、私が持つ記憶は無くなってしまうのでしょうか」
これまで千年間保持し続けてきた記憶。それは悪い事ばかりではなかった。
能力を返したら、シュナの中にあるテオの記憶も、ロウェルの事もセレネの事も、全て忘れてしまうのだろうか。
シュナの問いに、ガイアが無表情のまま答える。
「あなたから記憶を消す事はしません。記憶を消したら、あなたの人格に作用してしまいますから。今後、輪廻の魔女が生まれることは無いという事です」
「…………なぜ、そのようなご慈悲を…?」
ガイアは、はて?と首を傾げた。
「慈悲を与えているとは思いません。むしろ私はあなたに理不尽な怒りをぶつけていただけ。千年という月日は、人間にとってはとても長い時間でしょう。よく耐えましたね」
「…………………」
「さあ、早く帰りなさい。人間の身で、いつまでもここに留まっていては、帰れなくなりますよ」
何度でも言おう。神は気まぐれな存在だ。人に何かを与えるも奪うも気まぐれ。天界に呼び出すのも、そこから追い返すのも気まぐれなのだ。
シュナの体が落ちて行く。不思議と恐怖は無い。
ほぼ無意識に目を閉じた時、意識が切り替わるのを感じたシュナは、再びゆっくりと目を開けた。
「……………シュナ?」
嗅ぎ慣れた香りに聞き慣れた声。だけどどこか、弱々しいその声に応えようと、シュナはゆっくりと顔を動かした。
「シュナ!良かった!僕が誰か分かる?」
「………………ロウェル、様…?」
彼の、こんなに弱々しく今にも泣き出しそうな顔を見たのは初めてだった。
「どう、したんですか……?」
周囲が慌ただしく動いているのを感じるが、うまく体を動かせない。言葉を話そうにも喉がカラカラで途切れてしまう。
自分の体に何が起きているのかよく分からないが、ロウェルに握られた右手に熱がこもっていくのだけは分かった。
「君は、千年祭の日から1週間眠り続けていたんだ。目覚める事はないかもしれないとルエル様に言われた時、僕はもう、どうしたら良いか分からなくて………」
1週間……?
あの夢を見ていた時、シュナの体感は長くても10分前後といったところだ。ガイアと会話を交わしたのはせいぜい3分といったところだろうが、それが1週間とは…。
こちらの世界とあちらの世界とでは時間の流れがまるで違う。
まだ頭がぼんやりする。
そんな中、バーンと大きな音を立てて部屋の扉が開かれる。不審者かとロウェルを含め部屋にいた従者達が体を緊張させたが、そこにいたのがその目に大粒の涙を溜めたセレネだった事で、従者達は違う意味で慌てる事となった。
「う……うわ〜〜〜〜〜ん!!!」
「ぐえっっ!」
セレネはどこにそんな力を秘めていたのか、ロウェルを最も簡単に突き飛ばし、シュナに抱きついた。
「意識が戻らないって突然言われて、本当に眠ったまま起きないし、心配したんだから!!!」
「ご…ごめん……」
えぐえぐと子供のように泣きじゃくるセレネを見たのはいつぶりだろうか。チラリと視界の隅に入ったロウェルも驚いているように見えた。
そこへ、1人の青年がセレネの肩を支えながら声をかける。
「こらこらセレネ。魔女殿は目を覚ましたばかりなんだから、あまり負担をかけてはいけないよ」
グズっと赤い鼻を啜りながらセレネは冷静さを取り戻したようで「…そうよね」と言ってシュナから身を引いた。
シュナの「誰?」という不躾な視線にも、青年は余裕の笑みを浮かべて答える。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、輪廻の魔女殿。ジャルマン王国から参りましたアルフレッドと申します」
ああ、とぼんやりする記憶の中から当てはまる人物を絞り出す。千年祭の前日、セレネが婚約を発表すると言っていたのはおそらくこの人の事なのだろう。
「このような姿で申し訳ありません。私は輪廻の魔女……の……」
いつも通りに挨拶をしようとしたところで、ふと思い留まる。
突然言葉を詰まらせたシュナを心配するように周囲がジッと彼女に視線を向けていた。
「輪廻の魔女じゃ無くなったんだった、私」
「……え?」
そこにいた誰もが、シュナがおかしくなってしまったと顔を青ざめさせていた。




