episode.13
「こ……これは……?」
千年祭まであと1週間。祭りの主催である王城では各所で準備に追われ、街の人々もどこか浮き足だった雰囲気の中、シュナは王都でのロウェルの住処であるストルキオ家の別邸に連れられていた。
客室だと言う一室に通されたシュナは、目の前に広がる光景に唖然とした。
なぜならそこには10着を超えるであろうドレスが壁一面に並べてあったからだ。
「やっぱり、肌の露出は少ない方が良いね。他の男にジロジロ見られたら僕の気が持たないし」
「いや、あの………」
「このドレスはどうかな?君は肌が白いからよく似合うと思うけど」
「あ、あの…!」
「何か気になる物があった?」
「いやあの、そうでは無くて………」
うん?と顔を覗き込まれたら、シュナはそこから目を逸らすしか出来ない。
別邸に案内されただけでも息が詰まりそうだと言うのに、こんなに近くにいられると本当に呼吸が止まって心臓が口から飛び出そうになる。
シュナは一度心を落ち着けようと深呼吸をしながら、ロウェルから数歩距離をとった。まずはこの状況を正しく把握しなければならない。
「こ、このドレス…たった数日で用意したのですか?」
「用意したと言っても、君に似合いそうなものをいくつか見繕っただけだよ。ごめんね、本当はオーダーメイドのドレスを送りたかったんだけど、どうしても時間が足りなくて」
「オ、オーダーメイド!?そ、そんなものは不要です!たった1度着るだけなのに」
あわあわとするシュナを、ロウェルは困ったような笑みを浮かべながら見下ろした。
「僕が君にしてあげられる事は、こんな事しかないんだよ。今まで、君に辛い思いをさせた分、僕は君を思いっきり甘やかしたいんだ」
「っ!?!?」
「僕は君が好きだ。君が僕のものにならなかった時の事なんて考えたくも無い。けれど君は、ずっとこの痛みに耐えてきたんでしょう?」
「なん、で……それを知って……」
輪廻の魔女は記憶を継承する者。そしてそれを伝え継ぐ者。その存在意義の大半は、戦果の記憶を保持し続ける事と一般的常識として教わるものだ。
その裏に隠された神から与えられた罰の存在を知るものは、同じく神から力を与えられた者や王族ぐらいしか存在しない。
ロウェルは知らないはずだった。なのに…。
「僕のこの身体に宿る魂は、君が求めているものでしょう?千年気づかなかったのに、今更だって事は分かってる。だから、こんな事でしか挽回できないけど、やらせてほしいんだ。諦めるなんて、出来ないから」
泣きたい訳じゃ無いのに、自然に涙が溢れてくる。困ったように微笑みながら、ロウェルはシュナの涙を優しく拭いた。
千年前、テオがキキにそうしたように。
懐かしい肌の感覚が、忘れる事は許されなくても心の奥底にしまい込んでいたあの感触が呼び起こされ、シュナは小さく震えていた。
「それにね、君が魅力的なおかげで、僕にはライバルが多いんだよ。だから半端な真似は出来ないんだ。君に対してそんな事をするつもりはないけれどね」
「なん、ですか…それ………」
シュナは輪廻の魔女だ。輪廻の魔女が誕生してから300年余りは、今度こそテオの魂と結ばれる事があるかもしれないと期待していたが、そんな淡い期待はことごとく裏切られ、それ以降700年は恋愛をなるべく遠ざけて生きてきた。
過去には結婚した輪廻の魔女もいたが、政略結婚がほとんどだった。
つまり、シュナは恋愛を避けてきた記憶も相まって、他者から向けられる感情にかなり疎い。加えて、自己肯定感も低めである。
これと言って取り柄もない、容姿も普通でどちらかと言うと陰気な自分に対して、誰かから好意を向けられるという意識にはならない。
ライバルだなんてそんな訳はないと、ズビズビ鼻を啜るシュナに対して、ロウェルはクスクスと笑いながらシュナの頭を優しく撫でた。
「ねぇ、シュナ。僕が送ったドレスで千年祭に出てくれる?」
「……………他にドレス……持ってない……ので…」
「僕が選んだアクセサリーもつけて欲しいんだけど」
「……………お任せします…」
ズビッと鼻を啜りながらいじけた態度のシュナはまるで子供だ。それでも、ロウェルは容赦しない。
「男が女性にドレスや装飾品を送る意味を知ってる?」
「………………」
「知らないはずはないよね?君は、輪廻の魔女なんだから」
「…………………ズビッ…」
それは何年前からそうだったのか、シュナが持つ記憶の中でもかなり古い時代のもの。
男性が女性にドレスや装飾品を送る意味は、その相手に対して好意を持っているという意思表示。場合によっては求婚と同じような意味合いを持つ事がある。
そして、それを受け取るという事はその想いに応える意思がある事を示す。
そう簡単に素直になれるはずもないシュナが黙りこくっていると、ロウェルは面白がるようにシュナの耳元で囁く。
「ドレス、受け取ってくれると言ったよね?」
ヒィッとシュナは怯えるように肩をすくめた。
そんな風に甘い声で囁かれるのは、とてもじゃ無いが耐えられない。




