episode.12
「ねえ、君。ちょっと良いかな?」
「………はい?」
文官のエドガーは、普段関わりのないロウェルに突然声をかけられた事で、不審そうに足を止めた。
エドガーはの生真面目を絵に描いたような、全く隙のない制服の着こなしに並ぶと、騎士であるロウェルの着こなしはだいぶ緩く見える。
ロウェルがボタンをいくつか外している事も気に食わないようで、エドガーは丸メガネの位置を正しながら鋭い視線を向けていた。
「何か?」
「突然ごめんね。さっき、シュナと話していたと思うんだけど、今度の平和祭の彼女の装いは僕が用意するから、それを伝えに来たんだ」
「…………あなたが?」
どうやらかなり不審がられているらしい。仕方が無いので名前くらいは名乗っておこうと、わずかに呼吸を整えた。
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はロウェル・ストルキオ。今はセレネ皇女の側近をしている関係もあってシュナには良くしてもらっているんだよ」
「ああ、あなたが」
そこまで言うと、エドガーはようやくロウェルへの警戒心を解いた。
「噂を聞いた事があります。シュナに付き纏っている騎士がいると」
「っはは!それは間違いなく僕だね。もし僕じゃなかったらその相手に決闘を申し込まなくちゃ」
冗談めかして言うロウェルに対して、エドガーは小さくため息を吐いた。
「分かりました。では彼女のドレスの準備はあなたにお願いします」
淡々と、あっさりと譲られた事で、ロウェルは若干拍子抜けした。
「随分あっさり譲ってくれるんだね」
「譲られたくないのですか?」
「いや、そうじゃないけどね。君は彼女に気があるんじゃないかと思ったから」
「なぜそう思うのですか?」
「ただの勘だよ。君の口調や視線でね」
「…………………」
エドガーは僅かに驚いたように目を見開いたが、すぐに元の表情に戻り、今度はわざとらしく大きなため息を吐いた。
「ええ、その通りですよ」
「それなのに彼女のドレスの仕立てを僕に譲るなんて、彼女を落とすのは余裕って事なのかな」
笑みを浮かべてはいるが、挑発するようなロウェルの言葉に対しても、エドガーは冷静さを保っていた。
「いえ。俺は彼女を幸せにできる存在じゃないと理解しているだけです」
「それは君が決める事じゃないんじゃないかな?」
「いえ。俺じゃないという事はハッキリと分かります」
「その根拠を聞いても?」
エドガーは少し面倒そうに眼鏡の位置を正しながら話し始めた。
「終戦から千年。彼女達、記憶する者と呼ばれた能力者の力は、神が作り上げた自然を破壊した事に対して、神から与えられた罰でした。
本当に、陰湿な罰をお与えになりますよね。何度生まれ変わっても、たった一つの魂にのみ引き寄せられるというのに、その想いを叶えてやるつもりがないんですから。
俺の能力は、唯一、神と言葉を交わす事ができるんです。言葉を交わすと言っても、こちらの願いを聞き入れてもらえる事はほとんどありません。一方的に聞こえてくると言った方が正しいのですが、今はどうでもいいですね。
俺は以前、神に言われた事があるんです。
あの子は私からの罰をよく耐えた。そろそろ褒美でもやらねばな、と。
つまり、彼女は千年拗らせた初恋を今世で実らせる事が出来る。それが俺じゃない事は、彼女を見ていれば一目瞭然でしょう」
話を聞いたロウェルは、ふーん、と相槌を打った。
「なるほど。それは良い話を聞いたよ。僕にそんな話を教えるなんて、君は随分とお人好しなんだね」
「彼女を幸せに出来るのは俺じゃない。でもあなたと決まったわけでもない。あまりいい気にならない方がいいのでは?」
「っはは!まあそうだね、その通りだ」
「俺は彼女の幸せを願っています。もし、あなたが彼女を苦しめるような事があれば容赦はしません。例え幸せには出来なくても、不自由なく生活させる事くらいは出来ますから」
「怖いライバルだ、心してかからないとだね」
エドガーは随分人間として達観しているとロウェルは作り慣れた笑みを浮かべる事で自分の浅ましい部分を隠した。
ロウェルは所詮、自分の欲を叶えるために行動しているに過ぎない。もし、シュナに相応しい相手が自分ではなかった時、果たして素直に身を引く事が出来るかと問われると即答出来ない。
何なら、少々強引な手を使ってしまいそうなほど、ロウェルが持つ愛は重い。
自分ではないとはいえ、この身に宿る魂は千年間も輪廻の魔女から向けられていた恋情に気づくことすら無かったのに、都合のいい話だと自嘲した。
「半端な真似はしないと誓うよ。君に刺されて死にたくないしね」
「ぜひそうしてください」
エドガーはクイッとメガネの位置を正すと、すぐに踵を返して行ってしまった。




