episode.11
「シュナ。ちょっと良いか?」
「はい」
シュナはその日、同僚のエドガーに呼び止められた。
千年前、神に選ばれ星占術を使って平和へと導いた能力者の血を受け継ぐエドガーに声をかけられた事にはある程度察しがつく。
「千年祭の事なんだが」
シュナは、だろうなと思いつつ、手渡された資料を受け取った。
10年に一度、終戦記念日に行われる国を挙げての平和祭。この時ばかりは、日頃歪みあっているお隣さんも、昨日喧嘩した友達も、商売敵も、全ての争い事を忘れて平和に感謝をする日だ。
街にはいくつもの灯籠が登り、世が明けるまで店が空いていて、友人や家族と過ごす。逆を言うと、この時ばかりは1人でいる事は良くないとされている。
そんな平和祭だが、今年は終戦から千年の記念と言う事で、千年祭と呼ばれる事もある。
「大まかなタイムスケジュールだ。何か気になる所があれば教えて欲しい」
シュナは手元の資料に目を向けた。
シュナは記憶を継承する輪廻の魔女だ。その能力は、戦果の記憶を語るだけではなく、数年に一度行われるような催しの際にも役立てられる。
「ぱっと見は特に気になりませんが、良く見ておきます」
「ああ、よろしく頼む。当日は俺達にも登壇の機会がある。改めて言うが、そんな格好では許されないからな」
「…………はい」
シュナは過去の記憶を持っているが、自身が宮廷所属になってからは初めての平和祭だ。先人に習えば、式典に出るのにドレスコードが必須なのは分かっていたが、以前ダメ元で「私はこのままで…」と呟いた事をエドガーは覚えていたのだろう。
「ルエル様も相応の装いを準備されているからな。俺たちが半端な事は出来ないと覚えておけ」
「へい…」
ルエル・ヘドウェイ。
現在、宮廷に仕える最高齢の能力者だ。気候を操り、国や民に恩恵を与える能力を持つが、齢98となり、自力での移動や生活は困難になっている。
きちんとすべきとは分かっているものの気が乗らず俯いていると、頭上からため息が降ってくる。
「準備はしているのか?」
「…いえ、まだ何も…」
「はぁ〜〜。嫌なことを後回しにするのはお前の良くない癖だ。着る物がないなら、姉上に声をかけてみることも出来るが?」
「……………」
エドガーは表情があまり変わらないせいもあって冷たい印象を持たれがちだが、実際は相当な世話焼き体質だ。弱い者や困っている者を放ってはおけず、余計な仕事を増やしてしまうタイプだ。
エドガーからの提案を聞いて、シュナはほぼ無意識にハァッと顔を上げた。
いくら国から予算が出るとは言え、たった数日の式典の為にドレスを仕立てるのは勿体無いと思っていた。
それを理由にドレスコードを断ろうとした事もあるが、それはあっさり失敗した訳だが。
あまりに分かりやすく「本当に!?」と顔に出ているシュナを横目でチラリと見たエドガーは再び小さなため息をついた。
「用意出来ると保証はできないからな」
「感謝しますエドガー様!やはり持つべき物はお優しいお姉様を持つエドガー様ですね」
「こんな時ばかり、調子の良い事を言うな。次は無いからな」
「出来れば暗めの色だと助かります」
「わがままを言える立場か?」
エドガーとの関わりは容易い。頼りにはしているが、同僚と言う以外に何の感情もないので緊張もない。
シュナのだらしない部分をよく知っているエドガーには呆れられてばかりだが、それ程繕わずに接する事が出来る。
エドガーはわざとらしくため息を吐くと、シュナを見下ろす。
「あまり姉上の気を煩わせたくないんだがな」
「………それは、すみません」
エドガーの姉、セシルとはエドガー繋がりで何度か面識があり、シュナにとても良くしてくれていた。そんなセシルは現在、お腹に新たな命を宿している。
シスコンと言えば確実にエドガーの機嫌を損ねるので決して口にしてはいけないが、彼はつまり、その気質がある。
「お身体、ご自愛くださいとお伝えください」
「ああ」
では、とエドガーと別れたシュナは、仕事に戻るべく宮廷の廊下を1人で突き進む。
書庫に向かうべく1番初めの角を曲がると、そこに居た人に気づかずにそのままぶつかってしまった。
いたた…と鼻を擦り顔を上げる前に、よく知る香りが届き、シュナはぎぎぎとぎこちなく顔を上げた。
「こ、こんにちは…ロウェル様」
「やあ」
見上げた先にいたロウェルは、いつも通りの人受けの良い笑みを浮かべているように見えて、どこか冷たいオーラを感じる。
「彼は確か、能力者の家系だったよね。平和祭の話し?」
「ああ、はい。私が持つ過去の記憶と照らし合わせて欲しかったようです」
「なるほどね。それはそうと、どうして彼に君のドレスの手配を頼んだのかな?」
「…………」
何も悪いことはしていない。していないはずなのにシュナの背中にはタラリと冷や汗が流れた。
居た堪れず視線を晒したシュナに、ロウェルはクスッと笑みを浮かべると、わざと耳元に顔を寄せた。
「言ってくれれば僕が準備したのに」
「っ…!?!?」
その甘ったるい掠れた声は猛毒だ。シュナはやっとの思いで浅い呼吸を繰り返す。
「で、ですが、ロウェル様には女性のご兄弟はいませんでしたよね…?」
「いないよ。でももしいたとしても、僕は君に誰かのお下がりを着せるつもりは無いよ」
「……いえ、それは勿体無…」
「うん!やっぱり君のドレスコードは僕に任せてくれない?」
「いやいや、ロウェル様の手を煩わせる訳には…」
「問題ないよ。どちらかと言うと僕の為でもあるし。じゃあ僕は彼に話を付けてくるから、またね」
「あ、ちょっ!」
引き止めようと咄嗟に伸ばした手はロウェルには届かず空を切った。




