episode.10
シュナは胸にモヤを抱えたまま、騎士団の訓練場に足を運んでいた。ロウェルに会ったらどんな顔をすれば良いのか、答えは出ていないのだが、訓練における怪我の治癒担当は魔導士で当番制の為、行かなくてはならない。
ぼんやりと騎士の訓練風景を眺めていると、ふわっと良く知る香りが届き、シュナは一瞬でガチっと身を固めた。
「今日の訓練の様子はどうかな?」
「………特に、変わりは無いかと…」
騎士同士で手合わせをする訓練では、重症者はほとんど出ない。せいぜい、打撲や擦り傷、時々魔力枯渇を起こす魔導騎士もいるが、すぐに命に関わるような物ではない。
今日はそんな怪我人も少なく、シュナは若干暇を持て余していたところだった。訓練場にロウェルがいない事に安心していたのだが、真隣に来られるのが一番息が詰まる。
シュナの体は毎度の如く緊張状態となったが、ロウェルの普段通りの様子に、若干肩の荷が降りる。
やはりあの日は疲れが溜まっていたのだろう。あまり無理をしていないといいのだが。
すぐ隣に立つロウェルの顔色を伺う事も出来ず、ただ真っ直ぐに訓練場の騎士を眺めていると、頭上からため息が降ってくる。
「僕も訓練に参加してこようかな」
「へ?」
「だって君、彼らばかりに目を向けているから。僕が剣を振ったら僕を見てくれるでしょ?」
「……………」
沈黙は肯定。そんな事は分かっているが、うまく返せるわけがない。
思わずロウェルを見上げたまま固まっていると、ニッコリと人受けの良い笑みが返ってくる。シュナはその眩しさに思わず目を細めた。
「やっとこっちを見てくれた。この前はごめんね?少し冷たい態度だったよね。ちょっと考え事をしててあんな素っ気ない返事をしてしまったんだ」
「…………そう、ですか…」
ずるいなぁと思う。ロウェルは自分の容姿の良さを分かっている。その上で、どうすれば許してもらえるかを計算して、こんな甘ったるい声を出しているのだろう。
それにまんまと心を奪われる自分が情けない。
「許してくれる?僕は君に嫌われたら生きていけない」
「ゆ、許すも何も…私は別に、嫌ってなんて…」
「じゃあ好き?」
「…………」
そんな事は言えるはずがない。
眉間に皺を寄せて黙りこくるシュナを見たロウェルは、それでもクスクスと笑みをこぼしていた。いつにも増して上機嫌に見える。
シュナは訓練場に視線を戻しつつ、話題を変えようとぎこちなく口を開いた。
「……なにか、良い事でもあったんですか?」
「まあ、ちょっとね」
「なにがあったんですか?」
何の気なしに聞いたシュナにロウェルはチラリと視線を向けた。
「君に会えた事だよ」
「………………へえ」
そう言う話から逃れるために話題を変えたつもりなのに、なぜか戻って来てしまった。シュナはじわっと全身から汗が出る。
「ねぇ、シュナ。僕が君の事を好きだって、頭では分かっているんでしょ?」
「っ!?」
ダラダラダラダラダラ。
なんて事を言うんだと咄嗟に睨みつけても、それすら嬉々として受け入れるようなロウェルと目が合ってしまう。
「それに、君は僕の事を嫌いじゃないって言ったよね」
「…………」
「それでも君が僕を受け入れられない理由は分かっているよ。だけどね、そんな理由じゃ、僕はこの気持ちを諦められない」
「い、いや…何の事か…」
「今はそれでも良いよ。だけど、のんびりするのは辞めたんだ。本当はずっと君のペースに合わせようって思っていたんだけど、僕は自分で思っているよりずっと我慢強くなかったみたいだ」
冷や汗がシュナの背中を伝う。
そんな事はお構いなしに、ロウェルはシュナの手を取った。
「僕はね、ずっと君を探していた気がするんだよ」
「!?!?」
ドキン、と痛い程に心臓が高鳴る。千年前、互いに生きていたら見つけ出すとテオが言った言葉が果たされる事は無かった。
果たされる事はないと分かっていた。それでも、キキはテオの元を離れるしか無かった。わずかな希望と、テオへの想いは、生きている事でしか示す方法が無かった。
これまで、テオの魂が何度輪廻しても、こちらを振り返る事は無かった。
もう諦めたのに、どうして、今………。
無意識に、涙が頬を伝っていると気づいた時、ロウェルもまた驚いた様子を見せていた。
「ご、ごめんね!泣かせるつもりは無かったんだけど、どうしても僕の気持ちを知っていて欲しくて………」
「……………」
「どうか泣かないで」
シュナの涙を止ませるためか、それとも周囲から隠してくれるためか、ロウェルはそっとシュナを抱き寄せた。
嗅ぎ慣れたロウェルの香りと、鍛えられた身体を直に感じる。
「今更、です…。千年経ってるんですよ」
シュナは輪廻の魔女だ。戦争を終わらせる代わりに、神から特別な力と罰を与えられた。何度もこの力を放棄したいと願った。だって、この想いが叶うことは無いと散々知らしめられたのだから。
グスグスと鼻を啜るシュナを、ロウェルはギュッと抱きしめた。
「僕をすぐに受け入れようとしなくて良いよ。だけど、諦めるつもりはないってことは、覚えておいて」
シュナは上手く答えられず、ズビッと鼻を啜った。




