嘉月さん
お世話になり大好きだったお姉様に捧げたくて、その想いだけで書いてしまいました。
営業一課だけでは無く全営業部の中でもエースと呼ばれているのが星崎さんだ。
そのスマートな営業スタイル同様に本人も眉目秀麗かつ独身。しかも我が社と取引の深い星崎商事の御曹司!!
「そのキラースマイルに心ときめかない女性は居ないのでは?」と思わせる“美丈夫”だ!
そう!星崎さんはいい人でもあるんだ!
彼と比べれば文字通り“月とスッポン”なのが僕、鈴木祐太……
根っからの田舎者で小学校の頃のあだ名は『ドン亀』!“名は体を表す”と言うが……今もその体形のままだ。
星崎さんとは同い年だが僕は中途入社で……先輩として最初に僕を指導してくれたのも彼だ。
ただ僕は“出来た後輩”では無かったので、彼の営業スタイルにはとても追い付けず、“亀の歩み”をやっている。
こんな僕だから彼とは肩を並べられる筈は無いのに、僕が独り立ちした当初から「オレのライバルは鈴木だ!」と公言して憚らないものだから、彼の名誉の為にも絶対に一所懸命やらねばと言う気概だけは保てた。
この星崎さんの面倒見の良さは会社内に留まらなかった。
初めて東京に出て来た僕は会社の近くにアパートを借りたのだけど、星崎さんは接待やデートの無い日は「今日も『呑み処すずき』で一杯やろうぜ!」と両手いっぱいに差し入れを提げて僕のアパートを訪れた。
そして休日には都会に不慣れな僕をあちこち連れ出してくれた。
こんな風に親交を深めてくれたので……
僕は飲んだ勢いでついうっかりと、わざわざ東京へ“修行”に出て来た訳を喋ってしまった。
それは「縁談では無く自分でお嫁さんを見つけたい!」と言う事。
「それでこそ鈴木だ!!」と彼は大感激して、「オレ!絶対応援するから!!」とジョッキを僕のジョッキに当ててハイボールを呷った。
そしてその言葉通りに……“ほぼ僕の為に”何度か合コンも催してくれたけど、彼の努力に報いる事はできなかった。
ホントにいい人なんだ! 僕も女子ならきっと彼に惚れてしまうくらいに……
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「遊びで付き合う」と言うには語弊があるほど、星崎さんはスマートに女の子と付き合っていた。
あれほど色んな女の子と“デート”しているのに……僕は、彼が女の子と別れる時に揉めたと言う話を聞いた事が無い。
だからと言って、僕はそれを羨ましいなんてちっとも思わない。
それは彼の努力の賜物で……僕には到底できない事だからだ。
こんな僕だけど……“高嶺の花”に片想いをしてしまった。
その人は……秘書課の嘉月さん!
才色兼備で優しい笑顔がとても素敵な人!!
でも僕は……苗字でさえ釣り合わない。
まるでマンガみたいに……柱の陰から彼女を見るのが精一杯だったけど、ある日、奇跡が起こった。
外回りから会社へ戻る途中で突然の夕立に遭い、飛び込んだ喫茶店に嘉月さんが居たのだ。
「大丈夫ですか?」と自分のハンカチを出して雨に濡れた僕を拭いてくれる彼女からは上品な花の香りが立ち昇っていて……みっともなくも僕の鼓動は早鐘だ。
それだけじゃなく、彼女から相席を勧められた僕は、彼女とお揃いの日替わりランチを食べ、彼女と相合傘で会社へ戻った。
本当に夢の様な時間だったし……僕は彼女の小さな秘密を知る事ができた。
その秘密とは……彼女が『佐藤かなで』というペンネームで小説投稿サイトへ作品を投稿していると言う事だった。
そして僕は、もちろん“読み専”だけど……その小説投稿サイトへ入会した。
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「『フォルテピアノの世界』と言うコンサートのチケットが手に入ったんだ! あなたの好きなセシル・シャミナードの小品も連弾で演奏されるらしいから、一緒に行かない?」
昨日、嘉月さんの長編を読み終えて、その感動をどうしても直接伝えたくて、ちょうど一人で社食に居た嘉月さん近付こうとしたら星崎さんが先に声を掛けたのだ。
彼の話す単語の半分も理解できない僕は尻尾を巻いてその場から立ち去り『思い出の喫茶店』でランチもコーヒーも手を付けないまま小説投稿サイトへアクセスし、一心に感想を書き込んだ。
その日の夜も星崎さんは両手いっぱいに“差し入れ”を提げて僕の部屋へやって来た。
缶ビールの空き缶が並び、勝手知ったる星崎さんはジョッキを出して来て二人分のハイボールを作った。
「星崎さん!ありがとうございます!」
「お前さぁ! その『さん』付け、いい加減止めてくれないかな!」
「だって星崎さんは先輩ですし……」
「また言う!! オレ達同学年だぜ! タメ口で行こうぜ! 腹を割った話をしたいしさ!」
「腹を割ってって?」
「単刀直入に言うけど、お前、嘉月さんに気があるだろ?!」
図星を突かれて僕は俯いた。
「やっぱりな! でもな、オレも嘉月さんを嫁さんに欲しい! どうしてもな! だから確実に外堀から埋める為に……社長に取り持って貰う様、親父を通じて頼んだ。みっともないだろ?! でもこれは恋人づくりじゃないんだ! 生涯の伴侶だからな! 手段は選べない」
「そんな事しなくても 星崎さ……なら、嘉月さんだって喜んで添い遂げてくれるよ!僕が女子ならそうするから……」
「馬鹿野郎!昔から言ってるだろ?! 『オレのライバルはお前だ!』って! オレが女なら絶対お前を選ぶ!」
「そんな……僕なんて……」
「お前は能力があって、しかも誠実だ! それは紛れもなくお前が本物で……そんなお前に他ならぬオレがゾッコンなんだよ! だからこの勝負!嘉月さんがどちらに微笑むかは分からないけど……どちらが負けてもこれからもずっと一緒に仕事しようぜ!」
星崎さんの言葉に僕は泣けてしまって一晩中飲み明かし……二人で朝の駅そばを啜った。
そして
その日の夕方、ようやく酒の抜けた僕は社長の個人番号へ電話を掛けた。
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社長が指定したのは、東京へ来た時にいつも親父が通っている小料理屋だった。
社長とカウンターへ並んで座り、女将から注いで貰ったグラスを合わせたが僕は軽く口を付けただけだ。
「昨日は星崎と相当飲んだらしいな」
「……はい」
「私は縁談の取りまとめはするよ。星崎商事は太い得意先だからな」
「それは当然だと思います。星崎さん自身も営業部の期待の星ですし、得難い人材ですから」
「お前だって期待の星だろ?」
「私なんて……星崎さんより上になった事など一度もありませんし、なんとかやっているレベルです。だから……」
「お前、親父さんの馴染みの小料理屋で辞表なんて出すなよ」
僕は懐に差し込んだ手を戻して、ビールのグラスを呷った。
「嫁さんが見つからない様なら私の会社に未練は無いか……」
「そんな事はないです! 私はただ……」
「いいか、星崎の業績はチートの部分もあるが、お前は真逆を行ってるだろ! 親父さんの息の掛かっていない企業ばかりに飛び込んで!そのうちの何軒かは完全にライバル会社じゃないか! その事では親父さんからクレームが来てるけどな!」
「……すみません」
「はは、まあ気にするな!オレはここではお前の親父代わりだ! これは親父同士の話と思っておけ!」
「はい!」
「それより!会社辞めたくなるほど嘉月くんの事が好きなら、辞表なんか書く前にやる事があるんじゃないのか? 『オレの自慢の息子ならやるはずだ』と私は思っているよ」
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思い出の喫茶店で僕は嘉月さんを待っている。
彼女がまだ来ないのは……きっと縁談がまとまったからだ。
今日、そんな話があるなんて……いくら知らなかったとは言え、時間と場所を指定したのは僕の方だ!コーヒーを何杯お代わりしても嘉月さんを待ち続けなけば……
ドアのベルがカラン!となって品の良いワンピースを着た嘉月さんが小走りで入って来た。
「ごめんなさい」
「いいえ、こちらこそ飛んでも無い事でごめんなさい」
「なにが飛んでも無いのですか?」
「僕は自分の想いだけで……あなたの“晴れの日”を穢してしまうからです」
「なぜ私の晴れの日が穢されてしまうのですか?」
「それは……僕があなたを……あなたの事をずっと前から好きだったからです。あなたはとても美しく僕にとっては永遠に高嶺の花だからです。その事があなたを穢すのです。こんな男はさっさと田舎へ帰りますけど……後足で砂をかけてしまい、本当に申し訳ございません。」
「あなたがそんな人じゃない事を私はとっくに知っています。あなたほど私を理解してくださる方は他に居ないのだから」
「それこそ誤解です」
「いいえ、私の書いた小説に……あんなにも深く温かいお言葉を下さる人は世界中であなただけです。その想いに……私は何度泣いた事か……」
彼女の目から涙がはらりと落ちて……僕は別れの縁起担ぎで持っていた真新しい白いハンカチで思わず、彼女の涙を抑えた。
「今日、別れ際に星崎さんからあなたへ伝言を預かりました。」
「えっ?!」
「『鈴木!オレは絶対辞めないから! 明日からまた一緒に仕事しようぜ!』と……だから
あなたも、ご家庭の事情があるのかもしれませんが……辞めないで下さい。それでもどうしても辞めるとおっしゃるのなら……どうか私も連れて行って下さい」
その言葉に僕の目からブワッ!と涙が溢れて……今度は彼女がハンカチで抑えてくれた。
あの夕立の日の様に上品な花の香りが僕を包んだ。
おしまい
挿絵はヒロインの嘉月さん
後で差し替えるかもですが……(^^;)
2025.2.20差し替え
だから悪い人は一人も出したくは無かったのです。
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