監禁36日目
カタンカタン……と規則的な音がして、体に感じる揺れ。
ぶぉ……とたまに風が吹く音が聞こえる微睡みの中でメリルは斜めになっている体が不自然に固定されていた。
左側が暖かく、膝から脚もホカホカとしている。
ゆっくりと目を開けると、ひざ掛けが掛かった自分の足を見たメリルは何度か瞬いた。
「……あら?」
「起きた?」
上から落ち着いたテノールの声が降ってくる。
寄りかかっていた体を少し起こして顔を上げると、緩く髪を結んでいるザラノアールがメリルを見下ろしてきた。
「……私、寝てたのかしら」
「ええ。ずっと馬車での移動は疲れちゃうもの、仕方ないわ」
出発してからかなり時間が経過し、今は日が陰って夕方だ。
移動中、残念ながら近くに街がない為、野宿になるらしく開けた場所を見つけ、ちょうど馬車が止まった所だった。
外からガチャリと扉を開けられる。
体を寄せて寄りかかり眠そうにしているメリルを見た騎士は目を細めて笑った後、外へどうぞと促される。
「ごめんねぇ、重かったでしょ?」
「いいえ全然…………柔らかくて気持ち良かったって言ったら怒る?」
「…………お肉が最近更についたから……ちぎれないかしら」
「う……っふふふ……ちぎっちゃダメよ。私はもう少しお肉がついても可愛くて好き」
「……デブ専?」
「違うわよ! もう……メリルちゃんがふわふわして可愛いから。雰囲気も、触れた時の感触もね」
手を触れ合わせてエスコートしながら馬車から下ろすザラノアール。
起きたばかりで軽くふらつくメリルをなんなく支えて笑いかけるザラノアールを訝しげに見たメリルだったが、どうやらメリルのふわふわボディの虜になったらしい。
十分にふくふくしているメリルに更に肉を付けようとしているのか……と数歩離れると、その分距離を詰めてきた。
「離れちゃだめよ」
「離れないとお肉つける事に力を注ぎそうよ」
「あら、いいわねぇ……」
「よくないと思うのよ?」
クスクスと笑うザラノアールに、メリルはしょうがない人だなぁ……と見る。
その視線に気付いたのか、ザラノアールも笑顔で見返した。
「………………あれで、まだ婚約者じゃない」
「素でやってるのが恐ろしいな」
「メリル嬢ちゃんもなんも言わないのがまた……」
騎士のおじさん達は、そんな2人を呆れながら見ていた。
幼い頃からザラノアールを見ている騎士は、メリルより家格が上の人ばかりだ。
可愛いらしいお嬢様の登場に、もはや親戚の娘感覚に慈しみだした。
あの雰囲気がそうさせるのだろうか、王太子を前にした令嬢特有の媚や緊張感が一切ない自然体のメリルに、同じくリラックスしているザラノアール。
夜になるからと、夕食の準備と共に野営の準備もしている。
肌寒くなってきたからとメイドに着せられたコートで更にふくふく感を増量したメリルが、余計にふわふわ感を増やした。
昼と同じく敷物を敷いてメリルが座ると、昼よりも近くに座っている行商人がチラチラと見てきた。
野営ではテント等の設備も必要な為、場所が狭くなり近くなったのだ。
どうやって近付こうと考えている女性たちの獲物を狙う眼差しがザラノアールに向く。
恐れ多くも王太子であるザラノアールを見る女性が多いのだ。
そんな視線に気付かないメリルは、アンにこっそりとある事を頼む。
「…………かしこまりました。でも、いいんですか?」
「いいの、お世話になっているから」
「わかりました」
こくん、と頷くアンにメリルは嬉しそうに笑った。
座り直すと、ザラノアールが見ていて首を傾げている。
「なにかあった?」
「ん……」
あむっ……と用意されているバケットを食べる。
切込みが入って、たっぷりの野菜や肉が挟まり甘辛いソースが掛かっていた。 端から垂れて手を汚す。
すかさずおしぼりを持って甲斐甲斐しくメリルの手を拭きだしたザラノアールに若い騎士は目を丸くした。
「実は、移動中に食べる用の焼き菓子を持ってきていたの。疲れには甘いものでしょう? だから、騎士さん達にもおすそ分けと思って」
「あら、わざわざ?」
「いっぱい持ってきているし、みんなで食べた方が美味しいでしょう?」
「いっぱい持ってきたのね」
「あくまで息抜きに食べるためよ?」
あら、バレちゃったわ、と言いながら焼き菓子を持ち込んでいた事を白状したメリルは相変わらず笑っている。
はい、拭いたわ。とにこやかに笑うザラノアールにお礼を言ったメリルは、アンが持ってきてくれた焼き菓子を見た。
「………………いっぱいね」
「休憩用よ……?」
休憩用とは思えない箱の量を持つアンに言い訳するが、やはり食い意地がバレる結果にうふふ……と笑うだけにとどめた。




