ストーカー日記 6
今日は部屋にある大切なネネ様グッズの掃除をする。
部屋の1部に置いてあるのは、小さな頃から集めているネネ様の愛用品で、その殆どがネネ様の家のメイド達から集められている。
幼いネネ様は、当たり前だけれどサイズアウトが早かった。
服にしても靴にしても、数回着用したら着ずにしまい込み使わなくなる衣類や装飾品はネネ様が袖を通したものとして大切に管理している。
とはいっても、数着ではないのだ。
年間15着と決めて、特に気に入っていたドレスと靴をセットで貰い受けている。
その過程は、凄まじい戦いをして手に入れる大切な戦利品である。
サイズアウトしなくなってきた最近の衣類はなかなか手に入らなくなってきた事にセルジュは悲しんでいる。
「………………うん、今月は12歳のネネ様にしようかな」
毎月ネネ様日を決めて、綺麗に片付けクリーニングをして、新しく別の歳のネネ様グッズを飾る。
祭壇も作って、使われていた帽子やアクセサリーを並べて、ベッドに横になった時に見える位置に置く。
起きた時から寝るギリギリまで、ネネ様を見つめていれるようにだ。
可愛らしく笑う12歳のネネ様の写真がコルクボードに飾られて満足そうに笑った。
「ネネ様…………だーいすき」
「今ゾクッとしたわ」
急に聞こえてきた声は、毎回不法侵入してくる甥っ子だった。
セルジュはため息を吐き出して振り返る。
「なんで? 」
「相変わらず、ネネリーナ嬢が見たら卒倒しそうな部屋よね……いやだわ、まさか下着なんかもあるの? 」
「ここにはないよ! 見える所に置くはずないでしょ!! 」
「………………あるんじゃない」
ドン引きよ……と部屋に勝手に入ってきたのは甥っ子である。
ほぼ年の変わらない甥っ子で、高身長イケメンなのに、オネェな甥っ子。
すなわち、我が国の王子様って事なのだが、周りにはオネェだという事は隠している。
幼い時から決まっている婚約者にすら言っていないようで、なにやら気が合わないらしい。
眉目秀麗な甥っ子は幸せになって欲しいのだが、今のままでは幸せな結婚生活はなかなか望めないのではないかと危惧している。
第一王位継承者である甥っ子は、お嫁さんを貰って世継ぎを早く産ませなくてはいけないから、上手くいかないなら苦痛でしかないだろう。
これも仕事のひとつとして考えられるから可哀想な事ではあるのだが……とセルジュは思う。
このままではこっそり愛人を囲むか側室を迎えて子を産ませるしかなくなるけど、そこはどう思っているのだろう。
「なぁに? どうしたの? 」
「あのさ、ザラノアールは婚約者どうするの? 」
「え? そうねぇ、……まぁ、順当にいけばあと1年後くらいに婚姻じゃないかしら。私も向こうも嫌と言ったって政治的観点から決まるだろうし、私からはなんとも。言っても仕方の無い事でしょう?」
朗らかに笑う甥っ子のザラノアールは首を傾げ、好きな人もいないし。とあっさり言った。
幼い頃からそう教わり育てられ、婚約者だと紹介された気の合わない女性にもう諦めている。
「セルジュは? 確か次のパーティで候補から決めるのよね? ネネ様は? 」
「……………………勿論、ネネ様がいいよ。それ以外は嫌だ」
この国の婚約者の決め方は2パターンあり、ひとつはネネリーナの時のように両親同士が仲良く幼い頃に結ぶ婚約と、一定の年齢になって社交パーティで集まりそれぞれで婚約者を決める、所謂婚活パーティで婚約するものがある。
今では社交パーティで結ばれる人の方が多くそのまま婚姻にこぎ着ける。
だが、その半数は燃え上がった恋は鎮火してそのまま破局する事もある為なかなかにスリリングな婚約者探しとなっているのだ。
一般的にはこの2種類のどちらかである。
そして、王族のほとんどは幼い頃から結ぶ婚約はパワーバランスを崩しやすくなるようで、婚活パーティが推奨されている。
恋愛結婚をして末永く国を統治出来るようにという意味合いかららしいのだが、結婚前に破局の可能性もあるから注意が必要だ。
デビュタントが17歳の年に行う為、時期的に遅すぎる。その為、王族は学生の時から婚約者探しを実施する。
ここで王族としての矛盾なのだが、品格を保つ為に恋愛結婚とは言っても侯爵家か公爵家が推奨される。
最低伯爵家が好ましい。
ある程度しぼられる婚約者探し、更には年齢の壁もある。
どの家もザラノアールと同じ年頃の娘がいるとは限らないのだ。
なので、恋愛結婚とは言っても実際には決められた人の中から好きな人を選ぶように、というものだった。
勿論その中にはネネリーナも居たが、当時婚約者がいた為、ザラノアールは除外していた。
そして選んだ女性は2つ年上の公爵令嬢だった。最初はお互いに歩み寄ったのだが女子力の高すぎたザラノアールに引け目を感じ、その話し方を言い訳に関係が悪化したのだ。
こうして愛のない結婚生活が1年後に待ち受けていると思うとザラノアールもため息が漏れる。
婚活にしても政略結婚にしても、王太子が選べる幅は限りなく狭い。
多少歳が離れようとも、それも職務の一環として婚姻を上げてきた歴代の王族たちもいた。
中には50も年の離れた伴侶を選ばねばならない時もあったのだとか。
そして様々な思惑の中、結婚とは縁遠いと思っていたセルジュの婚約者が気まろうとしていた。
「……………………僕は嫌だ」
「ネネリーナ嬢は婚約者居ないんでしょ? 候補に入っているといいわね」
「………………やめてよ。婚約者になったっていつ結婚できるかなんてわからないんだよ? 最悪40近くまで待たせるかもしれない。そうしたら自分の赤ちゃんを抱かせてあげる事も出来ないのはザラノアールだって分かってるでしょ」
「……そりゃあね。可哀想なことをさせてしまうのはわかるわ」
椅子に座っているセルジュのふわふわな髪を撫でるザラノアールに、力無く講義をした。
ちらりと並べられている祭壇やネネ様専用クローゼットを見る。
勿論これ以上のネネ様グッズはしまっているのだが。
「ネネ様以外と結婚なんてしたくない。でも……大好きだから不安に押しつぶされるような長い期間を過ごさせる婚約者にもしたくないよ 」
俯き不安に揺れる眼差しで閉じられた日記を見つめた。
優しく撫でる日記はほのかに暖かい。