ストーカー日記 5
〇月✕日。
今日のネネ様は何だか朝から顔色が悪い。
朝起きた時のメイドからの報告には何も無かったから馬車に乗ってからだろうけど……。
何処となく息が荒くて苦しそう。
時々胸や腹部に手を当てさすったりしている。
首元を軽く引っ張ったりしてはいるけど、服がキツイって感じじゃないんだよね。
お医者様呼んだ方がいいかな、今すぐ寝かせた方がいいよね?
どうしよう、話しかけてもいいかな。
心配だよ、ネネ様。
「ネネリーナ様、体調が悪いのですか? 」
急に掛けられたネネリーナは、すぐに反応が出来なかった。
「……………………え? 何かおっしゃって? 」
「いえ、大丈夫ですか? 体調が悪そうで……」
「大丈夫……です……」
青白い顔で微かに笑みを浮かべて返事をするネネリーナ。
いつもピッ! と伸びている背中は丸くなり、片手が胸元と腹部を行ったり来たりしている。
つり上がった目は、今日はさすがに元気がなくて軽く潤んでいて庇護欲を掻き立てていた。
気丈にも大丈夫と言い張るネネリーナに、そうは見えないと、男爵令嬢は心配そうに見つめる。
お腹をさすり眉を顰めるネネリーナは少し上の空だ。
落ち着かなく足を動かす姿は、少し傲慢だがいつも淑女のような佇まいのネネリーナからは想像出来ない。
誰が見ても体調が悪いとわかり、男爵令嬢は立ち上がってネネリーナの肩に触れた。
「保健室に行きますか? お付き添いいたしますよ」
「結構よ。どこもなんとも…………ない…………」
顔を真っ青にして俯くネネリーナに焦る男爵令嬢。
どうにか保健室にと周りを見渡し、どうしよう……と焦っている時に、慌てた様子で教室に入って来たのはセルジュだった。
突然の王弟殿下のお出ましに教室中が騒然としたが、セルジュはまっすぐネネリーナだけを見ている。
「ネネ様……聞こえる? ネネ様返事できる? 」
「で……殿下! 」
男爵令嬢は勿論、ほかのクラスメイトも目をまん丸くするが、セルジュは返事の返ってこないネネリーナの顔を覗き込んでから立ち上がった。
そのまま抱き上げ男爵令嬢を見る。
「ネネ様を連れていくから、教師が来たら体調不良で保健室って伝えてくれるかな? 」
「は……はい、勿論です」
「よろしくね」
ニコリと笑ってからすぐに走り出したセルジュ。
ふわりとネネリーナの服や髪が風に揺れているのを見たら、抱き上げたネネリーナの顔に自らの頬を擦り付けた。
「…………ネネ様、大丈夫。すぐよくなるからね。世界中の医師を呼びつけてでも治してみせるから」
そう呟くセルジュの後ろをカインも追いかけた。
「食べ過ぎですね」
「…………食べ過ぎ」
「はい殿下、食べ過ぎにより胃腸がビックリしたみたいです」
まさかの体調不良にポカンと口を開けるセルジュだったが、ポカンと出来ない人がここに1人。
ネネリーナは真っ赤な顔で頬を抑えてうめいた。
「まさか、まさか食べ過ぎだなんて……そんな……」
恥ずかしさに涙目になっているネネリーナをセルジュは蕩けるような眼差しで見ている。
正直、死んじゃうんじゃないか? と怯えていたセルジュは、可愛らしい原因に口を綻ばせた。
「…………本当に、ネネ様はなんて可愛いんだろう」
本人は死ぬほど恥ずかしく茹でたこになっているのに、セルジュはそんな予想外なネネ様が可愛くて仕方ない!!と、 頭の中で花が舞っている。
何をどれくらい食べたら食べ過ぎなのだろうか……と表情には出さずに気にしているセルジュは、あとから事細かに確認しようと思っている。
だって、ちゃんと適正量をわかっていないとまた具合悪くなったら可哀想だもんね。
具合悪いネネ様も可愛いけど、やっぱり可哀想だから。僕がちゃんと管理してあげないと。
むずむずと笑いそうになる口を、パチンと手で抑えてネネリーナの背中を優しく撫でた。
ベッドに座るネネリーナの隣に自然に座って、当たり前のように背中を撫でる。
ぴっ! と体を揺らして涙目のネネリーナがセルジュを見た。
「………………殿下……こんな……こんな恥ずかしい姿をお見せしてしまい……申し訳ございません」
こんな恥ずかしい事なんてない……と青ざめるネネリーナに、セルジュは首を横に振った。
「気にしないで、体調不良は仕方ないよ。それよりも理由がわかって良かった! このまま体調が戻らないなら、王城に連れて帰る所だったんだよ」
「…………え? 王城……に? え? 」
何を言われているのか理解出来ずに首を傾げるネネリーナをにっこりと笑って見つめた。
あわよくば連れて帰り、自分の部屋に閉じ込めるつもりだったのだが、今日は無理だなあ……とネネリーナの顔を見ながら思っていた。
輝かしい笑みの裏に隠れた醜い本音だった。
後から如何にネネリーネの可愛さをカインに懇々と垂れ流したら、哀れんだ顔をされたセルジュ。
体調不良の原因は勿論、保健医に言われた原因に死にそうな顔をしたネネリーナの可愛さや、恥ずかしさに顔を隠して縮こまる様子を活き活きを話すセルジュ。
流石に保健室の前で待機していたカインはその場にいなかった。
それなのにそんなカインに、食べ過ぎだと恥ずべき理由を暴露されているとは知らないネネリーナを不憫に思った。
「……本当にネネリーナ嬢……いたたまれない……」
「え? カインなに? 」
「いえ別に……」
深いため息を吐いたカインだったが、頭の中に花が咲き乱れているセルジュには気にもしなかった。