ストーカー日記 23
〇月✕日
学校が始まって、またネネ様を扉の隙間から覗き見する日常が戻ってきたよ!
初日から、扉の隙間を相変わらず独り占めして見てたけど、メリル嬢の事を聞いて元気がない。
元気がないネネ様も最高に可愛い!
流石に初日はクラスメイトと話をするかなって我慢したけど、もういいよね?
僕もネネ様とお話したい!!我慢むり!!
セルジュは朝に書き連ねた日記を思い出しながらネネリーナの教室に向かっていた。
既に授業が2コマ終わり、昼休憩まで残り半分。
そろそろ限界に近いだろうと教室の中を覗くと、腹部を抑えるネネリーナがいる。
予想通りだとニンマリ笑った。
「ネネ様のあのポーズは、腹痛じゃなくて空腹だね」
ネネリーナが腹部に手を当てる時の心配が腹痛が空腹かの2択なのは残念だが、それはだいたい間違っていない。
今もネネリーナは空腹と戦っている。
授業が終わりミネルヴァが後ろに振り向く。
大丈夫ですか? 具合が悪いのですか? と声を掛けたが、ネネリーナはお腹がならないように必死に自分と戦っていて気付いてはいなかった。
それを見て、ミネルヴァもすぐに空腹だと分かった。
ネネリーナはお腹が鳴らないようにと必死だった。
侯爵令嬢に有るまじき失態を見せるものかと腹部に力を入れている姿を見て、そんなネネリーナをセルジュもミネルヴァもほんわかと見ている。
よし、と意気込みセルジュは教室に入ってきた。
その後ろには、今日も護衛兼付き添いのカインがいる。
「ネネ様、おはよう」
「は……」
必死なネネリーナの頬をすくい上げるように持ち上げ目を合わせると、クラス中から悲鳴が溢れた。
至近距離で見つめる天使のごとく美しいセルジュを呆然と見つめるネネリーナ。
その瞬間、盛大にお腹が鳴ったのだが、奇しくも悲鳴で誰の耳にも届かなかった。
「ネネ様お腹すいたんだよね? とりあえず軽食としてサンドイッチ持ってきたよ」
ドンッ! とネネリーナの前に置いたのはランチボックス。
持たされていたカインが、そのままパカリと開けた。
丸パンを使ったサンドイッチで新鮮なシャキシャキレタスや卵、ハムが彩り豊かに収まっていて、見るからにおいしそうだとネネリーナは喉を鳴らす。
他にも肉類などボリュームがあるのも入っていて燃費の悪いネネリーナでも昼食まで持つだろう。
「これを私に……? 」
「うん、是非たべ……」
ぐぅぅぅぅぅぅ……
バシッと腹部を叩くネネリーナ。
真っ赤になりセルジュを恐る恐る見上げると、満面の笑みを浮かべていた。
「……ふふ、ネネ様はお腹の音まで可愛いね。愛おしいなぁ。早くちょうだいって可愛く催促してくれる。ほら、あーん」
「えっ……ひっひとりで食べられますわ!! やめて下さる?! 」
人前であることに恥ずかしさが突き抜けたネネリーナのツンツンにクラスメイトはホッコリする。顔が真っ赤なのだ、可愛い……と見ていると、セルジュは目元を赤らめてうっとりとネネリーナを見た。
「…………可愛い……ネネ様最高……恥ずかしいんだね、そう思わせているのが僕なんだね。もっとその顔が見たいなぁ……ね、口を開けて? 」
ずいっと前に来て口元にサンドイッチを触れさせるセルジュに沸騰しかけるネネリーナ。
話しかけようと口を開けた瞬間、ふにっと柔らかなパンが口の中に入ってきた。
「んっ! 」
「どうかな、ネネ様……僕が作ったんだよ」
わざとらしく耳元で言うセルジュに目を見開きむせ込む。それを見たセルジュが慌てて背中を撫でた。
「ネネ様大丈夫?! 死なないでネネ様ぁぁ!! 今すぐ休憩出来る部屋に連れていくからね!! 」
「ごふっ……なんですって?! きゅうけ……きゃぁぁぁ!! お離しになってセルジュ様! 休憩などいらないですわっ!! 平気ですものぉぉぉ!! くっ力が強いですわっ! 指が離れない……!! 」
「大丈夫だよ! 直ぐに、直ぐに介抱するからね! 大丈夫僕に任せて。僕に任せたら全部ヨくなるよ」
「なんかニュアンスがおかしいですわぁぁぁぁあ!!! 」
ヒェェ! と腰を掴まれ逃げられないネネリーナと、イイ顔をするセルジュ。
その後ろには憐れみを全面に出したカインがサンドイッチを持って待機している。
「さ、行こうかネネ様」
「いやですわぁぁぁぁ!! 」
「…………あのさ、なんか面白そうな事してるけど、セルジュ……嫌がってるからやめたら? 」
無理やり連れて行こうとするセルジュと抵抗するネネリーナに声を掛けたのは王太子ザラノアール。
扉に寄りかかり足を交差させて腕を組んでいる。
面白いものを見るような眼差しで2人を見るザラノアールは口元に手の甲を当てて小さく笑った。
ザラノアールの乱入によって、落ち着きを取り戻したセルジュはネネリーナを離すが、不満を隠しもしない。
「…………あーあ、ザラが邪魔したぁ」
「邪魔じゃなくて救世主じゃないかな? ネネ様にとっては」
「まさか! そんなわけないじゃない」
プクッと可愛らしく頬を膨らませるが、ネネリーナは首を横に振りながらミネルヴァの後ろに隠れていた。
その両手には、大きめのサンドイッチをしっかり持って。
ネネリーナはセルジュの強気なアピールに困惑していた。
あの外見に優しい性格。
穏やかな笑みを浮かべてネネリーナだけを見るセルジュを、短い期間ながら理解してきた。
酷くネネリーナを驚かせ戸惑わせるセルジュに惹かれているのは自分自身でも自覚していた。
だが、素直になれない意地っ張りと恥ずかしさから、拒否する言葉が口から飛び出る。
「……私、可愛くないわ」
自室のソファに座って顔を覆うネネリーナは、独り言を呟いた。
侍女もいない完全プライベート空間。
そこで、懺悔をしていた。
「………………ああ、神様。どうか私を見放さないでください。こんな可愛げがなくお腹空かせる私ですが…………あんな至近距離で顔を近づけて甘く囁かれたら私! 爆発して出血多量で死にますわ! ええ! 死にますとも!! なんですの、あの天使みたいな顔をして、纏う雰囲気が一瞬で小悪魔になるのは?! 意味がわかりませんわ!! 意味がわかりませんの! 私をどうする気なのですっ?! 照れ殺しにしたいのですか?! あんな人前で! あんな……ああぁぁぁぁ! 神様! いらっしゃるなら私に小悪魔耐性をくださいませ!! こちらが飲み込むほどの小悪魔耐性を!! 」
両手で何かを掴むようにワナワナしているネネリーナ。もう何を言っているのか分からない。
その部屋の前で警備中の騎士と、新しいお茶を運んできた侍女が生暖かい眼差しで扉を見つめていた。
魔道具と呼ばれる便利グッツを扉に取り付けているのだが、そのお陰でネネリーナの独り言は廊下に筒抜けになっている。
勿論、普段のツンツンネネリーナをストーカーする為にセルジュが設置したのだが、今はぶっ壊れネネ様が収穫された。
「…………王弟殿下とご対面されてからネネリーナ様は本当に可愛くなりました」
「狼狽えっぷりが凄いよな」
「それが可愛らしいですよね」
「間違いない」
相変わらず室内からは、あああぁぁぁ……とこの世を呪うような声が響き、部屋の前にいる2人は微笑ましいと笑っていた。




