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王弟殿下のストーカー日記  作者: くみたろう
王弟殿下のストーカー日記
16/81

ストーカー日記 16


 観劇を見に来た劇場はこの地域の中で1番広く格式高い劇場だった。

 汚れ一つないレットカーペットが足元を華やかにしていて、ネネリーナはセルジュに促されるままにその上を歩く。

 お忍びで来た王弟殿下に、周囲がざわめき両端に寄った貴族達はいっせいに頭を下げた。

 誰か女性が一緒にいる……と誰もが思ったが口に出せず、ただセルジュが通り過ぎるのを静かに頭を下げて待つだけだ。

 流石のネネリーナも、こんな事は初めてびっくりした。

 思わず手を重ねているセルジュの手をギュッと握ってしまい、セルジュはネネリーナを見た。

 ちょうどエレベーターにつき、乗り込んでからセルジュは聞いた。


「ネネ様? どうしたの? 」


「……えっ? 」

 

 顔を見たあと手へと視線を落としたセルジュに合わせるようにネネリーナも視線も落ちた。

 すっ……と見た自らの手は、しっかりとセルジュの手を握り締めていて、頭が真っ白になる。


「(まぁ……少し幼い顔立ちをしているセルジュ様ですが、触れてみると剣だこが分かりますのね……それに、やっぱり男性なのだわ)……暖かく大きいのですね……」

 

 男性を感じさせない綺麗で可愛らしい見た目のセルジュ。

 まだ成長途中なのだろう身長も同学年や甥である皇太子よりもだいぶ低いのだが、隣に並ぶとネネリーナの女性的な細く柔らかな身体とはまるで違うのだと理解してしまう。


「…………えっ……と。大きい、かな? 」


 指を絡めて握ってきたセルジュに、ネネリーナは数分思考が停止した。

 頬を染め、嬉しそうに笑うセルジュにネネリーナは顔が爆発する。


「い! いえっ! いいえ?! え?! はいっ?! 」


「ふっ……ふはっ……落ち着いてよネネ様」


 あまりの慌てぶりにセルジュは思わず笑って手の甲で口を隠した。

 その姿は相変わらず幼く可愛らしいのに、さっき気にしてしまった手に目がいく。

 男性らしい筋張った手はネネリーナよりも大きく、今後は体も成長を続けてあっという間に男らしくなるのだろうと簡単に想像させてしまう。

 それこそ、ネネリーナなんてすっぽりと覆ってしまうくらいに。

 

 だから余計に、ネネリーナは狼狽えたのだ。

 ただでさえ優しく可愛らしいセルジュが男らしく成長したら、一体どうなってしまうのか。

 主にネネリーナの心臓が。


「ふふ、ネネ様は可愛いね」


 くいっ、と軽く手を引くと、エレベーターは止まる。

 引かれたことにより1歩近付いたネネリーナに、残念……と舌を出して笑うセルジュ。

 ネネリーナはこの一瞬の間に翻弄され茹で上がっていたが、ネネリーナの焦燥がピークに達するのはこの後であった。


 セルジュによって連れてこられたのは、王室御用達のVIPルームである。

 完全個室の防音がされている部屋で、大きな座り心地の良いクッションに、テーブル。

 そこには飲み物と軽食が用意されていた。

 そして、なぜか端にあるダブルベッド。


「…………な、なぜ……」


「ん? あぁ。ほら、恋愛の話を見たら盛り上がる事もあるでしょ? そういう時の為に……ね? 」


 ほら、ネネ様座ろう?

 そう笑って言うセルジュに、ネネリーナはゾクリと体を震わせた。

 既にソファに座っているセルジュが笑顔で隣を叩く。

 恐る恐る近付いてきたネネリーナの手を優しくとり、隣に座るように軽く引っ張った。

 それに合わせるようにスカートを持ち、ゆっくりと座ったのだが落ち着かないとソワソワする。


「ネネ様、さっき馬車にいた時ね」


「は、はい……」


 気になっていたことを話し出し、ネネリーナは弾かれたようにセルジュを見た。

 少し困ったように微笑んでいて、また不安感が再発してくる。


「ネネ様を見なかったことで悲しんでたでしょ? 」


「……え、と……はい」


「うん。あの時ね、ネネ様を見て声を聞いたら僕……ネネ様に触れたくなってたと思う。だって、あんな狭い密室で2人きりなんだもん。だからね、我慢していたんだ」


 隣に座っているセルジュが目を細めて笑う。

 静かに、色気を滲ませて。

 可愛い見た目とは裏腹に、溢れ出る色香にネネリーナはコクリと喉を鳴らした。


「ねぇネネ様……ここも……密室だね? 」


 ネネリーナの膝に手を置いて顔を近付けるセルジュに、ネネリーナは真っ赤にした顔で見つめ返す。


「……は……あ……あ…… あの……あああぁぁぁあの……!! 」


「ふふ……可愛いね、ネネ様。恥ずかしいの? それとも……嬉しい? 」


「セルジュ……さま……あの……あの……」


「……真っ赤」


「ひゃっ……」

 

 ばっ……と顔を隠したネネリーナを思わず抱きしめたセルジュ。

 少しだけ小さなネネリーナを抱きしめたセルジュは、気持ちが昂りぐっ……と力を込める。

 細いウエストに回した腕を離せる気がしない……とネネリーナの髪に顔を埋めた。


「(ひ……ひぇ!! セルジュさまぁぁぁ?! 何が起きておりますの?! ふれっ……触れたかった?! いえ! 今触れていますわよね?! これはっ! 私、どうすれば宜しいのです?! だ……だだだだだ抱きし……抱きしめれ返せば……よろしいの?! そんなっそんな破廉恥なことっ! ああぁぁぁぁ………………密室ぅぅぅ!!)」


 沸騰しそうなネネリーナの顔をそっと見ると、パニックで過呼吸になりそうになっていた。

 腕を回したまま体を離したセルジュは、いつものにこやかな笑みを浮かべる。


「もう始まるね」


「は…………はははははい……」

 

 腰に回した片手はそのままに、座り直したセルジュは前を見る。

 先程よりもぴったりと寄り添っている体に困惑するネネリーナは、促されるままに前を見た。


「休憩、したくなったらいつでも言ってね」


 ちらりと視線を向けたベッドにネネリーナはまた爆発した。


 

 そして始まった観劇。

 セルジュは頬杖を付き、足を組んで静かに見ている。

 その隣で腰を抱かれながらネネリーナは観劇を見ていた。

 とはいえ、その内容はまったく頭に入っていないのだが。

 たまに動く指先に体をビクリと揺らし、顔を赤らめる。

 まったく集中出来ないネネリーナは、次第にセルジュにしか意識がいかなくなっていた。

 チラッと見た横顔は真剣に観劇を見ていて。

 かと思えば目が合い、ん? と顔を寄せて何事か聞いてくれる。

 誰もいない密室での出来事、ただ観劇を見るだけにしてはあまりにも近く甘やかな雰囲気に、ネネリーナの心臓は忙しなく動いていた。


 観劇は2時間の上映で途中で休憩を挟む。

 室内は薄暗く、柔らかなオレンジの明かりがうっすらと周りを照らしていた。


「ネネ様、砂糖とミルク僕が入れてもいいかな」


「あっ……はいっ! 」


「ふふ、はぁい」


 セルジュは、ネネリーナが好きな味になるように角砂糖を2つポチャリと紅茶に落とした。

 ゆっくりとマドラーで砂糖を溶かし、温めたミルクを入れる。

 紅茶に混ざった白い液体は色を濁らせていった。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


「うん。おいしいかな? 」


「はっ! はいっ!! (味がまったくわかりませんわ!! )」


 頂いたばかりのカップに静かに口を付ける。

 緊張やらなんやらで味が全然分からないネネリーナ。

 そんなネネリーナを見て、セルジュが話し出した。


「…………今日、ネネ様の家に泊まってもいい? 」


「んんっ……ぐっ……ふぅん?! 」


「あはっ……ごめんネネ様、びっくりした? 」


「セルジュ様……いきなり……いきなり……どう……」


「ネネ様と一緒にいたいだけ」


「はぁぁぁぁぁあう?! いいいいいっしょぉ?! 」


「うん」


 はい、と渡されたサンドイッチを無意識に受け取る。

 食べて、と促されたので大人しく食べると、生クリームと果物の美味しい甘さが口いっぱい広がった。

 休憩中ずっと翻弄され、サンドイッチを食べ終わったネネリーナはセルジュに焼き菓子を口に運ばれた。

 口端についたマドレーヌを指先で取り、ネネリーナを見ながら食べる暴挙に出るセルジュにパタリと倒れる。

 

「……あれ、ベッドいく? 」


 倒れたネネリーナの顔の横に手をついて見下ろすセルジュにパクパクと口を開け閉めした。言葉も出なかった。


「セ……」


「ん? 」


「セルジュ様……お許しくださいぃぃぃ」


 真っ赤な顔で顔を隠し、だが上目遣いで見てくるネネリーナに、セルジュはゾクゾクしながら唇を舐める。

 まさしく捕食者の笑みであった。

 勿論キャパオーバーしたネネリーナは、その後の観劇の内容はまったく覚えていない。



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