ストーカー日記 1
〇月✕日
今日はチョコのパンを食べているネネ様を見たよ。
チョココロネを上手く食べれなくて口の端に沢山付けてしまっていて、はわはわと慌てていたけどティッシュとか持ってなかったみたい。
何とか上手く食べれないかと頑張ってたけど結局出来なくてチョコをボトってスカートに落として絶望してたのが可愛かった。
あーあ、僕がそこに居たらスマートにティッシュ差し出したのにな!
でも、クラス違うしきっと僕の事眼中にもないだろうから急に話しかけられてもびっくりさせちゃうだろうなぁ。
同じクラスいいなぁ……留年しよっかなぁ。
「……何見てるんですか?」
急に後ろからかけられた声にビクリと肩が跳ねた。
おそるおそる振り返るその姿はウルウルと涙で潤っている大きな瞳にバサバサと音がなりそうな長い金のまつ毛が縁っている。
小さめの身長に細い体躯。金色の長めの髪はクルクルとしていて藍色のリボンで1本に結んでいるが所々に跳ねた髪がぴょんぴょんと主張していた。
彼はこの国の若き王、その弟である。
つまり王弟、偉い人なのだ。
しかし、見た目は幼く可愛い容姿に性格も良い。
学園内、いや、国内の人気も高いこの王弟はある事に夢中になっている。
それは、今教室の窓際の席に座り一心不乱にチョココロネを食べている侯爵令嬢であるネネリーナ・カエサエル嬢、王弟曰く通称ネネ様である。
169センチ、少し高めの身長にグリンと大きく巻いた薄い黄色の長い髪。
前髪は眉毛のあたりでパツンと切られていて巻かれている髪が余計に強調されている。
つり上がった細めの瞳にぽったりとした唇がツヤツヤとしていて赤い。
毎日欠かさず化粧をしているのだが、その化粧が気の強さを強調しがち。
だが、そこも良きと、王弟はにっこりする。
そんなネネ様をこの王弟は毎日影からそっと見守るのが趣味なのである。
本日は珍しくお寝坊をしたらしいネネ様は空腹に耐えきれず、はしたないと思いながらもクラスメイトが買ってきたらしいチョココロネをガン見。
そして、葛藤の末立ち上がりカツカツと低いヒールを鳴らしてその男子生徒の前に来たネネ様は赤い顔をしながら口を開いた。
「…………そのパン、私が食べて差しあげてもよくてよ」
キリッと無表情で言うネネ様は顔面の威力が強い為、進級したばかりの慣れないクラスメイトはびっくりしながらもパンとネネ様をなんども往復して見てから、恐る恐る渡してくれた。
彼は平民出身の学生で、貴族に慣れていない。
いや、たとえ同じ貴族だとしても侯爵令嬢からいきなりパンの恐喝をされてたら誰だって驚くだろう。
恐喝により勝ち取ったパンを大事に抱えて自分の席に戻ったネネ様は優雅に椅子に座り静かにパンの袋を開けようとする。
そう、開けようとしたのだ。
しかし、なかなか開けられず両手で必死に引っ張っている袋を、前に座っている男爵令嬢の少女が振り向きそっと手を掛けた。
「……あ、開けましょうか」
「!……あ、開けさせてもよくってよ!」
「は、はい」
男爵令嬢がぷるぷるしながらも慎重に袋を開けた。
その様子をキラキラとした目で見つめているが左手は腹部にあたっていて強く押している。
いつお腹がなるかとハラハラしているネネ様は、もうすぐ口に入るであろうパンを期待の眼差しで見つめているのだ。
「ど、どうぞ」
「感謝してあげなくもないわ!」
差し出されたパンをさっと受け取り早速パンに小さな口を開き齧り付いた。
普通だったら教室で食べるなんて事はしないし、齧り付く事もしないであろう侯爵令嬢がである。
「!……おいひい」
もぐもぐごっくん……その美味しさに目を丸くしたネネ様。初めての体験なチョココロネに顔を蕩かせて微笑んだ。
その顔を見た男爵令嬢はすぐに前を向き机に頭をガンっ!とぶつける。
そんな奇行にも気付かないネネ様は美味しい美味しいと一心不乱に食べ進めているが、上手く食べれなかったチョコを豪快にスカートに落とし、パンに残った少ないチョコとスカートに落とした沢山のチョコを何度も見比べ絶望の表情を浮かべていた。
「…………うわぁ、可愛い、可愛いすぎるあの絶望を全面に出した顔」
「いや、それなら最初の1口の時の顔でその言葉を言ってあげてくださいよ」
「勿論あの蕩けた顔はさいっこうに可愛いんだけど、見て、あの顔本当に可愛いよ。悲しくて泣きそうでどうすればいいか分からない困った顔。ぎゅーってしてあげたくなるよね!」
にっこにこと天使の様な笑みで悲しむネネ様が可愛いと言う王弟に、隣にいるクラスメイトで現在の宰相の息子であるカイン・マグラーエンは深い深いため息を吐き出した。
この1学年下のネネ様を見たいがために空き時間を利用してわざわざ覗きに来る自他共に認めるストーカー気質の王弟であるセルジュ・ガーシアは、毎日飽きずにネネ様のストーカー日記を楽しそうに書いているのだ。
「今日もネネ様は可愛いね!」