乙女ゲーム世界に転生したら、俺のせいでヒロインが闇落ちしてしまった?
女性が主人公である有名なゲームがある。
本格RPGゲームで、何百万本のソフトが売れたらしい。
イケメン達ときゃっきゃうふふしていく内容だ。
そういうのは、確かえっとーー乙女ゲームっていうんだっけか?
やたらキラキラした男性が、パッケージに書かれているやつ。
俺は、世界創造の神とやらに出会って、その後に乙女ゲームの世界へ転生させられた。
やたらめったら世界創造を繰り返している神は、なぜか俺みたいな凡人にも目を付けたようだ。
俺、生きてる時はただの郵便局員だったのに?
それなのに、手が足りないからちょっと助けてーだってよ。
近所の兄ちゃんかよ。
ペットの散歩手伝わせてくる隣の家の兄ちゃんもそんなノリだったぞ。
ともかく、そういうわけで白羽の矢が立った俺は、死んでるわけでもないのに、異世界に転生させられた。
乙女ゲームを元にして作った世界へと。
神様が作った世界で生きてみて、感想を聞かせてね。
だとよ。
手作りゲームに付け足すキャラじゃねぇんだから、んなとこに放り込むな。
いや素人製作者でも、もっと気をつかうだろ。
おい、俺はまだ現世に未練があるんだが、人生を強制終了させんな。
乙女ゲームの世界に転生した俺は、名もなきモブの貴族として生きる事になった。
そこそこ名前があって、そこそこ没落してない家んとこ。
「俺にピッタリの無個性型の立場ですね」
誰に言うでもなく独り言。
モブらしい俺の唯一の個性だな。
「名家すぎでもなく、没落寸前でもないってところか」
転生したのは、そんな普通の家だった。
その世界に生きる人達よりちょっと、生活が豊かなだけ。
そんな俺は、悪役令嬢の幼馴染になったらしい。
初対面のシーンがこれ。
「私のしもべにしてあげるわよ! 有難く思いなさい」
「はぁ、どーも」
まさに、これぞ悪役!
って感じのテンプレセリフと共に、その子のご登場だ。
その子は、高飛車、傲慢令嬢な女の子だった。
で、その子。
放っておくとどんどん悪役街道を突き進んでいくから、適度に手綱を引いてやらなくちゃならないんだよな。
誰かにきつい言葉を言った時とかは、即座にフォロー。
「私が良いと言っているのだから良いの! 私の取り巻きになりなさい」
「虐められている君に親切を働きたいけど、性格的に無理なの! だから子分という名のお友達になって! って、君に言ってるよ。優しく仲間になってあげて!」
わがまま言った時も、即座にお説教。
「やだやだ欲しい欲しい! 買ってくれなきゃやだ! ばかばか大嫌いえええええええん!!」
「我儘を言うんじゃありません。お母さんは許しませんよ。言うこと聞いてくれなきゃ、こっちが泣いちゃうんだからねえええええん!!」
そんな事を繰り返していたら、悪役令嬢のオカンみたいな立場になった。
苦労もあってか、彼女の性格はそこそこ柔らかくなったと思う。
やりたくない事でも俺が頼めばやってくれるようになったし。
我儘も減った気がする。
けれど、その反面ヒロインがやばかった。
出会ったのは偶然だけど、なぜか攻略対象と出会わずにいる。
それで性格に影響が出てしまった。
夜な夜な藁人形を作っては、木に固定してクギを打つような性格に。
暗闇の中で「リア充〇ね」とか言ってる。
えええ?
いやいやいや、おかしいじゃん?
なんでそんな事になっちゃってるわけ?
悪役令嬢を良くしたら、ヒロインが闇落ちするって聞いてないんだけど。
俺、どんなまずい事やらかしちゃったんだ?
こういうのって、元々その世界にいない存在が何かやらかしちゃったりしたのが、原因になるんだろ?
元々いない存在って、俺しかないじゃん。
とりあえず状況を整理しよう。
知らない間にこの世界のヒロインは悪役令嬢の子分になっていた(いつ知り合ったんだよ!)。
俺の頑張りで悪役令嬢の悪役成分はマイルドになった。しかし、その反面ヒロインは闇落ちしている。
俺達三人は知り合いで、悪役令嬢とはちょくちょく遊ぶ感じの仲。
ヒロインとこの世界の俺は最近知り合ったから、まだよく知らないって関係かな。表向きは。
まあ、俺だけはゲームやったからよく知ってるけど。
この時期に起こるイベントは何だっけ。
悪役令嬢が悪役街道を爆走する要因になった、濡れ衣事件は俺が未然に防いだ(大変だったけど省略!)。
けど、ヒロインのイベントって何も手を加えていないよな。
ヒロインって別の所から引っ越してきた子だから。
元居た場所が遠すぎて、そもそも何か介入したくても、何も手を加えられなかったってのがあるけど。
でもだからこそ、ならば逆に?
俺の存在は関係ないはずだ。
俺が関与した影響が、まさかそんな遠い所まで及ぶはずはないし。
俺は悪役令嬢になるはずだった子に心当たりがないか聞いてみる事にした。
「なんか俺の知らない所で、遠くの地に向けて新しい事やってたりしない?」
「えっ、何で知ってるの? 適当に宛名をかいて手紙を送る遊びをしてたのに」
それだ!!
「ゆうびんのまねごと! 楽しかったわ!」
にっこり邪気のない笑みを浮かべる悪役令嬢。
俺は頭を抱えるしかなかった。
前世の郵便局員の仕事の話なんてするんじゃなかった。
以前暇でしょうがなかった時に、話しちゃったんだよな。
悪役令嬢はどうやら自分の架空の生活をつくりあげて、手紙で自慢する遊びをしているらしい。
おう、表に出なくなった悪役成分がこんな所に発揮されていたなんて。
予測できるか、こんな事。
たぶんそれが偶然にも、ヒロインの元に届いちゃったんだろうな。
しかし、これはまずいな。
俺の知らない所でほいほい原作改変されたら。たまったものじゃないぞ。
フォローするにしても限界がある。
悪役令嬢の事はもっとよくしっかり把握しておかないとな。
把握するには、えっととりあえず傍にいればいい?
「というわけで、いつでも一緒にいる事にした。できるだけ俺の目の届かないところに行くんじゃないぞ」
「えっ。それは嬉しいけど。なんでそんな急に変な事いいだすの?」
それは、うーん。
まぁ、普通はあやしむよな。
俺だって、いきなり友達がつかずはなれずくっついてきたら、なにこいつってなるし。
何かうまいいいわけ思いつかないかな。
「それはだな。うーん。えっと。つまりな……お前の事を考えていないと、俺がすごくどうしようもないからだ」
苦し紛れに言ったその言葉は果たしてどう受け取ったのだろうか。
悪役令嬢は、顔をぽっと赤くして。
「そっ、そう? まあ、どうしてもっていうなら、特別に許してあげてもいいけど」
もじもじしながら、髪をいじりだした。
そしてこちらをチラチラ視線をおくる。
なんだか反応が妙だったけど、結果オーライだな。
よし、これからは悪役令嬢にへたな事はさせないぞ。
拳をぐっと握って成果を誇っていたら、視線を感じた。
「ん?」
そっちの方向を向くと、ヒロインと目が合った。
隠れてこちらを見ていたようだ。
心なしか、体中から黒いオーラが立ち上っている。
「リア充〇ね」
ヒロインの目は、めちゃくちゃ闇の深そうな色をしていた。
ハイライトどこ行った?
あれぇぇぇ、逆効果?
よく分からないが、俺はヒロインの地雷を踏んでしまったらしい。
その日から、こっそり睨まれる事が続いた。
ついでに「リア充〇ね」とか呟かれまくってるよ。
ただの一人言だったらよかったんだけど、あきらかに俺達(※ふくすう)に向けて言われてるよな。
だって、目線が二人に向いてるし。
冷や汗がとまらねーよ!!
一体全体、なんでこんな事になってるんですのん?
良くしようとして悪化させるなんて、一体どこでへたこいたって言うんだ。
「クールになってよく考えろ。とにかく何かあるはずだ」
考えてみた。
一秒後。
思いつかなかった。
「だめだ!? 俺の脳みそポンコツすぎる!」
冷や汗を掻きながら考え続けるけど、まったく全然理由が思いつかなかった。
そんなこんなな関係が続いているうちに、原作開始。
俺と悪役令嬢とヒロインは同じ学校へ入学する事になった。
攻略対象の存在も、しっかりと確認できた。
ここでの原作との違いはあんまりないな。
けれど数日くらい学校生活を送っていると違和感に気が付いた。
ヒロインが恋愛していない。
時折りこちらに呪いの視線を送ってくる事はあるけど、攻略対象達とイベントを起こしていないのだ。
壁ドンとか、お姫様だっことかなんでないの?
あーんとか、手をぎゅっとかもしてないし。
たまに中庭にある木に藁人形をくくりつけて、くぎを打ち付けている事がある。
「リア充〇ね」
まだそれ言ってるぅ!!
ヒロインは今も人を呪う事に忙しすぎて、恋愛の事を考えていられないようだ。
こんなん見たら、どんな可愛い女の子でも、引いてくわ。
イケメン達も引いてくわ。
海の引き波のように鮮やかに引いて去っていくわ。
うっ。このままでは、身の危険がせまってくるような気がする。
早急に対策を考えないとな。
私の家は、貧乏だった。
子供の頃からそれはずっと変わらなくて、だからその生活が当たり前だと思っていた。
当たり前の事に不満なんて抱かない。
お父さんとお母さんがいてくれるから、私の生活はそれで満足だった。
けれど、ある日拾った手紙を読んでしまってから、私は今の生活に満足できなくなった。
私の暮らしは貧しいものだという事を知ってしまった。
その手紙はずっと自慢話が書かれていて、嫌な感じがした。
努力しても手が届かないくらいの贅沢な暮らしをしていたその人物は、一体どういう理由で手紙を書いたのだろうか。
聞きたくない。
どうせ、どうしようもない理由なのだろう。
私は、お金持ち達の事が憎くてたまらなくなった。
生まれなんて選べないのに。
苦労して入った学校で、お金持ちを見るたびに、嫌な気持になる。
特に、私を子分にするだなんて偉そうな事をいってきたあの女の子。
そして、その女の子の知り合い。
彼等はいつでも幸せそうで。私の近くからそれを見せつけてくる。
一体なんの冗談かと思った。
きっと、貧乏な家の娘である私を、そうやって間接的に馬鹿にしているのだろう。
だから私は、彼らが不幸になるように今日も呪いをかけるのだ。
どういう事?
俺は学校内で、その光景を目撃した時に、わが目を疑ったよ。
攻略対象とのイベントが、悪役令嬢と起きている件について。
悪役令嬢がイケメンに言い寄られている。
まじでそっちに発生するの?
うっそでしょー。
なんでヒロインに行く好意が、そっちにいくんだよ。
イケメンに言い寄られている悪役令嬢は困った顔で、ちらちらこっちを見てくる。
なぜか今まで男の気配がしなかった悪役令嬢。
やっと訪れた春の気配を、応援したい気持ちはあるけども。
嫌がってるのに、恋イベント強制はよくないよな。
「悪いな、その子は俺と遊ぶ約束があるんだ」
とうわけで、悪役令嬢をさっそうと助け出すぞ。
「そっ、そうなのよ。だからしょうがないわ」
悪役令嬢も、ノリノリで俺に合わせてくれる。
うむ、その調子で演技するがよい。
けど、その場から離れてもどこからともかくヒロインからの視線を感じる。
周囲を見回すが、いない。
不思議な事に。
一体どこから見つめてるんだろう。
もう視界に見えないのに「リア充〇ね」とか聞こえてくるんだけど。
そんなこんなな毎日が繰り返されてから半年後。
驚きのイベントが起こった。
なぜか、ヒロインに起こるはずのイベントが悪役令嬢に起きている!
俺の目の前では、大勢の人間が悪役令嬢を取り囲んでいる光景があった。
「あなたがこれをやったんでしょう!」
「はやく白状しろ!」
「前からイケメンにちやほやされてて気に食わないと思っていたのよね」
文化祭で作った校内のポスターがすべてボロボロにされたり、落書きされたりしていたらしい。
悪役令嬢はおろおろした様子で、周囲を見回している。
そこに、さっそうと攻略対象達が登場。
悪役令嬢をびしっと背中にかばった。
悪役令嬢は割と攻略対象達を避けてる印象だったけど、こういう時にかばってもらえるくらいの仲にはなってたんだな。
不思議。
ヒロインだったら、主人公補正とかだと思うところだけど。
悪役令嬢にそれをやれると「うわーあいつらチョロイン」ってなるわ。
うわー。
しかし。
イケメンがやると、画面の威力が半端ないな。
顔が良いって得だよな。
その場に満ちてい空気がこう、きらっとして、ぴしっとひきしまっていく。
そんなイケメン力が効果を発したのか。
疑惑をつきつけていた者達は、証拠不十分という形で、矛をおさめてくれたけど。
これ、放置していていいわけないよなぁ。
あ、悪役令嬢が俺にアイコンタクト。
自分たちでなんとかできたでしょ。
って意味かな。
うん、えらいえらい。
それからも校内のゴシップ記事が、悪役令嬢の名前でばらまかれていたり、悪役令嬢の身の回りでだけ窃盗事件が起きたりしていた。
原作だと、犯人は悪役令嬢って事で、成敗される形になってるけど。
今回は、被害者がその悪役令嬢だ。
文字にすると何が何だか分かんねぇな。
被害者が悪役とかいう文字面が。
普通なら一体誰がやったんだ?
って事になるところだけど……。
残念な事に、心当たりがありすぎる。
「というわけで、君を呼び出してみたんだけど。何か言いたい事ある?」
というわけで、場面をさらっと転換。
件の犯人候補を、校舎の屋上に呼び出してみた。
決めつけとかじゃないよ。
ちゃんと張り込んで、嫌がらせしているところ目撃したから。
濡れ衣とかじゃないよ。
それはやっちゃいけないことだし。
しかしなんでこんな事になっちゃったかねぇ。
「なんで私は不幸ばっかりなのに、みんなそんなに楽しそうにしてるのよ!」
するとヒロインは今までためていた感情を吐き出し始めた。
「家は貧乏で、近所のやつらはイジワルで、誰も助けてくれなかった。家族は病気になって死にそうになるし、強盗は家に入るし、事故には遭うし」
そうだった。
ヒロインはかなりの不幸体質。
幼少期は、普通ならグレてもおかしくはない環境だったんだ。
でもそうならなかったのは、「自分が経験した悲しいことや辛いことを人に味合わせてはいけない」という母親の言葉があったからだけど。
もしかして、そういう話なかった?
うちの悪役令嬢がいろいろやったせいで、そういうのがなくなっちゃった?
これって、おっ俺のせいかな。ガクガクブルブル。
どっ、どうしよう。うーん。
すると、そこに攻略対象の一人がやってきた。
攻略対象はヒロインを背中にかばって、俺に対峙。
「彼女に何をしているんだ! 返答しだいではただじゃおかない!」
どうやら俺が意地悪をしていると思っているようだ。
ちっ、ちなうんですぅ。
イケメン顔で睨まないでくれ。
こう、顔が良い奴に睨まれると、独特の迫力があるよね。
ヒロインは攻略対象にすがりつく。
おっ、攻略対象ズはみんな悪役令嬢ルートに入っているかと思ったら、もしかこいつはヒロインルート?
俺がガクブルしすぎて、何も言えないでいると、攻略対象がヒロインへ向き直る。
そして。
「ほら、言っただろ。誰も信用してはいけないんだ。皆お前のことを不幸にしようとしているはずだ。だからお前は心を許さずに生きていかなければならないんだ。お前の味方になれるのは俺だけだ」
なんか怖い事いってるーー!!
えーー!!
この攻略対象ってそんな、おっかないこと言うキャラだっけ?
いや、そんなはずない。
乙女ゲームでは普通のキャラだった。
こんなおっかないこと言うキャラなんかじゃ。絶対なかった。
なんでそんなことになっとりますのん?
もしかしてこれも、俺のせいとか言わないよねっ(泣)?
攻略対象は、ヒロインの肩を抱きながらさっそうと退場。
ふぇえええ。
色々ありすぎて、思わずそんな気弱な声で泣いちゃうよ。
怒涛の衝撃ラッシュが起こってから一か月。
シナリオは進み、原作は後半戦へ突入。
何しているかっていうとーー。
俺たちはぶひぶひ鳴いてる、豚さんの前に立っていた。
「ぶひー」
「ぶぶー」
「ぶー」
乙女ゲームってもっとキラキラしたイベントばかりかと思ってたけど、意外とそうでもないのな。
ゲーム画面で見たときは、ちょっと衝撃を受けたよ。
「豚さんのお世話だなんて、ほんと面倒な授業よね。まったく」
俺の隣で悪役令嬢がはぁっとため息。
そだね。
小屋の掃除と餌の補充と、体調チェックと、いろいろあるもんね。
豚は愛嬌があって可愛いけど、そういう動物系の学校でもないのに、なんでやらされるんだろうね。
なんて考えてたら引率の先生が「あー、うちの学校のロジー先生がぎっくり腰になって、実家の手伝いをできなくなってだな」と説明しだした。
えっ、それってまさか。
まさかのまさかですん?
先生は若干目をそらしながら、いろいろ説明したのちに締めくくった。
先生、私情はさみまくり?
「町の食糧事情を担う大切な仕事だと思ってしっかりと励むように」
うそやーん。
「ぶひーっ」
「ぶぶぶ」
豚さんかわいいねぇ。
かわいいよ豚さん。
なんて考えていないと、慣れない作業はきつい。
餌袋の運搬は重いし、掃除はあっちこっちやってると疲れるし、体重測定とか健康管理でも相手は生き物だからケガさせちゃいけないし。
とにかく大変だ。
「ぶ?」
はいはいご飯のじかんですよーっと。
豚さんの食べる餌を餌箱に投入。
群がってくる豚さんを眺めて、何やってるんだろうなぁ。
という遠い目になる。
傷んだ腰をさすっていたら、悪役令嬢が汗だくになりながら近寄ってきた。
「ぜぇぜぇ、とっ。とんでもない目に逢ったわ!」
作業着姿の悪役令嬢には豚の蹄の足跡が。
「ひょっとして脱走した?」
「ええ、みんな慌てて集めて、大混乱よ。でも、ついさっきすべて捕獲完了ーー。家に帰りたいわ」
えらいえらい。
悪役令嬢もなんだか遠い目になってるな。
原作にもあったイベントだ。
俺も大変だった。
ミニゲームだったけど、難易度がけっこう高かったからね。
「でも、あの子はまんざらでもなさそうだったわね。慣れてるみたい」
「平民だから、手伝ってたのかもしれないな」
あの子とは、ヒロインのことだろう。
鮮やかな手さばきで豚さんたちを回収していくイラストがゲームにあった。
もっと他にイラストにするとこあっただろって思ったな。
いちおう恋のエピソードもあったっぽいけど、コメディ回として俺は認識してるよ。
なんて考えてたら、悪役令嬢が袖をスンスン。
「家に帰るまでこの状態なのはちょっと嫌だわ」
「俺は別に気にならないけど」
「私が気にするのよ。汗臭い女なんて、普通は嫌でしょ!」
「いや、働き者だなーって尊敬する」
「えっ。そう?」
悪役令嬢はなんだかそわそわ。
「そういうことなら、あんまり気にしないことにするわ」
そういうことがどういうことかわかんないけど、なんだか疲れがふっとんだみたいな顔をしてるので、まいっかって思った。
ふへーと一息とついてると。
例のダークサイドな攻略対象が目に入った。
ヒロインと話し込んでる。
親しい感じで、もうルート確定じゃねって思ったけど。
なんだかうーん、あやしいんだよな。
なにが違和感なのかよく分からないんだけど。
首をかしげていたら、なぜか頭上からごごごという音が聞こえてきた。
反射的に飼育小屋から出て空を見上げると、レアイベントが発生しているようだ。
古代遺跡の浮遊島が、頭上をすいすい通過していっている。
これは原作であまり発生しないイベントなんだよな。
この時までに同じレアイベントが起きていて、空飛ぶ古代生物を手なずけていると、あれに向かうことができるんだけど。
ヒロインは「あれなに」みたいな顔して、何かをしようと考えるそぶりすら見られないから。
あのレアイベントは未消化で終わるんかな。
なんて思っていたころもありました。
けれど、どうやらそうじゃないみたいだ。
豚さんのお世話が終わった後、現地解散となって俺はヒロインとダークサイド攻略対象が話し込んでいるのを目撃。
近くには古代生物が控えていた。
でも、ゲームとは違ってヒロインではなく、ダークサイド攻略対象になついているようだ。
「???」な俺はとりあえず二人をじっと観察。
分からないことは分からないまま放置しときたくはないんで。
そうしたら、もっといろいろな原作とは違う部分も判明してきた。
ヒロインが手に入れるはずの装飾品を、なぜかダークサイド攻略対象が身に着けているとか。
ヒロインが習得するはずだったスキルを、なぜかダークサイド攻略対象が使っているとか。
それらを目撃した俺は、ある可能性に気付いた。
まさか、あいつも俺と同じなのか?
別の世界からの転生者?
浮遊島から帰ってきた頃合いを見計らって、俺はやつが寝泊まりしている男子寮にお邪魔した。
そして手紙で学校の屋上へ呼び出す。
無視されたらどないしよう、と思ってたけど、相手はやってきてくれたようだ。
面倒くさそうな顔をしているものの、俺がどんな用件で呼び出したのか気になるようだった。
「何の用だ? また俺の恋人にちょっかいでもかけるつもりか?」
いやいや、そんなわけないですやん。
それだったらその彼女さんを呼び出しますし。
えっ、ていうか付き合ってるの?
原作だったらもっと遅くに告白イベント来るのに?
マジで?
初耳なんですけど。
俺はまだ誰ともつきあえていないのに、これだからイケメンは。
おっと、嫉妬にくるってる場合じゃない。
「お前、転生者だろ? そんで前世の知識を利用していろいろこの世界でやってるな」
確信は持てなかったけど、カマをかけたのは、とある可能性が頭をよぎったためだ。
こいつはヒロインを利用しているのでは?
自分の都合がいいように洗脳しているのでは?
なんて具合に。
だから話をはやく進めたかったのだ。
「だったら何だって言うんだ? 俺のことを糾弾するのか? そっちだって転生者なんだろ? なら今までさんざんおいしい思いをしてきたんだろうが。自分は良い思いをしておいて、人のことはなじるのか?」
良い思いなんてそんなこと、するわけないだろ。
そもそも、俺は器用じゃないし、イケメンでもないから、大したことできなかったんだよ!
できるのは、せいぜい悪役令嬢をちょっといい子にするくらいだわ、ばかあほ。
「ヒロインちゃんの、あの子の味方ってわけじゃなくて、お前は自分の欲を満たしたいだけってわけか」
「別に良いじゃないか、真相を知る人間なんてこの世には誰もいないんだから」
「良いわけないだろ。利用される方の気持ちも考えろよ。あんなに今まで大変な目にあってきた子に、よくそんなことができるな」
「正義のヒーロー気取りか? 寒いぜそんなの」
寒いとか熱いとか、そういう問題じゃない。
人としてやっちゃいけないことなんだそれは。
なんでこいつはそんなことが平気でできるんだ。
人間不信で、リア充〇ねとか言っちゃうような子があんなに頼りにしていたのに。
なんで平気な顔できるんだよ。
こういう奴は痛い目見ないとわからないんだろうな。
「決闘だ! 俺が勝ったら、前世の知識を悪用するようなことはやめろ!」
悪役令嬢ちゃんの手綱を握り切れていない俺が言うのは、偽善かもしれないけど。
そのせいでヒロインちゃんが歪んじゃったのは、俺の行動のせいかもしれないけど。
だからって、目の前の非道を許すのは男としても、人としてもやっちゃいけないことだ。
「一体なんなの? 何でこんな所につれてくるのよ」
ため息をつく私は、なぜか仲の悪い金持ちの女の子に腕を掴まれ、校舎を歩き回っている。
呼び出されたときは とうとう果し合いでもやる気になったのかと身構えたけど、そうじゃないみたいで戸惑ってしまう。
今までに見たことのないくらい真剣な顔をしている少女は、ずっと唇をかみしめていた。
その少女は口を開く。
「私、仲のいい男の子に嘘をついてるのよね」
「いきなり何?」
「男の子がずっと隠してる、すっごく大きな秘密を知ってるんだけど、ずっと知らないフリをしてるの」
「その話、私に何の関係があるのよ」
「その秘密は私の安全に関することで。男の子は今まで私に色々なことをしてくれてた。私がそれをこれからも知らないフリをしてれば、男の子はずっと私のこと見てくれるんじゃないかってーー。でもそれは間違ってた」
暗い顔でそんな事を話しかけてくる女の子は屋上への扉に手をかける。
扉の向こうに誰かがいるようだ。
話し声が二つ、聞こえてくる。
「わざと困ってるところを見せたり、助けを求めたりしてたけど、最近気づいたの。男の子のことが本当に好きなら、ちゃんと成長して安心させてあげなくちゃいけないんだわ」
「あんたーー」
「だからそっちも、本当に相手のことが好きなら寄りかかっちゃだめ。ちゃんと相手のことを見てあげないと」
開いた扉の向こうから、話し声が聞こえてくる。
一体何度イケメンから、パンチとキックをお見舞いされただろう。
俺はぼっこぼこの、フルボッコだ。
これで何度目か分からないダウン。
でも譲れない戦いだから、と立ち上がろうとする。
足に力が入らないな。
ぼんやりする頭でそんなことを考えていたら、そこに悪役令嬢とヒロインがやってきた。
「「え」」
思わず俺とダーク攻略対象の言葉がハモってしまったのは、仕方のない事だろう。
その後の展開も、驚きの連続だった。
悪役令嬢ちゃんが俺の秘密を知っていたなんてびっくりだし。
様子からして俺たちのやりとりを聞いていただろうに、ヒロインちゃんがダーク攻略対象に向ける愛情は変わらなかったようだ。
最後に二人抱き合って、許しあう所はさすが乙女ゲーム世界だなって思ったよ。
うーん良い光景だけど。
これって俺、殴られ損だよね?
その後、ヒロインちゃんは「リア充〇ね」を発動させることはなくなった。
それどころかヒロインちゃんとダーク攻略対象は、周囲の人間から「リア充め(俺訳)!」と言われるようなカップルになっていたくらいだしな。
思い起こせばリア充なんて言葉、俺の前世の言葉まんまじゃん。
なんで関連性に気付けなかったんだよ。ばかばか、あほたろう。
でも、そんなんだから悪役令嬢ちゃん以外に目を向けてる余裕はないって分かるよね。
良い思いなんてできるかよ、ばかばか、あほじろう。
それをダーク攻略対象に話したら「あの自己申告、本当だったのか」と呆れられたけど。
で、こっちはこっちでも、ちょっとまとまりかけてるかな。
悪役令嬢ちゃんは数週間くらい申し訳ないモードしてたけど、俺が許したら徐々に元に戻っていったし。
えっと、その愛の告白なんかもあったりしちゃって、きゃーっ照れるー(>_<)って感じだけど。
途中途中は危ないとこあったけど、悪役令嬢ちゃんは闇落ちしなかったし、ヒロインちゃんも闇落ちから脱出できてよかったよ。
はぁ、このまま平和が続けばいいな。
平和が一番なんだから。
「そういえば浮遊島の攻略どうなったんだ、ダークサイド攻略対象」
「いい加減名前で読んだらどうだ、モブ野郎。浮遊島なら7階層までの攻略で止めてるぞ」
「まっ、まじかよ。あの浮遊島、一定期間内に10階層までクリアしないととんでもないイベント発生するんだぞ! なんで最後までやってないんだよ!」
「なっ、レアイベントだから情報集められなかったんだ。そういうことは早めに言えよ」
「言うわけないだろ。このろくでなしイケメン性格性悪野郎」