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輪廻の狭間 (『夏のホラー』投稿作品集)

お盆の帰省と幽霊屋敷

夏のホラー2023

 毎年8月17日の夜は、私は家の外に決して出ない。

特に、20時頃から24時頃に掛けては、家の中から外の様子も見ない。


 私は家から片道40分ほど掛けて、都市部にある会社に勤める会社員で、この時期は世の中のニュースともなる、お盆休みを、その例に漏れずに使う事ができていた。

私には、自分の家族があり、それは妻と、二人の息子で、息子は高校3年生と中学3年生で、親としては、小学生だった時の息子達は、素直で良かったのに、今はどうしてこうも扱いにくくなってしまったのかと、過去を懐かしく感じてる時期であった。

妻は昔から、この町に住んで居て、私よりも1学年上の存在だったのだが、何の因果か、気が付けば私と結婚する前に、私の子供を身籠っていたのだった。

世の中とは全く予想の付かないものだ等と思って居たが、この時は、世の中以前に、自分の事も全く予測できて無かったのだなと、思い知ったのだった。

そんな私が、親から譲り受けた土地に家を建ててから、もう20年が過ぎて居た。

私と妻の両親も数年前にそれぞれ他界し、私の歳も既に50を超えて居た。

そんな、そこそこの人生経験を経て、今や中年にもなってる私が、人生の中で、最も恐怖したしたのは、今から約8年前の夜のことであった。

それから私は、毎年『その日』の夜は外に出ないと決めて居たし、家族にも私が見たものを伝え、家から誰も出ないようにと言い聞かせた。そして7年前からは、家の中で音量を上げたテレビを見て、外の物音をさえも掻き消すようになったのだった・・・。


今日は8月16日の夜。

だから、正確には明日で丁度、あれから8年目となるのだが・・・。


8年前に何が起こったのか・・・。


いや。

そもそも事が起こったのは9年前だった。


今から9年前に起こった事とは、私と私の家族が住む家の真向かいに、別の町から後に引っ越して住んで居た一家3人全員が、お盆の帰省の帰り道で、自らが起こした自動車事故により『帰らぬ人』となった事だった・・・。

その事故は単独事故ではあったが、一家全員が死亡したという衝撃的な出来事であったので、当時は全国ニュースとなりテレビでも流れた。

当時の私は、その家族との近所付き合いもそれなりにあり、その事故の日の数日前に、その家族が帰省する為に家から出発するのを見送ってたので、尚更に衝撃を受け、テレビで流れるニュースを見ながら、知らぬ間に手が震えてた事を覚えている・・・。


しかし、まさか。

その翌年の同じ日の夜に、全身が震え上がる出来事に遭遇するとは、私は想像すらしなかった・・・。



 それは、向かいの家族の事故から1年後の8月17日の夜だった。

私も妻も、地元育ちだったので、会社からお盆休みを貰っても、わざわざ帰省する必要が無いので、毎年のこの時期の我が家は、家族揃って自宅や、その周辺でのんびりと過ごすのが恒例だった。

子供達が、まだまだ小さかった頃は「どうして、うちだけ、どこにも出かけられないの!?みんな、新幹線や飛行機で遠くに行って遊んで来るのに・・・。車でも良いから、遠くに行きたい!」と、テレビのお盆の帰省ラッシュを伝えるニュース見てる子供達から、せがまれたものだった。

だから、この日も、子供達の不満解消にと、庭でバーベキューをしたのだった。

焼き手は、私・・・。

休日の家族サービスであったが、家族の誰に焼かせても美味しく焼かないので、何時も私が焼く係になっていた。

庭の植木の隙間からは、今では誰も住んでない向かいの白壁の家が少し見え、それを見てると事故の事が思い出されて、少し気持ちが落ち込む瞬間があるのが嫌だった・・・。

夜には、その家の明かりの点いてない暗い窓が、よりいっそう寂しさを感じさせるので、私は極力、そちらを見ない癖が付いてしまって居たのだった。


夜も8時を過ぎバーベキューを終え、ほろ酔いになってた私は、その後片付けを妻と簡単に済ませた。

そして、私以外の家族は、エアコンの効いた家の中へと戻ってしまい、庭で一人、野外用の椅子にゆったりと座り、ぬるくなった缶ビール片手に夜空を見上げて居た。

これが肉眼で8月17日の夜空を家の庭から見上げる、最後の日になるとは思いもせずに・・・。


夜空を見上げて20分も経ってただろうか・・・。

私は、生温なまぬるい気温の中、眠気でウトウトし始めて居た。

夢うつつの、最高に気持ち良い時間だった・・・。

しかしなぜか、急に冷たい風が足元を通り抜けるのを感じた私は、フッと目が覚めたのだった。

それは同時に奇妙な違和感を感じさせたので、さっきまでの心地好さが、一瞬で消え去ったのを今でも覚えている。

するとだった・・・。

聞き覚えのある、エンジン音が、私の耳に入って来たのは・・・。

その音を聞いた瞬間。

私の身は固くなって居た。

『この聞き覚えのあるエンジン音・・・。』

その音は、その自動車メーカー純正のマフラーとは違う、低音が強く響くマフラーに変えられた、とある車の音にとても似てたのだ。

とある車とは、向かいの家の家主の車である。

それは、ハッチバックの黒いスポーツカーであった。

その音が、閑静な住宅街と言える、この町の中を、こちらに向かって近付いてくるのである。

『いやまて・・・。同じような車は世の中に沢山ある。その内の1台が、たまたま今、ここを通り抜けようとしてるだけだろう・・・。』

私のその思いや考えは、極めて常識的であり、当然と言えた。

しかし、その音が近付くにつれ、私の家の前で減速の動きをしてると感じた時には、辺りの気温が更に下がるのを感じた。

私の庭からは、あまり見たくは無い、白壁の向かいの家が、暗く浮き上がって見えた。


そして、その家の白壁が、通り抜ける筈の車のヘッドライトで少し照らされた後、その車のヘッドライトは、私の居る庭を眩しく照らした。

『バックして、向かいの庭に入るのか!?』

何の関係者なのか分からないが、向かいの一家の一周忌当日に、その家族が乗ってた車と同じような車で、しかも夜に来るとはどういう事なのだろか!?

そんな思いが、私の中に湧いて来た。

それで私は、炭酸も抜けたぬるい缶ビールを飲み干し、その様子を見ようと立ち上がった。

すると丁度、その車はエンジンを止めた。

私は庭の植木の隙間から、向かいの家に駐車した車の様子を、盗み見する様にして腰を屈めた・・・。



『見てはならないものを見た!!』


そう、思った・・・!


私は恐怖と後悔を同時に覚えた。


そこに駐車されてたのは、音も含めて、車種、色、細かな装備、そして・・・ナンバー迄も・・・。

あの事故を起こした車、その物だったからだ・・・!!


私は、あまりの恐ろしさに、直ぐに自宅に逃げ込もうとした!

しかし、それは出来なくなって居た。

一つは、この瞬間に、その車の各ドアが開き、中に乗ってるこの世の者ではない何かが、一度に外に出ようとしてるからだった。

『今、動けば、物音で気付けれる!』と、思ったからだか、気が付けば、それ以前に身体が動かなくなって居たのだった!

文字通り、身動き一つ出来なくなって居た私は、全身に冷や汗を滲ませながら、両目だけを忙しなく動かして、その様子を確かめた。

車から出て来たのは、紛れもなく、あの事故で死んだ家族3人だった・・・!

『幽霊・・・!?』

私は生まれて始めて幽霊と言うものを見たと確信し、未知の体験への恐怖心とは裏腹に、車を含め、その家族の姿が、まるで生きてる人の様に見える事に驚いて居た。

『モヤッと白く見えるとか、半透明に見えると聞いてたが・・・まるで、今も生きてる人達の様に見える・・・。』

私に見えてる光景は、本当にそうだった・・・。

だからもし、私がここに住んでる人では無く、通り掛かりに、このように死人が幽霊として現れたのなら、それを幽霊だとは思わなかったろう。

ただしかし、その人成らざる人達を見続ける内に、生きてる人達とは雰囲気が少し違ってる感じがしてきたのだった。

それは、互いの会話が無いという事だった。

幽霊の彼らは、車から荷物を手に取ると、互いに一言の会話をすること無く、車のドアをバタンと閉めた。

そうした物音は聞こえるし、彼らの動く音も聞こえる。

しかし、どの顔も無表情な感じで、誰も口を開く事が無いのだ。

彼らの足音だけを聞いて居た私は、彼らがどの様にして家に入るのだろうと見て居た。

すると、家族の先頭を歩いてた父親が家の鍵を取り出し、カチャリと、家の錠を開いた音がした。

すると同時に、彼らの姿は家に吸い込まれる様にスーっと消えてしまったのだった・・・。


私は暫く、実際には開かなかったドアを見詰めて居た・・・。

そして、その家の明かりが点いたりしないだろうかと思い、何ヵ所かの窓を見たのだが、何処にも明かりが点くことは無かった・・・。


ふぅ・・・と、緊張が少し緩んだ私は、ため息をついた。そしてもう一度、辺りを見渡した時には、あの黒いスポーツカーも消えてたのだった・・・。

私は、その事に気が付いた途端、彼らが車から降りて来た時から続いてた奇妙な冷静さを失つた。

すると同時に、未知の恐怖に強烈に駆り立てられ、脚を縺れさせる様にしながら、自宅に駆け込んだ!


息を切らし、脂汗を流しながら、転がり込む様にして自宅の居間に入った私の姿を、家族は驚きの表情で迎えた。

そして、震えながらも、私は先の体験を家族に話した。

私の話を聞いた家族は、半信半疑だったろう。

実際には幽霊が現れたのでは無く、今日が向かいの家族の命日だから、その事を気に病んでた私が、酒に酔って居眠りした挙げ句に見た、夢や錯覚を見たか、或いは妄想だとも思ったのでは無いだろうか・・・。

その証拠に、家族が私の体験を信じる様になったのは、この翌年の8月17日を過ぎてからの事だったからだ・・・。


だから子供達は、この時の私が妻になだめられてる光景を見て、向かいの家族の幽霊が出たとかとは全く別の不安を感じて居たのだと思う・・・。


 家族は信じてくれなかったが、私は昼夜問わず、向かいの家を見る度に、恐怖を感じて生活して居た。

それでも月日が経つに連れ、昼間の恐怖感は少しずつ薄らいでいったのだが・・・夜は変わらず怖かった。

だから、あの日から、私の家での生活習慣は、変わってしまった。

兎に角、暗く成ったら家から出ないし、家の外も極力見ないようにしてたのだ。

だから、翌年の8月17日は、家族にも絶対に外に出ず、外も見えない様にカーテンを閉めて過ごすようにと頼んだのだった。

家族は、そんな臆病な私を、少し軽蔑したのかもしれないが、事故死した家族の幽霊を目の当たりにした私にすれば、その様な扱いは些細な事に思えて居た。

そうしたからだと思うのだが、あの家族が亡くなってから3年目の8月17日は、私と私の家族には、何事も無く終わったのだった。


しかし、その年の9月の始めの事だった。


「今では誰も住んでない家に、毎年、お盆の決まった日の夜になると、自動車事故で死んだ、その家の一家が車に乗って帰って来る・・・。その時の事故車に乗って・・・。」


私が向かいの家族の幽霊を目撃してから1年後。

町の住民の間に、その様な噂が広まった。

私の他にも、町の住民の誰かが、私が見たものと同じものを見たのだろう・・・。


この時に成って初めてだった。

家族が私の話を、本当に信じてくれたのは・・・。

それ以来。

私と私の家族も含めた、この町の住民の一部の人達は。

この日の深夜だけは、外に出歩かなくなった・・・。



その町の噂話の幾つかを要約すると、こうだった。


深夜に、一人の町の住民が車を運転してたら、その家族が乗った車とすれ違った。

すれ違う時に、ヘッドライトの明かりで顔を見たから間違いない。


深夜にその死んだ家族が乗った車と、町の住民が運転する車が、町の少し細い道で出会い車同士ですれ違った。その車は、こちらにパッシングをして道を譲ってくれたのだが、すれ違う時に先方の車の運転席の窓か開いて、中年の男性の運転者は、無表情な顔で、こちらを見てた・・・。



深夜に、今では誰も住んでない、あの家の駐車場に、あの家族の黒い車があった・・・。

似た車ではない・・・何故なら、あの車のナンバーと全く同じ数字だったからだ・・・。


そうした話のどれもが、8月17日の夜だった・・・。


こうした町の噂話が、私の家族の耳に入った時、私の家族は、他人に私の語った事を話した。

それで、噂は噂を呼び、私の家族にもより多くの噂話が入り、その結果として私の話も信じる様になったのだった。


しかし、そう成ったら成ったで、それまで向かいの無人の家を見てても何も恐怖を感じなかった私の家族は、実際に幽霊を見た訳では無くても、怖がるようになってしまったのだった。

考えようによっては、8月17日以外は幽霊に遭遇しないと言えるはずなのだが、後の噂話の中には、その日とは関係の無い日でも目撃したとの話もあり、結果的に私達家族は、夜は殆ど出掛けられなくなってしまったのだが、それでも家族には、仕事や学校、近所との人付き合いもあるので、時には夜に出掛けたり、帰宅する事もあった。

そういう時は、なるべく一人で家の前に来ない様に、誰かに送ってもらったり、たまたま誰かが家の前通るのに合わせて、帰宅したりして居たのだった・・・。



 そんな不自由な制限のある生活を何年も続け、明日で丁度9年が経つのだか、そんな思いをしてるのは、今では私一人になって居た・・・。

と言うのも、数年ほど前からは、私と家族とは別居してるからだ・・・。

妻や息子達は、この様な不安な家での生活は、耐えられ無かったのだろう・・・。

家族が出て行ってしまってから数日後。

私宛の置き手紙が玄関に置かれていた。

それは妻と、二人の息子からだった。

妻からの手紙には『こんな事になってしまって悲しい。不安も多いけど、何とかやっていきます。』と・・・。

息子達からは『僕達は元気です。まだまだ若いし、これから沢山勉強して、きっと立派な大人になるから。』と、言った内容が書かれてあった。

私は、家族の近況を知る事が出来て、一安心はしたものの。自宅に居ながら単身赴任の様な生活になってしまい、とても寂しい気持ちに成ってしまった・・・。



それもこれも、向かいの家に幽霊が出るからだと思うと、最近では、恐怖よりも憎らしさの方が上回る様になって居た・・・。


『だから、明日こそは・・・!』

私は決心して居た。

明日は、向かいの家族の命日。

私は、あれ以来、彼らの幽霊を1度も目撃しては居ない。

だから、月日が経ち過ぎて、今となっては逆に、自分が本当に幽霊を目撃したのかと思う程に成って居た。

『それなら、確かめよう!確かめて、アイツらが出て来なかったら、幽霊は居ないとなって家族を安心して呼び戻せる!或いは本当にあの時に見たのが幽霊だったとしても、長い月日が、彼らの未練を薄らげて、今では成仏してるのかも知れない・・・!』

私はそう思い、明日の8月17日に備えて早めに眠った・・・。


 そして、8月17日の夜。

私は恐れもせずに、自宅の玄関前に立ち、向かいの家を睨み付けて居た。

『今日こそ、決着を付けてやる!幽霊を目撃しなければ、それで良し。もしも本当に幽霊が出たなら、私が直接説得する!それが出来なかったら、明日にでも神主さんか、坊さんを連れて来て成仏させる!』

私は、そう思って、夜中に一人で待って居た。

丁度9年前のこの日に事故死した、あの幽霊の一家を・・・。


夜の10時を回った頃だろうか・・・。

あの音が、遠くから聞こえ始めた。

あのスポーツカーの低音の効いたエンジン音だ。

『本当に・・・あの日見たのは。本当だったんだな・・・!』

私は腹に力を入れて、それを待ち構えた。

すると、そのエンジン音を引き連れた黒いハッチバックのスポーツカーが見え、そしてこちらに向かって近付いて来た。

そして、車は減速し、向かいの家に駐車するようにハンドルが切られ車体の頭を降った。

車がギアをバックに入れる間とその前後の時間、ヘッド・ライトの明かりが、私を照らす。

私の姿を、死者の彼らが見てどう思ってるのかは分からない。

なんであれ、私はその車に近づき、死者達に話を付けると決めて居た!

やがて駐車した車はエンジンを止めた。

辺りは急に静まり返った。

車に近付く私の足音が響く。

黒い車のドアが3枚同時に開いた。

中からは紛れもなく、既に死んでる筈の、あの三人の家族が現れた・・・。

彼らは、無言で私に会釈した。

私はそれに応えなかった。

まるで生きてる人の様な振る舞いと姿が、不気味だった。

「お久しぶりですね・・・。」

低くおさえた、やや震える声で、私は言った。

開かれたままの運転席のドアの横に立つ、向こうの父親が、もう一度会釈して、私の言葉に応えた。


私は次の言葉を言おうと決心した!

それを言ったらどうなるか分からない・・・。

私は呪い殺されるのかも知れない!

しかし、今、言うしか無かった。

私は口を開き・・・。


「あなた・・・死んでる事に気が付いてませんね?」


!?

私は耳を疑った・・・。

今の言葉を言ったのは、向かいの父親だからだ!

どうして、私が言おうした事を、この死者は知ってるのだ・・・!?


「やっぱり。あなたも、死んでる事に気が付いて無かったのですね・・・。」


彼が何を言ってるの分からないが、私は言い返した。

「死んでるのは、あなた達だ!あなた達は9年前のこの日!8月17日の午後に、あ・・・あなたの運転ミスによって、一家3人、全員が死んだんだ・・・!」


彼らは、私の言葉を聞いた。

すると、助手席側に居た娘さんが、泣き始めた・・・。

そして、右後ろの座席から降りて立って居た、この家の奥さんも、うつ向き、泣き始めたのだった・・・。


「そうです。私の間違いで、私は家族を巻き添えにしてしまった・・・。私の人生は、あの時に終わっても良かったが・・・娘と妻は、私の犠牲でしかない・・・。なのに私は、私の我が儘で、今日まで家族を連れ回してしまった・・・。」


「だったら・・・。だったら、もう成仏して下さい!あなたのせいで、私の家族は・・・あなた達の幽霊に怯えて、バラバラに暮らすはめになってるのですから!」

私がそう言って、彼を追い詰めると。

「そうではありません・・・。あなたが家族と別れて暮らしてるのは、あなたが、もう死んでるからです・・・。」

彼は、苦し紛れの意味の分からない事を言ってきたと、私は思った。


「確かに。あなた達とこうして話してるという、奇妙な事実を考えると、死者は自分が死んでると知らずに、この世に居る事があるのだと分かりました。しかし、だからと言って、生きてる私にそんな事を言って何の意味があるのですか!?」

私は最早、恐怖など無かった。

ただ、底知れない怒りだけが込み上げて来るのを感じた。

しかし、彼は言った。

「私の家は、まだここに在りますが、あなたの家は、もうそこに無いのです。振り返って下さい・・・。」

何をバカな事を思いながら、それでも、私は何か嫌な予感がして・・・直ぐには振り返らなかった・・・。


「さあ・・・確かめて・・・。」

彼の、その声と言葉には、悲しみが滲んでいた・・・。

だから、なにか底知れぬ説得力があった。


私は恐る恐る振り返った・・・。


「家が・・・無い・・・!?」

そこには、私の家は無かった・・・。

ただ、家一軒分の区画があり、そこには雑草が生い茂ってるだけだったのだ。

私は呆然として、後ろから聞こえる彼の言葉を聞いた。


「3年前に、火事で焼けたのです。全焼でした・・・」


「全焼・・・!?」

私は一瞬、彼の方を振り返って、そう聞き直した。

それから、もう一度、私の家が在る筈の空き地を見た。

『なんだ・・・これは・・・悪い夢なのか!?』

『私はさっきまで、どこに居たのだ・・・!?』

『一人で、自宅を守ってたんじゃ無いのか!?』

『この空き地は・・・本当に私の家があった場所なのか・・・!?』


幾つもの自問自答・・・いや。私には答えが分からないから、実際には立ち竦み、自分の中で、ただひたすらに疑問を繰り返して居た。


そんな私の背中に向かって、彼が言う。

「4人家族の中で、逃げ遅れた人が一人だけ居ました・・・。」


『私の脚は地に着いてるのだろうか・・・?』

私は、意識が遠退きそうになった。


彼は更に、続けて言った。

「逃げ遅れたのは、その家の父親・・・。」


私は、恐る恐る、彼らの方を振り返った・・・。


「つまり・・・あなたです・・・。」


私は彼らに向き直り、互いを見た・・・。

彼らは、悲しんで居たさっきまでと違って、清々しい雰囲気がした・・・。

彼らはもう、全てを受け入れ、旅立つ決心がついてるのだろう・・・。


間もなくだった。


彼らの上には、昼間の雨上がりに雲間から差す様な光が降り注いできたのは。


その暖かな光に私は、目を細めた。


そして、薄れ行く彼らの姿を見てる内に、私の目は眩み始めた。

これな何かと夜空を見上げると、私にも同じ光が刺して居たのだった・・・。


何の因果だったのか。

結果として、彼らを見送る私にも同じ光が降り注ぎ、それと同時に、心地好い暖かな空気に包まれたのだった・・・。


『そうか・・・あの手紙は・・・。』


この時の私の表情は、どんなだったろうか・・・?

一つの終着点を知らされ、そして、その終わりの始まりに行かねば成らなくなった私の表情は・・・?


今はただ。


いつか、家族に会いに行って、別れを告げられる日が来ると信じるしか無かった・・・。



読んで頂きまして幸いです、

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― 新着の感想 ―
[一言] 家に帰りたい者たちと、家に帰ってきてもらいたい者のお話なのですね。 家に執着してしまうのは、きっと幸せな記憶が残っているからだと思いたいなと思いました。 読ませていただきありがとうございまし…
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