教え子に暴力を振るっていると言われ婚約破棄されたけど、全て指導のためです。それにその教え子は悪女なんですわよ。本当に婚約して大丈夫、王子様?
「ルウシェ・フェイリーク、貴女との婚約を破棄することにした!」
突然の婚約者からの宣告、一体何事かと周りがざわつく。私も一瞬何を言われたのかわからなかった。
「あの……ヒース皇太子殿下、突然何をおっしゃいますの?」
「何度も言わせるでない。此度の不祥事により、ルウシェ・フェイリーク嬢との婚約を破棄する! これは決定事項だ」
再び周りもざわついた。この国の第一王子から、まさかの婚約破棄の申し出だもの。
国王陛下と皇后も招き入れての素晴らしいお茶会だというのに、両陛下も困惑している。台無しですわ。
そこに見覚えのある一人の女性が入ってきた。
「ミリアム? あなたがなぜこんな場所に?」
ミリアムは私を睨んだ。なぜか顔を覆い隠し、ヒースに擦り寄る。見ると、すすり泣きしているようだ。
わけがわからないわ。どうして泣いているのか、私が何か悪いことをしたっていうの。
「ルウシェ、君が子爵令嬢のミリアム嬢に行った数々の仕打ち、身に余るものがあるぞ」
「仕打ちですって? わけがわからないことをおっしゃらないでくださいますか?」
ミリアムは顔を見開いて、ヒースの腕を強く握りしめた。その目には、私に対する怒りが込められていた。
「お聞きの通りですわ! ヒース殿下、先生が私に対して行った数々の行為を暴露してあげてください」
「ミリアム、あなたまで何を言うの?」
「ええい、ルウシェ! お前が学園にてミリアム嬢に行った数々のしつけ、身に覚えがないとまだ白を切るのか?」
「学園……もしかして、ミリアムへの指導のことでございますか?」
私は魔法学園の特任講師を勤めている。ミリアムは私の教え子の一人だ。
ミリアムは魔法の才がある。私は一目でその才能がわかった。彼女なら優秀な宮廷魔道士になるだろう、ゆくゆくはこの国の魔道士達を引っ張る存在にまで成長する器だと、私は直感した。
だからこそ私はミリアムに高い期待を込めている。ミリアムを成長させたい、その一心で私はやや厳しく当たったりもした。
もしかしてその指導がまずかったというのか。でも納得できない、ミリアムはあっという間に学年首席にまで育った。そんな彼女が、あの程度の指導でクレームを申し付けるというの。
「誤解でございますわ。私はミリアムに高い期待を寄せております、彼女は将来大魔道士に育つでしょう。だからこそ、己の未熟さや弱点を今のうちに克服するよう、日々指導に努めてまいりました」
「それが横暴だというのだ。ミリアムへの指導はもはや暴力に近い。見ろ! この痣を!」
ヒースがミリアムの右腕を上げ、袖をまくった。なんと彼女の肘の部分に、赤黒い痣ができていた。
周囲もざわついた。一斉に私への視線が集まる。この痣、もしかして先日の模擬戦闘の訓練でできたものかしら。
「どうだ? これを見ても、まだ彼女への指導は暴力ではないと言い切るのか?」
「それも誤解ですわ。確かに先日の模擬戦闘の訓練で、私は彼女へ火魔法を放ったのは事実です。でもその火魔法も、彼女は防御魔法で防ぎました。ですから、そのようなひどい痣ができるはずがありません」
ミリアムは私を再びにらんだ。あの様子からするに、あとで自分でわざとつけたものでしょう。
「だ、だが……火魔法を彼女に放っているのは事実ではないか。それに模擬戦闘とはなんだ? まさか生徒達にそんなひどい指導をしているのか?」
「あら、ひどい指導とは聞き捨てなりませんわ。魔道士たるもの、戦闘訓練は欠かせません。これも指導の一環ですわ」
「それで生徒が傷を負っても、何も責任を取らないというのか?」
「そんなわけございませんわ。もちろん手加減はしますし、重傷を負ったら後で治癒魔法で完治させます。あら、それで思い出しましたわ。学園には優秀な治癒魔道士がおります。どうしてそんな痣ができても、そのまま放っておいたの、ミリアム?」
ミリアムに問い詰める。彼女は動揺した。そこまで頭が回らなかったようね、やっぱり彼女もまだ未熟なのかしら。
「うぅ……あなたの魔法が強烈すぎて……治癒魔道士でもお手上げだったのよ」
「そ、そうだ……ルウシェは強すぎるのだ! いくら手加減しても、相手は仮にも生徒なんだぞ!」
やれやれ、もっとまともな言い訳を言ってほしいものですわ。正直、こんな茶番にもう付き合ってられないわ。
「わかりました。それではこの場にて、謝罪いたしましょう。大変申し訳ございませんでした」
深く頭を下げた。別に謝る必要はないけれど、相手は仮にもこの国の第一王子、こうでもしないと王族のメンツが保てないでしょう。
「謝ればよいというものではない。さっきも言ったが、貴女との婚約は破棄だ。このような生徒に横暴なふるまいをする女性だと知って甚だ遺憾だ、そしてルウシェの代わりとなるのは……」
ヒースはミリアムの顔を見た。ミリアムはさっきまでの泣き顔を笑顔に変え、私の方を向いた。
「ミリアム・アレサンドロ子爵令嬢だ。私は正式にミリアム令嬢と結婚することにした」
周囲がまたもざわついた。
「ミリアム令嬢、万歳! 万歳!」
一部の人は拍手を送って歓声を上げた。どういう神経しているの。いや、多分拍手している人はサクラね。
これはミリアムがヒースと結ばれるために仕組んだ策略、あまりに浅はかな作戦だけど、やっぱり彼女は学年で相当モテるから人脈というか、コネがあるのよね。
甘く見てたわ。でも別にいいかもしれない。こんな器の小さい、女性を見る目がない皇太子と結ばれても不幸になるだけかもしれない。ミリアムに負けた気分がするのは、腹が立つけど。
「お待ちいただきたい、皇太子殿下!」
そこに声を張り上げて出てきたのは、私の元教え子で卒業生の宮廷魔道士団長のベネット・マクラーレン。
「マクラーレン団長。突然声を張り上げて、どうしたんだね?」
「不躾で申し訳ございません、皇太子殿下。殿下は誤解していらっしゃいます、フェイリーク先生が生徒達に暴力じみた指導を行うはずがございません!」
ベネットは身を挺して私の無実を主張してくれた。
思わぬ助け船が来ました。相変わらずのイケメン、凛々しい顔、皇太子顔負けの好青年ぶりですわ。
「団長、貴殿までそんなことを言うのか!? 現に彼女は火魔法を放ったと公言している、しかも彼女の魔法は強すぎるのも私は知っている。生徒が勝てないと自覚しているはずだ」
「確かにフェイリーク先生は強すぎます。事実、私も在学中は一度も先生に及びませんでした。それでも……」
ベネットの背後にズラズラと若手の魔道士達が出てきた。彼らは全員私の教え子、去年卒業したばかりの子も大勢いますわ。みんな立派な顔になられて、私も嬉しい。
「フェイリーク先生の指導は、大変素晴らしいものです。おかげで我が宮廷魔道士は、歴代最強とも言える軍団を作り上げました」
「ぐ……歴代最強だと?」
「皇太子もご存じでしょう。半年前我が国の最北部の無人島にて、魔族の軍勢を退けたことを」
そういえばそのようなこともありました。かなりの数の軍勢で、もはやこの国への侵攻も時間の問題でしたね。
「Sランク魔物も大量にいました。戦力的に撃退は無理だと囁かれましたが、我ら宮廷魔道士の軍団にて無事壊滅に成功いたしました」
「国王陛下からも祝福されました。それもこれも、ルウシェ様の厳しい指導のおかげでございますの」
卒業生の一人も私に援護してくれた。
「うむ……そうであったな。やはりルウシェ令嬢、貴女の指導のおかげで宮廷魔道士達の戦闘力は底上げされている」
国王陛下も私を褒めてくれた。改めると、陛下からこのようなお言葉をもらったのは初めてかもしれない。
「父……いや、陛下までそのようなことを」
「ヒースよ。もう少し身の程を知れ、そなたの言動こそ身に余るものがあるぞ」
父親からも叱責されました。ヒースへの視線も徐々に冷たいものに変わっていくのを感じるわ。
「……だが、私の心は変わりはございません。陛下、私はこのミリアム令嬢と婚約をする! 父上がどう反対しようと……」
「まだそのようなことを言うのか! せっかく決まっていた縁談を、貴様は!」
陛下が激高しそうだ。確かに皇太子と私との縁談は陛下も了承してくれた。それを今更破棄となっては、とんでもないことになりかねない。
仕方ない、ここは私が潔く退きましょう。
「お待ちください、陛下。ルウシェ・フェイリークはヒース皇太子殿下の婚約破棄、改めて受け入れることにしますわ」
陛下は驚いた目で私を見た。
「しかし、ルウシェ令嬢。此度の婚約破棄は余にとっても寝耳に水だ。このようなことがまかり通っては」
「ご心配には及びません、私は一切気にしておりませんから。でも、そうですね……」
私はヒースとミリアムの顔を順番に見た。
「ヒース殿下、あなたの婚約破棄改めて受け入れます。でもその代わり教えてください、どうしてミリアムと婚約することになったのか、もっと言うなら彼女のどこに惚れたと言いますの?」
「なに? なぜそのようなことを……」
「当然でございますわ。あなたは私の婚約を破棄して、まだ魔法の腕も一流ではない在学中の生徒と婚約するのですから、それ相応の理由は必要でしょう」
ヒースはたじろいでいる。さぁ、どんな答えが返ってくるのかしら。
「理由などはしたないものですよ、先生」
また別の男の声が聞こえた。立派な礼装に身を包んだ背の高い茶髪の男がヒースに近づく。ミリアムは目を見開いた。
「ゲンナジー!? あなたがどうしてここに?」
ゲンナジー、思い出したわ。最上級生で学年トップの男子生徒、もちろん私の教え子の一人ですけど。
「殿下、失礼を承知であえて申し上げます。此度のミリアムとの婚約は、ミリアムから持ち掛けられたのでしょう?」
なんということでしょう。ヒースも動揺してあたふたしております。あぁ、これはいけませんわね。
「な、何を言うか!? 私がミリアムに惚れて求婚したのだ。デタラメのことを言うな!」
「いいえ、自分は全て知っております。ミリアムは周りに言いふらしておりましたよ、自分こそが皇太子殿下の妃にふさわしいと」
ミリアムがそんなこと言っていたなんて。私も耳に挟んだことはありますが、あまりに身の程知らずな発言でございますね。
確かにミリアムは美しい。成績も実力もトップクラス、そして男なら誰もが惚れてしまうほどの美貌。私でも嫉妬してしまいそうなくらいですわ。
「ミリアム、おおかた自分の美貌を武器に、子猫のような態度で皇太子殿下に近づいたのだろう」
「なんですって、変なことを言わないでちょうだい。あなたこそ、私の誘惑に負けたくせに!」
「言ってくれるな」
「おい、どういうことだ?」
「失礼しました、ヒース様。このゲンナジーは、私の元ボーイフレンドでございますの」
これは初耳ですわ。
まさか最上級生の学年トップの生徒とも関係を結んでいたなんて、ミリアムの男性関係はほとほと呆れてしまいますわ。
「そうかわかったぞ! 貴様、私にミリアムを奪われて妬んでいるのであろう」
「そうですわ。ヒース様、よくわかっていらっしゃる。さぁ、衛兵! 早くこの男を連れ出して!」
なんということでしょうか、ミリアムが指示を下している。仮にも今は子爵令嬢の身ですから、そんな権限なんかないのに、全く身の程知らずね。
「全くどいつもこいつも阿呆らしい、俺は妬んでいるわけはない。むしろお前のような悪女がいなくなって、俺は嬉しいくらいだ」
「あ、悪女ですって?」
「そうだ。その証拠に見せてやろう、お前が学園で行った悪事の数々を!」
ゲンナジーの後ろに、大勢の生徒達が輪を組んで登場した。全員私の教え子じゃない。
一体これからどんなことが始まるのかしら。楽しみですわ。
「先日行われた御前試合で、不正をしたでしょう?」
「不正ですって!? 馬鹿なことを言わないでちょうだい!」
「嘘ではないわ。その証拠に対戦相手が試合前に飲んだ回復薬から、微量な麻痺毒が混入されていたのよ」
「麻痺毒だって?」
皇太子が驚いた目でミリアムを見た。首を横に振るも、少し動揺しているみたい。
「それだけじゃないわ。御前試合では別の試合での生徒にわざと負けるように、金銭を与えていたみたいよ」
「金銭だと? それは八百長ではないか!」
「その御前試合では、ミリアムともう一組の準決勝の戦いが番狂わせでしたね。そういうことなら、納得よ」
「事実無根でございます! ヒース様、それに陛下! この男のたわ言を信じてはいけません」
両陛下も口を閉じたまま、ミリアムを見た。あの様子だとミリアムへの不信感が高まっているようね。
でもこのままじゃ駄目、まだ決定的な証拠がないじゃない。
「それだけではないぞ、ミリアム。まだ決定的な悪事がある」
「な、なんですって?」
「一週間前だったが、魔物との野外戦闘訓練があったな。実戦形式の訓練で、何体もの魔物と戦った。その時、君は突然いなくなったそうだ。どこにいたんだ?」
「そ、それは……」
「答えられるわけないか。君はその時、訓練をさぼって同級生の男子生徒と淫らな行為を行っていたからな」
衝撃的な事実の告白に、またも場内は騒然となった。私も初耳だわ、まさかミリアムがそんな外道な行為をしていなんて。
「おい、どういうことだ? ミリアム、君はそんなフシダラな女性だったのか!?」
ヒースはミリアムの肩を掴んで揺さぶった。両陛下も凍り付いている。こればかりはもう擁護のしようがないわね。
「ち、違うわ……全部デタラメよ! みんな、私を陥れるためのデタラメよ、信じちゃ駄目!」
「ミリアム……」
ヒースは戸惑っている。ここまで言われて、もう何を信じたらいいかわかなくなってるのね。
「嘘か本当かはともかく、その時君が突然いなくなったせいで、町のあちこちに被害が出たんだ。本来なら足りてるはずの戦力が足りなくなったからな」
「体調不良よ! 体調がすぐれなくて、それで仕方なく……うぅ、今でも腹痛が」
ミリアムはお腹を抱えてしゃがみこんだ。また苦しい言い訳ね、だんだん哀れになってきたわ。
すると後ろにいた男子生徒が前に出てきた。さっきミリアムに拍手を送っていた一人だ。
「ミリアム……もう限界だよ。ごめん」
男子生徒は深く頭を下げた。
「しゃべるなって言ったでしょ! この馬鹿!」
ミリアムが突然立ち上がり、その男子生徒に平手打ちをした。男子生徒は倒れこんだ。
これはいけないわ。決定的な発言ね、今のは。
「……何をしゃべってはいけないのかな?」
「あ! いえ、これは……その……」
陛下が鬼のような目でミリアムを睨んだ。哀れなミリアム、今の言葉で全て認めたようなものね。
「……ミリアム、君という女は」
「ヒース様、誤解です! 私は、あなたをちゃんと愛しております! だから、お願い! 助けて!」
ヒースは頭を抱え項垂れた。そして涙を流している。
「僕にはどうすることも……父上、僕はどうしたら……」
「残念だが、お前達にふさわしいのは謹慎処分だ」
「え? それは……つまり……」
「衛兵、今すぐこの二人を連れ出せ!」
陛下が命令を下した。すぐさま衛兵達が飛び出し、ヒースとミリアムの二人の腕を掴んだ。
「僕は皇太子だぞ! 離せー!」
しかしここにきてミリアムは、衛兵達の腕を振り払った。見ると、彼女の手から火花が飛び散っている。
「こんなところで……終わってたまるものですか!」
「ミリアム、何をするんだ!?」
「あなたのせいよ! あなたのせいで全て台無し!」
ミリアムの顔は殺気に満ちている。開き直ってるわね。ゲンナジーを指差し、彼に攻撃魔法を放った。
でもそうはいきませんわ。すんでのところで、私は攻撃魔法をかき消した。
「え? 魔法が?」
「先生、ありがとうございます」
「どうってことないわ。それよりミリアム、往生際が悪いわよ」
ミリアムは私の顔を見た。
「……先生、いや……やめて」
「安心して、ミリアム。攻撃はしないわ。魔法を封じるだけだから」
ミリアムに向けて一本の針を投じた。
「なに……これは?」
「それは封印針。私が開発した魔法道具、魔法を封じることができるの。便利でしょ?」
「そんな……」
「さぁ、衛兵さん。あとはお願い」
魔法が使えなくなったミリアムは、そのまま衛兵と一緒に外へ連れ出された。
パチパチパチパチパチ
なぜか広間の後ろの方で拍手の音が聞こえた。一部の王族関係者の方が私に対して拍手しているみたい。
「すまなかった、ルウシェ令嬢。実は、ヒースは王宮内での評判があまりよろしくなくてな。私も王位継承権を、次男に譲ろうかと考えていたところだ」
「あら、そうでしたの? それはまた……なんと申したらよいのか……」
本当に哀れな皇太子殿下でしたら。半分自業自得な結果かもしれないわね。
「ルウシェ令嬢、代わりと言ってはなんだが、次男のユリアンと婚約を結んでくれまいか?」
あらなんということでしょうか。第一王子との婚約が破棄されたと思いましたら、今度は次男の第二王子との結婚を申し込まれました。
第二王子のユリアンも、長男に負けず劣らずのイケメン、政治手腕も確かで魔法の腕前も確かと言われているわ。
「……それはそれは、身に余る光栄ではございます」
「もちろんすぐにとは言わぬ。考える時間を与えよう」
「いえ、その必要はございませぬ。私はもう決めましたわ」
「おぉ、なんと! ということは、ユリアンとの婚約を承諾してくれるのだな!」
「いいえ、逆です。丁重にお断りいたします」
明るい表情になった陛下も、一瞬で暗い顔になった。そして場内もざわついた。
「……今なんと申された?」
「丁重にお断りすると言ったのです。私にはもう意中の相手がおりますの」
私はベネットの腕を強く握った。
「先生、まさか……」
「私、実はあなたのこと大好きだったのよ」
「おぉ、なんということか……」
「そういうことです。陛下のご意向に沿えず大変申し訳ありません、そもそも政略結婚にあまり興味がありませんの」
「せ、政略結婚などと! そのようなことは決して……」
「よいではありませんか、あなた」
隣にいた皇后が口を挟んだ。
「ルウシェ令嬢にやっと理想の相手が見つかって、嬉しい次第です。幸せな人生を送ってください」
「イリス、しかしユリアンは……我々王族のしきたりが」
「しきたりとか、慣例とか、そういうもので他人の恋愛を束縛するものではありませんよ」
皇后が陛下をなだめた。さすがの陛下も皇后から注意されては、どうしようもないわね。
「皇后陛下、ありがとうございます」
「いいのよ、ルウシェ。さぁ、ということは改めて、あなた達の婚約をお祝いしないとね」
「婚約だなんて、そんな。私は意中の相手と言っただけですわ。ベネットの気持ちも聞かないで」
私はベネットの顔を見た。するとベネットは跪いた。
「ふふ、彼の心はもう決まっているようね」
「先生、いえルウシェ・フェイリーク令嬢、あなたのお気持ち大変嬉しい限りです。こんな未熟者の私でよければ、ぜひ」
「ベネット……」
ベネットは本当に紳士ね。在学中で私の厳しい指導に耐え抜いて、精神面でも隙がない。
私がベネットに課した試練はそれは厳しいものだった。生徒の実力では踏破不可能と言われた地底迷宮、それを見事一人だけで踏破しちゃったもの。
ベネットこそ私の理想の相手、私はベネットの手の甲にキスをした。
すると会場にいる全員が盛大な拍手をしてくれた。なんだか恥ずかしい、本来なら皇太子の婚約を祝うはずのお茶会だったのに。
あまりに恥ずかしかったので、私達は早めに退席することにした。
*
会場を出て外の空気を吸い、気持ちを落ち着かせた。魔法学園の講師という立場にいる私が、元教え子と婚約するなんてね。
「先生、さっきは……ありがとうございます」
隣にはいつの間にかベネットが来て、私の右手に手を添えてくれた。
「ベネット、私こそありがとう。それより、もう“先生”じゃないでしょ」
「あ、そうでした……その……ルウシェ……さん」
「さん付けも駄目。将来の妻に対して、“さん”はつけないでしょ?」
「……ルウシェ」
ちょっとぎこちない感じ、でもそこが可愛い。私はベネットの顔を改めて見た。やっぱり照れ臭そうね。
「わかったわ。まだ正式に夫婦ってわけじゃないから、さん付けでもいいわよ」
「あ、ありがとうございます」
「失礼します、ベネット団長! あ、お邪魔でしたか?」
宮廷魔道士の一人が突然やってきた。どうやらベネットの部下みたい。
「構わん、要件を言え」
「はい、申し上げます。北東の国境沿いにAランク魔物が複数体出現したとのことです」
「わかった。直ちに討伐隊を派遣すると伝えろ」
部下は頷いてすぐに走り去った。
「すみません。どうやらまた仕事です」
「大丈夫よ。宮廷魔道士団長として、しっかり務めを果たしてね」
「はい、それでは行ってまいります」
ベネットは敬礼してそのまま走り出した。太陽の光に照らされた彼の姿は、これまでにないほど凛々しく見えた。
「あぁ、やっぱりあなたこそ、理想の王子様ね」
新作投稿、異世界恋愛です。短編ですのでこれにて完結です。
最後までご覧いただき本当にありがとうございます!この作品が気に入ってくださった方は高評価、ブックマークお願いします。コメントや感想もお待ちしております。またツイッターも開設しています。
https://twitter.com/rodosflyman