あべこべな生い立ち
交流会はお開きとなったが、アグノールとオーリの技術や知識は博覧会での展示品作成に是非とも欲しい。
なにやら一触即発の雰囲気だったが、その場の機転で引き留める事に成功し、話し合いの場に繋いだ。
学園都市にあるカフェテリア。
少し風に冬の気配はあるが、麗かな日差しに恵まれ、珈琲の香りが荒んだ心を優しく癒やす。
「初対面なのに奢ってもらって悪いね。この分は、博覧会までには必ず返すよ」
アグノールには、白のコーヒーカップが似合う。
大人びた雰囲気に青い目は、どこか洋画のワンシーンのように美しい。
特に背景に並ぶ石造りの街並みや、道路をジグザグに横行する自転車が引き立てている。
「アタイも取り乱して悪かった。紅茶を飲んでいたら少し落ち着いてきたよ」
オーリは白のナプキンで口元を優雅に拭う。
髭が生えているが、それが彼女の魅力を損なう事はなく、丁寧に編み込まれている事でどこか几帳面さを伺わせる。
「アタシの分も払わなくて良いのに、リルったら……」
ぶーぶー文句を言うのはミーシャ。
エルサリオンに連れ回されて金が余っている私と違い、彼女自身の財布は意外にも寂しい。というのも、子爵はあまり子どもにお金を渡したがらない性格をしているからだ。
流石に毎回は奢れないが、偶にならいい。
これも先行投資ってヤツだ。
「まあまあ。こうして一息吐いたところで、まずはアグノールの故郷についてお話を聞きたいです。水銀の山が出身地でしたっけ?」
「ドワーフ族は、金属の加工や技術の発展こそが、ドワーフ族の生まれた意義だと信じているんだ。だから、金属の発掘や加工を何よりの生き甲斐としている。僕が育った水銀の山も、いくつかのドワーフ族が拠点としている街の一つなんだ。レグル連合国の北東にある場所だよ」
金属の加工や技術の発展が種族の存在意義に関わっていると言う話は、父さんが買ってきた本の中でも語られていた。
貰ったばかりの時は、転生はしたけど異世界だとは思わず、右から左に受け流していたけど、こうしていざ目の前にすると不思議な気分だ。
どう見てもエルフなんだけど、ドワーフ族としてのアイデンティティを確立しているらしい。
胸を張りながら語るアグノールを見ていたオーリはなんとも言えない相槌を打った。
「ええっと、自称エルフの……」
「オーリだ。自称じゃない。エルフの里で育った」
「君の里はどんな感じなんだい?」
アグノールは首を傾げる。
オーリは紅茶を啜ると、胸元の金のブローチを撫でた。
「アタイの育った里は、レグル連合国の東部にある森の中だ。迷いの森って言われていてね、そこに何年も住んでいるエルフでも迷う事があるのさ。アタイの護符は、森の呪いを跳ね除けるって有名だよ」
「ねえ、もしかして君って五十年前に親を亡くしていないかい?」
「……もしかして、アンタも親を亡くしているのか?」
オーリの質問にアグノールは頷く。
何故か二人は口を噤んだ。
どうやら二人の間には、何かがあるらしい。
恐らく、お互いに別の種族の外観をしている事に関係する不思議な共通点だ。
五十年前といえば、レグル連合国の内乱。
エルフ族と人間とドワーフ族が次の党首を決める為、激しく争った。その凄惨さを伝える小説はいくつか読んだ事がある。
「君と僕が、五十年前の内乱で取り違えられた赤子だったみたいだね」
「……不思議な話もあったもんだ。まさかこんな近くに、アタイの代わりにドワーフ族に連れて行かれたエルフがいたなんてね」
顔を見合わせる私とミーシャに、オーリが分かりやすく教えてくれた。
五十年前の内乱で、ドワーフ族とエルフ族は激しく争っていたらしい。
その時の戦火に引き寄せられて魔物が現れ、混乱の最中に赤子が取り違えられる事件があったそうだ。
仇敵の子であっても、幼い命であった事から、これも神の思し召しと育てられ、留学に出されたようだ。
「……親に会えるかもしれないと留学に出されたけど、まさか自分と間違えられた相手と出会うなんてなあ」
「さっきは失礼な振る舞いをしてごめん。ドワーフの女じゃないと言われて、ついカッとなっちゃったんだ」
「いや、アタイも酷い事を言った。ドワーフの事なんてあまり知らないのに、知ったような口をきいちまって悪かったね」
アグノールとオーリはお互いに謝り、仲直りをした。
それにしても不思議な縁があったものだ。
前世でも、赤子の取り違えが発覚したというニュースは見た事があったけれど、こうやって当事者たちと知り合う事はなかった。
「まあ、奇跡ですわ。奇跡の再会という他、ありませんわね。喧嘩はしましたけれど、仲直りもできたのです。きっとお二人は色んな方に愛されてここに辿り着いたのね」
ミーシャがざっくばらんに纏めた。
アグノールとオーリも、満更ではなさそうにしている。
「あのまま喧嘩別れしていたら、アグノールの事を誤解したまんまだったよ。仲を取り持ってくれてありがとね、リルちゃん」
「オーリの言う通りだよ。リルさんの存在がなかったら、僕はオーリの事を知らないまま国に帰っていたかもしれない」
「いえいえ、ミーシャの言った通り、きっと二人は出会う運命だったんですよ。でも、その手助けになれたのなら良かったです。喧嘩別れは寂しいですからね」
それから、私たち四人は取り留めのない話をした。
学園での日々だとか、ちょっとした悩み事の相談とか、そういう話を終えた頃には、学年や種族や性別も関係なく、お互いに胸を張って『友だち』と言えるような間柄になっていた。
夕暮れの街中で、交差点に差し掛かる。
それぞれ、明日の為に別の帰路で家に帰る。
「リル、ミーシャ、アグノール、明日までには衣装の詳細を詰めておくよ。楽しみにしておいてくれ!」
「じゃあ、僕は大まかな見積もりを出しておくね。工房のスケジュールも確認しておくよ」
「では、アタシは施設の申請をしておきますわ。話し合いをするのにも場所は必要ですもの!」
「私はこの草案をもっと見やすく出来るように整理しておくね。また明日、放課後に」
別れを惜しみつつも、明日の再会を約束して、私たちは家へ向かう。
博覧会はまだまだ先だが、彼らと知り合えたのは大きな成果だった。
明日が待ち遠しい。




