歩み寄る者たち 前編
「リルッ!」
「ミーシャ!」
学園に向かう道の途中、名前を呼ばれて振り返れば、そこにはすっかり元気になったミーシャの姿があった。
「数ヶ月ぶりですわね。ご心配をおかけしましたわ」
「本当に、このまま戻って来なかったらどうしようかと思ったぐらいだよ、ミーシャ!」
お互いに抱きしめ合って、再会を喜ぶ。
それから、二人で色んな事を話した。
ミーシャは母とのエピソードを、私は学園での騒動を。
「これからは、アタシもリルの手助けをしますわ!」
「それはとてもありがたいけど、ミーシャの派閥の方は大丈夫なの?」
「貴族同士の付き合いというのも大切ですわ。ですけど、だからといって近しい者同士で固まっていても、アタシが目指す理想からは遠ざかるばかりだと気がついたのです」
ミーシャは、橙色の瞳でまっすぐに私を見つめる。
そこに迷いも葛藤もなかった。
どうやら、私の知らない間にミーシャは成長したらしい。
「授業が終わった後で留学生との交流会があるんだ。私はそこで博覧会のメンバーを募るつもりなんだけど、ミーシャも良かったら参加する?」
「もちろんですわ! そういえば留学生の方とお話しした事がありませんわね。エルサリオン以外は」
「そういえば、彼もミーシャに会いたがっていたよ」
「……絶対ウソですわ。エルサリオンが考えてるのは魔物を討伐する事かリルだけですわ」
通学路をミーシャと一緒に進む。
まだ動かすことしかできない足を摩る。
立ち上がるのも難しいが、学園を卒業するまでには歩けるようになれるだろうか。
授業の後、空き教室を使って交流会が行われる。
今、学園を動かしているのは派閥ではなく、生徒会が中心となった。
フィオナ姫の尽力による所が大きいだろう。
これまでは、これ見よがしに派閥や勲章を身につけていた生徒たちの数は減り、立場だけで態度を変えるような事は減った。
「なんだか、とても過ごしやすい雰囲気になりましたわね」
「フィオナ姫のおかげだね。少し手伝ったけど、あの人が一番頑張っていたから」
ミーシャと私語を挟みつつ、私は資料を鞄から取り出す。
この交流会に参加する留学生の中には、鍛治職人のドワーフや魔力そのものを扱うドルイド魔術に長けるエルフも参加しているらしい。
是非とも話を聞ければいいのだが。
「リル、その紙束は?」
「いくつか博覧会に向けて展示する予定の魔道具の草案を作ってみたんだ。協力を呼びかけるなら、これぐらいのとっかかりがあった方がいいかなって」
ベルモンド教授の助言を元に、いくつか『魔水』の特性を利用した魔道具のアイディアを作ってみた。
ミーシャに軽く説明していると、近くの席に座っていたエルフの生徒が話しかけてきた。
「ねえねえ、君たちの話、聞こえちゃったんだけど……」
「はい、なんでしょう?」
「その構造ならステンレスの方がいいんじゃないかな」
思わずキョトンとして、その人を見上げる。
エルサリオンほどではないが、スラリとした背の高さがあった。プラチナブロンドの髪を編み込み、銀のバレッタで留めている。
「ああ、ごめんね。僕は水銀の山で育ったドワーフ族のアグノールというんだ」
「アグノールさんですね。私はリル・リスタと言います。この子は友だちのミーシャです」
「よ、よろしくお願いします……」
ミーシャの視線が私に問いかける。
話しかけてきた『アグノール』という人物は、どこからどう見てもドワーフではなくてエルフだろうと。
人よりも少し尖った耳が特徴的だ。
どこからどう見てもエルフだ。
だが、本人はドワーフだと申告している。
「寡聞にして存じ上げないのですが、どの構造でステンレスを提案したのかご教授いただけますか?」
「いいよ〜。まずはね、歩行や走行の補助具なら、肌に接するよね? 動くなら、汗とか皮脂が付着しちゃうから、錆に強い安定した金属を使うべきじゃないかな」
「な、なるほど。ですが、ステンレスを作れる工房と技術者がいるでしょうか?」
金属の専門家ではないが、ステンレスという金属はかなり高額な魔道具に使われている記憶があった。
ミスリルやオリハルコン、ヒヒイロカネに並ぶ高額で一般に流通しにくい金属だと思われる。
私の懸念にアグノールは微笑む。
「金属の錬成ならドワーフの得意技だよ。僕が作った武器があるんだけど、実際に見せた方がいいね」
そう言って、アグノールはテーブルの上にドンとリュックを置いた。
どうやら邪魔にならないように足元に置いていたらしい。
「博覧会が行われるって聞いて、張り切ってこれまでの作品をいっぱい持ってきちゃったんだ。これはね、子どもでも使える暗器の一つで、刃がステンレス鋼なんだ」
アグノールは取り出した道具の説明を始めた。
初めて見る物ばかりだが、説明はわかりやすく丁寧で、私の拙い質問にも答えてくれる。
「凄い。繋ぎ目すら見当たらない。重さはあるけど、柄の部分が握りやすいように凹凸が作られてる」
「お目が高いねえ。これは、日頃から武器を持たない魔術師の護身用に作ったから、グリップの巻き方を知らない人でも咄嗟に使えるようにしているんだ」
ちょっとした会話から適切な金属を提示してきた辺り、このアグノールという人物は信用に値するのでは?
「アグノールさん、もしよければなんですけど、博覧会で展示する作品がまだ決まっていなかったら、私たちと組みませんか?」
「申し出はありがたいんだけど、他の人の話を聞いてから判断してもいいかな?」
即答を貰えなかったのは残念だが、あまり食い下がっても迷惑だと思うので大人しく引き下がる。
「不思議な方でしたわね」
「文化の違いだね」
そういえば、前世でも仕草が女性らしい男性社員がいた。
職場では噂になっていたが、その人は物腰が丁寧かつ仕事ぶりも真面目だったが、セクハラの餌食になって苦しんでいたな。……セクハラした社員はクビになったが、その人は間も無く仕事を辞めてしまった。
その時の苦い思い出が脳裏を過ぎる。
「気を取り直して、私たちも他の人から話を聞いてみよう。新しい視点が見えてくるだけでも価値はある」
「アタシも頑張りますわ」
これから始まる交流会に向けて、私たちは作戦を練った。
ひとまず認知度が必要だ。
そこから関心を持った人たちがアクションを仕掛けてくれるかもしれない。
念の為にと複製した草案をミーシャが抱える。
交流会の中盤。
何人かに話しかけ、アイディアや提案、助言を貰えたが、ほとんどは言葉を濁されつつも協力は貰えなかった。
中には『こんな物を作っても役に立たない。むしろ悪評が立つ』と酷評された事もあった。
フィオナ姫の語る魔王の呪い、その根強さを実感する。
喋り疲れたミーシャが水を飲みに行っている時だった。
ふと視線を感じ、そちらに目を向ける。
そこには燃え盛る炎のように赤い髪と髭を生やした幼女がいた。日に焼けた肌に、制服を大胆に着崩している。靴ではなくサンダルを履き、蔦を体に巻き付けていた。
ニコッと微笑みかけてみる。
赤髪の幼女は私に用があったのか、大股で私に近づく。
そして、大きな手で私の両手を掴んだ。
「頼むっ! 博覧会でアタイが作る服を着とくれ!」
「ふえっ!?」
ドワーフは、両手両足が大きくなりやすい。
諸説はあるが、砂を大量に握る為だったり、坑道を歩き回る為に適応したというのが一般的だ。
「その儚げな銀髪! 憂いを帯びた横顔! 氷の車椅子といういかにもな『深窓の令嬢』の姿は、アタイが大好きなお伽話のお姫様にそっくりだ!」
困惑する私を他所に、彼女は段々と声を荒げていく。
戻ってきたミーシャは私を見て目を丸くし、慌てて駆け寄ってくる。
「リルに酷い事を────」
「美少女がもう一人ッ! この王国に留学した甲斐があるってもんだ! アタイはオーリっていうんだ! よろしくな、ガハハッ!」
興奮冷めやらぬドワーフにミーシャは頬を痙攣させた。




