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銀灰の魔術師リル・リスタは歩きたい  作者: 清水薬子
未知の魔物と魔法解明
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留学生の問題

 バージス・バウハッセルの退学が張り出されて二日。

 他の『魔法主義』による悪事はすっかり鳴りを潜めた。

 どうやら『懲罰委員会』の名前とフィオナ姫の激昂ぶりは、学園内でも噂になり、貴族たちは襟元を正す事に忙しいようだ。それでも、悪事を働いた連中に罰は与えられた。


 公爵令息アレクサンダー・シュナウザーに続いて、公爵令息バージス・バウハッセルの退学は、それほどまでに貴族に衝撃をもたらした。

 シュナウザーの傘下にいた貴族は早くも今後の身の振り方を改めているらしく、監視は続くだろう。


 これで『懲罰委員会』の仕事も終わるかといえばそうではなく……。



「ドワーフを排除しろっ!」


「エルフを排除しろ!」


「獣人なんて存在しない! 獣を学園内に入れるなッ!」



 今度は社会に不満を抱えていた『基礎学』クラスや『魔術学派』がデモ活動を始めたのだ。

 よりによって学園を舞台に、デモ隊とデモ隊がぶつかり、ヒートアップし、殴り合いが始まる。

 大学闘争ならぬ、学園闘争。

 これまでとは違い、種族に対する偏見を声高に叫んでいる生徒たち。

 暴走した魔術で負傷する生徒がいないというだけで平和に見えてしまうのは、きっと私の感覚がズレ始めてる。



「リル、なんでアイツらは喧嘩しているんだ?」


「その紙に全て書いてあるよ」



 気紛れな影の妖精にクッキーを振る舞ってご機嫌を取る。

 この気楽さがなければ、もう少し使い勝手が出る魔術になれるんだけど、そもそも超自然であるから制御できると思う方が傲慢なのかもしれない。

 人の使う魔法・魔術は魔王から与えられたもの。

 なんらかの存在を通した時点で、想定外は心構えをしないといけない。



「留学生による政治活動? まあ、ここ最近はかなり過熱しているとは聞いていたが……」


「ここ五年、魔物の活性化を前に国家間で戦争をしている場合ではないという機運が高まった。留学生を受け入れているのもその一環。そんな留学生たちがやって来たのに、学園の生徒が露骨に差別するから不満が高まってるってわけ」



 フィラウディア王国は島一つを国土としている。

 だが、東の最果てにある聖セドラニリ帝国や大森林を抱くレグル連合国や南の最果てにあるパドル諸島国家などから交易の活性化と国交の足がけとして留学生が訪れている。

 彼らの行動が問題視されつつも見逃されたのは、国家としての立ち位置が弱い王国側が忖度していたからだ。



「身分問わず違法行為は罰せられる方針をフィオナ姫は打ち出し、学園はそれを良しとした。政治的な主張の良し悪しに関わらず、行動に責任を負わなくてはいけない」



 氷の車椅子、その肘掛けに頬杖を突きながら、私は隣の部屋から聞こえてくる留学生たちの罵詈雑言に耳を傾けた。

 彼ら留学生は、王国内では庶民として扱う。

 なので、発言の内容によって罰せられる事はない。

 彼らの会話を盗聴している目的は別にある。

 決起集会の日時を探り、暴動を未然に防ぐ為だ。


 心が荒む感覚にため息を吐く。

 ここ最近は沈む事ばかり。



「はあ、ミーシャに会いたい」



 ミーシャと手紙のやり取りはしているが、やはり文面から伝わる彼女の気落ちを解決してやれない自分の無力さに腹が立つ。

 何度も彼女の背中を思い出しては、もっと他に投げ掛ける言葉があったのではないかと悔やんでしまう毎日だ。



「会いに行けばいいだろう」


「気を遣わせるからねえ。そう簡単にはいかないのさ」


「面倒な……」



 エルサリオンが露骨に嫌がる顔をした。

 『懲罰委員会』の仕事は心が沈むものばかり。彼もストレスが溜まっているのだろう。



「この仕事を片付けたらしばらくは予定が開くはず。久しぶりに気晴らしも兼ねて魔物討伐の依頼でも引き受ける?」


「いいのかっ!?」



 私が頷くと、エルサリオンは放り出していた書類を掴んで目を通し始めた。現金なやつ。



「おや、リル・リスタ女爵にエルサリオン皇太子殿下もお揃いとは」



 使用人や護衛騎士を連れたフィオナ姫が姿を現す。

 彼女の顔を見るなり、エルサリオンは露骨に口元をしかめた。



「何の用だ、フィラウディアの姫。仕事はしているのに視察しに来るとは嫌味か?」


「おやおや、誰も視察とは一言も言ってませんよ?」



 エルサリオンの睥睨をさらりと受け流し、フィオナ姫は微笑みを崩さず声音を変えない。

 冬休みの時よりは顔色が良くなっているし、ここ最近は肌艶も回復しているようだ。

 学園内の改革は順調に進んでいるようでなにより。



「それよりも、決起集会の日時は割り出せましたか?」


「ええ。三日後の正午、食堂を占拠して宣伝するようです。どうしますか?」


「食堂を占拠されては、学生であれど退学処分は免れませんね。留学生を強制帰国させるとなれば、国交に支障をきたします。首謀者は割り出せましたか?」



 私は一枚の紙をフィオナ姫に手渡す。

 とある生徒の情報を記した紙切れに目を通した彼女は、ほんの微かに目尻を痙攣させた。



「……多くありませんか?」


「どうやら連帯意識が高く、一人が罰せられるぐらいならみんなで罰を受けると結束しているようです。これでも、グループ内の中心的人物に絞って探ったんですよ」



 まさか異世界で『傘連判状』を目にする日が来るとは思わなかった。それも、生徒たちが作ったものだ。

 迷信や言い伝えにならって血判を押している姿を、妖精魔術で目撃した時は、開いた口が塞がらなかったものだ。


 同時に、学園内で行われる無言の差別もここ一年で見た。

 表立って行われるものも、影に潜んで行われるものもだ。



「……フィオナ姫、提案なのですが、決起集会の場をこちらで指定するのは如何でしょうか」


「更なる混乱が起きるやもしれません。相当な理由がない限りは、いくらリル・リスタ女爵の提案でも受け入れることは不可能です」



 頭の中で説得の文言を組み立てる。

 こういう主義主張は規制も必要だが、根幹を取り除かなければ再発する。



「ここ五年での急速な国交によって、種族間の摩擦は高まりました。偏見や思い込みを改善する機会がないままに、この学園に留学した生徒たちにとって、未知の相手との交流に纏わるトラブルや誤解に晒されています」


「……ええ。クラス、コース、派閥に学科と細かく分離しています。留学生の中には、我が国の者と友になる事もなく卒業し、国へ帰るケースがありました」


「あらゆる枠組みを越えて対話をする機会を設ける為、偏見と誤解を取り除く為に、今こそ博覧会という目標を掲げてみるのは如何でしょうか?」



 フィオナ姫は考え込む。



「なるほど。彼らが主体となれるイベントを提示すれば、話し合いもスムーズに進むかもしれません。早速、場を整えましょう」



 フィオナ姫を説得できたようで一安心だ。

 それに、これ以上の仕事を抱えたくはない。



「仕事は終わったのか? よし、依頼を見に行こうぜリル!」



 話が片付いたと見るや書類を放り投げるエルサリオンに苦笑いを浮かべつつ、フィオナ姫の退室を見送った私は書類を片付けた。

 良かった。

 ベルモンド教授から博覧会の日取りを早くフィオナ姫に決めさせろとせっつかれていたんだよね。

読者のみなさんからいただいた感想をもとに少しずつではありますが、作品を改良していきます!

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